壊れた世界で艦娘と   作:@秋風

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第十話 親友

 

 とある鎮守府施設の建つ場所から、少しだけ離れた海沿いの小広場。その脇に設けられた木の柵に両手をもたれかけさせながら、時雨は一人海を眺めていた。

 出撃前に海を眺めるのは、時雨の癖だ。それはこうして他の鎮守府に出向いている時も変わらない。

 

「しーぐれ」

 

 そんな時雨の背後から陽気な声音で名前を呼んでくる人物が一人。

 その少女は満面の笑みを浮かべながら、時雨へと抱き着いてきた。

 

「夕立、危ないよ」

「ぽーい」

 

 彼女の名前は夕立。時雨と同じ駆逐艦の加護を受けた艦娘であり、時雨の親友だ。夕立も時雨同様、別の警備府所属の艦娘であり、今回の出撃要請に応じて此処の鎮守府へと出向いていた。

 

「それで、どうだった? 編成の話ちゃんと聞いてきた?」

「いーっ! 夕立あの提督さん嫌いっぽい!」

 

 時雨の問いに夕立は口を尖らせて、ぺたんと膝を曲げた。普段から犬っぽい夕立だが、へそを曲げた彼女は余計仕草が犬っぽくなる。

 それでもまあ、そんな彼女の気持ちも良く分かる。

 

「今回は駄目な方だね。あの提督、僕たち艦娘の事を相当嫌っているみたいだから」

「質問したら怒鳴ってくるしすぐ舌打ちするし、なによりあの見下したような目がほんとにいや~!」

 

 バタバタと腕を振って感情を露にする夕立を、時雨がまあまあと宥め落ち着かせる。

 

 時雨や夕立が所属するような小規模の警備府は着任している艦娘の数も少ない。なので艦隊編成を組む必要がある場合は、近隣の鎮守府に出向する形で参加することが常だ。

 その場合、提督はその時々で変わるのだがこれがまた厄介なのである。というのも提督と言えば、艦娘と二人三脚で任務に当たるイメージかもしれないが、現実はそうではない。

 

 世の提督の大半は他の一般人と同様に艦娘にあまり良い感情を抱いていない。勿論協力的な提督も一定数いるが、それでも少数だ。彼彼女たちは単に資質があっただけで、自ら志願した者などほんの一握り。自身の飯のタネのためだけに鎮守府運営を行っている者が大半だ。それでもなお海の平和の均衡が保たれているのは単に一部の優秀な提督と、なにより艦娘達の献身的な働きに他ならない。

 

「ああいう人はなんで提督をしてるんだろうね」

「しらなーい。興味ないっぽーい」

 

 艦娘がそんなに嫌いなら辞めればいいのに、と思う時雨だが、まあそんな簡単な話でもないのだろう。

 

 事務的に対応してくれるのはまだ良い方だ。大体は無視や軽い嫌がらせから、中には理不尽な罵声や怒声を浴びせられて、酷い場合手を出してくる者もいる。

 それが実際に行ってみるまで分からない。そんな出向任務で出会う提督の事を艦娘界隈では皮肉の意味を込めて『提督ガチャ』と呼んでいる。

 その点から言えば、今回の提督はハズレだった。

 

「時雨とも編成が分かれちゃったし、もう早く帰りたいっぽい」

「まあまあ、提督はアレだけど任務はちゃんとやらなきゃね。無線で状況は伝えられるし、連絡は密にしておこう」

「はーい」

 

 と、そこで時雨のスカートのポケットに入れていた連絡用携帯が振動した。

 それを取り出し、時雨は画面を開く。

 

「どーしたの? 誰かからお手紙?」

「うん、鳳翔と加賀からだ。今日は二人も藤原提督も仕事と任務で警備府に居ないんだって」

「じゃあ今日は任務終わったら時雨、警備府に一人っぽい」

「ああ、いや一人じゃないかな。阿形さんがいるし」

 

 と、そこまで言って、時雨はしまったと口をつぐんだ。

 

「阿形さん? それってだーれ? 新しい憲兵さん?」

「あ、いや、そうじゃないんだけど、なんというかお手伝いさん?」

「……時雨、何か隠してるっぽい。時雨が嘘つくとき右の髪を弄りながら右上を向くこと夕立は知ってるっぽい」

 

 何も考えていないような顔して、なんて観察眼だ。

 別に彼の事は隠さなければいけないような事でもないのだが、なんとなく他の人に話すのは気が引ける。かと言ってこれ以上誤魔化すのも無理そうだったので時雨は観念して彼にまつわる一部始終を夕立に話した。

 

「男のひと~!? 時雨、大丈夫っぽい? 嫌な事されてないっぽい?」

「う、うん。嫌な事どころか僕たち艦娘にとても優しくしてくれるんだ。御飯一緒に食べてくれたり、買い物に一緒に出掛けてくれたり、相談にも親身にのってくれるんだ」

 

 少し照れながら、彼の印象を話す時雨。一方の夕立はどういう事か、なんとも可哀そうな者を見る目で時雨の事を見つめていた。

 

「時雨、そんなイマジナリー彼氏に縋らないといけないくらいストレスが溜まってたなんて、ごめんね、気が付かなくて」

「いや、まあ信じられないのも分かるけど、流石にその結論は酷くないかい」

 

 時雨としても未だにあんな男性がこの世に居る事が信じられないが、実際目の前に居て一緒に生活しているのだから仕方がない。

 しかし夕立の中では自分はそんなに夢想家な人物に見えているのだろうか。だとしたら少し不服な時雨である。

 

「阿形誠二さんって言うんだけど」

「写真! 写真見せてっ!」

 

 そこでふと、そういえば写真を撮ってないなと改めて気が付く。

 

「ごめん、写真はまだないや」

「やっぱりイマジナリー彼氏……」

「いや居るからっ! 僕を可哀そうな目で見るのはやめてよっ!」

 

 ころころと表情の変わる夕立に翻弄される時雨。普段はやんちゃな夕立を時雨が諌める事が多いのだが、今日は夕立優勢の日だった。

 

「えー、でも夕立も会ってみたいっぽい! どんな人なのか気になる~」

「今度遊びに来た時にでも改めて紹介するよ」

「じゃあそれまでに写真送って!」

「それは……駄目です」

「えーっ! なんでーっ!」

「なんでもです」

 

 なんとなく彼の写真を撮れたら、暫くは自分の物だけにしたいと思ってしまった事は夕立には内緒だ。自分もこうして任務を頑張っているわけだし、少しくらいご褒美があっても良いだろう。

 そう考えつつ座り込んでいる夕立を立たせて、服についた砂を払って落としてあげる時雨。

 

「さ、そろそろ出撃の時間だよ。行こう夕立」

「う゛~、しゃしん~」

 

 なおもごねる夕立の手を引きながら、時雨は鎮守府へと続く道を戻っていった。

 

 

 

 

 

 均一に波打つ海面を時雨は軽快に駆けていく。

 首筋に取り付けられた無線からは、時折他の部隊からの報告が上がってくる。

 

 ――僕の隊は二人か。

 

 ちらりと後ろを向くと、付いてくる仲間が一人。艦娘としての経験の浅い新人らしく、緊張した面持ちで艤装を構えている。

 正直この編成の振り分けには疑問しかなかった。通常であれば新人には最低でも二人の先輩艦娘を付けるのが常識だ。それを自分と二人。他の部隊の編成を鑑みても適当に編成したとしか思えない振り分け方だ。

 

「大丈夫かい?」

「は、はい。大丈夫、です」

 

 どう見ても大丈夫ではない。しかしここまで来てしまっては仕方がない。彼女が落ち着くように、努めて優しい声音で時雨は現状説明を試みた。

 

「いいかい。今回の任務は哨戒任務だ。先日、この海域で中規模の戦闘があったのは聞いているね? その際、数体の深海棲艦が途中で姿を消した報告が上がっている。今回はその調査、討伐が主な目的なんだ」

「はい」

「担当海域を捜索して問題なければそれでよし。でももし万が一接敵した場合は僕が応戦するから、君はフォローを。でも命の危険を感じたら僕の事は気にせずすぐに離脱して」

「わ、分かりました」

「よし、じゃあ行こうか。ソナーと電探での索敵は忘れないようにね」

 

 相手が頷いたのを確認して、時雨はまた速度を上げる。

 

「こちら時雨。夕立、そっちはどう?」

『こちら夕立。今のところ特に異常はないっぽい』

 

 どうやら今のところ、何処の部隊も接敵は無いようだ。

 

「了解。また何かあったらすぐに連絡して」

『了解っぽい』

 

 通信を切って、時雨は速度を落とし周辺の様子を探る。

 可能であればこのまま何事もなく帰投できる事が望ましいのだが。

 

 そのまま暫く周辺海域の哨戒を続け、

 

 ――まあ、そう理想どおりにはいかないか

 

 ある岩礁に身を隠すようにして時雨は息を押し殺した。

 視線の先には小さな孤島。その浜の奥に大きな黒い物体が顔を出していた。魚雷に足が生えたようなおぞましい姿をした異形の化け物が身を顰めるようにゆっくりと動いている。

 時雨は極力動かないように、後方の仲間へ待機のハンドサインを送る。

 

 ――さて、どうするか。

 

 敵は一体。あの姿かたちは駆逐級だ。通常であれば時雨一人でも処理できる相手。しかし訓練と違い、実際の戦場は何が起こるか分からない。

 一度引いて、夕立たちと合流してから接敵した方が確実だと判断し――

 

 ――しかしそこで予想外の事が起こった。

 

「……こっちに向かってくる!?」

 

 先ほどまでゆったり旋回していた駆逐級が突如方向を変えて、こちらに物凄い速度で向かってきている。何故、位置がバレたのか。いや今はそんな事を考えている場合ではない。

 

 このままでは接敵は避けられない。ならば、と応戦する準備を仲間の少女に伝えようとして、振り返った時雨は自身の目を疑った。

 

「なんで身を隠してないんだっ!?」

 

 岩陰に隠れていると思っていた少女は、信じられない事に敵の位置から簡単に視認できるところに棒のように立っていた。見れば、全身は震え顔色は真っ青に染まっている。あまりの恐怖に身体が硬直してしまっていた。

 

 なんてことはない。敵は彼女を視認したからこちらに向かってきたのだ。

 敵は時雨ではなく、明らかに彼女に向かって速度を上げて向かってきている。

 

「前方三十メートル先に砲撃! その後即座に時計回りに旋回! こちらに合流を最優先!」

「あ……あ……」

 

 咄嗟の判断で、指示を送るが少女は動かない。いや、動けない。まるで海に掴まれているかのようにその足は動かない。

 

「くそっ!!」

 

 気が付けば時雨は駆けだしていた。ここから敵に砲撃しても時雨の火力ではダメージを与えられても、勢いを止めるまでには至らない。

 時雨の次弾が敵に到達するまえに、化け物の牙が彼女の全身を貫くだろう。

 

 敵は止まらない上に、彼女は動けない。

 だからこそ時雨は砲撃の選択肢を捨てた。駆け出した先は化け物ではなく、動けない少女。

 

 そう、動けないのなら無理やり動かす以外他に無い。

 

「間にっ……合え!!」

 

 時雨の身体が少女の横腹の位置にぶつかるのと、化け物が突っ込んできたのはほぼ同じタイミングだった。

 荒れた水面に激しい水しぶきが舞い上がる。

 

「……ぐう!!」

 

 激しい衝撃と、体中に走る激痛に耐えつつ即座に時雨は態勢を立て直した。化け物は大きく旋回をしながら再度こちらへと向かってきている。

 突き飛ばした少女は何処か痛めたのか、顔を歪めていたがなんとか自力で立っていた。

 

「君は離脱するんだっ! 敵の意識が僕に向かっている内に、早く!」

「……うぅ!」

 

 時雨の檄にたたらを踏んだ少女だったが、すぐに振り返って全速力で戦場を離れていく。

 一瞬奴があちらを追う事を懸念したが、見向きもせずこちらへと向かってきている。どうやら脅威認定されたのは時雨の方だったようだ。

 

「……砲がいくつかやられたか」

 

 右手に持つ艤装との繋がりが感じられない。先ほどの衝撃で浅くはないダメージを負ってしまったようだ。どろりと額から赤い液体が流れてくるのを感じる。

 ドクドクと脈打つ心臓の音が危機的状況を余すことなく知らせてくる。

 

 肺に溜まった空気を一気に吐き出し、意志の籠る瞳で敵を真っすぐに視認する。もし此処を突破されたら此奴は間違いなく彼女の後を追うだろう。それだけは何としても防がなければならない。

 二度目の衝突まで数秒の間。

 

「第二水雷戦隊所属、駆逐艦時雨……ここは譲れないっ!」

 

 瞬間、ひと際高い水しぶきと轟音が周囲の海上に鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 時雨が逸れ深海棲艦と接敵したのと同時刻。

 夕立は編成を分散して一人で海上を駆けていた。その表情には鈍い焦りの表情が浮かんでいる。

 

「さっきから時雨と連絡が取れないっぽい」

 

 数刻前から、定期的に入ってきていた時雨からの連絡が急に途切れた。真面目な時雨の事だ、故意に連絡を怠るという事は考えられない。となれば他に考えられる可能性は三つ。機械の故障か、連絡する必要性がないのか、あるいは、

 

「……連絡できない状況にあるか」

 

 夕立は思わず自身の胸を押さえた。胸騒ぎが止まらない。昔からこういった感覚は当たる事が多い。

 今すぐに時雨の担当海域に向かうべきか、逡巡する夕立の視線の先に小さな影が徐々に近づいてきているのが確認でき、すぐに駆け寄る。

 

「あなたは時雨と一緒に向かった……怪我してるっぽい! すぐに手当てを」

「はっ……はっ……いえっげほっ……私の事は良いですからっ……時雨先輩をっ」

「時雨!? 時雨はどうしたのっ!?」

 

 息も絶え絶えに、少女は辿ってきた方角を指さした。瞳には大粒の涙が溜まっている。

 

「私の所為っ……っで……お願いします……時雨先輩を……助け……てっ」

 

 そこまで伝えて、少女は気を失った。

 夕立はすぐに近くを哨戒していた仲間に少女を任せ、全速力で少女の指さした方向へと駆け出した。

 

「……時雨」

 

 額に浮かぶ汗をぬぐう事もせず、夕立は自身の出せる最大の出力で海上を駆け抜ける。

 その先に飛び込んできた光景に、夕立は思わず息を呑んだ。

 

 青い海の一部が黒々としたどす黒い色に染まっていた。周囲には鉄くずのような物体が浮遊しており、戦闘の余波かそれらの一部は小さな破片のようにあたりの海上に散っていた。

 

「時雨っ! 時雨どこっ!?」

 

 胸中にせり上がる不吉な予感を必死に振り払うように、夕立は大きな声で時雨の名前を呼んだ。

 半ば祈るような気持ちで、海域を駆ける夕立。そんな彼女の思いが届いたのか時雨の姿を視認できたのは、戦場から少し離れた海上だった。

 

 気を失っているのか、寝そべるように時雨は海上にゆらゆらと浮いていた。

 

「時雨っ! 時雨っ!」

「……んぅ……あれ、夕立?」

 

 急いで抱きかかえて名を呼ぶと、意識を取り戻したのか時雨が目を覚ます。

 

「よ、よかった~」

「ああ、そっか。助けに来てくれたんだ」

 

 盛大に安堵の溜め息を吐き、時雨を抱えたままへなへなとしゃがみ込む夕立に謝罪と礼を伝える。夕立は全身汗だくで、本当に急いで来てくれた事が理解できた。

 

「そうだ、あの子は」

「大丈夫っぽい。ちゃんと保護したっぽい」

「そっか、良かった……いっ!」

 

 安心した余波か忘れていた体の痛みがぶり返してきて、時雨は思わず顔を顰めた。

 改めて自身の姿を見てみても、ボロボロだ。額からは血が出てるし、他にも至る所から血が滲んでいる。いくら艤装の加護で衝撃に耐えられるといっても限度がある訳で、こうして怪我をしてしまう事はどうしても避けられない。

 

「時雨、怪我いっぱいっぽい! 早く手当しないと」

「うん、でも任務の報告しないと」

 

 こんな時にも真面目な発言をする時雨に夕立が頬をリスのように膨らませて眉を尖らせる。

 

「そんなの後で良いっぽい! 時雨の警備府が一番近いからすぐにそこに向かうよ!」

「ええ……こんな姿を阿形さんに見られるの恥ずかしいよ」

「イマジナリー時雨は黙ってて!」

 

 ぷんすかと怒りながら、時雨を背負う夕立。

 

 先ほどの深刻な雰囲気はどこへやら、わちゃわちゃとした雰囲気のまま夕立に背負われながら時雨は警備府への路を辿っていく。

 あんまり心配させないで、と普段とは逆の立場で伝えられた夕立の想いにごめんと一言呟いて、時雨は海上を駆ける夕立の背中へと静かに身を預けた。

 

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