壊れた世界で艦娘と   作:@秋風

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第二十二話 写真

 

 俺は今内心で感涙に咽び泣いていた。

 目の前に広がる色とりどりの料理。それぞれを引き立たせる装飾の数々。豪華絢爛というほどでは無いが、そんな事は関係ない。紛れもない俺の歓迎会が開かれようとしている。

 

 なにより今回は周囲に人が居る。

 前回は誰も来ないというこの世の虚無に心を打ち砕かれそうになったが、今回はそんな心配も無い。形式上とはいえ、俺のために歓迎会を開いてくれたという気持ちが素直にとても嬉しい。

 

「……彼はなぜあんなに幸せそうな表情で泣いているんでしょう?」

「さ、さあ。歓迎会に何か思う所があるのかもしれないわ」

「加賀さんの警備府では彼の歓迎会開かなかったんですか?」

「開いた、と言えば開いたと言えるわ。ただそれが歓迎会に値したかどうかは疑問の残るところね」

「言っている意味が分かりませんが」

「とりあえず過去の私をぶん殴りたいというだけの話よ」

「何をしでかしたんですか貴方は」

 

 対面では赤城と加賀が仲良さそうに会話している姿が見える。俺の隣には龍驤がちょこんと行儀良く座っているし、九条提督も上座に座っている。夕立が任務で間に合わなかったのは残念だが、そこを除けば全員集合だ。もちろん妖精たちもあちこちで涎を垂らして開戦の合図をいまかいまかと待ち構えている。

 

「では全員揃ったようだし、各自グラスを」

 

 九条提督の言葉に皆がグラスを視線の高さぐらいに上げる。

 

「短い間だが、我が鎮守府に新しい仲間が加わった。阿形、君からも改めて一言挨拶を」

 

 九条提督に視線を向けられて、慌てて立ち上がる。

 こういう時に気の利いた言葉を言えればいいのだが、如何せん俺の脳みそには語彙が詰まっていない。だから無難にまとめる事にした。

 

「皆さん改めまして阿形誠二です。今回は私の要望を聞いた上で、受け入れてくださって感謝しています。経験不足ゆえご迷惑お掛けすることもあるかと思いますが、身を粉にして働きますのでどうぞよろしくお願いします」

「さっきも書面で伝えたが、阿形には基本艦娘と行動を共にしてもらう。男には珍しく自分からお前たちに興味を抱く変わりものだ。折角だから後学のために男というものをじっくり見せてもらうと良い。阿形もそれくらいは良いな?」

「え、まあ、はい。皆は俺に興味なんて無いと思いますけど、俺にできる範囲の事なら喜んで」

「聞いたか? 尻ぐらいなら触らせてくれるぞこの男は」

 

 お酒はまだ入っていない筈なのに何を言ってんだこの人は。

 ほら見ろ、そんな事を言うから赤城が物凄い眼力でこっちを睨んできてるじゃないか。龍驤は刺激が強かったのか顔を真っ赤にして何か呟いてるし、加賀はいったいそのカメラ何処から出した。そして何を撮るつもりだ。

 

「提督、話が逸れています」

「ん、そうか、そうだな。よし、我らの新しい仲間に乾杯!!」

 

『乾杯!!』

 

 皆、グラスを宙に掲げて祝杯を挙げる。

 任務があるのでジュースだが、果汁の詰まった柑橘系の味が喉を潤してくれる。周囲では既に思い思いに食事へと手を伸ばしていた。

 どれどれ俺もと、山盛りに積まれた唐揚げへと箸を伸ばす。

 

「うん。柔らかくてジューシーで美味いな」

 

 良い鶏肉を使っているのか、下拵えに秘密があるのか分からないが、唐揚げはとても美味だった。その他にもハンバーグや卵焼きなど、定番のおかずではあるがどれもひと手間掛けてそうな見た目で、時間をかけて作られたことが理解できる。

 

「なあ龍驤、この料理って誰が作って準備してくれたんだ?」

「うえ!? あ、え、りょ、料理か!?」

 

 急に話しかけてしまった事で龍驤があたふたと箸を振り回しながら考える。

 奥からは赤城の鋭い視線が向けられているのが分かる、俺は既に龍驤に失態を見せているため、ここらで名誉挽回と行きたいところではあるのだが。

 

「これはうちと赤城で作ったもんやで。前日に仕込んで手分けして、勿論妖精さんにも手分けしてもらってな」

「なんと君たち二人がこれを準備してくれたのか。ありがとう、とても美味しいよ」

 

 俺の感想に龍驤は口をもごもごさせながらはにかんでいる。未だ距離は感じるが、不快な方向へは進んでいないようなので、今はこれで良しとしよう。

 それにしても鳳翔といいこの二人といい、艦娘は料理上手な人が多い傾向にある気がする。環境がそうさせるのか分からないが、家庭的な美人なんてそれはもう素晴らしいと言わざるを得ない。

 

「とか言って、本心では艦娘の料理など食べられないと悪態を吐いているのではないですか?」

「阿形さんは毎日、鳳翔さんの料理を拝み倒すようにして食べているわ」

 

 赤城の疑念に加賀が答えてくれる。

 しかしやはり赤城は俺に対して警戒心を抱いているのは間違いないな。軍人としてふさわしいか見極めるための厳しい視線を乗り越えて、俺という存在を認めて貰う以外道は無い。

 

「赤城もありがとう、時間かかっただろ?」

「これも任務の一つですので、お気になさらず」

 

 うむ、清々しいほどの塩対応。でもまあ経緯を考えれば当たり前、要はこれからの行動が肝心という事だ。

 

「それはそうと、龍驤に一つ頼みたいことがあるんだが」

「た、頼み? なんや?」

「俺と一緒に写真を撮ってくれないか?」

 

 これは時雨や鳳翔との報告会で見せるつもりだ。俺がちゃんと九条警備府に馴染んでいる証明写真のようなものにしたいのだ。

 

「う、うちと写真なんか撮っても無駄なんちゃうか?」

「とんでもない。龍驤と写真を撮る事で俺のひいては藤原警部府の名誉と尊厳は守られる事になるんだ」

 

 主に俺が無能なゴミクズと判断されないためにも好印象の証拠は残しておくに越したことはない。

 

「あの顔は何か企んでいるのでは?」

「心配しなくてもこの人はいつもこんな顔よ」

 

 加賀のフォローかどうか微妙な言葉と共に、彼女もいそいそとこちらに混ざってくる。赤城にも声を掛けると、しぶしぶながら端に立つように移動してきた。

 俺の携帯と加賀のカメラを妖精に手渡し、写真を何枚か取ってもらう。九条提督にも声を掛けたが、ひらひらと手を振って断られた。柄でもないといった雰囲気と共に。

 

「うん、良い感じじゃないか」

「龍驤あなた表情ガチガチじゃないですか」

「う、うっさい! 赤城やって仏頂面のまんまやないか!」

「この写真は人数分焼き増しして皆に渡すわね」

 

 写真の感想もそこそこに加賀が大事そうにカメラを懐にしまっている。その後も何気ない会話をそこそこに俺は歓迎会を存分に楽しんだ。

 

 

 

 

「と、言う感じなんだが」

「…………」

 

 その夜、俺は自室にて時雨と向かい合っていた。もちろん本人が俺の自室に居る訳ではなく、パソコンのモニターを通してだ。厳命されていた日に一回の定期報告会なるもののためにしっかりと今日一日の出来事を俺なりに余さず伝えたつもりだったのだが、何故か画面の時雨は黙ってしまっている。

 

「あの……時雨さん?」

 

 知らず知らずのうちに怒らせるような事を言ってしまったのかと戦々恐々としていると、時雨がジトっとした視線を向けたまま口を開く。

 

「……なにやら随分と楽しそうじゃないか」

 

 楽しい、と時雨からは俺がそんな風に見えていたのか。いや、確かに緊張や不安もあったがそれ以上に新しい人々と縁を繋げる機会を持てた事は素直に嬉しかった事は間違いない。歓迎会も楽しかったしな!

 

「ああ、確かにな。新しい人とも出会えたし、刺激になって楽しかった……よ?」

「……てない」

 

 ん?

 時雨が何かを言った気がしたが、電波が悪いのか聞き取れない。そんな事より時雨の肩がわなわなと震えてしまっていることに一抹の不安を覚えてしまう。

 

「どうした時雨、悪いが聞き取れ――」

「僕もまだ一緒に写真を撮ってもらってないのに、どうして阿形さんはそうやってほいほいと新しい女の人に羨ま――もとい親し気な事をしちゃうんだい!」

 

 画面の前で時雨が怒っている。内容ははっきり言って良く分からなかったが、あの温厚な時雨が怒っているという事は衝撃的だった。美少女は怒っても可愛いんだなとかそういう事ではなく、しかし確かに任務に赴いて能天気に楽しかったという感想は不適切だったかもしれない。

 気を引き締めろ、と時雨は言外に伝えてくれているのだ。

 

「すまん時雨。お前の言う通り少し弛んでいたようだ」

「……撮って」

「ん?」

「帰ったら僕とも一緒に写真を撮って!」

「ん、ああ。そうだな撮ろう、一緒に」

「うん、約束だよっ!」

 

 先ほどまでの怒った表情から一転、向日葵が咲いたような笑顔になる時雨。思い返してみると、藤原警備府では写真や記録に残るものは何も撮っていなかった。人々が明日を生きるために命を賭して戦ってくれている彼女たちにとって、日常を記録に残すという事はきっと大切な行為なのだ。

 それをないがしろにしてしまった俺を怒る事は当然の事。時雨の怒りも尤もだった。

 それにしても笑った時雨可愛すぎるだろ。

 

「それはそうと明日から艦娘の付き人としての任務が始まるんだが、何かアドバイスとかないかな?」

「そうだね……龍驤と赤城、二人の反応はどう?」

「龍驤は緊張と焦りが前面に出てるな。赤城にはどういうわけかかなり警戒されてしまってる。おそらく俺の軍人としての行動を厳しくチェックされているんだと思うが」

「……あの赤城が?」

 

 俺の言葉に時雨が腕を組んで頭を捻っている。赤城に関して何か不可解な事でもあるのか。

 

「赤城がどうかしたか?」

「いや、僕の知ってる赤城ってあまり他人に興味が無いというか、仲間以外には必要以上に踏み込んでこない人ってイメージがあったから。いきなり警戒されるのは珍しいなって」

「それだけ俺が出来損ないに見られてるってわけか」

 

 分かってはいたが、やはり辛い。いや、この気持ちをバネに俺は高く飛び上がるんだ。

 

「そういう事ではないような気がするけど……とにかくまずは相手を知る事じゃないかな。一緒にいるのに相手の事を何も知らないなんて近くを歩いている他人と変わらないからね」

「なるほど、やはりコミュニケーションを制する者が信頼を勝ち取れるんだな」

「阿形さんは無意識に相手の懐に入り込む癖があるから、ほどほどにね」

 

 アドバイスと共に懸念点も洗い出してくれる時雨は実に頼もしい存在だ。存外、この期間に一番の相談相手になるのはこの場に居ない時雨と鳳翔になるかもしれないな。客観的意見というものは常に判断の基準になり得る貴重なものだ。真摯に耳を傾けたい。

 

「いや、助かった。ありがとう。そっちは変わりないか?」

「うん、二人が居ないから少し寂しいけど、変わらず元気にやっているよ。だからこっちは気にせず阿形さんはそっちで頑張って」

「ああ。また明日……は鳳翔か。明後日連絡するよ。それじゃ」

「うん」

 

 画面に向かって控えめに手を振っている時雨の表情が少しだけ名残惜しそうに見えて、後ろ髪を引かれる思いだったが、時間も時間なのでここらで報告を終わる事にする。

 

「おやすみ、時雨」

「おやすみ、阿形さん」

 

 そう、お互いに言葉を交わして画面を切る。

 そのまま立ち上がりベッドへと背中から倒れこんだ。

 

「……コミュニケーションか」

 

 正直あまり自信は無い。だがこれから先彼女たちと関わっていく気があるのなら、避けては通れぬ道なのは間違いない。

 

「俺は、俺なりにできる事を自然体で、か」

 

 あまり考えすぎても碌な結果にならない事は目に見えている。明日の事は明日の俺に任せて、俺は襲い来るまどろみに意識を手放すことになった。

 

 

 

 

 一方その頃、時雨の自室では。

 

「妖精さん、今の録音できたかな?」

「おけまるすいさん」

 

 ふわふわと何かの機材を時雨に手渡す妖精にお菓子の包み紙を手渡して、時雨は静かにその機材から伸びたイヤフォンそっと耳に当てる。

 

『おやすみ、時雨』

 

 耳に届くは先ほどの彼の優しい声音。

 

「……ふふっ」

 

 年頃の少女のような無邪気な笑顔を見せながら、時雨は大事そうにその機材を胸にベッドへと潜り込む。これらはすべて鳳翔から教えてもらった技術だが、今度改めて礼をしなければいけないな、などと考えながら。

 

 今日はいい夢が見れそうだ。

 優しく届く彼の声を聴きながら、時雨は幸せな夢の世界へと旅立っていった。

 

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