壊れた世界で艦娘と   作:@秋風

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第二十八話 風呂

 

「ん、なんだ。やはりいるじゃないか」

 

 突如として襲来した九条提督は、俺の姿を確認するや否やそんな事を言ってきた。ミリ単位の可能性で、間違えて入ってきた事に賭けた俺のなけなしの希望は三秒で霧散する。

 瞬間的に妖精が俺の両瞼に張り付いたおかげで、はっきりと今の彼女の御姿を拝見しなくて済んだのは僥倖としか言いようが無いが、隠すべきはこっちじゃないと思うのは俺だけか?

 

「いやいや、いるじゃないか、じゃないですよ。取り決めはどうなったんですか取り決めは」

「……取り決め?」

 

 もしやご存じでない? いや、こやつさては最初から聞いていなかったな。 

 

「何しに来たんですか?」

「いやなに、こうして出会ったのも何かの縁。ここはひとつ腹を割って裸の付き合いでも、と思ってね」

 

 それはもう思考が男子のそれなんよ、しかも体育会系の。この人俺と同じ転移者だよね? なんでこの世界の人間より俺と常識が合わないの?

 

「うん? なんだこのバスタオルは……身に着けろ? ああ、いやそうかそうだったな」

 

 暗闇の中、瞼にぶらぶらと重みだけをぶら下げる俺の両耳にそんなやり取りをする非常識さんの声。おそらくだが、護衛役の妖精が彼女にバスタオルを渡してくれている。

 瞼の重みが取れて、おそるおそる目を開けると身体にバスタオルを巻きつけた九条提督が湯船から桶で湯を掬っている姿が見えた。大事なところは隠されたとはいえ、やはり目のやり場には困る。

 

「いやはや何年も男と碌に関わらないとやはり感覚が狂うな。共に風呂に入るのにわざわざ身体を隠さねばならんとは」

「そもそも普通、男女は一緒の風呂に入らないですからね?」

 

 まず、大前提から間違っている。

  

「君だからだよ。君じゃ無かったら、まず来てない。他の男にこんな真似したら普通に捕まるからな」

「ぐぬぬ……」

 

 不敵に笑う九条提督に何も言い返せない。理不尽なのに、不適切なのに、それでも美人な女の人にあなたは特別だよ、と言われた気がしただけで全てを許せる気になってしまうのは男の性が、それとも俺が単純なだけか。どちらにせよなんか悔しい。

 

 九条提督がその艶のある黒髪をアップにまとめて、湯舟に足を踏み入れて俺の隣へと腰を下ろしてくる。近いな。

 

「君が私の裸体など見ても気にしないと言ってくれるなら、今すぐにでも脱ぎ捨てるんだがな」

「勘弁してください。あんたみたいな美人の裸なんて目の保養を超えた特定刺激物です。そんなもの見ながらまともな会話が成立するわけがないでしょう?」

 

 主に俺が、ね。

 ここでヘタレと罵る男性諸君はよく考えてほしい。美人でスタイルの良い上司と風呂で裸体を晒しながら何も気にせず普通に日常会話に花を咲かせられるか? 無理だろう? 頼むから無理だと言ってくれ。

 

「美人、か。この世界に来て初めて言われた気がするな。まあ確かにそういった感情や欲情の類は私なんかよりも、全部あの子たちに向けた方がいいな。君の場合は」

「無茶言わんでもろて」

 

 そんな事が平然とできるのならば、俺はとっくの昔に脱童貞していたはずだ。そう、つまり心の持ちようの問題だ。決して俺が今まで全くモテなかったとかいう話ではない。決して。

 彼女たちだって男にぶしつけにそんな視線を向けられたら不快に違いないしな。特に女性は男のそういう視線に敏感だって言うし……いや、こっちの場合それも逆になるのか? 分からん。

 

「赤城から貰った報告書に目を通した。なかなかうまくやっているようじゃないか」

「そうなんですかね。自分としてはまだなんとも」

 

 正直バチクソに扱き下ろされていても仕方が無い無知を晒した気がするが、赤城的には許容範囲内だったみたいだ。それか元々の期待値が低すぎて、越えるべきハードルが赤子レベルに設定されてるとか。呼吸ができてえらーい、みたいな。だとしたら死ねる。

 

「報告には彼女の所感も記載されていたんだが、なかなかに興味深い事も書かれていた。現段階では不明瞭な事が多すぎて何とも言えんが、もしかしたら君の求める役割に繋がる話かもしれん」

「なんと」

 

 パシャリと顔を湯で洗う九条提督。

 

「もっとも、そんなものが無くとも君はそのままでも良いと私は思うがな」

「いや、流石にそういうわけにはいきませんよ。今のままでは只のごくつぶしの似非ニートですよ、俺は」

 

 提督が重要な役職であるように、艦娘が国防の要であるように、俺には現状明確な役割が無い。海軍所属の一般職員という肩書はあるにせよ、それは俺が此処に居続けられる理由にはならない。

 

「意外な話だな。君はもっとのんびりした人間だと思っていたが」

「俺は艦娘の皆の事が好きだし、これからもできれば一緒にいたいとも思ってます。そんな俺にとっては重要な存在でも、彼女たちにとっては現状の俺は必ずしも共に居る必要性のある人間では無いですからね。必死にもなりますよ」

 

 いつまでも役割の持てない人間はいずれ立場を追われる事になる。無常だが、社会とは得てしてそういうものだ。今は藤原提督のもと手厚い保護下に置いてもらってはいるが、ずっとその厚意に甘えているわけにはいかない。

 

 少々気恥ずかしい気もするが、言っている事は間違っていないはずだ。なのに九条提督の口が大きくへの字に曲がっているのは何故なのか。

 

「なんですかその顔は」

「いや、私が言うのもなんだが、ともかく今みたいな事は艦娘の前では安易に言わない方が身のためだぞ。君がまだ平穏を望むのなら、な」

「心配しなくても恥ずかしくてとても本人たちの前では言えませんよ、こんな話」

 

 話の内容もあってか、のぼせそうだったので身体を洗うために一度湯船を出る。背後から妙に視線を感じるが、無視してシャワーの蛇口をひねりボディタオルを桶に張った湯につける。

 

「見かけによらず、良い身体をしているな。何かスポーツでもやっていたのか?」

「一応、高校まではバスケ部でしたけど。今は結構時間があって暇なので割と筋トレしてますね」

「良い心がけだ。何事も身体が資本だからな。それに比べてこの世界の男は心身ともになよなよした奴ばかりでいかん」

 

 それは好みの問題では、と思うが勿論口には出さない。

 男が少ないという事はそれに付随して力仕事を任せる機会も必然的に女性中心になるわけで、そうなると身体を鍛える機会というのが元の世界に比べて自然と減っていった結果というのはありそうだ。

 まあ、だからといって鍛えない方が良いなんてことは絶対に無いだろうが。

 

 ボディタオルに洗剤をつけて、泡立てる。

 

「ふむ。では私が背中を流してやろう」

「なんで?」

 

 どうしてそう発想があっちこっち反復横跳びするんだこの人は。とか思っている内に肩をぐわしっと掴まれボディタオルを奪われた。風呂場で騒ぐのも危ないので、仕方なく言われるがままに背中を洗われる事にする。時折当たる柔らかい何かは気付かなかった事にして。

 

「こうしているとなんだか弟の事を思い出すよ」

「弟さん、いたんですね」

「ああ。と言っても幼いころに別れてそれっきりになってしまったが」

「……別れた、ですか」

「両親の離婚さ。よくある家庭内不和とやらが理由で父の方に弟が、母の方に私が引き取られた。それっきり会う機会も無く、二十歳過ぎの頃に私は通り魔に刺されて死んでこっちの世界に来た」

「それはなんというか」

 

 世間話にしては重過ぎる内容を、まるで平然とした様子で語る九条提督。この辺りの身の上話は転移者同士であっても、どこか聞きにくいだけにどう反応して良いか分からない。

 しかし通り魔に刺されるとかトラックに轢かれるとか不治の病とか、転移者は皆ハードな人生を送る運命にでもあるのだろうか。いや、死んだことで女神の目に留まったのなら順序が逆なので単なる不運でしかなく、特に俺の場合は半分自業自得でしかないのだが。

 

 そんな俺の逡巡を察知したのか、九条提督が軽く笑って肩に手を置いてくる。

 

「まあそんな顔をするな。なに、今の私は充実しているよ。さあ前だ」

「いや、前は自分で洗えますから」

「遠慮するな」

「だ、誰か助けてえっ!」

 

 追い剥ぎゴブリンに下半身の装備をはぐられるのを寸でのところで守り切る。周囲の妖精も顔を赤くして視線を隠してるフリはもう良いから、自分たちの上官の錯乱行為を止めてくれよ。

 

 必死の抵抗のお陰か諦めた九条提督は、しぶしぶといった様子で湯船に戻っていく。

 そのまま髪を洗う間、終始無言が続いたが雰囲気を悪くし過ぎるのも良くないので別の話題を振る事にした。丁度相談しておきたかった相手だし丁度良い。

 

「そういえばさっき工廠を見学してた時、不思議な事があったんですけど」

「ほう?」

 

 俺は工廠で起こった一部始終を簡潔に九条提督に説明した。

 最初は笑われるかとも思ったが、彼女は想像以上に真剣な表情で何かを考え込むように黙ってしまった。

 

「何か不味かったですかね?」

「いや、決してそうではないが。そうだな、この件は少し持ち帰らせてくれ。あとこの件は君の軍人としての資質に大いに関わってくる可能性がある。信頼できる人物以外にはあまり話さない方が良い」

「分かりました。お願いします」

 

 先ほどまでの追い剥ぎゴブリンと同一人物とは思えない頼もしい姿を見せてくる九条提督。

 お互い半裸でなければ迷う新人に的確に指導する上官という素晴らしい構図だと言うのに。間違っても風呂場の湯船の中で立って話す内容ではない。

 

「あと、これは追加の仕事というか実験なんだが……まあここでする話でもないな。あとで妖精に指示書を持っていかせるから目を通してくれ」

「了解です」

 

 九条提督はやっとここが風呂場だと認識し始めたらしい。配慮を見せるには既に停車駅を三駅ほど通り過ぎているが、もう気付いてくれただけで良い。

 そろそろ上がるか、とそう思ったところで彼女が洗い場にどんっと腰を下ろした。いつの間にかバスタオルまで脱ぎ散らしている。

 

「さて、次は私の背中も流してもらおうか」

「…………」

 

 もはや何も言うまい。

 俺は心の中で藤原提督の存在の偉大さに改めて深く感謝しながら、この外面美人モデル中身男子野球部部長の背中を無心でこすり続けた。今なら坊さんの試験も受かると思った。そんな試験あるか知らんけど。

 

 

 

 

 そんな経緯を経たのち、俺は風呂上がりの姿そのままで自室のパソコンの画面の前に座っていた。恒例の定期報告の時間であり、今日は鳳翔が担当の日だ。

 

「とまあそんな感じの一日だったんだが……聞こえてるか、鳳翔?」

 

 一通り今日の活動報告をしてみたが、画面の鳳翔は目を閉じたまま微動だにしない。時折うっすらと目を開けたと思ったら画面越しに携帯でこちらの写真を撮って、また目を瞑って黙る。この繰り返しだ。まったくもって意図が掴めない。

 

「音声はしっかり聞こえています」

「そうか。それは良かった」

 

 しかし、となると画面に何か不具合か。

 

「こっちの画面は特に問題は無いんだが」

「こちらも画面そのものには問題ありません。ただ……」

 

 ただ?

 

「……今の阿形さんの姿が破廉恥すぎて目が開けられません」

「……ん?」

「おそらく風呂上がりで掻き上げられた無造作ヘア、着崩れた寝間着、ちらちら見える鎖骨など。今の阿形さんの姿が破廉恥すぎて目が開けられません」

 

 いや、詳しく説明してほしいわけじゃない。

 

「そう……なのか?」

「はい」

 

 これはあれか? 遠回しに身だしなみを意識しろという鳳翔なりの助言だろうか。

 とにかく急造で身なりを整えて、画面の前で正座する。確かにこれも立派な仕事、気を抜くには早すぎたかもしれない。

 

「いや、悪い。気心知れた仲だと気が抜けた。藤原提督に報告するための写真は遠慮なく提出してくれ。罰は甘んじて受ける」

「いえ、これは個人観賞用です」

「うん?」

「なんでもありません」

 

 どうやら鳳翔は相当怒っている。それもその筈、信じて送り出した仲間がこんなだらしないのでは藤原鎮守府の沽券に関わる。

 俺は垂直に背筋をすうっと伸ばした。

 

「それで、阿形さんは加賀さんたち艦娘と一日イチャついて、九条提督とお風呂に入って淫らに背中を洗い合った後、今に至るとそう仰っているのですね?」

「いや全然違うな」

 

 解釈が独自過ぎないかそれは。そもそも風呂の話など伝えていないことまで伝わっているし、これはまたしても画面の端でピースしている妖精の仕業か。あの饅頭共め、覚えておけよ。

 

「冗談です。ですが阿形さんもあまり加賀さんを甘やかさない様にお願いします。あの子は冷静な表情とは裏腹にすぐに調子に乗る悪い癖がありますので」

「俺としては助けてもらってばかりで、甘やかしている認識はないんだがなあ」

「先ほど艦娘専用連絡ツールに教師のコスプレをした眼鏡姿の彼女の写真が送られてきました。『阿形さんに褒めてもらいました』という自慢気な説明文とそれはそれは腹立たしいドヤ顔と共に、です」

「なんか……すいません」

 

 何をやっとんだ、あの娘は。とはいえそんなものを見せられれば遊んでいると思ってもなんら不思議ではない。誠心誠意謝罪しよう。

 

「ですが、内容はともかく阿形さんの生活が充実しているようでほっとしました」

「そうだな。俺としては鳳翔たちに直接会えないのが唯一のストレスではあるかな」

「そんな事を言って、本当は私たちの事なんて忘れてしまうぐらい楽しんでるのではないですか?」

「やっぱ、ちょっと怒ってる?」

「怒ってません」

 

 なんとも手厳しい。

 調子のいい事を言ったら、カウンターでボディブローを貰ってしまった。確かに生活は充実しているが、これも彼女たちの協力あっての事、藤原鎮守府で帰りを待つ彼女たちを忘れる事は有り得ない。しかしその感謝の気持ちを言葉にするのは些か俺の言語力では難しい。

 

「帰ったら、また鳳翔と一緒に沢渡さんのパンを買いに行きたいよ、俺は」

「……でしたら早く任務を達成して、帰ってきてください。時雨もああ見えて寂しがってますから」

「そうだな。とはいえ期間は決まってるから帰る日は変えられないんだけどな」

「野暮なことを言うのは無しですよ。こういうのは気持ちの問題なんです」

 

 幼い子供を諭すように右手の人差し指を立てる鳳翔。ともあれ協力してくれている彼女たちのためにも、しっかり目的を果たして帰らなければならない。

 その後は軽めの報告と雑談を交えて、鳳翔との通信を切る。

 

「……そう言えば、九条提督から指示書が来てたな」

 

 中々に疲労感の感じる身体を動かしながら、届いていた用紙片手にベッドにごろりと横になる。

 そこで開いた指示書の内容を見て、俺は思わず眉間に皺を寄せた。

 

「マジで言ってんの? これ」

 

 誰にともなく呟いた俺の問いかけは、窓の外の夜の闇に紛れて消えていった。

 

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