壊れた世界で艦娘と   作:@秋風

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第二十七話 感覚

 

「それでは、私は今日の分の報告書を纏めて執務室に持っていきますので」

 

 耳に届いた赤城の声に顔を上げる。

 加賀が資料室から持ってきてくれていた本を眺めていたら、いつの間にか結構な時間が経っていた。窓の外では太陽が半分ほど水平線に姿を消している。あの後対話による知識の詰め込み過ぎは却って逆効果と判断された俺は、大人しく資料から知識の取得を試みていたのだが、疲労した脳には言語も活字もあまり差異は無いことが良く分かった。

 

「ああ、お疲れ」

「阿形さんも、お疲れ様です」

 

 手早く部屋を片付けて、赤城は扉から出ていく。この後はもう仕事は無いとの事で、俺の艦娘との同行の時間も終わりとの事だった。仕事としては何もしていない気もするが、平時は意外とこんなものらしい。ちなみに加賀は哨戒任務のために途中で部屋を出ていった。

 

「まあ焦っても仕方が無いか」

 

 一日で何かができるようになるのなら苦労も無い。千里の道も一歩から。初日としてはこんなものだろう。

 

「さて、これからどうするか」

 

 風呂……は少し早い気もするし、外出するにしては遅すぎる。そもそも勝手に外出していいのかも分からない。かと言ってこのまま部屋に戻っても寝るかパソコンを立ち上げるか本を読むぐらいしかやる事が無い。

 

 そんな事を考えていると、目の前を二体の妖精がふわりふわりと通り過ぎていくのが視界に入った。

 

「そういえば、こいつらって普段何してんだろな」

 

 警備府にいればそこらで見かけるし、話を聞く限りは重要な役割を担っているのは間違いない筈なのにいまいちその存在意義を把握しきれていない。頭の上の奴なんかは俺からすれば怠惰を貪る妖怪甘味ねだりと言われても素直に納得してしまいそうだった。

 

「探索がてら、ついて行ってみるか」

 

 やる事もないし、警備府の地理を把握する目的も兼ねて目の前を通った妖精の後をついていく事にする。途中、後をついてくる俺に気が付いた饅頭二人組が急にジャンケンし始めたかと思うと、勝った方がちょこんと俺の肩に乗ってぶらぶらと足をぶらつかせてきた。案内役とサボり役を決める勝負かよ。

 負けた方はやる気の九割を削がれたのか、ふらふらと蛇行運転を続けている。

 

「俺の肩や頭はタクシーじゃないんだぞ」

「じつによきすわりごこち」

 

 むふーと鼻息を立てながら満足そうな妖精の頭をぐりぐりといじる。なんとも便利な乗り物扱いされている気がしてならないな。そんな事をしているうちに先行する妖精が執務室などがある建物から渡り廊下を通って、隣接した大きな施設の扉へと入っていく。

 

 そこはなんとも鉄の匂いが満ちる、工場のような雰囲気の場所だった。

 

「此処は……いわゆる工廠という施設か?」

 

 先ほど仕入れた知識を総動員して導き出した回答に、肩の上の妖精がこくりと頷いた。

 見れば施設の至る場所で多くの妖精が鉄の塊相手に電動工具らしきもので火花を散らたり、物資を運んだりしているのが確認できる。隅の方には艦娘の使用した名残のある装備品らしき残骸が木箱にうず高く積まれていた。ところどころはみ出ている壊れたペンギンのような謎の物体が何かは知りたくも無い。

 

 工廠、それは艦娘の戦闘に必要な武器を製造、修理、または弾薬や資材を保管、貯蔵するための場所と資料には載っていたが。なるほど、確かに目の前の光景はその通りの場所だと言えた。ちゃんと働いていたんだなこの饅頭たちも。

 

「少し見学しても良いか?」

 

 近くで資材の数を確認している作業着姿の妖精に声をかけると、律儀にビシッと敬礼を返してくれた。妖精の中にも真面目な性格の奴がいるもんだ、などと感心しつつ邪魔にならないように施設の隅の方に腰を下ろす。おもむろに懐から普段常備している飴玉の入った袋を開けて置いてみると、目ざとく気付いた妖精が素早く頬張ってはぺこりと頭を下げて元の場所へ戻っていく。

 そのまま暫く、ふわふわと施設中を忙しなく動き回る妖精の仕事ぶりを眺め続ける。

 

 こうして見ていると此処は海軍という巨大な組織の一部だという事を如実に実感する。

 藤原警備府にも同様の施設はあったが、最初に施設図で説明されただけで中に入ったことは無かった。禁止されていたわけでも無く、特段入る必要性も意味も感じていなかっただけという話だ。

 まあその感覚は今でもあまり変わっていないのだが。

 

 それでもこうして踏み入ってみると感じるものはやはりある。

 俺のこの庶民じみた心も、この生活を続ける内にいつか映画に登場するような無骨な軍人の如く変化する日が来たりするのだろうか。

 だとしても藤原提督達のように優秀な人材になっている姿は、今の俺からは到底想像できない。

 

「まるでアホのする妄想のような話だな」

 

 のような、では無くそのまんま妄想だ。我ながら現実味のない思考に呆れて、胡坐に肩肘をついた格好のまま溜め息が漏れる。

 

「……ん?」

 

 そんな俺の視線の目の前を砲塔のついた鉄の塊がうろうろと横切っては戻ってくる。あっちへ行ったりこっちへ来たり、よくよく見るとその物体は艦娘の艤装のようなものであり、その下には何故かべそをかいた一人の妖精がいた。

 

 ぐすぐすと鼻を鳴らすその妖精は今気が付いたとばかりに俺の存在を視界に入れると、差し出すようにその鉄の塊を俺の胡坐の上に置いてくる。なんでだ。

 

「いや、渡されても困るんだが」

「……なおらない」

「壊れてるのか、これ」

 

 問い直すと、目の前の妖精はこくんと頷いた。確かにその砲のような鉄の塊はところどころ傷が見られ、塗装も一部剝げ落ちていた。たぶんだが中身も壊れているこの砲をこの妖精は直そうと試みて、駄目だったのだ。そして途方に暮れてべそを掻いていた、と。

 

 で、俺に渡してどうしろと?

 

 一応、一通りその砲をぐるぐると見回してみるも当然壊れている箇所など分からない。当たり前だ、その道の専門家が頭を捻る難題をド素人の俺が解決できる筈がないだろ。

 

「……諦めたらどうだ」

 

 何事も諦めが肝心との金言に則って伝えると、妖精はその場でわっと泣き出してしまった。それを見た他の妖精がなんだなんだと野次馬のように集まってくる。

 いやいや待ってくれ、俺が泣かしたみたいになってるじゃないか。

 

 なおも泣き続ける妖精を慰める他の妖精がいたり、俺の持っている砲を観察しては首を振る奴がいたり飴を暢気にモゴモゴする奴がいたり、次々と場が喧しく育っていく。

 だからといって俺にどうしろと言うのか、と途方に暮れていると――

 

 ……ん?

 

 ――ふいに、抱えていた砲の感覚に妙なノイズが走った気がした。

 

「なんだ……?」

 

 周囲を見回しても、変わった様子は無い。

 俺は再度、両手に持った砲へと視線を落とす。そこには先ほどと同じ鉄の塊があるだけで、別に何も変化はない。

 

 だが、ほんの微かな、吹けば飛ぶような本当に僅かな感覚への不和。気の所為と思えばそれで終わる程度のミリ単位のズレ。しかし俺はそんな誤差レベルの感覚がこの時は何故か妙に気になってしまっていた。

 

「…………」

 

 俺は静かに瞳を閉じて両手の感覚のみに集中する。周囲の妖精もそんな俺の変化に気が付いたのか、いつの間にか施設内は静寂に包まれる。

 

「…………」

 

 分からない、集中する、変わらない。

 落とす、落とす、落とす。意識をゆっくりと沈めて、両手の感覚だけを感じられるように。深く、深く、鉄特有の冷たさのみが両の掌へと伝わり続ける。

 

 どれくらいの時間そうしていただろうか。

 ふと、掌を通じて砲と一本の筋が通ったような感覚がつうっと伸びる。それは砲の端から幾多にも枝分かれしていき――

 

「……ここ」

 

 ――すうと意識が戻る感覚と共に俺は砲の先より少し下側、土台となる広い部分の丁度上から三分の一程度に当たる部分へと右手の人差し指を立てた。

 詳しくは説明できない。何がどうとかも理解はできていない。だが、確かにその部分より先に繋がるべき感覚が何かに塞がれて途切れてしまっているのを感じた。

 

 俺の指差した場所に、べそを掻いていた妖精の小さな手がちょんと重なる。

 

「どうだ?」

「…………っ!!」

 

 妖精は最初驚いたように目を見開いて、すぐに喜色満面といった様子でもげるかというほど首を上下にぶんぶんと動かして頷いた。首の座りの悪い生まれたての赤ちゃんみたいでちょっと心配になるほどの動きだ。

 

「直りそうか?」

 

 俺の問いに、妖精は俺の手を大切なものを抱えるように一度ぎゅっと握ってから最後に一つこくりと頷いた。そのまま彼女は砲を担いで急いで施設の奥へと飛んでいった。おそらく直ぐに修理に取り掛かるのだろう。ともあれ泣き止んでくれて本当に良かった。

 

 次いで、割れんばかりの喝采と拍手が俺を中心に巻き起こる。

 一部始終を見ていた妖精たちが、爆竹でも鳴らしたかの如く騒ぎ立て始める。

 

「いや、そんな輝きに満ちた目で見られてもな」

 

 正直俺も何が何だか良く分かっていないのに、盛大に拍手をされても困るんだよ。ただ単になんとなく違和感を覚えた場所を指差しただけで、俺が直してやったなんて感想はひっくり返っても出てこない。

 ぐいぐいと飴玉を頬に押し付けてくる饅頭たちを手で払いながら、俺は改めて自分の手の平を眺める。

 

「……なんだったんだろうな、あの感覚は」

 

 その呟きにも似た俺の言葉は、妖精たちの歓声に紛れるように宙へと搔き消されていった。

 

 

 

 

「ふー……」

 

 とまあ謎にひと悶着あったものの、考えてもさっぱりだと判断した俺は思考そのものを諦めて一人風呂に入っていた。

 大浴場、というほどでもないが一人で入るには十分すぎる広さの湯船に肩まで浸かりながら、俺は肺に溜まった空気を一気に体外へと吐き出した。

 

「風呂、最高」

「さいこう」

 

 少々温めの湯に、体中の凝り固まった筋肉が弛緩していくのをじんわりと感じる。やはり風呂は人類が考え出した最高の叡智の結晶。となりでぷかぷかと浮かんでふやけている饅頭の存在など軽く無視できるほど開放的な気分が心を満たしてくれる。

 

「赤城達には悪いが、こうして湯船が使えるのはマジで助かった」

 

 話の流れと立場上、この一か月はシャワーのみという事もあるかと覚悟していたが、許可が出て本当に良かった。正直なところ湯船に浸かれるのとそうでないのでは一日の疲れのとれ方が段違いなのだ。中にはシャワーだけで平気だと言う人もいるだろうが、俺は可能な限り湯船には浸かりたい派だ。

 

 脱衣所へと繋がる扉も約束通り妖精の謎力でしっかりと施錠されているようだし、無駄な心配をする必要も無い。文字通りこの時間はすべてを気にせずくつろげる最高の時間と言えた。

 

「明日からも頑張らないとな」

 

 とはいえ気を抜くとすぐに怠惰になる俺だ。此処に来た目的はしっかりと達成して帰らなければ。そのためにも今はこの至福の時間をゆったりと堪能させてもらおう。

 そう、いうなれば今だけは此処は俺だけの世界。

 

 だから脱衣所へと繋がる扉の取っ手が急にガチャリと音を立てても何も問題は無い。

 

 ――は? 

 

 思わず扉の横で警護してくれている真面目な妖精と目が合う。そうしてお互いにいやいやまさかそんなあっはっは、といった感じで笑い合う。

 きっと外にいた妖精が施錠を確認するために取っ手を回したとかそんなんだよ全く驚かせないでくれよ本当に。

 

 とか考えていたら続けざまに取っ手がガチャガチャと激しく揺さぶられる。その様子をまるで有り得ないものを見ているといった顔で、警護役の妖精が俺の顔とを交互に窺いみてくる。いやいや、あわわじゃないんだよっ!?

 終いには護衛の妖精がそのちっちゃなおててで物理的に取っ手を押さえ始める。え? 妖精の謎力はどこにいったの? まさか破られるとか言わないよね?

 

 そんな抵抗もむなしく、バキッと嫌な音を立てて扉は呆気なく侵入者もとい破壊者の突入を許してしまった。

 

「なんだ、壊れたぞ? まあ良い。入るぞ」

「うわああああああ!!」

 

 そこに狂気の女が立っていた。いや、九条提督が肩にタオルを掛けて、すっぽんぽんのまま堂々と。

 いやいや、入るぞ。じゃないんだよなあ!?

 

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