壊れた世界で艦娘と   作:@秋風

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第十六話 思惑

 

 艦娘の事をより知るために、俺にできる事は何か。

 今後の身の振りを考えていた俺の出した答えに、藤原提督は少し困ったような表情を浮かべている。場所は応接室。朝食後、相談したい旨を伝えると藤原提督はすぐに応接室に招いて時間を作ってくれた。

 

「阿形さんには軍のしがらみとかとは無縁でいてもらいたかったのだけれど、わざわざ悪意の掃き溜めみたいな場所に自分から飛び込む必要はないのよ?」

「お気遣いありがとうございます。ですが、もう決めた事なので」

 

 自分だけ安全圏に身を置いている人間が、最前線で戦っている艦娘の事を理解するなんて出来る筈が無い。俺は彼女たちと同じ立場で、同じ歩幅でこの世界を歩いていきたいのだ。ちっぽけな人間である俺が彼女たちの背負う重荷を取り去ってやる事は出来ないが、せめて一緒に背負う事くらいは俺にもできると信じたい。

 

「……そう。貴方が決めた事なら、私に止める権利は無いわね」

「すいません、これまで散々便宜を図ってもらったのに」

「それらは当たり前の事だから気にしないで。それに経緯はどうあれ貴方はたぶんこっちの道を行くだろうなって思っていたから驚きは無いわ。勿論心配ではあるけれどね」

 

 紅茶の入ったカップを静かに傾けながら、藤原提督は微笑みをこちらに向けてくる。

 流石は大先生、俺の考えなんてお見通しか。

 

 カップを置いて。藤原提督はふむ、と右手の親指と人差し指を顎の辺りに触れさせる。

 

「知識の底上げを図るために軍の基本情報や書類関係は引き続き私の補佐をやってもらうとして、問題は実地演習の方ね」

「実地演習、ですか」

「新米提督が勉強のために他の鎮守府に派遣される事をそう呼ぶの。艦隊運用の方法は一つではないから、それこそ提督の数だけその運用方法も変わってくる。本来は艦隊指揮を学ぶための演習なのだけれど、阿形さんは提督を目指すわけではないし、目的は別にあるわね」

 

 藤原提督の説明に。流石の俺もピンとくる。

 

「なるほど、鎮守府や警備府には当然艦娘が居ますもんね」

「そういう事ね。此処にずっと居ても三人しかいないから、個人と関係を深める分には問題ないけれど、艦娘を理解するという大きな目的で考えるとどうしても経験値が増えないわ」

 

 確かに藤原提督の言うとおりだ。この世界の艦娘は三人だけではない。警備府や鎮守府の数だけ、配属されている艦娘もまた存在している。その総数がどれほどかは分からないが、流石に三人と関係を深めただけで艦娘を理解したと考えるのは浅慮の極みでしかない。

 

 彼女たちも一人一人が意志のある人間だ。思考も立場も境遇も違う彼女たちに触れて、関係を築くことで初めて理解の一歩目を踏み出すことが可能になる。

 

「阿形さんが望むなら派遣先は私が紹介してあげる。でも、もう一度よく考えて。この世界は艦娘の子たちにとても厳しいけれど、それと同じくらい男の貴方にも過酷な世界なのよ」

 

 言葉の端々から藤原提督の思いやりをひしひしと感じる。

 この人はこの世界の事を嫌というほど知っているから。それこそ俺の想像も及ばないような光景も見てきたに違いない。異世界という場所で三十年の重みを経験した人の言葉は軽くない。

 

 正直恐怖心が無いわけではない。だがそれは俺にとって進まない理由にはなりえない。

 

「確かに過酷かもしれません。ですが時雨たちのあの姿を見せられて、まだ何もしていない男の俺が怯えて縮こまっているわけにはいかないですよ」

「貴方は本当に、どうしてそこまで」

 

 そんな問いに、俺はニッと笑って、

 

「やっぱ男として、彼女たちにカッコ悪いところは見せたくないですからね!」

 

 ビシッと決め顔で宣言して見せた。だというのに藤原提督はぽかんとした表情から一転、急にぶはっと噴き出したかと思うと笑いながらソファーに深く体重を預けた。折角キマッたと思ったのにそんなに笑う事無くない?

 

「……そんなにおかしな事言いましたかね」

「うふふっ、ごめんなさい。でもそうね、この世界の男性を見続けてきた所為ですっかり忘れていたけれど、男の子って本来そう言うものだったわね。貴方のお陰で久しぶりに思い出せたわ」

 

 これは誉められているのだろうか。微妙なところだが、藤原提督が嬉しそうなのでまあ良しとしておこう。

 一頻り笑った後、藤原提督は満足そうな表情で話を纏めてきた。

 

「とりあえず一度経験してみましょう。派遣先は私が一番信用しているところに依頼を出してみるから、返事が来たらすぐ伝えるわ。その経験を踏まえてその先をどうするか改めて相談しましょう」

「了解です。ありがとうございます」

 

 その後。細かな報告や近況状況などを話して、その場は解散となった。

 

 

 

 阿形が礼を告げて部屋を出ていった後、藤原はおもむろに給湯室の方へと視線を向けた。

 

「もう出て来て良いわよ、あなたたち」

 

 その言葉に合わせて給湯室の奥から時雨、加賀、鳳翔の三人がおずおずといった様子で姿を現した。反応こそ三人で微妙に違うが、気まずそうなのは全員共通している。

 そんな部下三人を向かい側のソファーに座らせる。

 

「それで、あなた達は一体何をしているのかしら?」

 

 正直、大方の予想は付いている藤原だが。

 

「いや、だって阿形さんがあまりにも真剣な表情で提督に話しかけるから」

「つい、何かあったのかと」

「万が一にも阿形さんの移籍の話でもあったりしたらと考えると、どうにも気になってしまいまして」

「それで先回りして隠れていたわけね」

 

 まあそんな事だろうとは思った。

 半ば呆れたような表情で、藤原はソファーの端に片肘を突く。阿形との会話の途中で既に彼女たちの存在には気が付いていたが、別に隠すような話の内容でもなかったのでスルーしていた。結局彼は最後まで気が付かなかった様子だったが。

 

 しかし普段優秀な彼女たちが、彼の事となるとこんなバレバレな拙い策に頼るしかないなんて。

 

「なんだかんだあなた達もしっかり、女してるわねえ」

 

 気になる異性の事となると一気に知能指数が下がるのはどの世界でも一緒のようだった。とはいえ阿形の方はともかく彼女たちからもしっかりと彼に意識が向き始めている事はとても良い事だ。

 

「いや、僕は止めたんだけど、加賀が勝手に」

「確かに先に行ったのは事実だけれど、しっかりついてきた貴方には言われたくないわよ、むっつり時雨」

「む、むっつりスケベみたいな語呂で言わないでよっ! それを言ったら給湯室に隠れる提案をしてきたのは鳳翔じゃないかっ!」

「私は給湯室のお茶の在庫を確認したかっただけで別に他意は……」

 

 一人さらっと難を逃れようとする鳳翔に、二人が非難の目を向ける。流石にそれは無理があるだろ、と。

 

「…………」

「…………」

「な、なんですか二人とも、その目は」

「いえ……時雨はどう思うかしら?」

「うん、実は一番むっつりスケベなのって鳳翔だよね」

「なっ……!?」

 

 なんとも不名誉な物言いをされて、鳳翔の首筋から上が一気に赤に染まっていく。まるで男子中学生の会話だ。飽くまで藤原の感覚の話だが。しかしこの三人、一応上司の前だという事を綺麗さっぱり忘れすぎではないだろうか。

 なおも言い合いを続けようとする三人に向けて、藤原はパンパンと二回手を叩いた。

 

「はいはい。あなた達が彼を意識してることは十分に分かったから。一旦落ち着きなさいな」

 

 彼女の穏やかな声音に熱が拡散され、三人ははっと慌てたように姿勢を正した。すぐに無礼を察知して頭を下げてくる可愛い部下たちのために藤原はポットから三人分の紅茶をカップにそそぐ。

 ふわりと立ち上るハーブの香りに、彼女たちもゆっくりと落ち着きを取り戻したようだ。

 

「ごめん、提督。阿形さんの真剣な顔を見てたら、なんだかいてもたってもいられなくて」

「異性の事が気になるのは自然な事よ。それが彼のような男性ならなおの事ね」

 

 今まで異性と出会う機会にすら満足に恵まれなかった彼女たちに、心の内に芽生えたその感情の機微を制御しろと言うのはあまりにも酷な話だ。

 彼女たちはきっと今、数段先から過程を飛び越えてやってきた春の訪れに心を翻弄されまくってるのだ。

 

 さながら思春期真盛りのモテない、いじめられがちな中学生男子が突然現れた無防備エッチな美人のお姉さんに、今まで否定され続けてきた自身の存在を優しく全肯定されまくっているイメージか。そんなもの脳が焼けるに決まっている。

 

 この件に関しては間違いなく阿形が悪い。藤原としても彼の存在が艦娘の救いになる事を期待し、信じてもいるが、それにしてもやり過ぎである。

 彼は他人に対する配慮は人一倍強いというのに、艦娘の心の動き――特にプラス方向において――を察知するのはどうにも苦手なようだ。それも育った世界と認識がまず異なっているのだから当たり前といえば当たり前なのだが。

 それにしても、もともと深く考えない性格も相まってか、彼の言葉はあまりに正直すぎる。

 

 彼は艦娘が好き + 裏表のない正直な言葉 × この世界の歪な常識と在り方 = 艦娘の脳破壊

 

 この図式が成り立つのが早すぎる。もちろん藤原としても艦娘が彼に心を許すのを期待してきたが、その速度が予想の十倍は早い。おかげで彼女たちの心がこの世界との常識との落差に付いていけず、良い意味で暴れ始めている。もはや魔性。やもすれば完璧に艦娘を依存という禁忌の快楽に溺れさせてしまう魔性の罪深き男、阿形誠二。

 

 だが、藤原は止めるつもりは毛頭ない。

 それとなくやんわりとお前の言葉は刺激が強すぎるからと忠告はしているのだ。だから仕方が無い。別にこの世界が一夫多妻制を推奨してるとか、艦娘が幸せそうだから別にいいかとかは決して考えてはいない。その結果、主に貞操的な意味で彼が後々大変な目に遭っても、悲しきかなそれは必要な犠牲であったと割り切る事ができる。

 決して藤原は今の状況を少しばかり楽しんでいるわけでは断じて無い。決して。

 

「この前、九条警備府の赤城さんに彼の事を話したら幻覚として処理されたわ。休養をしっかり取って、意識をしっかり保つようにと。そんな経緯が無意識のうちに今回の行動に繋がってしまったのかしら」

「いや、流石にそれは自然ではないわ」

 

 一人物憂げに溜息を吐く加賀に藤原は真顔でツッコミを入れる。

 少し前に、急に九条警備府所属の艦娘である赤城から加賀の様子におかしなところが無いか頻繁に連絡が来ていた時期があったが、そういう事だったのか。

 確かに合理的で現実主義な赤城からしたら彼のような男性の存在を信じられなくても無理はないが、それにしても幻覚で処理してしまうのは流石に極端ではないだろうか。

 

「彼の存在が私の未熟で淫猥な心を狂わせるのです」

「あなたは真剣な顔でなんてことを言っているの?」

 

 まるで未亡人が題材の小説の一文のような台詞を、直属の部下から聞くことになるとは思わなかった。鳳翔はいったいどこに向かっているのか、藤原には全く分からない。

 止めるつもりはないと言っても、それは阿形に限っての話だ。艦娘側が駄目な方に突っ走りそうになれば、流石に止める良心を藤原は持ち合わせている。

 飽くまで阿形に関してのみ、ブレーキが緩んでいるだけだ。藤原は基本常識人である。

 

 とにもかくにも。

 

「あそこに居たのなら聞こえていたでしょう。彼の今後について話していただけで、移籍とかそんな話では全く無いわ。安心なさい」

 

 ただ、と注釈をつけて藤原は実地演習の件を三人に説明した。相手先の警備府や鎮守府に派遣される形になるのだから、彼がこの警備府を離れる期間はどうしても存在する。

 

「その間は彼に会えないわけですか」

「そっか」

「そうね」

 

 藤原の言葉が終わるや否や露骨にしょんぼりする三人に思わず苦笑を零してしまう。実地演習は主にひと月の間行われるのが通例だ。派遣した新人をそこに配属させる訳ではないので、その場に染まり過ぎるのも良くは無い。かといって短すぎても勉強にならない。その結果がひと月という期間。もちろんその間に必要があればこちらに帰ってくることもできるが、基本的には派遣先で衣食住を賄う事になる。

 

 ひと月という期間を永いと感じるかは人それぞれだろうが、少なくとも彼女たちを気落ちさせるには十分な期間であると言えるようだった。

 

「別に今生の別れという訳でもないんだから。それに別に派遣先に向うのが彼一人だとは誰も言っていないでしょう?」

 

 未だ海軍知識の乏しい彼を一人で派遣先に向わせるのは、流石にいろんな意味で危なすぎる。例え信頼できる派遣先であったとしても彼は男である身、何が起こるか分からない。

 

「って事は、僕たちも一緒に行けるの?」

「流石に一人だけれどね。補佐として付いて行ってもらう予定よ」

「……一人、か」

 

 時雨の呟きに、部屋の空気がピンと張り詰める。

 

「私が決めても良いんだけれど、それではあなた達も納得できないだろうし。この場でジャンケンでもして決めてしまいなさい」

 

 決定を長引かせても彼女たちに任せても碌な事にはならないと判断して、藤原は完全に運任せの勝負の仕方を提案した。これならば後腐れも危険な事にもなりはしないだろう。

 

 と、次の瞬間、巨大な風船が破裂したような風の奔流が三人を中心に激しく逆巻いた。

 

「幸運艦としての加護の力、今こそ発揮するときだね」

「流石に此処は譲れません」

「本気を見せるのは何時振りかしら」

 

 どういうわけか、彼女たちは艤装を展開していた。数多の戦場を共に駆けた、駆逐艦としての誉れであり空母としての誇りである艤装を、何故かハーブの香る応接室で実に堂々と。

 本当に意味が分からない。

 

 バタバタと室内なのに忙しなく巻き起こる風の奔流に帽子を飛ばされ、なおもズレかけた執務用の眼鏡を直すことも諦めて、藤原は次第に考える事を止めた。

 

「それじゃ行くよ」

『ジャーンケーンッ』

 

 そんな彼女を置き去りにしたまま、大規模艦隊決戦ばりの三人の掛け声が警備府中に響き渡るのだった。

 

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