壊れた世界で艦娘と   作:@秋風

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第十一話 分岐点

 

 俺は何も分かっていなかった。

 この世界には人類を脅かす敵がいて、艦娘が命を懸けて戦っている事を知識として知っただけで何処か理解したつもりになっていた。

 彼女たちの存在があまりにも普通で、この世界で起こる毎日の出来事の方が衝撃的だっただけに、リアルとしての実感が湧かなかったというのもある。

 

 この世界では長い間深海棲艦との戦争が続いている。

 その長い歴史の中で、人類側は多くの深海棲艦を沈めてきた。戦争なのだから当然だ。だが、だとすればその逆の結果に終わる事もそれもまた戦争なのだから当然の事。

 

 そんな当たり前の事でさえ俺は理解できていなかった。

 俺は何処かで、この世界が戦争をしているという事実を軽視してしまっていた。

 だからだろう、任務から帰ってきた彼女の姿を一目見て、俺の心臓は目に見えない何かに掴まれたかのように激しくざわついた。

 今思えばきっとこの日だったのだと思う。

 

 俺が本当の意味でこの世界を知ることになったのは。

 

 

 

 その日の俺は警備府で一人だった。

 藤原提督も他の三人も仕事と任務が被る事は多いので、こういう事はこの短い期間にもよくあった。しかしこの日は朝から何処か警備府の雰囲気が違っていた。

 

「……なんか今日は静かだな」

 

 朝食を終え、洗濯物を干している間に感じた小さな違和感。現在警備府には俺一人なのだから当たり前だと言われれば当たり前なのだが。

 

「…………?」

 

 それにしては違和感が妙だ。俺は一度洗濯物を干す手を止め、改めて自室の部屋をぐるりと見渡してみる。そこには普段と何ら変わらない自室があるだけだ。

 

 ただ、

 

「……妖精が少ない?」

 

 普段はやかましいほどに周囲を飛び回っている妖精の数が今日はどういう訳か極端に少なかった。

 少ないだけならまだ良いが、いつもは俺の頭の上でだらりと寝ていたり勝手に菓子をそこらへんで食って寝転がっていたりする奴らが、今日に至っては何処か忙しなく飛び回っている。

 

 まるで何かの不安に急かされるような姿に、しかし理由は分からない。

 

「気にはなるが俺に現状何ができる訳もないし、様子を見るか」

 

 単に俺の気のせいという線も十分に考えられる。

 下手に動いて彼女たちの仕事の邪魔になるのも申し訳ないし、現状俺の主観でしかないので、ここは様子見しておくのが無難な判断か。

 

 俺は一人そう結論付けて、再度洗濯物を干す作業に戻ることにした。

 

 

 

 その違和感が明確な危機感へと変わったのは、昼を過ぎて暫く経った頃だった。

 

「……なんだ?」

 

 室内に居た妖精が一斉に玄関先へと飛び出していく。

 その中の何匹かが、俺の袖をグイっと引いてくる。普段は絶対に見せない必死な表情で引っ張る妖精の姿から只ならぬ気配を感じ、俺は読んでいた本を放り投げて妖精の後を追う。

 

 海へと繋がる正門に向かうための廊下を走り抜け、普段皆が仕事や任務へ向かうために必ずくぐる正面玄関へとたどり着く。

 

 そこに彼女は居た。否、正確にはもう一人の見知らぬ少女に背負われていた。

 その姿は傍目にもボロボロで、服は破れ至る所から裂傷がのぞき、額から首筋にかけては鮮血で真っ赤に染まっていた。

 

 脳裏に浮かぶは以前の世界での最後の自分の姿。

 

「時雨っ!!」

 

 何かを考える余裕もなく時雨のもとへと駆け寄る。

 そんな俺の姿を傍目に、背負っていた少女が時雨を優しく横に寝かせてあげていた。

 

「落ち着いて、お兄さん。大丈夫、疲れて寝ちゃってるだけで時雨はちゃんと生きてるっぽい」

「そ、そうなのか。……よかった」

 

 語尾が特徴的な少女の言葉に心の底から安堵の溜め息が漏れる。

 

「でも酷い怪我だ。早く手当をしてやらないと」

 

 とりあえず最悪の想像は避けられたが、それでも重症である事は間違いない。そんな焦る俺を何故か隣の少女は不思議そうな瞳で見つめてくる。

 軍人たるものこの程度で狼狽えるなんて、軟弱な奴と思われてしまっただろうか。

 

「いや、すまん。こういう時こそ落ち着かないといけないのは分かってるんだが」

「ううん……お兄さんは時雨の事がそんなに心配?」

「当たり前だ。出会ってからの時間こそまだそんなに経ってないが、少なくとも俺は時雨の事を大切な仲間だと思ってる」

「そっか」

 

 出会ってからの日数こそ短いが、その間でも時雨は沢山の事を俺に伝え、助けてくれた。そうでなくても目の前にこれだけの怪我を負った人間がいれば心配になるのも当然だと思うが。

 俺の言葉をどう解釈したかは分からないが、少女はどこか嬉しそうに笑みを見せてくれた。

 

「とりあえず最低限の止血の処置だけして、あとはドックに運べば良いと思うっぽい」

「よし、止血用の包帯はたしか」

「もってきてるです」

「ぞんぶんにつかうべし」

「ああ、助かる!」

 

 見れば医療セットを妖精が何時の間にか準備してくれていた。艦娘の事となると本当に優秀な彼女たちに礼を言って、慎重に怪我の場所を消毒し包帯を巻いていく。

 あまり経験は無かったが、妖精たちの助けもあってなんとか一通り処置を得る事ができた。

 

「……ん、あれ、僕」

「ああ、起きたか時雨」

 

 処置を終えたと同時に時雨が目を覚ました。まだぼーっとしているのかこちらを向いて、徐々に視点が定まってきたのか、

 

「あ、阿形さん!? なんでここに!? って僕、体中ボロボロで服も破れてっ」

 

 急に羞恥心を露に慌てはじめてしまう。

 

「ここは時雨の警備府っぽい。時雨がぐーすか寝てるうちに夕立が一生懸命運んだっぽい」

「そ、それは本当にありがたいけど、ぐーすかなんて寝てないでしょ僕!」

「時雨、怪我してるんだから無理に動かない方がいい。傷に響くぞ」

「う、うん。ごめん」

「いつもは頑固な時雨がお兄さんの言葉にはとっても素直っぽい」

「ゆ、夕立!!」

 

 普段大人しい時雨がここまで大きな声を出すのは珍しい。ケガ人だから安静にしててほしいが、こうして軽口が叩ける元気があるのは一安心だ。友達の少女とも仲がよさそうで微笑ましい。

 

「それじゃ処置も終わったっぽいし、ドックに運ばないといけないんだけど」

「大丈夫、自分であるけ……つっ!」

「無理は駄目っぽい。足、変な方に捻ってるでしょ」

「よし、俺が運ぼう」

「え……ひゃ!」

 

 言って、時雨の膝の裏辺りと肩甲骨の裏の辺りに腕を回して持ち上げる。いわゆるお姫様だっこという奴だが、状況が状況だけにこれで許してほしい。

 隣では夕立が瞳を輝かせてこちらを見ているのが良く分かった。普段は見られない状況を楽しんでいるようだな。

 

「だ、駄目だよこんな……僕、重いよ」

「ん? 羽のように軽いが?」

「ううぅ……恥ずかしいよ」

「申し訳ないが、ドックまで我慢してくれ」

「……うん」

 

 友達の前で大人に抱きかかえられるという事に羞恥心を覚えるその心は痛いほど理解できるが、ここは流石に譲る事はできない。お詫びは後日いくらでも受けるとして、今は多少無理にでも言う事を聞いてもらいたい。

 そうしてドックへと向かう俺たちの横に、夕立と呼ばれた少女がちょこちょこと付いてきて時雨の耳元で何かを話しかける。

 

「時雨の言った通り、とってもとっても優しい人っぽい!」

「それは本当にそうなんだけど……男の人に抱き抱えられるなんて頭が沸騰しちゃいそうだよ」

「さっきも時雨の事本気で心配してたっぽいし、夕立の事も嫌な目で全然見ないっぽい」

「いまだに完全には信じられないんだけど、阿形さんは僕たち艦娘の容姿の事、全然気にならないらしいんだ」

「っぽい~!! だったらだったらお願いしたら夕立とも遊んでくれるかな!?」

 

 ささやき声なので内容までは聞こえないが、二人が楽しそうで何よりだ。

 そのまま時雨の負担にならないように、ゆっくりと歩を進め、そこから数分経ってドック施設へと辿りついた。

 

「本当にここまででいいのか?」

「う、うん。ここからドックまではすぐだし、妖精さんも手伝ってくれるから」

「そうか」

 

 なおも少し心配な心が漏れたのか、肩をちょちょいと夕立が叩いてくるので膝を曲げて彼女の口元に右耳を合わせる。 

 

「お兄さん、ドックはお風呂みたいなものだから服を全部脱がないといけないっぽい。それでも時雨の事が心配ならお兄さんも一緒に入ってくれると時雨も―ー」

「……夕立、それ以上言うと阿形さんと遊べなくするよ?」

「――っていうのは冗談っぽい! やっぱりお風呂は一人でゆっくり入るのが一番っぽい!」

 

 夕立の額からだらだらと冷や汗が溢れ出す。しかし今のは夕立が悪い。俺なんかと一緒に風呂に入って何が楽しいというのか。とにかく今は時雨にはゆっくり休んでほしいものだ。

 

「あ、ああ。気が利かなくて悪いな時雨。ゆっくり休んでくれ」

「うん、二人とも、あと妖精さんも本当にありがとう」

 

 最後に感謝の言葉を述べて、時雨はドック施設へと消えていった。

 とりあえず当面の危機は去ったようだ。

 

 さて。

 

 問題はこの後だ

 普通ならばこの隣に立つ夕立という少女には礼を伝えて帰ってもらうのが普通の対応になるのだろうが。彼女にも帰る場所があるだろうし、任務後であるなら疲労も溜まっている筈だ。

 

 ちらりと隣の夕立へと視線を移す。

 

「…………」

「…………っぽい」

 

 しかし何故かこのまま彼女を帰してしまう事に妙な罪悪感が顔を出してくる。

 何処か期待に満ちた目で、きらきらとこちらを見つめてくる視線も実に眩しい。仕草がなんとなく昔飼っていた犬に似ていて、構ってやりたい欲も一入だ。

 

「夕立って言ったか、君はこれから急ぎの用事があったりするのか?」

「任務の報告があるけど、大枠は仲間の子がやってくれたって連絡があったっぽい。残りは時雨と一緒に報告書を出すだけだから急ぎではないよ?」

 

 ふむ、となると少しぐらい時間を貰っても大丈夫そうか。

 時雨を助けてくれた礼もちゃんと言いたいし、時雨の回復を待つすがら彼女と親交を深めるのも良いだろう。

 

「なら少し此処で休んでいかないか? 時雨を助けてもらった礼もしたいし。勿論夕立が良ければだが」

「良いの!? 写真より前にお兄さんとお話できるなんて嬉しい~!」

「写真?」

「あ、なんでもないっぽい!」

 

 俺の提案に夕立は二つ返事で了承してくれた。

 場所は、まあ俺の部屋でよいだろう。

 

 と、その前にだ。

 

「そういえば俺の名前を言ってなかったか」

「セイジさん!!」

「ん? 俺、名前言ったっけ?」

「セイジさん!!」

「まあいいか。好きに呼んでくれ」

「っぽい!」

 

 元気よく返事する夕立を見ているとこちらも不思議と元気になってくる。

 気が付けば妖精たちも戻ってきており、いつもの一匹が俺の頭の上でべちゃりと大の字で横になった。とはいえ今日はこいつらにもかなり助けてもらったので小言を言うのは止めておこう。

 

「今日はお前らにもいろいろと助けられたな。ありがとうな」

「それはもちろん」

「なかまですから」

「たすけるのはとうぜんのこと」

「どうしてもというなら」

「くれーぷがたべたし」

「たしかなまんぞく」

 

 流れるような連携でちゃっかり要望まで済ませてしまう手際の良さに呆れを通り越して感心してしまう。だがまあ、今回はその働きに免じて要望を叶えてやることにしよう。

 

「分かったよ。今度買ってくるから待っててくれ」

「さすがにきぶんがこうようします」

「むねがあついな」

「ぶんせきどおりです」

「まあそうなるな」

 

 一斉にわーっと湧く妖精共。なんとも現金な奴らだ。しかも身体が小さいとはいえこの数が満足するクレープの数なんて相当な数になってしまわないか? 少し早まったかもしれない。

 

「騒がしくしてすまんな夕立」

「す……」

 

 す?

 

「凄いっぽい! こんなにいっぱいの妖精さんが付いてる人初めて見たっぽい」

「付いてるって大袈裟な。こいつらは俺の周りで好き勝手やってるだけだぞ」

「ううん。妖精の数はその人の資質と、艦娘を思う心の写し鏡だって夕立の提督さんが言ってたっぽい! こんなにいっぱいなんてセイジさんはきっとすごい人っぽい!」

「普段は俺の部屋で食っちゃ寝して一緒にマンガ読んでるだけだぞ?」

 

 まあ細かい事は分からんが、良くも悪くも見知った同居人たちだ。最近は存在にも慣れてきたし、俺としても険悪になるよりは仲良くしていきたいとは思っている。

 

「帰ったら、他のみんなにセイジさんと遊んだこと自慢しちゃうっぽい!」

「そんなこと自慢にもならんだろうに」

 

 やけに上機嫌な夕立の横でぼやいてみるも、あまり効果は無い。

 まあ俺としてもこうして新しい艦娘の少女と親交を深められるのは素直に喜ばしい事だ。夕立も十二分に可愛らしいしな!

 

「それじゃ部屋行くか」

「男の人の部屋初めて入るっぽい。なんだろう、ドキドキする~」

「期待してるとこ悪いけどなんにもないからな」

 

 言って俺の部屋へ続く廊下を二人で歩く。

 そういえば部屋に洗濯物干したばっかだったことに途中で気が付いたが、今更どうしようもないので諦めてそのまま進むことにした。

 

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