インフィニット・ストラトス ~緑翠の人魚姫~ 作:夏梅ゆゆゆ
────モンド・グロッソ────
それは、21の国と地域が参加して行われるIS同士での対戦の世界大会。
格闘部門など様々な競技に分かれ、各国の代表が競い、各部門の優勝者は「ヴァルキリー(Valkyrie)」と呼ばれ、総合優勝者には最強の称号「ブリュンヒルデ」が与えられるものである。
そして、エメラダはそんな世界大会の観戦チケットを前に、驚愕の表情を浮かべていた。
「まさか……本当にチフユがブリュンヒルデだなんて……」
「おい、それはどういう意味だ」
「どういうって、そういう意味に決まっt「…ふんっ!」──あだっ!!」
──そう、一夏の言葉である、「千冬姉の雄姿」とはこのチケット………前大会成績優良者に贈られる、関係者用の特別席が得られるものを受け取ったことに起因していた。
……弾の言葉には半信半疑であったエメラダも、前大会で千冬が優勝する様を…しかも、圧倒的な強さで勝ち上がっていくのを過去の映像で見せられれば、いかにエメラダがISについて学習装置で知った基本的なことしか分からないとはいえ、納得せざるを得なかったのである。
「んんっ……まあ、なんだ、こういうものが届いたからには、その、使わなければもったいないだろう?」
「うん、行きたい…かな。さっき見たチフユもカッコよかったし」
「俺も当然行くぞ!今度は千冬姉の優勝を生で見たいからな!」
「ふん……そんなに期待されても困るのだがな」
「(あ、今すっごいにやけそうなの我慢してるな)」
「(本当……素直じゃないね)」
そんなこんなで大会観戦も決まったことだが、いかんせん、世界大会だけあって準備も相応に長い。実際には、大会まで二か月ほどの猶予があった。
「と言うわけだ、その期間を利用して、私はしばらく日本政府が用意した強化合宿に行くことになる」
「チフユにそれ、必要あるの?」
「だよなぁ……ぶっちゃけ、千冬姉強すぎだって」
「仕方ないだろう……大人には色々、付き合いというのが有るんだ」
「あ、今ちょっとチフユ、おじさんみたいだね」
「喧しい」
「痛いっ!?」
「まあ、そういうことだから今日から家には二人になるが、ちゃんとするんだぞ」
「今日から!?随分急だな……」
「まあ、チフユが居ても居なくても家事については変わんないし大丈夫……むしろ、量が減って楽になるかも」
「………………(無言で手刀)」
「だから痛いっ!?」
そして、その後出かける用意を済ませた千冬は、玄関口で二人に見送られ、最後に二人の頭を一撫でしてから出かけて行った。
「………いっちゃったな」
「………やっぱり寂しい?」
「そう、かもな……でも、千冬姉が家にあんま居ないのはいつもの事だし、それに……」
「それに?」
「……妹みたいな奴が横にいるからかな。そこまで寂しくないかもしれない」
「む、妹とは心外。むしろ、姉の方があたしは似合うと思う」
「はっ、そういうことは俺の身長を越してから言ってみろよ」
「ふんっ、あたしより子供っぽいイチカには言われたくない」
「「……………………………………」」
「……はぁ、とりあえず飯にしようぜ……なんか、不毛だ」
「……そう、だね……お腹すいたし」
……そして、二人は連れ立って台所へ足を向けるのであった。
▼
────ガタッ……ガタッ……────
「…………………んぁ?……なんのおとだ……?」
その日の深夜。
二階の自室で寝入っていた一夏は、隣の部屋……エメラダの私室から聞こえた物音で目を覚ました。
「……こんな夜中にどうしたんだ……?」
気になった一夏は、物音の聞こえたベランダ……隣のエメラダの部屋と繋がっているそれを、窓から覗いた。
「(エメラダ……?どうしたんだろう、あんな所に立って……)」
そして、見えたのは、ベランダで目を閉じ、満月の下で佇むエメラダだった。
「…………………………イチカ?」
「……気づいてたのか」
「ん……足音がしたから………ごめん、起こした?」
「いや……それより、どうしたんだ?こんな時間に……」
そこまで聞くと、エメラダは再び、目を閉じる。
「ちょっと……考えてた。やっぱり、チフユが居ないと寂しいなって……そしたら、中々眠れなくなって……」
「そっか………」
──エメラダも寂しかったのか。
一夏は、エメラダから直接言われて、初めて気が付いた。
あんな風に、いつも通りに振る舞っていたって、いつもはどんなに忙しくても顔を見せていた人が急にいなくなったのだ……慣れている自分は別としても、寂しくないわけがなかった。
───暫くの静寂。
そして、その静寂にどこか、言いようも知れない寂寥感を感じ、それを破ろうとして、一夏は、ある質問を口を突いて出してしまっていた。
「──なあ、エメラダ」
「……何?」
「あ…いや、その…………俺って、さ。エメラダの事、何も知らないんだなって思って……」
「あたしの、こと?」
「ああ……実際、俺は、こんな風にエメラダが寂しさを感じていることも分かっていなかった」
「………それは、でも」
「分かってる……俺たち、会ってから一ヶ月ぐらいしか経ってないもんな……お互いのことを知らなくたってしょうが無いのかもしれない」
「…………………………………」
「でも、さ」
「………?」
「───知りたいんだ」
「───っ!?」
その時、エメラダは目を見開いた。あの、子供っぽさの抜けきっていない少年が、吃驚するほど真剣な表情をしていて───しかも、その眼には、『覚悟』が宿っていたのだ。
「家族だからっていうのもある………でも、それだけじゃない」
「自分でも、まだ分かんないけど……それでも、俺が、
「だから、さ。教えてくれよ……言える分だけでもいいんだ……」
その声には、どこか、焦がれるようなものが含まれていた。
一夏には、初めてだったのだろう……仲良くなったと思っていた存在……その存在についての無知を、叩きつけられるのは。
だから、焦がれた。心の底からの、願いだった。
「…………………………」
エメラダは、その眼に、声に、不思議な感覚を覚えた。
生まれてから一年にも満たない……学習装置によりあまりそんな感覚はないが、一夏とは生きてきた時間が全く異なる、そんな存在が、心から、求められている。
その結果、湧いてきたのは………安心?違う、怒り…いや、もっと別の………そう、喜び。
小さな喜びや、楽しいと感じたことは今までにもあった。ただ、今回のは、違う……心が震えるほどの、湧き上がるような、喜びだった。
そして、エメラダは、口を────開いた。
「あたしは────造られた
「タバネの親戚なんかじゃない……あたしは、鉄の揺り籠で生まれて、育った」
「本当は、あたしは此処にいるはずじゃなかった。もっと別の………血が飛び散り、ヒトが簡単に死んでいく、そんな戦場に行く予定だった」
「でも、ISが世界に広まって……あたしの価値はなくなった。廃棄の計画もあったはずだった」
「そんな時……誰か、多分、あたしを造った人が、タバネにあたしを保護させた………タバネが造った人じゃないのは、分かってたから……だから、その時の記憶はないけど、そう考えてる」
「これで………分かった?あたしは………兵器で、モノなんだ」
「これが、真実だよ」
「………………………違う」
「何が?すべて、本当のこと」
「違うっ、違うだろ───お前は、モノなんかじゃ、ないっ!!」
「…………っ!!?」
「確かに、お前は俺たちとは
「でも、俺たちと一緒に笑って、怒って、馬鹿みたいに口げんかしてっ…………………そして何より、さ」
「
「えっ────?」
───エメラダは、泣いていた。
無意識に、意思に反して、体が勝手に、涙を…とめどなく、流させている。
「なんで、あたしっ………こんな……」
「エメラダが、ヒトだからだ」
「ヒ、ト………?」
「ああ、どっかの偉い人も言ってたぜ?『嬉しい時に涙を出すのは、人間だけだ』……ってな」
「ぷっ……な、にそれっ……」
「ははっ……うん、やっぱ、エメラダは笑ってたほうが良いな」
そして、また、再びの静寂。
しかし、今回はどこか暖かく、それでいて、苦にならない静寂であった。
そして、どちらからともなく、手を、途切れてしまわないように、消えてしまわないように繋ぎあう。
「────ねぇ、イチカ……あたしは、ヒトなの?」
「────あぁ、ヒトだ。間違いなくお前は、俺たちと、俺と同じ……ヒトだよ」
「うん、そっか………ねぇ、イチカ」
「………なんだ?」
「──────ありがとう」
「──────おうっ!」
その笑みは、見惚れるほどに美しく、そして、月の光のように、とても優しい、そんな笑みだった─────
千冬「圧倒的疎外感ッ…………!」