壊れた世界で艦娘と   作:@秋風

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第二話 出会い

 

 穏やかな水面。

 まるでどこまでも続くかに見える遥か先、白紺が交わる水平線は今日も海と空の境界を曖昧にしている。そんな警備府と中心街を結ぶ海路上で、時雨は一人哨戒を続けていた。

 

 渡り慣れた航路。普段ならば、集中して周囲に気を配る時雨だが、こと今日に限ってはどこか上の空だった。

 

「……なんだったんだろう、あの人」

 

 思考に浮かぶのは先ほど提督が連れてきた人物。

 近々、新たに人員が一人補充される事は聞かされていた。鎮守府やそこに付属する警備府の運営は一人では立ち行かないため、人員が増えること自体は別段珍しい事でもない。

 そう、それ自体は珍しくもなんともないのだが、

 

「男の人、だよね。間違いなく」

 

 問題はその人物の性別にあった。

 時雨の目が節穴でなければ、現れた人物は男であった。

 

 妙な男だった。通常他人が時雨の顔を見ると、だいたい何かしらの反応を見せるものだ。もちろん悪い意味で、ひどい場合は露骨に顔を顰められる事も珍しくはない。

 

 だが、その男の反応は普通だった。

 自然体、とでも言えば良いのか。時雨の顔を見ても一切逸らす事も顰める事もせず、まっすぐに視線を合わせてきた。あまりにまっすぐ見てくるので思わずこちらが俯いてしまったくらいだ。

 

「もしかしたら顔、ちゃんと見れてなかったのかも」

 

 あり得る話だ、と時雨は思った。

 しっかり見ているようで実は見ていないという事もできなくはない。少々強引だが、そうでも考えないとその後の握手を求めてきた事や、去り際に声を掛けてきた事の辻褄が合わない。

 おかげで盛大に転ぶし、散々な痴態を晒してしまった。 

 

 とりわけ時雨は自身の容姿の程度を客観的に把握している。この顔が他人に、特に男性から好まれない事もこれまでの経験から重々承知済みだ。

 

「…………」

 

 ただ、心とは面倒なもので、理解はしていても納得はなかなか難しい。

 ゆらゆらと揺れる水面に反射する自身の顔に、眉尻が歪む。

 

「提督も知っていたなら教えてくれてもよかったのに」

 

 言われなければ、男が来るなんて思う訳がない。

 只でさえ女性を嫌悪している男が多いこの世界で、容姿の劣る艦娘と関わりたいなんて物好きが果たして存在するかどうか。

 

「たぶん何か、どうしようもなかった理由があるんだろうな」

 

 お金のためか、上の指示か、いずれにせよこれ以上深く関わることはないだろうと時雨は思った。

 提督が連れてきた人だ、悪い人ではないとは思う。だが、これ以上向こうからこちらに関わるメリットがない。

 

「阿形誠二さんって言ったっけ。あの人も不運な人だなあ」

 

 前世でどんな不徳を積めばこんな外れくじを引かされるのかと。

 しかし時雨は途中で考えることをやめた。今は任務中だ。そちらに集中しなければ。

 

 軽く頭を振って、時雨はすぐに速度を上げて海上を駆けていった。

 

 

 

  

 藤原警備府は海岸線沿いに建っていた。

 海が一目できる場所にレンガ造りの年季を感じる建物群。その門をくぐった俺は自室になるであろう部屋に案内されていた。

 

 八畳程の部屋にエアコン、机、椅子、冷蔵庫完備。ベッドに収納もついて、おまけにパソコンにネット回線まで引いてくれている。

 

「まさに至れり尽せりとはこのことか」

 

 窓を開けて、一望できる海を眺めながら爽やかな海風を堪能する。

 

「あたらしいひとですか?」

 

 まあ、なんか居ついてるんだけど。

 

 窓の縁にちょこんと座って語りかけてくる謎の饅頭顔。

 部屋に入ったときからそこら中に居たから敢えて触れないようにしていたが、流石に無視するわけにもいかなくなってきた。

 

「そうだけど……君らはどちらさんで?」

「せんじゅうみんですが?」

「せんぱいですが?」

「ほこりたかきようせいですが?」

「わかったわかったから寄って集ってくんなっ!」

 

 どこから湧き出てきたのか、いきなり大勢の妖精とやらに纏わりつかれてしまった。山姥だけでなく妖精まで居るなんてどうなってんだこの世界は。

 

「たしかなまんぞく」

「人の頭の上でくつろいでんじゃねえよ」

 

 いい加減相手にするのも面倒になったので、放って置くことにした。別段害があるようには見えないし、何かあれば藤原提督に相談すればいい。

 

「いいか、俺は今からネットで情報収集するから邪魔するなよ」

「えっちなやつですか?」

「おとこなのにせっきょくてきなにんげんさんです」

 

 ……やっぱ害獣かもしれない。

 

 その後、一時間ほどネットを使って俺はこの世界の事を調べてみた。

 結果として、この世界の大まかな概観は教えられた内容とそう差はなかった。男が何処に出没したか記した怪しい掲示板や、女の美しさを競った大会の結果写真にビビり散らかしたりしたが、それは今はどうでも良い。

 

 ただ、

 

「不自然なくらいに艦娘に対する記載がないな」

 

 一番欲しかった情報は、ほとんどが消えているかアクセス不可になっていた。

 過去の記事や事件、艦娘絡みの記事も軒並みヒットしないあたり、国や軍が介入している可能性もある。

 

「まあ、おかしな先入観を植え付けられなかっただけ良しとしとくか」

 

 パソコンの電源を落とし、一つ大きく伸びをする。

 一拍して、部屋の扉を数回ノックする音が耳に届いた。

 

「阿形さん、執務室に来てほしいのだけれど、お時間良いかしら」

「了解です。すぐ行きます」

 

 やはり大事なのは自らの体験した経験と知識だ。

 とりあえずそういう事にしておいて、俺は執務室へ向かうことにした。

 

 

 

 

 

「鳳翔です」

「……加賀よ」

「時雨だよ」

 

 俺は今感動を覚えていた。

 目の前に美少女が三人。時雨は一足先に挨拶を交わしたが、改めてここの警備府所属の艦娘を紹介された訳だが、目の保養にこれ以上のものはない。

 

 鳳翔と名乗った女性は特別目立つ印象ではないが、代わりに溢れ出る包容力が凄まじく、加賀の方は、やもすれば怜悧と感じてしまうほどの恐ろしいほどの美人だった。時雨はもはや言うに及ばず。

 

「阿形誠二だ。よろしく」

 

 敬語はいらないと藤原提督に言われたので素で返したが、案の定誰とも目が合わない。加賀に至っては目を瞑ってないかアレ。

 

「予想はしていたけれど、見事にギクシャクしてるわね」

 

 隣では藤原提督が他人事のような感想を呟いている。何処か楽しんでないかアンタ。

 

「提督、加賀さんがショックで気絶してる」

「叩き起こしなさい」

 

 立ったまま気絶してたのかよ! ってか俺を見てってことだよな? だとしたら軽く凹むんだが。

 ぺしぺしと加賀の頬を叩く時雨をよそに藤原提督が話を続ける。

 

「阿形さんには警備府では自由に動いてもらうわ。貴方たちも何か困った事があったら彼に助けてもらいなさい」

「あの、提督」

「何かしら、鳳翔」

 

 提督の話に、すっと手を挙げた鳳翔が割って入る。

 

「阿形さんは、その、男性ですので、私たちの手助けというのは、精神的にも苦痛なのでは」

「だ、そうだけれど?」

「そんなことは全くない! むしろ沢山頼ってほしいぞ俺は!」

「え? ええ?」

 

 嘘偽りなく返事したつもりだったが、鳳翔は目を白黒させてそのまま下がってしまった。やはり世界を隔てた価値観のズレは容易には解消させてはくれないか。

 いや、焦りは禁物だ。彼女たちに自らの魅力を自覚させる時間はいくらでもある。単に俺が彼女たちの笑った顔を見たいだけだが。

 

「……提督、いったいいくら積んだのさ」

「時雨、あなたは急に毒を吐くのを止めなさい」

「提督、加賀さんが……」

「叩き起こしなさい」

 

 前途多難。

 下っ端の分際でこういうのもなんだが、このチームの未来が不安だ。まあ、俺が居ないところでは普通だったりするんだろうけど。

 

「はいはい貴方達、仕事中よ」

 

 しかしそんな緩んだ空気も藤原提督の言葉を合図に、三人が素早い動きで整列し直した事で引き締められた。こういった所は流石は軍属だ。

 

 その後警備府内の施設図など、必要な説明と資料を渡されてこの場は解散となった。

 去り際に、藤原提督から『ささやかだけど、歓迎会の準備があるから』と夕食は大広間で取るように伝えられた。

 

「いやはや歓迎会まで開いてもらえるとは思ってもみなかったな」

 

 資料片手に、俺はウキウキ気分満載である。

 誰かに祝ってもらえるなど、ここ数年記憶にないからな!

 

 

 

 

 

「で、誰も来ない、と」

 

 警備府一階の大広間。等間隔に並べられた長テーブルの中心で俺は一人、虚無を噛み締めていた。

 伝えられていた歓迎会の時間が午後6時。そして現在は午後6時30分。

 

 会場には俺一人。悲しみを通り越して、虚無である。

 

「でも、歓迎会自体が勘違いでしたってわけでもないんだよなあ」

 

 目の前には美味そうな料理が、ご丁寧にラップをされて置かれている。誰かが準備したであろう形跡が、余計に俺の心を抉ってくる。

 

「げんきだすです」

「んまんま」

 

 まあ厳密には一人では無いのだが、この座敷童どもを頭数に加えるのはなんか悔しいので入れない事にした。ってか主役をほったらかしてなに勝手に食ってんだ。

 

「……俺も食うか――ん?」

 

 これ以上待っても仕方がないか、と諦めて箸へと手を伸ばした瞬間、ふと入口の方に気配を感じたので振り返ってみると、そこに一人の美少女が立っていた。

 

「時雨! 来てくれたのか!」

 

 やはり信じる者は救われる。何処かこちらを見て驚いている表情にも見えるが今はそんな事どうでも良い。荒み切っていた心に潤いが戻るのをひしひしと感じる。

 

「いや、僕は料理を片付けようと立ち寄っただけなんだけど……阿形さんこそなんで居るんだい?」

 

 そしてすぐ枯れた。かわいい顔でなんて事を言うんだこの娘は。

 

「いやなんでって、歓迎会って言われたら普通来るだろ」

「来ないよ。普通の男の人だったら、僕たちと一緒の歓迎会なんて絶対に」

「そうなのか?」

「うん」

 

 断言する時雨。つまり俺が来ないと踏んで、料理だけ片付けに向かったら普通に居たから驚いた、という事か。確かにこの世界では有り得る話なのかもしれないが、流石に何というか世知辛すぎやしないか?

 

「ちなみに藤原提督たちは?」

「提督は本営からの急な呼び出しがあったから。加賀さんはその補佐。鳳翔さんは明日の御飯の仕込みのために買い出しに行ってると思うよ」

 

 時雨の言葉に、内心で納得すると同時に安堵する。

 良かった。完全に避けられているという訳でもなさそうだ。崩壊しかけたメンタルも寸でのところで持ち堪える。あと少しで癒しを求める旅に出るところだった、危ない。

 

 安心すると腹が減ってきた。時雨も居ることだし丁度いい。

 

「ま、なんにしろ理由が分かれば、すべて良し。さ、折角来たんだから時雨も一緒に食おうぜ」

「え? ……いいの?」

「もちろん。時雨が嫌じゃなければ、だが」

「それじゃあ……お邪魔します」

 

 少し躊躇していた様子の時雨だったが、おずおずと言った様子でちょこんとテーブルへと着いた。

 一つ席を空けて俺も座り直し、手を合わせる。

 

「いただきます」

「……いただきます」

 

 そこから暫くはお互い、無言で箸を進める事に集中する。

 しかし食べ始める前から、すでに三分の一が無くなっているのはおかしくはないか、そこの座敷童共よ。

 

「そういえば、こいつらって結局なんなんだ?」

 

 話しかけられるとは思っていなかったのか、肩をぴくんと跳ねさせながら時雨がおそるおそるこちらを窺ってきた。

 

「それって、妖精さんのこと?」

「やっぱり妖精なのか、こいつら」

「そっか、阿形さんは見える人なんだね」

「? 見えない人もいるのか?」

 

 俺の問いに時雨は一つ頷く。

 

「妖精さんは一部の人にしか見えないんだ。基本的に鎮守府や警備府に居て、僕ら艦娘の身の回りのサポートから、任務の手伝いまで様々なことを熟してくれる大事な仲間だよ」

「ふーん、こいつらがねえ」

 

 机の上で寝ている一匹の腹を指の先でくりくりと弄ると、ケタケタと笑って手足をジタバタさせる。

 

「普段はあんまり人前に姿は現さないんだけど」

「とてもそうは見えないんだけどな! ええい離れろ!」

 

 一匹を構うと、そこら中から湧き出て来て纏わりついてくるのはなんとかならんものか。

 

「っ……ふふっ。あっ……ごめん」

「なんで謝るんだ?」

「あ、いやだって……気持ち悪いかなって」

 

 最後はほぼ擦れるかのような声量で、時雨はその綺麗な横顔を髪で隠すように俯いてしまう。

 

 少し返答に迷う。ここで反射的に否定をしたところで時雨は額面通りには受け取らない。かと言って昨日今日会った程度の男がいくら取り繕って小綺麗な言葉を並べたところで、クソ寒い空気が出来上がるだけだ。

 

 そもそも人を慰めるなんて柄でもないんだよな。

 途中で考えるのも面倒になって、がりがりと首の後ろを掻きながら思ったことをそのまま口にする。

 

「あー、そのなんだ。俺が言うのもアレだが、もう少し肩の力を抜いてもいいんじゃないか? 外にいるときはまだしも、家にいる時ぐらい気兼ねなく笑ったって別にいいだろ」

「そう……かな」

「まあ、無理にとは言わんが。知ってるか? 時雨のような美少女の笑顔は万病の薬になるんだぞ?」

 

 主に俺の。

 

 などと足りないオツムで戯言交じりにほざいてみたが、見事玉砕した。

 隣では時雨がもにゅもにゅと口を動かしながら、実に読み取りづらい表情を浮かべていた。どうか、嫌味に聞こえていませんように。

 

 その後、使った食器類を二人とその他大勢で一緒に片付けてその日はお開きとなった。

 残った料理はラップをして共有の業務用冷蔵庫へ。ちなみにどの料理も信じられないくらい美味かった。

 

「それじゃ、お疲れ。ありがとな付き合ってくれて」

「うん」

 

 大広間の入口で、改めて時雨に礼を伝える。

 来た時よりも幾分明るくなった表情で、時雨も言葉を返してくれた。

 

「それじゃ」

「ああ」

 

 そんな短いやり取りを最後に、時雨は自室へと戻っていく。

 

「さて、俺も今日は早めに寝るか」

 

 過去最高と言っていいほどの密度ある時間を朝から過ごし、流石に疲労感が拭えない。

 確かめたい事もいくつかあるが、それは明日以降で良いだろう。

 

 

 そうして長い、本当に長い一日が終わった。

 

 

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