壊れた世界で艦娘と   作:@秋風

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第二十一話 失態

 

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 

 赤城が差し出してきた紅茶のカップを受け取り、加賀は一言礼を述べる。阿形が一人執務室へと消えた後、二人は少し離れた空き部屋へと移動していた。普段は任務前の待機部屋や来賓時の応接室などに使われる場所であり、ソファーや机、給湯室など必要最低限のものは一通り揃っているため小休憩する時などには重宝している部屋だ。

 

 スッと爽やかな香りの漂うカップに口を付けて、加賀がチラリと赤城を見やる。

 

「それで、赤城さん的にはどうかしら。彼の第一印象は」

 

 第一印象、と聞かれ赤城は紅茶の入ったカップに写る自分の表情をじっと見つめる。前情報はそれなりにあった。その上で警戒は怠っていない。むしろ相手にもそれが伝わるような態度を敢えてとった。

 加賀も当然その事には気が付いていた筈だ。だがそんな彼女に変化は見られない。いつも通り涼しい表情で、しかしどこか自分を試すような視線の色が混ざっている気がする

 

「………そうですね」

 

 とりあえずそれだけ口にして、赤城は先ほどの入り口での一連のやりとりを思い返していた。

 

 正直、わからない。赤城の彼への第一印象はその言葉に尽きる。

 まだ出会ったばかりなのだからそれが当然と思われるかもしれないが、赤城には初手である程度看破できる自信が密かにあった。男であればその視線や仕草ですべてとは言わないまでも、大体の思考の内は読む事ができると。実際これまで出会ってきた男たちは皆、経緯はどうあれ最終的には赤城の想像に近い人物像を露にしてきた。

 どれだけ隠そうと、滲み出る悪意や嫌悪といった負の感情はふとした瞬間に顔を覗かせる。それを見逃すほど赤城は甘くも、油断しているつもりもなかった。

 

 だからこそわからない。

 彼――阿形誠二の視線や言動にはどういうわけか負の感情が微塵も感じられなかった。こんな事は赤城にとって初めての事だ。視線が合えばどれだけ内面を隠そうと僅かながら歪むはずの瞳が、好奇のそれも良い方向の色へと染まっていた。まるでこの警備府に来ることが楽しみだったかのように。

 

 これだけを見れば近年稀にみる聖人君子と判断してしまいそうだが、そうは問屋が卸さない。彼は最初に赤城を見て、僅かに緊張のような仕草を見せたのだ。嫌悪や悪意とは違うどこかむず痒くなりそうな未経験の視線に赤城は思わず警戒度を一気に上げてしまった。

 焦りから余計粗を探そうと視線を向けすぎたことに気付かれて、訝しげな顔をされてしまったときも純粋な疑問を感じたのみで不快な感情は向けられなかった。

 

 だが彼は確かに緊張していた。それはつまり何かに反応しているというわけなのだが、それが負の感情ではないだけに赤城は彼という存在を掴み損ねていた。

 彼の内面が見えない。普通の男であれば秘めている艦娘に対する様々な負の感情を相当奥底に隠しているのかまったく感じ取れない。

 

 もしこれが意図的なものであったとしたら、あの男は相当にヤバい人物という事になる。

 

「現状おかしなところも見られないけど、もしあれで我々艦娘に対する本心を隠しているのだとしたら、相当なペテン師ね」

「…………フッ!」

 

 初めて出会う未知数な男の存在に心を乱された影響か、若干口の悪くなった赤城の言葉を加賀が鼻で笑った。その表情はまるで分かってないと言わんばかりにあきれ顔だった。

 赤城のこめかみがピクリと反応する。

 

「……なんですか、その顔は」

「いえいえ、赤城さんともあろう人がまるで見当違いな事を言うから、つい」

「見当違い?」

「あの人は自分の本心を真っすぐ言葉にこそすれ、悪意あって隠すような人ではないですから」

 

 まるで確信めいた口調で話す加賀に、今度は赤城の方が怪訝そうに肩眉を歪める。

 

「ずいぶんと分かった風な口ぶりですけど、加賀さんも彼と出会ってまだ数か月でしょう? 警戒心が足りてないのはそっちなんじゃないですか?」

「赤城さんにもそのうち分かるわ。本物の信頼に時間なんて関係ないって事に……むぎゃ!?」

 

 ふふんと自慢げに胸を張る加賀に、赤城はおもむろに手元にあったクッションを思い切り投げつけた。

 

「……いきなり何するんですか?」

「いやあまりにイきり顔すぎて腹が立ったもとい、騙されてるのなら目を覚まさせてあげようと思って……ぷぎゃ!」

 

 赤城の言葉が言い終わる前に、高速で元来た道を戻るクッション。

 顔面からズルリとクッションを落としながら、赤城は赤くなった表情をプルプルと震わせている。

 

「だいたい赤城さんは疑いすぎです。彼は毎朝私たち艦娘にもおはようと声をかけてくれて、一緒にご飯を食べて、たまにお出かけに誘ってくれたのち夜は愚痴にも付き合ってくれる程度の普通の殿方なのだから」

「それで、あなたと時雨と鳳翔さんは彼にいくら貢いでるんですか?」

「人の警備府をレンタル彼氏待ちの溜まり場みたいに言うのは流石にどうかと思うわ」

 

 加賀のツッコミに、しかし実際そうだろうとしか思えない赤城だ。そんな女性の理想を詰め込んだような男なんて龍驤の秘蔵の漫画ぐらいにしかいないだろうに。

 とにかく何を言われようと、未知数な彼の事は警戒を続ける以外他に手はない。

 

「私は加賀さんの脚色に塗れた言葉に騙されるほど暇ではないので」

「あら? 嫉妬かしら?」

「…………」

「…………」

 

 暫くの間お互いの間を高速で行き交うクッション。

 言っておくが、この二人親友である。だがそれ以上にお互いライバルであり、悲しい事に頑固者であった。お互いをよく理解しているが故に、心の導火線の着火もお手の物。普段の落ち着いた大人の雰囲気はすっかり鳴りを潜めて、二人の時は知能指数の下がった醜い争いをよくこうして起こしている。

 

 はーはーとお互い肩で息を吐きながら、埒が明かないとどちらからともなくクッションから手を放す。

 

「そっちがその気なら良いでしょう、その緩み切って欲に塗れた精神は後日改めて演習場で叩き直してあげます」

「あらあら、そんな余裕のない頭でっかちな状態でまともな弓が引けるのか見ものね。ああ、折角なので彼にも見学してもらいましょう。私の勇姿を見てもらうには丁度良い機会ですし」

「……ボロボロのボロ雑巾みたいになって、失望されても知りませんよ」

「そっちこそ後から好感度稼ぎの当て馬にされたなんて騒いでも遅いですからね」

 

 平穏な外の景色とは裏腹に、フフフと怪しげな二人の笑みがいつまでも部屋に木霊していた。

 

 

 

 

 執務室を出た後。俺は一人警備府の廊下を当てもなく歩いていた。

 というのも夕食までの空き時間に一旦荷物などを置いてくるよう、自室となる部屋の鍵を渡されたのだが、いざ入ろうと思ったら鍵が開かなかったのだ。

 鍵は刺さるが回らない所を見るに、詰まりとかではなく鍵そのものが間違っているのだろう。おそらく何かの手違いで違う部屋の鍵を渡されてしまったらしい。

 

 九条提督に確認してもらおうと今一度執務室へと向かったのだが、あいにく既に何処かへ行ってしまっていた。赤城と加賀の姿も見えないし、かといってむやみやたらと部屋に入る訳にもいかずとりあえず誰かいないかとこうして一人彷徨っているわけだ。

 

「それにしても警備府というのは広いな。まるで学校の渡り廊下だ」

 

 当てもなくぶらついている廊下だが、やはり端から端までに距離を感じる。藤原警備府でもそうだったが、軍の拠点というだけあって敷地が広い。各種施設があるのだから当然と言えば当然なのだが、前の世界では賃貸のワンルームが基本の生息域だった俺にとってこの広さは未だに慣れない。

 

 ときおり――というには数が多いが――ふわふわと飛んでくる妖精が興味深そうにこちらに視線を向けて来ていた。中には頭の上で怠惰を貪る我が鎮守府の饅頭と交流をしている奴もいて、気が付けば俺の肩や頭の上は小人を従える白雪姫の如く妖精で溢れかえっていた。

 まあ、害意がある訳ではないので追い払ったりはしないが。折角だ、鞄に入っていた飴玉を渡しながら誰かいないか聞いてみる事にする。

 

「なあ、鍵が合わずに部屋に入れなくて困ってるんだが、誰か解決できそうな人を知らないか?」

 

 俺の問いに、飴玉で頬をパンパンにした妖精がその小さな手ですっと指をさした。その先をなぞる様に廊下の角を数回曲がったところで、一人の少女がベンチに腰かけているのを見つけた。

 

 休憩中なのか足をぶらぶらさせながら、何かを考えているような様子の彼女に声を掛ける。

 

「すまん、ちょっといいか」

「ん? ……っ!?」

 

 声を掛けられたことに気づいた少女がこちらを向き、俺の顔を見てぎょっと驚くように目を見開いた。そのままきょろきょろと周囲を見渡した後、おそるおそる何かを確認するように自身の胸の辺りへと右手の人差し指を向ける。

 

「う、うちか?」

 

 小柄な少女だ。焦げ茶色のツインテールにくりっとしたつり目がちな大きな瞳。スレンダーな体躯にすらっと伸びた手足は身軽そうで、何処か猫を思わせる。その思わず撫でまわしたくなる愛らしい風貌の美少女が艦娘である事は一目でわかった。だって美少女だし。

 

 しかしこちらが一方的に理解したところで、相手からすれば俺は急に現れた見知らぬ不審者だ。緊張した面持ちの彼女に不快感を抱かせない様に努めて平静を装う。

 

「ああ、急に申し訳ない。俺の名前は阿形誠二。今日から実地演習でこちらにお世話になる藤原警備府の者だ。決して怪しい者じゃないから安心してくれ」

「りゅ、龍驤や。あ、見た目通り艦娘やで。そか、キミが例の……」

 

 どうやら話はしっかりと伝わっていたようでまずは一安心だ。

 

「そうか、君が龍驤か。迷惑を掛ける事もあるかもしれないが、これからよろしく頼む」

「こ、こちらこそよろしゅう……あ、敬語の方がええかな?」

 

 なおも緊張しているのかあたふたと慌てる龍驤に首を振る。この初対面の人物と話し慣れていない感じに親近感を覚えるのは俺も同類だからか。見知らぬ人と会う時に感じるあの妙な落ち着かなさは何度体験しても慣れる事は無い。

 

「いや、できれば普段通りに接してくれると助かる。俺も敬語は苦手だしな」

「そ、そか」

 

 関西交じりの独特のイントネーションで了承の意を返してくれる龍驤。ここらで小粋な雑談でも挟める奴がデキル男になるのだろうが、あいにく俺にそんな特別なスキルは無い。

 

「それで、どないしたん? こんなところで」

「いやそれがだな」

 

 俺が事情を説明すると、龍驤はあちゃーと言った表情で詫びてきた。別に龍驤の所為でもなければ特別困っていたわけでもないので気にしないでくれと笑って伝えると、龍驤もモゴモゴとその小さな口を動かして『おおきにな』と照れたように笑ってくれた。その後すぐに視線を逸らされてしまったが、その可愛いらしさはもれなく俺の心のカメラで撮っておいた。無論高画質だ。

 

「鍵は警備室にあるから、案内するで。ついてきてくれる?」

「ああ、助かる。ありがとう」

 

 礼を伝えて、先導する龍驤の横に並んで歩く。

 こうして見るとやはり彼女は小柄だ。だが、その横顔は子供と言えるほど幼くはなく、整った鼻梁やすっとのびたまつ毛が第一印象とはまた違った様子を俺に感じさせる。

 何処か儚げな、薄幸の美少女。そんな事をぼんやりと考えていた所為か、俺の怠惰な脳は容易に思考という機能を放棄した。

 

「どうかしたん?」

「ん、ああ。綺麗だなって」

「何が?」

「いや、龍驤の横顔が」

「そか」

「ああ」

 

 だからだろう、考えていた事がそのまま口から零れ出ていた。

 そのまま数歩歩いたところで、急に立ち止まった龍驤は陶磁のように白くきめ細やかだったその肌を足のつま先から頭頂まで熟れたトマトのように真っ赤に染めてしまった。

 

「は、はあ!? ちょ、キミ、急になんてこと言うん!?」

「あ、いや、すまん。他意は無いんだ」

 

 思わずついうっかり、と口を滑らせそうになったのをなんとか堪える。普段なら絶対に言えないような歯の浮くような台詞を無意識にかましてしまった後で、ついうっかりは流石に無い。

 ただでさえ、事前にあれほどセクハラや言葉に気を付けろと念押しされていたのにいきなりやらかしてしまった。どうしてこう俺はすぐに脳と口が直結してしまうのか。

 

「いや、本当に申し訳ない。初対面の相手に安易に言って良い言葉じゃなかった」

「ほ、ほんまやで。いくら世辞やとしても、流石にあからさますぎるのは直ぐに嘘とバレてまうんやから」

「いや、嘘ではない」

 

 何か話が嚙み合っていないような気がしたので念を押す。

 

「いや、やからうちが綺麗なんて嘘はすぐにバレるって話で」

「いや、そこは神に誓って嘘ではない」

 

 ここを誤魔化しては本当に最低で下劣な男になってしまうので、恥を承知で貫き通す。目の前でぐるぐると目を回す龍驤には非常に申し訳ないが、ここを否定しては根本から話が変わってしまう。

 

「き、気を遣ってくれてるんは良く分かったから、少し離れてくれへんか」

 

 急すぎてもういっぱいいっぱいやねん、と真っ赤な表情で涙目になる龍驤に心の中で懺悔しながら、思わず近寄りすぎていたことに気が付いて、慌てて距離を取る。

 失態続きでもはや言い訳のいの字も出ないが、そもそもこれ以上俺が何か言っても言い訳以上のものにはならないので、静かに黙る事にした。

 

 後は龍驤の中で整理されて導き出された判断を甘んじて受け入れる以外に俺にできる事は無い。

 

「……鍵、こっちやで」

 

 なおもおぼつかない足取りでフラフラと歩く龍驤に、それでも案内は忘れない彼女の人の良さを感じながら俺は粛々とした面持ちで後を付いていった。

 

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