壊れた世界で艦娘と   作:@秋風

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第二十話 初任務

 

「それでは私はこれで失礼します」

「はい、ありがとうございました」

 

 九条警備府の正門前まで俺たちを送り届けてくれた小巻さんに改めて礼を告げて、そこで彼女とは別れた。憲兵である彼女の仕事は当然送迎だけではなく、車を返しに行ったとあとは街に見回りに出るそうだ。

 一瞬連絡先を聞いておこうか迷ったが、昨日今日会った人間が慣れ慣れしすぎるかと流石に自重した。小巻さんも九条警備府には頻繁に出入りしているようだし、機会はこれからもあるだろうしな。

 

 さて。

 

「ここが九条警備府か」

 

 見上げるとそこには年季の入ったレンガ造りの建物が。藤原警備府で慣れたつもりではあったが、元の世界ではあまり馴染みのなかった風体なだけにこうして見ると改めて立派な建造物に見える。

 

「行きましょうか」

「ああ」

 

 加賀に促され、正門から敷地内へと入る。ちなみに入り口の施錠は門の上で器用に寝そべっていた妖精さんが開けてくれた。

 

「おおむね時間通りだな」

「ええ。予定では艦娘の誰かが出迎えて――ああ、いましたね」

 

 加賀の何かに気が付いたような視線につられた先には、確かに一人の人物が立っていた。此処からでも分かるピンと伸ばされた綺麗な立ち姿の人物は、近づいてみるとよりはっきりとその相貌の美麗さを俺に感じさせた。

 端的に言って、とても綺麗なお姉さんが扉の前に立っていた。

 

 向こうも俺たちに気が付いていたようで、軽く頭を下げてくる。

 

「ようこそ九条警備府へ。貴方が阿形誠二さんですか」

 

 第一声から落ち着きを感じる声音が耳に届く。潮風に靡く綺麗な黒の長髪に、和の心を思わせる大和撫子然とした雰囲気の女性だ。少し鳳翔と似た雰囲気を感じたが、こちらからの視線にはより厳しさの色味も混じっているような気がした。

 いや、単に俺が初対面で緊張しているだけかもしれない。

 

「はい、藤原警備府から実地演習として派遣された阿形誠二です。今日からお世話になります」

 

 確認の意味も込めて、こちらも軽く自己紹介を済ませる。

 

「九条警備府所属艦娘の赤城です。加賀さんもお疲れ様です」

「ええ」

 

 名前と所属を口にした後、赤城は軽く加賀の方に視線を向けた。事前の話ではこの二人は旧知の仲との事だが、任務中だからか二人とも軽く言葉を交わすのみに止めている。

 

「執務室まで案内します。どうぞこちらへ」

「はい」

「……ちなみに阿形さんは藤原警備府でも艦娘に敬語を?」

「いえ、そういうわけではありませんが」

 

 プライベートや相手が明らかな年下ならともかく、任務先でいきなりため口というのもどうかと思ったんだが、違和感でも感じ取られたか?

 

「でしたら我々にも敬語は不要です。此処では藤原警備府と同じように振る舞ってもらうよう九条提督から言伝を預かっていますので」

「そうか、ならそうさせてもらうよ」

 

 恥ずかしながら敬語が不慣れな俺にとって、これは正直助かる提案だ。有難くお言葉に甘えさせていただくことにする。

 正直この辺りは迷うところだが、藤原提督のアドバイスにもあったように艦娘への言葉遣いは今後統一したほうが良いかもしれない。

 

 などと考えていると、赤城がなおもこちらをじっと見ていることに気付く。

 

「何かおかしなところでも?」

「……いえ」

 

 しかし赤城はすぐに視線を外して先導するように歩き始めてしまった。

 真意のほどは分からないが、あの厳しい視線から察するに俺の軍人としての未熟さを見抜かれている可能性がある。やはり加賀に指摘されたように、俺は歓迎されている訳ではないらしい。

 

 だが、そんな事でへこたれている時間はない。未熟なら未熟なりの努力をするしかないのだ。

 

 そんなことを考えつつ、俺と加賀は赤城の後に続いて九条警備府内へと歩を進めることにした。

 

 

 

 

 執務室へは俺一人で入るように赤城に促された。どうやら九条提督の指示らしく、執務室の扉の前で赤城と加賀とは一旦別れる事になった。

 一人になったところで数回扉をノックすると、中から入室を促す声が聞こえたのでそのまま部屋へと入室する。

 

 そこに彼女――九条提督は居た。

 

「ようこそ我が警備府へ。久しぶり、と言ってもこうして顔を合わせるのは初めてだな。改めて自己紹介をしておこうか。名前は九条才華、歳は28、好きなものは芯のある人間、嫌いなものは嘘と言い訳だ」

 

 部屋に入るや否や、自己紹介を始める九条提督。執務机にどっしりと座りながら、不敵に口元を吊り上げる姿はとても堂々としている。目鼻立ちも整っており、強気な瞳に長いストレートな黒髪と女性にしては高いであろう背丈も相まって、まるでモデルみたいである。

 

「阿形誠二です。一応藤原警備府の補佐係ですが、あまり役に立てていません。今回は艦娘の事を知るためと、自分に出来る役割を見つけるために此処に来ました。えっと、好きなものは……ものではないですけど今は艦娘のみんなですかね。嫌いなものは小難しい話とかですね」

 

 改めて自己紹介というものは何処か恥ずかしく感じてしまうのは何故なのか。たぶん自分にたいして誇れるものが無い所為だと思うが。

 

「阿形はそこの椅子に座ってくれ。今回の実地演習を行うにあたって、君にいくつか確認しておきたいことがある」

 

 九条提督に促されて、事前に準備されていた簡易的な事務椅子に腰かける。するとポンとどこからともなく現れたいつもの妖精がいそいそと俺の頭の上にのぼりそこででろんと寝転がった。

 職場を離れて付いてきて良かったのかこいつは。

 

 そんな俺の様子を何故か九条提督が怪訝な表情で見つめながら、

 

「……君、いったい何人連れてきた?」

「いえ、加賀一人ですが」

 

 質問の意図が読めず、素直に答えてみたが九条提督はこちらをじっと見るだけだ。いや、俺を通して何かを見ているような、そんな感じが伝わってくる。

 

「君、やっぱり面白いな」

「はあ、そうですかね」

 

 何をもってそう判断したのかさっぱり分からないが、九条提督は満足げに口角を上げている。この世界に来てから他人から俺への印象が偏っているような気がしてならない。

 

「さて、今回の実地演習だが、正直内容は決めていない。君は提督になるわけではないのだから、従来のスケジューリングも意味がない。だからこそ新しくスケジュールを決める必要があるんだが、最大限君の目的と合致するように調整するつもりだ」

「すいません、いろいろと。ありがとうございます」

 

 正直、結構な無理を言って演習を組んでもらっていることは重々承知している。だからこそこの期間で艦娘に対する理解の深堀と、俺の役割を見つける事が至上命題だ。

 

「君は艦娘を理解したいと言ったが、理解してどうするつもりなんだ」

「俺はこの世界に来て艦娘の置かれている状況の一端をこの目で見ました。俺は彼女たちが好きだし、なにより国を守るため日夜頑張っている彼女たちが不当な扱いを受けている現状は頭に来ます。今の俺には守るなんてとても口にできませんが、せめて悪意を払いのける壁でありたいとは思っています。そのためにはまず彼女たちの事をちゃんと知らないと信頼関係も結べないと思ったので」

 

 守るのも壁になるのも完全な俺の勝手な行動だが、そこに信頼関係があるかないかで受け止め方は大きく違ってくる筈だ。感謝されたいなんて微塵も思わないが、俺の行動が却って不快や負担になってしまっては意味がない。だからこそ相手の事は理解しておく必要があると思ったんだ。

 

「あくまで全ては艦娘のため、というわけか」

「結果的にはそうなりますが、基本俺がこの世界に腹が立っているという我儘な感情が原因なので、恩を着せるつもりは毛頭ありません」

 

 俺の言葉に九条提督は楽しそうにクックと笑う。

 

「君はなんというか本当に馬鹿正直者だな。転移者ゆえにこの世界の歪んだ思想に染まってないとはいえ、ここまで艦娘に入れ込める理由はなんだ?」

 

 九条提督の問いに、頭の中で聞こえの良い理由がいくつか浮かんだが、それはあっさり頭から消した。

 

「良い奴らだというのもそうですが、何より美人で可愛いからですかね。あんな子たちが困ってたら無条件で助けたくなるのが男ってものですよ」

 

 別に老人だろうが男だろうが必要があれば人助けはするだろうが、これは熱量の問題だ。

 そんな俺を九条提督はぽかんとした表情で見た後、すぐにお腹を押さえて豪快に笑いだした。

 

「そうか、君にはあの子達がそこまで魅力的に見えるか。この世界で男から女を褒める言葉を聞いたのは何時振りか思い出せないくらいだ」

「ちなみに九条提督もとんでもなく美人ですよ。モデルと言われても驚かないレベルで」

「前の世界ではそれで色々と苦労もしたんだが、こっちに来たら来たで次は不細工だなんだと鬱陶しい事この上ない。だが下心のない純粋な誉め言葉はやはり嬉しいものだな。ありがとう」

 

 下心がなかったのはもはやそのレベルを通り越して雑誌やテレビの世界の人物に見えている気になるからであって、決して俺が悟りを開いたわけではない。

 だが、彼女に下心を向けるのは何かとてつもなく危ない気がするので今後も立場を弁えて接していくことしよう。

 

「なるほど、よく分かったよ。だとすればもうスケジュールとかは必要ないな」

「というと?」

「君にはこの一か月、艦娘に付きっきりで行動を共にしてもらう。当然風呂や手洗い時などは別だが、居れるときは一緒に行動をすること。艦娘を理解するにはこれ以上はない方法だろう」

「な、なるほど。ですが相手が嫌がりませんかね」

「それは君次第だろう? 信頼関係を築くも完璧に嫌悪されるもすべてはこれからの君次第だ。もちろん事情は前もって彼女たちにも説明はしておく。頑張りたまえ」

「分かりました」

 

 九条提督の激励に神妙に頷く。

 確かに行動を共にする時間が増えれば、それだけ相手の理解も進む事だろう。だが一歩道を踏み外せば、互いの歯車がズレ、下手をすれば関係性を修復不可能になってしまう可能性もある。

 ここは慎重に……いや、違うな。

 

 俺は別に艦娘に好かれるために此処に来たわけではない。勿論進んで嫌われたくはないが、そうでなくても感情がある人間なんだ、直感的な合う合わないは当然ある。

 目的をはき違えてはいけない。

 俺は艦娘の事をより理解したくて此処に来たのだ。相手の顔色を窺って、本音を隠して接してもそこに信頼関係など生まれるはずがない。

 俺は俺のままで彼女たちと接するんだ。その結果がどうなろうと、受け止める覚悟は持たなければいけない。

 

「それと、万が一にも男女の関係になりそうだったら」

「ええ、分かっています」

 

 流石にそんなことはあり得ないと思うが、責任者たるものそういった部分にまで気を回す必要があるのは大変だ。自制しろと、わざわざ言うまでもない事を口にするのは億劫だろうな。

 

「遠慮せずヤッてしまって構わないからな」

「それはもう当然の…………今、なんと?」

「夜這いされそうになった時は、優しく抱いてやってくれ」

 

 内容が悪化している。いや、そうではなくて。

 

「こういう時は自制するように言うのが普通ではないですか」

「知らないかもしれんが、この世界は一夫多妻制だ。ただでさえ少ない男が女を避けるせいで、そういった行為に女は飢えて久しい。加えて艦娘はあの容姿だ、男との出会いなど皆無に等しい。勿論同意は必要だが、遠慮はする必要はないぞ?」

「いや、いろいろと初耳ですけど流石にすぐに順応するのは無理ですって!」

 

 すると九条提督はふむ、と顎に手をやり、

 

「確かに童貞には少し荷が重い、か」

「事実だが何故か無性に腹が立つな」

 

 大真面目な顔で失礼極まりない事を言うのは止めていただきたい。

 しかしやはりまだまだ俺の知らないこの世界での常識が沢山あるようだ。すぐにとはいかないが、一つ一つ確認していく以外に他はない。地道な作業だが、今回のように気が付いたら手遅れでしたみたいなことも有り得そうなので、情報収集はこれまで以上に頑張らなくては。

 

「とりあえず方向性はこんなものか。詳細をまとめた用紙はすぐに用意する。もう一つの目的である君の役割についてだが、少し気になることがある。調べてみるから時間を貰うぞ」

「はい、それはもうこちらからもお願いします」

 

 俺の礼に片手で応えて、九条提督はこの後顔合わせも兼ねて食事会を行う旨を伝えてくれた。それを最後に、面会の時間は終了した。

 扉の前で軽く頭を下げ、執務室を出る。そこから数歩歩いたところでふうと肺の空気を入れ替えた。

 

「艦娘の付き人か……気合を入れないとな」

 

 知りたいことは沢山ある。そしてそれは知らないことが沢山ある事と同義でもある。

 この一か月で果たしてどこまで理解を深められるか。

 

 それはすべて俺次第という九条提督の言葉を胸に、俺は気合を入れるために両頬を二度ほど叩くのだった。

 

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