壊れた世界で艦娘と   作:@秋風

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第二十三話 特異点

 

 阿形が時雨と報告会を行っているのと同時刻、別の部屋では三人の娘が一か所に集まって会議を開いていた。輪の中心にはお菓子と飲み物が置いてあるが、これはれっきとした会議なのである。

 

「なんというか凄い人が来てもうたな」

 

 議題は勿論今日現れた彼の事。可愛らしい星柄のパジャマに身を包む龍驤が何かを思い返したように呟きを零す。凄い人と評したのは龍驤にとって彼という存在の衝撃が強すぎて、適切な表現が見つからなかった故の発言だ。

 

「確かに内心の読みづらさといった点では、今までで一番かもしれませんね」

 

 ピンクの玉模様のパジャマに身を包んだ赤城が、焼き菓子片手に言葉を続ける。その表情は若干不満そうで、現在の彼女の心境を如実に表していた。

 一方、二人とは彼と関わった年季が違うといわんばかりにリラックスした表情で水玉柄のパジャマ姿の加賀は棒状のチョコ菓子を咥えて上下に振って遊んでいる。

 

「私の言った通り、とても素敵な方でしょう?」

「緊張しすぎて、ちゃんと話せんかったわ。なんか変な事も言われたし」

「変な事って何ですか? 悪口でも言われましたか?」

「いや……なんやうちの横顔が綺麗って……」

 

 視線を逸らし指遊びをしながら唇を尖らせつつ言葉尻をすぼめる龍驤に、赤城は盛大に口を開けて顔を歪ませた。そんなあからさまな嘘を言う相手も相手だが、真に受ける方も真に受ける方である。

 頭の痛い赤城は此処は加賀に一言びしっと言ってもらおうと、眉毛コアラを探す相方に目を向ける。

 

「まあ彼ならそれくらいの誉め言葉は言ってくれるわよね」

「いや、常識的に考えてお世辞か嘘でしょう?」

 

 しかし期待とは裏腹に、加賀はいとも簡単に同意の言葉を口にした。

 これではいけない、と。龍驤には悪いが、現実を見てもらうためにはっきりと思考を言葉にする赤城。

 

「だ、そうだけど、その時の彼どんな感じだった? 龍驤はどう感じたのかしら?」

「正直緊張と気恥ずかしさであんまり覚えてへんのやけど……何故か彼の言葉は嘘や世辞やとは思えへんかった。もちろん思い上がりかもしれんのやけど、普段は嫌味に聞こえる誉め言葉が不思議と素直に嬉しかった……ような気がするねん」

「そう、ならそれでいいんじゃないかしら」

 

 ね、と赤城に向かって棒菓子を差し出してくる加賀に、眉に皺を寄せたままぼりぼりと咥えこむ。いろいろと言いたいこともあるが、龍驤の感性は龍驤のモノだ。あまり口出し過ぎるのも良くは無い。

 

 だがこれで余計分からなくなった。

 無関心ならまだ良かった。だが彼の視線や態度には間違いなく緊張や不安が混じっている。そしてそれは任務や立場とは別に艦娘個々人に集中して注がれている感情だ。それが何なのか赤城には分からない。

 今まで向けられたことのない未知の視線に、赤城は警戒する以外の術を知らなかった。

 

 言いようのないモヤモヤとした感情を振り払うように赤城は二度ほど首を左右に振った。

 

「それで、明日からの予定なんですけど、書類読みましたか?」

「読んだけどやな。艤装の展開時の確認、艤装の点検から手入れ、改装の見学、訓練の方法や試技、演習の見学等々、こんな普通の人なら大金積まれても断りそうな事をなんであの人は自らやろうとするんやろ。加賀は何か知ってんのかいな」

「詳しくは知らないわ。ただもっと艦娘の事を知りたい、とその一心で彼は此処までやってきたと提督は言っていたわ」

 

 加賀の言葉に二人は顔を見合わせる。真偽はともかく、数奇な感性の持ち主なのは間違いない。その受け取り方も様々で、龍驤はどこか嬉しそうに、赤城は何処か複雑そうな表情を浮かべている。

 

「それと、これだけは一つ注意しておいてほしいのだけれど」

 

 と、一言前置して、加賀は至極真面目な表情で、

 

「彼、無自覚にエロい事を平気でしてくるから気をつけて」

「……は?」

「……え?」

 

 特大の爆弾を中心へポイっと投下した。

 

「彼が私たちなんかに何かを?」

「いえ、そうではなく彼自身が無自覚にエロいという話よ」

 

 加賀の言葉に余計混乱する二人。もちろん二人とも年頃の娘なのでそれなりにそういった方面の知識もあるが、男の話はとんと知らない。大人向けのアレコレも大体はフィクションや妄想ものでそもそも男が少ないこの世界では異性を知る機会など限られるのだ。

 

「信じられないかもだけれど、彼、部屋が暑いからって平気で上着を脱いでインナー一枚になろうとしたりするの。ヤバいときは上裸になりかけた時もあったわ」

「……っ!」

「……嘘でしょ」

「それだけじゃなく襟首は見せつけてるのかってぐらい開けてくるし、半そで半パンなんてゆるゆるな姿でいつも無防備だし、洗濯物は丸見えだし、簡単に女性を自室に招くし……とにかく無自覚にエロいのよ、彼」

 

 何かを思い出しているのか、話しながらも頬が若干赤みがかっている加賀。龍驤は言わずもがなだが、あの赤城も右手で太ももを捻ってなにやら『ぐう』と一人でに耐えている。

 とはいえ服装自体は本人の自由だし、いちいち注意するのも意識してますアピールになりかねないのでおいそれとできない。

 

 そもそも彼女たちからすればラッキースケベ的な眼福ではあるのだが、あまりに刺激が強すぎると返って煩悩の部分が危なくなってしまうのだ。

 だから加賀はこうして前もって忠告することにした。簡単に纏めると、彼はエロいが我慢しろとそう言っているのだ。

 

「なんなんですか、あの人は」

「分からないけれど、私だって彼に嫌われないために毎日必死なのよ」

「え、えらいこっちゃ」

 

 とはいえ、普通にしていればそうそう煩悩が暴走することも無い、筈。と付け加えて、それでも彼の言動に振り回されない様に一応の予備知識を二人に仕込む加賀。

 それらを纏めて聞いた後。痛む頭を押さえながら赤城はパンパンと二回手の平を叩いた。

 

「とにかく、油断しすぎない様に。明日からはそれぞれが彼と行動を共にするんですから」

「う、うち大丈夫やろか。急に嫌われたりせんやろか」

「心配しなくても彼の言葉に脳が蕩けるぐらいよ」

 

 龍驤の不安ごとに不穏な言葉を投げかける加賀を無視して赤城は窓の外へと視線を向ける。

 彼の狙いは一体何なのか。考えれば考えるほど、赤城の困惑は深まるばかりなのであった。

 

 

 

 

 深夜一時、執務室。

 九条は執務机に肩肘を掛けたまま誰かに電話を掛けていた。

 

「夜遅くにすみません、先生。彼の無事と予定通りの着任について報告しておこうと思いまして」

『そう、良かったわ。特に問題も無く到着できたのね』

 

 電話口の先からは落ち着いた声音が聞こえてくる。隣の警備府の長であり九条の提督としての師、藤原由香里その人だが、こんな時間でもしっかり対応してくれる辺り流石である。とはいえ時間も時間なので長話にするつもりもない。

 だがこんな時間にも限らず先に確認しておきたいことが九条にはあった。

 

『それで、彼はどう? 何かトラブルになっていないかしら』

「龍驤も赤城も思う所はあるみたいですが、特に大きな問題も無く歓迎会まで終えられましたよ。加賀もうまくサポートしてくれていますし」

『それを聞いて安心したわ』

 

 かさりと書類を捲る音が聞こえる。こんな時間までも仕事に費やそうとする師の姿勢に九条は頭が上がらない。この人の熱意に救われた人間は艦娘問わず多いはずだ。

 

『それで本題は何かしら?』

「いえ、私は彼の到着を報告しておこうと思っただけで――」

『嘘おっしゃい。貴方がそんな些末な事で私に直接連絡を付けてくるわけがないでしょう』

「――ははっ、やはり先生には隠し事はできませんね」

 

 やはり見透かされている。この人の相手の心を読み取る力は尋常ではない。

 正直相手の状況次第では日を改める事も考えていたが、予期されていたのなら願ってもない。九条は声のトーンを一段階落として、疑念を言葉にした。

 

「彼の――あの妖精の数(・・・・)はなんですか?」

『…………』

 

 受話器の先で藤原が小さく溜息を吐いたのが九条には分かった。間違いない、藤原もこの事に気が付いている。気付いていて敢えて触れない様にしている。それはきっと彼のためで、その気持ちは九条にも良く理解できた。だが、放置しておいて良い問題でもない。

 

 妖精の数はその人間の軍事的資質そのものだ。基本的に警備府や鎮守府を拠点とする者たちだが、気まぐれな彼女たちは時として気に入った人間の魂に同居する。普段の生活ではまるで役に立たないが、ひとたび艦娘関係となれば絶大な力を発揮する。傷を癒し、装備を開発し、任務を手助けする。その数が多ければ多いほど影響も強まるとされていて、現実として現在提督職に就くような人間は皆、一定以上の妖精と志を共にしている。

 

 九条も藤原もそうだ。優秀と言われる人材程、多くの妖精が魂に宿っていることが多い。

 しかしそれも多くて10人程度の話。

 

『そう……やはり貴方にも見えてしまったのね』

「ええ、彼の場合10人とか、そんなレベルの話ではない。100人、いや下手をすれば――」

 

 その先の言葉を藤原がため息交じりに引き継いだ。

 

『ええ、彼の魂には一つの警備府と同じ規模の妖精が宿っている』

 

 信じられない話だった。一つの警備府を動かすのにどれほどの妖精が必要かなんて数えた事も無いが、おそらく1000は下らないだろう。その数の妖精がたった一人の人間に宿っている。

 この衝撃はおそらく軍の人間にしか分からない。それもより深くまで妖精と心を通わせることのできるほんの一部の人間だけにしか。

 

 国にとって、妖精を内に宿せる人間は貴重そのものだ。それも一人で警備府を動かせる力を持った人間ともなるとなおの事。

 

「彼はこの事は」

『当然気付いていないし、今後知らせるつもりもないわ』

 

 藤原にしては珍しく強気な口調だった。まるでそれが自分の責務だと言うかのように。しかしその気持ちも分かる。彼は自分たちのように自ら提督を目指しているわけでもない巻き込まれた一般人だ。それでいて困った人物を放っておけない善良なお人良し。

 本人は気が付いていないだろうが、困っている人を当たり前に助けられる人間はとても少ない。

 

『彼には彼が望む限り艦娘の事だけを考えていてほしいの』

「確かにそれが一番の理想でしょうね」

 

 彼はおそらく心の底から艦娘のためを思って行動を始めている。損得勘定も打算も無しに純粋な好意から。だからこそ妖精があれだけ付いているのだろうし、艦娘にとっても彼の存在は世界に一人と言っても良い理解者に今後なるかもしれない。

 

 だがそれは裏を返せば一つの歯車のズレで全てが無に帰す事と同意である。

 

 彼は自由でなければならない。そんな根拠のない確信が二人の胸にはあった。彼が自由でなくなった時、彼の意志が道半ばで折れたとき、おそらく全ては元の壊れた世界に戻るだろう。

 それを阻止するためにも、彼には自由でいてもらわなければならない。

 

『とはいえ今すぐどうこうという話では無いから、才華ちゃんも今の任務に集中して頂戴』

「あの、先生、私も良い年ですし、ちゃん付けはそろそろ止めていただけると」

『あら、可愛らしくて良いじゃない。出会った頃の誰も他人を寄せ付けない一匹狼の才華ちゃんもあれはあれで可愛らしかったけれど――』

「了解しましたっ! 今日の所は時間も遅いのでこれで失礼しますっ! おやすみなさい先生!」

『あ、ちょっと才華ちゃ――』

 

 電話口から返ってくる声も無視して、九条はガチャンと受話器を切った。そのまま右腕を目隠しにふーと溜め息を一つ。あの人は事あるごとに昔の黒歴史を嬉々として掘り起こしてくるから九条としては堪ったものではない。それらすべてが自分に責があるとしても、こうして思い起こさせられると気恥ずかしさが先に立ってしまう。

 

 まあそれにしても、だ。

 

「阿形誠二、か」

 

 最初に本人を見たときは、あまりの妖精の数に思わず直接確認してしまった。今思えば危ないところだったが、本人としては全く自覚が無さそうなところだけが救いだ。

 

 彼は突如生まれた特異点だ。

 そんな彼と関係を持ってしまえばこれからもしかしたら大変な苦労を背負う事になるかもしれない。

 

 しかしそれでも九条の口元には笑みが零れていた。

 

「私の予測が正しければ、彼は存在そのものが艦娘の救いになる」

 

 それを確固たるものにするためには、自身も彼の事をもっと深く理解しなけれないけない。彼が艦娘を理解し、艦娘が彼を慕い、自分たちがそれを支える土台となる。そうすることでこの組織は今の脆弱な弱者の立場から這い上がる事ができる。

 

「さしあたりこの1か月はその土台作りだな」

 

 これまで任務において楽しいという感情とは無縁だった九条だが、今回ばかりは少しばかり楽しい事になりそうだと笑みを深く刻むのだった。

 

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