「お待ちしておりました」
最寄り駅で降りた途端、そんな風に声を掛けられた。濃い茶色を基調とした、俺のものとは少し異なる形式の軍服に身を包んだ女性が折り目正しくこちらに腰を折ってくる。
「ええっと……誰だろうか」
「あの姿は憲兵ね。おそらく九条提督が寄越した送迎係の人だと思うわ。警備府の中には憲兵を常駐させているところもあるから。軍関係者の警護も憲兵の一つの仕事、こうして派遣されることも珍しくはないわ」
俺の疑問を耳打ちで解消してくれる加賀。
憲兵という存在が居ることは知っていたが、こうして実際見るのは初めてだ。基本は軍の規律や違反者を取り締まる軍内の警察といったイメージだが、こういった仕事もあるのか。
ともあれわざわざ俺たちのために来てくれた人だ。礼は伝えなければ。
俺は軍帽を取って、挨拶をするために彼女へと歩み寄った。
「藤原警備府所属の阿形誠二です。今日は俺たちのためにわざわざありがとうございます。よろしくお願いします」
そうして顔を上げて、視界に入ってきた彼女の風貌に俺は驚愕した。
「あ、い、いえ! に、任務ですので! あっ、憲兵隊所属の小巻毬ですっ!」
何かに驚いたかのように声が裏返っている彼女だが、かなりの美少女だった。年のころは同じぐらいか。整った目鼻立ちに小柄な体躯、肩口で切り揃えられたボブカットの綺麗な黒髪。何故か前髪が少し長く、目元が隠れがちだが、トータルで考えても十分に美少女と言えるだろう。
正直、艦娘以外にも美少女が居たことに驚きを隠せないが、よく考えればいない筈もない。小巻さんは化粧も軽めで、この世界で流行ってると思しき厚めのメイクもしていない。
彼女は話しかけられると思っていなかったのか、慌てた様子のまま車まで先導してくれる。
「なあ、加賀。もしかして憲兵って任務中私語厳禁の掟みたいなのがあるのか?」
だとしたらいきなり話しかけたのは迷惑だったかもしれない。
そんな俺の心配を他所に、何故か加賀は少しジトっとした瞳を俺に向けていた。
「いえ、そういうのは無いと思うけれど、あなたの人当たりのよさはある種爆弾みたいなものね。あちこちに仕掛けてはすぐに爆発させようとするのはどうかと思うわ」
「すまんが、全く意味が分からんのだが」
「本人は無自覚というのが更に困りものね」
はあ、と目の前で溜息を吐く加賀の視線が痛い。軽率な行動は慎めという事か。
そこから逃げるように、小巻さんに案内された場所で停車していた車へと乗り込む。俺と加賀が後部座席に収まったのを確認したのち、車はゆっくりと速度を上げて走り出した。
一気に静かになる車内。ここから九条警備府まではそう時間は掛からないようだが。
そこでふと、ルームミラー越しにこちらをちらちら見ていた小巻さんと目が合う。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ、すみません!」
「大丈夫ですよ、何か気になることがあれば遠慮せず言ってください」
狭い車内で加賀とだけ会話するというのも感じが悪いし、それに折角の機会なので会話を広げてみたい気もする。
小巻さんはおずおずといった様子で、控えめに言葉を口にした。
「その……男性の方とは聞いていたのですが、イメージと随分違うなって。あ、もちろん良い意味でなんですけど、艦娘である加賀さんともとても仲が良さそうに見えましたので」
「加賀を知っているんですか?」
「はい、九条提督に予めお二人の簡単な資料を頂いていたので。加賀さんについてはとても優秀な方だとも」
「……そう」
小巻さんに褒められて、満更でもない様子の加賀。もともと良い姿勢が、更にぴんと真っすぐに伸びている。表情の変化こそ乏しい加賀だが、よく見れば存外わかりやすい性格をしている。
それにしても小巻さんからはなんというか、今まで会った一般の人たちから発せられる艦娘に対する嫌悪感のようなものを感じない。
その証拠に初対面の人物には基本お堅い壁を作る加賀も、今日に限っては何処かリラックスしているように見えた。
「小巻さんはどうして憲兵に?」
「実は私、小さいころに艦娘の方に助けてもらったことがあって。旅客船の座礁事故だったんですけど、船内で親とはぐれて一人泣いている私に、駆け付けてくれたその方はとても親身に優しくしてくれたんです」
やもすればトラウマにもなりそうな出来事を、小巻さんは大事な想い出かのように話してくれる。
「せめてもの恩返しのためにと、提督適正試験を受けようとしたんですが……あはは、私、こんな見た目ですし資質もからっきしで書類選考の段階で門前払いされてしまって、ならば他に艦娘の方のお役に立てる仕事はと考えたときに、思い浮かんだのが憲兵だったんです」
我ながら単純ですが、と自嘲気味に話す小巻さん。俺の感覚ではさっぱり意味が分からないが、こんなところでも容姿というファクターは重要視されるらしい。
「全く無意義な選考基準ね」
「全くもって同意だな。加賀も小巻さんもこんなに美少女なのに」
瞬間、車体がぐわんと揺れた。
「す、すみません。図らずもお世辞の言葉に動揺してしまいました」
「いや、お世辞ではな――」
「貴方はこれ以上何も話さないで。私はまだ死にたくはないの」
見れば二人とも頬が朱色に染まっている。
とても正直な感想を言ったつもりが、加賀にとんでもなく辛辣な言葉で返された。何も考えていないとつい思ったことが口に出てしまう。とはいえ他が言わない分、俺が事実を伝えて美少女の自覚を持ってもらえると良いなとも思っているのだがこれがなかなかに難しい。
「でも私、男性の方にお世辞を言ってもらえたの初めてです」
「気を付けて。この人私たちみたいなのに真顔で180キロの剛速球ど真ん中ストレートをモーション無しで投げてくるから」
「よ、よく分かりませんがそうなんですね。でも普通男性が私を見ても良くて無視なのに、阿形さんのように普通に会話してくださる方と出会ったのは初めてです」
「そう、まるで奇人よ。まるで奇々怪々、油断すると脳を焼かれるわ」
「んなわけあるか」
悪ノリを始めた加賀に思わずツッコミを入れる。人を手当たり次第に口説くチャラ男みたいに言うんじゃない。
この流れは不味い気がするので、会話の流れを変えるよう試みる。
「実は俺、憲兵の方とお会いしたの初めてなんですよ。軍属になったのも最近で、それまでずっと田舎の孤児院で育ってきたからか世間と感覚もズレ気味で」
この辺りの俺の出自は前もって藤原提督と確認済みだ。もっとも嘘を吐いたところで女神の強制力で致命的な齟齬とかは発生しないらしいが。
「だから、小巻さんもいろいろと教えてくれると嬉しいです」
「あ、えと、その」
偶然とはいえ折角繋いだ縁だ、なにより艦娘の事を想える人はこの世界では貴重である。今後も良き関係でありたいという意思も込めて俺に出来うる最大の笑顔で爽やかフェイスを浮かべてみたのだが、ミラー越しに目が合った小巻さんに一瞬で視線を逸らされた。死にたい。
そんな俺を他所に、加賀が小巻さんの耳元に顔を近づけている。
「否定すれば嫌味で高慢な奴、肯定すれば社交辞令を真に受ける恥ずかしい奴。今までそんな理不尽な捉えられ方ばかりで答え方が見つからない貴方の気持ちもよく分かるわ。でも、大丈夫よ。彼、社交辞令とか人を騙したりとか出来るほど器用な人間ではないから」
「こ、こんな私でも、でしょうか」
「彼の頭の中は未だに私にも分からないの。ただ、御伽噺みたいで信じられないのも無理はないけれど、彼が私たちみたいなのにも好意らしきものを向けてくれているのは本当よ」
「……彼、襲われたりとかは」
「……今、私服で野に放てば一時間持たないでしょうね。正直今まで襲われてこなかった事の方が不思議なぐらいよ。ただでさえ無防備なのに、そういった事に隙だらけで事あるごとに情欲を煽ってくるから色んな意味でたまらないわ」
お互いにひそひそと会話していると思ったら、今度は意味深な視線だけ――小巻さんはミラー越し――をこちらに向けてくる二人。女子同士の秘密の会話に割って入れる陽キャスキルなど当然持ち合わせていないので、とりあえず笑顔で返しておく。
「……あれは素でやってるんですよね? 何かの罰ゲームとかではなく」
「残念ながら純度100%の純然たる笑顔なのよね」
「……えっちすぎます」
「まるで女にとっての煩悩が服を着て歩いてるみたいな存在ね」
「……えっちすぎますっ!!」
なぜ、そんなに湿度の高い視線で俺を見てくるのか。
まさかとは思うが、俺が世間知らずでふがいない人間だという事を加賀を通して小巻さんに再確認させているのではなかろうな。
いや、事実ではあるから仕方のない事でもあるが、出来れば良いところも伝えておいてほしいところだ。
「確かに俺のような素人知識の人間が居ては先々に関して不安になる気持ちも分かるが、俺も努力は惜しまないつもりだ。だからどうか二人も力を貸してくれ。代わりに俺に出来ることならなんでもやるからさ」
現在の俺は借りてばかりで碌に何も返せていないが、小さなことでも受けた恩にはちゃんと報いるべきだ。俺の能力では大した力にもならないだろうが、困ったときの相談相手ぐらいにはなりたいものだ。
「……なんでも?」
「……本当ですか?」
「ああ、もちろんだ!」
先ほどとはうって変わって低い声音で確認を取ってくる二人に力強く返事をする。男に二言はない。何故か二人の視線の圧が強くて少し腰が引け気味になりそうだったが。多分きつい力仕事とかが待っているのだろうから、普段暇なときに続けている筋トレはこれからも継続したほうがよさそうだ。
「なんでもってどこまで許されるんでしょうか?」
「土下座したら、インナー姿の上半身ぐらいは見せてくれるのかしら」
「……えっちの極みです!!」
ひそひそと何やら騒ぐお二人。
「えへへ。私、今日の事、憲兵隊の仲間の子に自慢しちゃいそうです」
「それは間違いなく暴動が起きるから止めといた方がいいわ」
加賀と小巻さんはどうやら気が合うようで、なおも他愛もない会話を楽しそうに続けている。
ふと前方に視線を向けると、ナビに記された時間はもう間もなく到着するところまで迫っていた。
「あと十分ちょいってところか」
俺は残りの時間を窓から見える広大な海を眺めながら過ごすことにした。
病院通院のため、投稿が遅れました。すいません。