壊れた世界で艦娘と   作:@秋風

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第二十四話 艤装

 

「それでは早朝会議を始める」

 

 執務机の前に並んだ俺たちを見て、九条提督は厳かに宣言した。

 此処では週の初めに当たる月曜の早朝に会議をするのが通例らしく、その週の任務の予定や調整を主に行っているそうだ。

 着任挨拶を終えた昨夜から一日明けた今日が丁度月曜日だったため、当然俺も参加させてもらっている。一時的とはいえ此処の警備府の一員としてしっかり仕事は果たさなければいけないのだ。

 

「阿形、昨日はよく眠れたか?」

「はい! おかげさまでぐっすりと!」

「それはなによりだが、いきなり気を張り過ぎだ。こいつらのためにも君は普段通りでいろ」

「そうですね、すいません」

 

 九条提督にやんわりと窘められ、肩の力を抜く。確かにまだ何もしていないのに、気持ちだけ先走っていた。危ない、やる気を出す事と空回りをする事は表裏一体だ。気を付けないと。

 

「しかしそれに比べてお前たちはどうした。目の下にクマができてるぞ」

「いえ、これは」

「なんちゅうか」

「もんもんとして眠れなかったわ」

 

 一方で三人娘の方はちゃんと眠れなかったのかすでに疲れていた。どうも本調子じゃないのか、目頭に指をあててつまんだりこめかみを押さえたりしている。赤城が何故かこちらを恨めしそうに見ているのは気が付かなかった事にしておいた。

 

 そのまま九条提督は会議の内容を赤城達と相互確認しながら進めていく。時折、俺にも分かるように補足を付け加えてくれながら、早朝の時間は早送りのように過ぎていった。

 

「今週の議題はこれで終わりだが、なにか質問のある者は?」

 

 そこで俺は今日初めて自主的に挙手をした。正直ここで聞くのも憚られる内容だが、タイミングを逃すとトラブルの種になりかねない問題だ。

 

「会議の内容とは少し逸れてしまう、共同生活においての質問なのですが」

「良い、話してくれ」

 

 九条提督の許可を得て、口を開く。

 

「俺はいつ風呂に入ればいいのでしょうか?」

 

 言ったとたん、赤城達がぎょっとしたのが気配で分かった。

 というのも昨日確認したところ、俺の部屋には浴槽やシャワーの類が備え付けられていなかったのだ。おそらく他の部屋すべてがそうなのだろう。となると共同で使用している大浴場やシャワールームがある筈なのだが、問題は何時俺がそれを使っていいのか、だ。

 

 例え男女比に差があったとしても、性別が存在する以上いつでも自由というわけにはいかないだろう。特に男は俺一人だ、こういった場合少数派が柔軟に対応する方が諍いが起きにくい。

 

「そういえば説明していなかったか、場所は一階の食堂の反対側だ。当然共用となっている」

「ありがとうございます。それで、俺が入って良い時間帯は」

「構わん。君が女と一緒で良いというのなら好きに使ってくれ。以上」

 

 と、思ったが普通に自由に許可されてしまった。いや、ダメでしょ。ぎょっとしてこっちを見ていた赤城と龍驤がそのままの表情で標的だけ変えてるぞ。

 

「ちょ、提督! 以上、じゃないですよ! 何を雑に決めてしまっているんですかっ!? 男性が女性と一緒のお風呂で納得するはずないでしょう!?」

「ん、駄目か?」

 

 いやここで『大丈夫です』なんて即断しようものなら永遠に破廉恥野郎の誹りを受けてしまうではないか。なんでこんなペン貸してくれぐらいのノリで聞いてるんだこの人。そもそも場合によっては九条提督とも鉢合わせる可能性だってあるのに、全く気にしてないのも大概おかしいぞ。

 

「いや、駄目も何も彼女たちが男と一緒なんて嫌でしょうに」

 

 俺にとっては至極当然の意見だというのに、場には奇妙な空気が流れていた。元の世界でも恋人でもない人間と一緒に風呂なんて混浴以外そう無かったはずだが。

 

「い、嫌っちゅーかなんちゅーか」

「あくまで気を使っている体を装うというの……? それとも本当に本心から……? くっ、分からないっ」

 

 ごにょごにょと何かを呟く二人組。本当に彼女たちが何を考えているのかさっぱりだった。

 そんな中、こほんとわざとらしく加賀が咳ばらいをする。なんて威厳のある姿なんだ。流石はお目付け役、頼り甲斐が半端ではない。

 

「阿形さんが別に良いというのなら、私は一緒でも構わないわ。そう、阿形さんが良いというのなら」

 

 なぜ二回言うのか。そして君は急に何を言い出すのか。そもそも俺は良いなんて一言も言っていない。

 いや、紳士ぶってるとかそういうのではなく、単純に彼女たちみたいな美女と一緒に風呂なんか入って反応しないなんて無理だから。いやいや普通に無理でしょ。俺の威厳と尊厳と明日と社会的未来とかその他もろもろを誰かが肩代わりしてくれるなら喜んで入らせてもらうけど。

 

 そんな加賀の肩を赤城ががっと抱いて、龍驤を交えてなにやらひそひそと話し出す。おそらく彼女たちの許せる妥協点を相談するのだろう。こういった場合、仕方がないとはいえやはり気を使わせてしまうのは心苦しいものがある。

 

「ちょっと加賀さん! あなた何、はーやれやれ仕方ねえな、みたいな後方腕組彼女面然とした雰囲気でワンチャンモノにしようとしてるんですっ!? 下心丸見えですよっ!?」

「しかもあくまで自分は許容する側っちゅー態度を崩さんのが男に飢えてる浅ましい女の見本みたいでちょっと、なあ」

「だ、黙りなさい! チャンスの女神様には前髪しかないのよ、多少強引にもならないとでしょう!? それともあなたたちは見たくないとでもいうの!? 彼の裸! 私は見たいわっ!」

「ちょ、真剣な顔して何アホな事を断言しているんですか! 彼に聞こえますって!」

「うちも正直な話興味あるけど、この貧相な身体を見られて嫌悪される方が怖いなあ。赤城やって興味ないわけやないんやろ?」

「わ、私は……とにかくっ!」

 

 話し合いが終わったのがこちらを振り返った三人だが、妙に息が荒い。それほどまでに議論が白熱したというのか。俺の風呂問題のどこにそんな議論の余地があったのか。

 

「お待たせしてしまってすいません」

「いや、別にそんなに待ってないが」

 

 一言詫びを入れたところで赤城がこうしましょうと、人差し指を立てる。

 

「私たちは任務上、いつ帰ってこれるか分かりません。なので時間で区切るというのは難しい。ですので、阿形さんが浴場やシャワールームを使用している間は妖精さんに扉の鍵を閉めてもらいましょう。それなら私たちが間違って入ることもありませんし、シャワールームは数がありますから最悪ずっと待つという事もありません」

「なるほど、で、逆の場合も同じか?」

「え? 逆とは?」

 

 本気の真顔で返されて、俺はそれ以上何も言えなかった。これは試されているとでも言うのか、俺の精神が。

 

「でもいいのか、俺のためにそんな手間みたいなこと」

「うちはそれでかまへんで。心の準備もできてへんかったし」

「……問題ないわ」

 

 同意してくれるのは有り難いが、加賀はなんで悔しそうに泣いてんだ?

 

「妖精さんも、よろしくお願いしますね」

 

 赤城の言葉に妖精がびしっと敬礼をして返している。

 なんとなくこの饅頭たちに任せるのも不安があるが、ひとまずはそれでよしという事にしておく。

 

「……ん? 決まったか?」

 

 いや、少しぐらい俺の風呂事情に興味持ってくれよ、あんたも。

 

 

 

 

 

 早朝会議の後朝食を摂り、改めてシャワーを浴びた俺は演習場に隣接している道場へと案内された。ちなみに加賀は九条提督と今後の任務のすり合わせのため別行動中で現在此処に居るのは龍驤と赤城の二人だけだ。

 基本的に俺は艦娘側のスケジュールに合わせて動くことになっている。相手も固定ではなく、その日の任務内容に合わせて同行するのが基本原則だ。原則といっても彼女たちにも休息と自由は必要なわけで、仕事中は行動を共にすると考えた方が分かりやすいかもしれない。

 

「にしても、うちらの艤装を見たいやなんてキミも大概変わっとるな」

 

 ぐいっと右腕を伸ばすストレッチをしながらの龍驤の言葉。任務の入っていないこの時間はいつも艤装の点検の時間に当てていると聞いたので、是非見せてほしいと頼んだのだ。

 

「私たちの艤装姿なんて見ても貴方に何の得もないでしょうに」

 

 少し離れたところで同じく身体を動かす赤城。動くたびに綺麗な黒髪がさらさらと揺れている。

 

「そんなことはないさ。それに俺はまだ艦娘の事を何も知らないからな」

 

 知ってどうにかなるものでもない、と言われればそれまでだが、彼女たちに関わると決めた以上妥協はしたくない。それに艤装というものに単純に興味もある。彼女たちがどのようにして戦っているのか純粋に知りたいと思っていた。

 

「知ってどうするというのですか」

 

 腕の筋を伸ばす赤城の言葉に真剣に考えて、答える。

 

「……今より仲良くなれる、とか?」

「ふふっ……」

「……なんですかそれ」

 

 龍驤には笑われ、赤城には呆れられてしまった。我ながらそれはないと思ったが、気持ちをうまく言語化できなかったのだから仕方がない。

 この世界に来て目的が見つかったばかりで、更にその先まで想像するのは今の俺には知識も経験も足りなさすぎる。

 

 そのまましばらく身体をほぐした後、赤城はおもむろに龍驤を窺い見た。

 

「龍驤、そろそろいいですか」

「ええで、ほなやろか」

 

 そう言って、立ち上がった二人は静かに目を閉じた。俺はそんな二人の姿を座りながら静かに見つめる。

 

 こうして彼女たちがはっきりと艤装を展開する姿を見るのは初めてだ。

 ふわりと空気のような何かが舞い上がる気配を感じると、二人を中心に淡い光の奔流が逆巻くように昇っていく。想像していたような激しさは無い。どことなく俺がこの世界に飛ばされた時と同じような光景に目を奪われていると、いつの間にか光の奔流は止んでいて気が付けば彼女たちの手足には艤装が展開されていた。

 

 赤城は弓道の装具一式のようなものを、龍驤は巻物のようなものを手に持っている。

 

「……異常は無いですね」

「うちはちょっと動作性が悪い気ぃするな。あとで工廠に持ってくわ」

 

 それぞれが艤装を確認するように軽く動かしている。とはいえ俺には確認している風に見える、としか言えないが。

 

「阿形さんはこうして艤装を見るのは初めてですか?」

「ああ、なんというか凄いな。言葉にするのが難しいが」

 

 神秘的というかなんというか。俺の語彙力では到底説明できない何かがそこにあった。

 

「触って確認されますか?」

「良いのか?」

「どうぞ」

 

 そう短く了承して赤城はすっと受け入れるように両の手を開いた。鼓動が鳴る。おそらくだがこの行為は赤城達艦娘にとっても気分の良いものではない。それを押し殺してまで、俺に協力してくれている。

 

 ならば俺が今更ここで怖気づいてどうする、と腹を括って彼女に歩み寄る。艤装に触れる時、ピクリと赤城が反応を見せてきたが気にしないふりをする。

 

「これは、弓か」

「はい。と言っても実際に矢を放つわけではなく、放つ動作をする事で妖精さんと共にエネルギーを艦載機として顕現させて発艦させているわけですが」

「ふむ……つまり?」

 

 訳が分からなくて追加説明を求めると、赤城にジト目で返された。龍驤が隣で笑っている。我ながら知識不足で恥ずかしい。

 

「勉強不足で非常に申し訳ない」

「事情は聞いているので別にいいです。簡単に言えばイメージです。戦闘行動に艤装の展開は必要ですが、実際に本物の矢を射出しているわけではないので。言うなれば艤装は我々艦娘の戦闘時の装束みたいなものですね」

「なるほど、なら矢が足りなくて弾切れという心配も無いのか」

「確かにそれは無いですが、敵の攻撃により艤装が一定以上損壊した場合、私たち空母は発艦そのものが不可能になりますから」

 

 そうなった場合、ただの案山子ですねと不気味に笑う赤城は少し怖かった。

 ちなみに発艦のために弓だけ守ろうとしても意味が無く、艤装はすべてリンクしているため何処にダメージを受けても結局は同じらしい。

 その後も集中して艤装をひとつひとつ確認していく。しかしこう見るとやはり鋼鉄の塊というのは生々しくて――

 

「……あ、あの」

「あ……すまん」

 

 ――と、見ればいつの間にかしっかりと握り締めてしまっていた赤城の右手を慌てて離す。いかん、集中し過ぎていて全く気が付かなかった。

 慌てて謝罪したところで、赤城は『いえ』とだけ答えたが内心穏やかではないだろう。しかし今深追いしても藪蛇なので、仕方なく龍驤の方を向く。それにしても赤城の手は綺麗ですべすべだった。

 

「龍驤も、いいか?」

「お、おうともよ」

 

 なんだか口調が変だが、まあいい。気を引き締め直して龍驤の艤装に手を触れる。

 

「龍驤の艤装は、なんというか不思議な形状をしているな」

「なんか陰陽師みたいやろ? うちも空母やから艦載機を飛ばすんやけど、赤城達みたいに弓や無くて直接指でこうやってばーんとやな……」

 

 艤装の事を話す龍驤は何処か得意げで楽しそうで、俺の緊張していた心もすっかりほぐされていく。おそらく彼女の場合こっちが素で、元来明るい性格の少女なのだ。俺としても早く気を許してもらえる関係になって、年中この龍驤を拝んでいたいものだ。

 

 それにしてもこの艤装は特別柔らかくてぷにぷにだな。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「……阿形さん?」

「……あ」

 

 もはや言うまでも無く俺が握り込んでいたのは龍驤のぷにぷにの両手だった。赤城の冷めきった目と、指摘で我に返ったが、時すでに遅し。いつの間にか黙り込んでしまっていた龍驤は顔を真っ赤に染めて目尻に涙を溜めて震えてしまっていた。

 

 言い訳などなく、慈悲も無し。

 俺は視線すら合わせてくれなくなった赤城と涙目で震える龍驤に静かに、且つ流れるような動きで土下座した。

 

 どうやら俺がまず鍛えるべきは精神だったようだ。

 

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