壊れた世界で艦娘と   作:@秋風

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第三十話 前進

 

「新しい指示書、ですか」

「ああ、これなんだが」

 

 朝食の後、昨日と同様艤装の確認の時間。

 俺は一番近くで身体を伸ばしていた赤城に声を掛けた。内容は九条提督から事前に渡されていた指示書に関してだ。

 

 ちなみに俺の暴露とも言える発言に対する彼女たちの反応は、急に加賀が鼻血を出すなどひと悶着あったおかげで良く分からなかった。上手く伝わっていると良いんだが。

 まあそれは俺が考えても仕方ない。

 

 それよりも今はこっちの方が問題だ。

 

「日に一回必ず艦娘の身体に触れる時間を作る事……と書いてありますね」

「そうなんだよ」

 

 指示書に目を通しながら、垂れた髪を片手で掬い上げる赤城。その横顔に大きな変化は見受けられないが、内心ではどう思っているかは分からない。

 九条提督は変人だが、仕事に対しては至極真っ当で真面目な人だ。それは短い付き合いの俺にも分かる。特に艦娘が関わる任務に対して、悪ふざけや雑な指示を出すような人では決してない。

 

 だからこそ、この指示にも何か意図がある筈なのだが。

 

「明確な理由は記載されていませんね」

「敢えて理由とするなら、今後の艦娘の性能向上に期待が持てる臨床実験という一文だよな」

 

 昨日風呂場で話した工廠での一件から、九条提督は何かに気が付いたのだろうか。だとしては理由が曖昧過ぎる気もする。推測を確証に近づけるための一つの実験としての指示、といったところが妥当か。

 

「阿形さん、昨日提督と何か話されましたか?」

「まあ話したと言えば、話したな」

「私がお聞きしても良い内容ですか?」

「……そうだな」

 

 九条提督にはあまり言いふらさないようにと釘を刺されたが、赤城なら大丈夫だろう。

 俺は改めて昨日起こった工廠での一件を、赤城に説明した。過剰な印象を持たれないようになるべく自然に、あくまで気のせいの延長線上で指摘した結果だという事は強調しておく。不思議な感覚ではあったが、同じことをもう一度やれと言われても再現できるかは不透明だからな。

 

 赤城は俺の決して上手くない説明を真剣な表情で聞き終わると、何かを考えこむように口元に手を当てて黙り込んだ。やがて顔を上げたと思ったら、彼女は少し離れたところでストレッチしていた加賀と龍驤に一度集まるように手招きをした。

 

 ちらりと赤城が俺の方を見やってくる。俺はそれに黙って頷きを返した。情報を共有する相手として加賀と龍驤は当然だが問題は無い。赤城に最初に声を掛けたのもたまたま近くにいたってだけだしな。

 

「――とまあ、こういった経緯から阿形さんに提督から新たな指示が出ているのですが」

「か、身体に触れあう時間、か」

「指示書で出すという事は、何かしらの意図があるのでしょうね」

 

 龍驤も加賀も、思うところはあれど理解はしてもらえてるようだ。

 

「指示とはいえ、男である俺に触れられるというのは君たちにとってストレスだろうから、無理にとは言わない。その場合は俺から直接九条提督に事情を説明するから、率直な意見を聞かせてくれ」

 

 触れるといっても、指示書に明確に何処をとは記載されていない。主眼は触れている間に感じる感覚の部分やその変化に比重が置かれているため、手を合わせるだけでも問題は無いはずだ。とはいえそれは任務を実行する方法の話であって、心情的な話とは完全に別問題。仕事だからと彼女たちは受け入れてくれそうだが、彼女たちのストレスになってまで俺は自分の役割を見つけたいとは思っていない。それでは本来の目的を考えると本末転倒だからな。

 

「う、うちは別にかまへんで」

「私も特に問題はないわ」

「では満場一致……というか、この場合は阿形さんの方に確認を取るべきだと思うのですが」

 

 俺? 俺に何の確認を取るというのだろうか。

 

「いくら任務といえど、私たちのような女の体に触れるというのは幾ら阿形さんと言っても」

「ああ、それは確かに緊張はするな。いや、なるべく平常心を保つよう集中するつもりでいるが、万が一下心や欲情の類を感じたら遠慮なくぶっ飛ばしてくれ」

 

 いろいろ殊勝なことを言ったが、彼女たちのような美少女との触れ合いに平常心でいられるかは正直分からない。というか自信がない。その辺りの判断は信用ならない俺よりも彼女たちに下してもらった方が間違いない、というのが俺の考えだ。

 

 人任せでなんとも情けない限りだ。赤城の表情も何処か呆れ顔に見える。しかしこればかりは自分の力ですぐにどうにかなるものでもない。俺だって男なんだ、少しくらい大目に見てほしい。

 

「阿形さんは少し、私たちに甘すぎだと思います」

「いやいや、流石にそれはないだろ。俺はどう考えても助けられてる側だよ」

「……ちなみに逆の場合はどうなるん?」

 

 俺と赤城の会話に、おずおずといった様子で龍驤が言葉を挟み込んでくる。

 

「逆ってどういう意味だ?」

「私たちが阿形さんと触れ合う際に緊張したり下心を抱いた場合ってことね」

 

 俺の疑問に加賀が補足を入れてくれる。

 

「その場合は阿形さんが私たちを諫めてくれるのでしょうか」

「は、なんでだ? ただただ俺が嬉しいだけの状況で何を諫めるって言うんだよ。そもそもそんな状況にならんだろ」

「いや、普通に考えてなるでしょう?」

 

 お互いの何言ってんだこいつみたいな視線が赤城との間に交差する。

 

「なるのか?」

「う、うええ!? うちに聞く!?」

「それはなるでしょう。我々艦娘も女の端くれ。そういった感情も当然持ち合わせているわ。それが貴方のような男性と触れ合うとなればなおさらね」

「ああいや、うん、そうだな、すまん。俺が間違ってたよ」

 

 褒められている、かは分からないが素直に気持ちを伝えてくれる加賀に謝罪する。

 彼女たちも一人の人間だ。俺に限らず異性との触れ合いに感情が波打つのは自然な事。異質な環境に視野が狭まっていたのは俺の方だったみたいだ。

 

 俺はもう少し自分の価値を正しく評価する必要がある。自意識過剰なのは以ての外だが、必要以上に卑屈になりすぎるのは俺を手助けしてくれる皆に失礼だ。

 

「少し神経質になりすぎたかもしれないな。結果がどうなるか分からない俺のための任務にはなるが、付き合ってくれると素直に嬉しい。その際の緊張感やちょっとした出来心はお互い様という事で不問としたいんだけど、それでいいか?」

「う、うちは全然それでかまへんのやけど、なんや色々とうちらに得すぎひんか、大丈夫?」

「私も構わないわ。阿形さんのためなら私は一肌と言わず十枚でも二十枚でも脱ぐ覚悟よ」

 

 俺の曖昧な意見にもしっかり賛同してくれる彼女たちは、本当にありがたい存在であると再認識する。

 

「赤城はどうだ?」

「私は最初から任務には賛成でしたから、問題はありません。それに気になる事もありますので、龍驤もおそらく同じ気持ちでしょうし」

「ん、まあせやな。いろいろと気になる事はある。正直緊張するけど確認する良い機会やと思うわ」

 

 赤城と龍驤がお互いの認識を擦り合わせる。

 

「ちょっと待ちなさい。阿形さんに関係してそうな事を、なに二人だけの秘密みたいにしてるのかしら?」

「ですが、加賀さんあの時いませんでしたし」

「あの感覚を知らんまま共有せい言われても難しいと思うで」

「な、なんてことなの……?」

 

 これ以上ない正論をぶちかまされて、加賀は膝をついてその場に崩れ落ちた。詳しい内容は分からんが、たぶんそこまで露骨に落ち込むような事ではないと思うんだが。

 

「こ、これが男を知った女の余裕だと言うの……?」

「言い方」

「では、早速ですけど始めていきましょうか」

「せやな」

 

 男を寝取られた女の気持ちってこんな感じなのかしら、などとぶつぶつ呟く加賀を無視して赤城と龍驤が立ち上がる。俺と加賀だけではどうにも脱線しがちな場でも二人は手慣れたように進行していく。これはたぶんお互いの提督の気質による影響の差だろうなと、二人の背を見つめながら俺はそんな事を考えていた。

 

 

 

 

「では、どうぞ」

 

 そう言って、赤城が正座した状態で俺に手を広げてくる。ちなみに艤装は展開した状態だ。理由は指示書にそう明記されていたからとしか言えないが。

 状況として昨日と違うのは、艤装ではなく直接彼女たちの身体に触れる必要がある事。明確には触れ続ける事で伝わるすべての感覚をお互いの立場から毎日報告しろと指示が出ている事だ。

 

 しかし直接こうして対峙してみると赤城がどれだけ美人かという事が良く分かる。

 触る場所は一任されてしまったが、手を握る以外の選択肢が思い浮かばない。

 

「じゃあ、失礼して」

「はい」

 

 広げられた赤城の右の手の平に合わせるように上から手を合わせる。相変わらず綺麗な手だ。昔弓道部のクラスメイトに聞いた話だが、弓を射るのに無駄な力が入っていない人の手は柔らかいままだと言っていた覚えがある。まあタコだらけだったとしても、それはそれで戦っている証みたいで格好良いとは思うが。

 

 ちらりと赤城の方を見ると、ばっちりと目が合った。めっちゃ見てきますやんこの人。え、もしかして終わるまで逸らす気ない? なに? 緊張感で俺を押しつぶす気ですか?

 

「お二人とも、何か感じますか?」

 

 隣で同様に正座しつつ見学している加賀から声が掛かる。

 

「今のところ、特には」

「そうだな。赤城の手がすべすべだという事以外は、特に変わった事はないかな」

「…………」

「なんかこんな展開、漫画で見た事ある気するわ。うち」

「ああ、男女が良い雰囲気になって最終的に恋仲になるアレね」

「そうそう、それや。最終的にキスしてハッピーエンドになるやつ」

「二人とも、少し黙っていてください」

 

 龍驤と加賀のぼそっと呟くような会話に、手の平から伝わる体温が上がった気がした。

 赤城が何故か俺を恨めしそうな目で見てくる。いや、今のは俺の所為では……俺の所為か?

 

 とにかく集中しなければ。手の平に伝わるすべすべで柔らかい感触に思考を持っていかれるのに必死で抗いつつ、俺は昨日の工廠での感覚を必死で思い出す。

 

「…………」

 

 少しづつ身体全体の輪郭が薄れていく。同時に何か大きな力の流れに沿って進んでいるような、不思議な感覚にとらわれる。真っ暗な空間に流れる、いうなれば光の川。そこから分たれる幾つもの分岐が、まるで地中に無数に枝分かれする木の根のように無数に広がっている。その本流部分に俺は居る。

 

 見覚えは無い。だが、この感覚には覚えがある。

 そう、昨日妖精から手渡された砲だ。あれを手に集中した時と同じ感覚。だが明らかに今の方が力強い。あちらを末端とするなら、こちらは力の源泉部分といったようなそんな感じ。

 

 不快感はほとんどない。

 なのでしばらく流れに身を任せていると、ふと気になる箇所を見つけた。そこは丁度分岐が始まる始点の部分のようで、根本がまるで使い古された毛糸のように絡まってほつれていた。

 

 ――これは、触っていいのか?

 

 安易に触れていいものか悩んだが、意を決してほつれの前に立つ。そして慎重に絡まっている部分を解いていく。とはいえ直接手で触れているわけではない。絡まりやほつれを認識して頭で元に戻すイメージをするだけでするするとその通りになってくれるのだ。

 

 暫く無心で同じことを繰り返す。やがて中央部分まで解き進めたところで、ひと際ほつれが酷くきつく絡まっている箇所に辿り着く。これは少し力が必要か、と意識内での集中を更に強めたところで、

 

「…………っ!」

 

 急に赤城がびくっと身体を跳ねさせたため、俺はすぐに触れる意識をその箇所から遠ざけた。

 同時に暗闇に落ちていた視界と感覚が急激に元に戻るのを感じ、俺は慌てて目の前で体勢を崩しそうになる赤城を抱き留める。

 

「すまんっ、大丈夫か!?」

「あ、いえ、はい」

 

 とりあえず反応を返してくれる赤城に、安堵の溜め息が零れる。いきなり何事かと龍驤と加賀が、目を丸くしてこちらを見ているのを感じる。

 

「大丈夫ですか、赤城さん」

「はい。阿形さんも、その、ありがとうございます。もう平気ですので」

「あ、ああ」

 

 腕の中にすっぽり収まる赤城からそんな事を言われたので手を放すと、彼女は少し恥ずかしそうな表情で元の位置に正座した。変なところは触れてないからセーフとか、今回ばかりは考える暇も無かった。

 何が起こったのかは正直分からない。それは赤城も同じようで、じっと自分の手の平へと視線を向けている。

 

「何か感じたんか?」

「はい……と言っても自分でも曖昧で言葉にするのがとても難しいのですが」

 

 龍驤の問いに、赤城は確かめるような口調で言葉を選んでいる。

 

「阿形さんに触れられている部分を通して、ずっと温かい何かが身体に流れ込んできているのを感じました。ふわふわぽかぽかしたような、心地よい感覚がずっと続いていて……」

「なんや温泉入った後みたいな感想やな」

「または日向ぼっこをした後みたいな」

「あ、まさにそんな感じです」

「マジか」

 

 そんな感じって、どんな感じだよ。まあ不快と言われるよりは随分マシだけどさ。

 

「そんな中、突然敏感な部分を撫でられたような衝撃が走って……思わず身体が反応してしまいました」

「なんやツボ押しマッサージ受けた時みたいな感想やな」

「または痺れた足をつつかれた時みたいな」

「そうですそうです。まさにそんな感じです」

「分からん」

 

 いや、理屈は分かるけども。しかし傍目に見る分には赤城に深刻な影響を与えたわけではなさそうだ。その点に関しては本当に良かった。あの感覚がなんだったのかは分からないが、今後同じような事が起こった際はもう少し慎重に行動する必要がありそうだ。

 

「阿形さんはどうだったのかしら?」

「ん、なんか光ってる川みたいなのが見えた」

「川?」

「それが沢山分岐してて、一部絡まっているところがあったから解こうと思ったら赤城が反応して、意識がもとに戻った」

「ごめんなさい、言っている意味が」

「分からへんな」

「大丈夫、俺も分かってないから」

 

 加賀と龍驤に軽い感じで返事をしておく。

 

 正直この感覚が何なのかは分からない。ただこの力――といっていいかもよく分からないが――が少なからず艦娘である彼女たちに影響している事は素人に毛が生えた程度の知識しかない俺にも理解できた。

 

 九条提督はこの力が俺の求める役割として意味を持つと分かっていたのだろうか?

 だとしても現時点ではこの感覚がコントロールできるものなのか、彼女たち艦娘にどういう影響を与えるのか不透明な部分は多い。だからこそ毎日確認しろと、指示書が出されたわけだ。

 なんだかんだやはり九条提督は凄い人なのかもしれない。

 

「阿形さん、体調の方は大丈夫ですか?」

 

 思考の渦に沈んでいると、背に受ける赤城の声。

 

「ん、ああ。普段ここまで集中することが無いからか、少し身体がだるい感じがするけど大丈夫だよ」

「……そうですか」

 

 言葉通り身体は少しだるさを伴っているが、このまま続けられないという事もない。赤城はそんな様子の俺を見て、

 

「いえ、今日はもう止めておきましょう。そして任務は一日一人ずつ交代制で行う事にしましょう」

「いや、俺はまだ」

「汗」

 

 短い単語と共に赤城に額を指差され、触れてみるとそこにはぬるりと滑るような感触があった。

 気付かなかったが、極度の集中からか身体は随分と汗を搔いていた。

 

「私たちのために頑張ってもらえるのは嬉しいですが、貴方が倒れてしまっては意味がありません」

「そうか……そうだな」

「水分を摂って、少し休憩しててください。私は二人に任務詳細の変更を伝えてきますから」

「すまん」

 

 そっと水の入ったペットボトルを俺の横に置いて、赤城は二人のもとへ向かっていく。

 少し気が急いてしまっていたようで、心の中で反省する。赤城が言うようにこれは焦っても意味がなく、加えて俺だけに影響が止まらないなら、慎重になるべき事案でもある。

 

「流石に駄目過ぎて、少し凹むな」

 

 赤城から受け取った水で喉の渇きを癒す。

 自分の不出来さに臍を噛む思いだが、後ろを向いて嘆いている暇など今の俺には無い。ぺしぺしと励ましているのか額を叩いてくる頭の上の妖精に応えつつ、前を向く。

 今はとにかくできる事をやっていく以外に道はない。

 

「理由は分かりましたけど、赤城さんだけちょっとズルくありません?」

「せやな。阿形さんの身体を心配するんは当然としても、赤城だけ良い思いしとるんは不公平ちゃう?」

「な、何をいきなり。私は阿形さんの体調を鑑みて適切な判断を」

「それにしては熱心に彼の顔を見ていたようだけれど」

「触れられた手にも熱が籠っとったようやしなあ」

「は、はあっ!? 私を二人と同じ思考回路にしないでくださいっ! そもそも触れ合う順番は話し合いでしっかり――」

「ならば艤装を展開しなければそれは只の親交を深めるスキンシップ。阿形さんが疲れる道理も無し。そうと分かれば行くわよ、龍驤」

「あ、え、あ、ええっ!?」

「あっ! ちょっと駄目ですよっ! 阿形さんは疲れてるんですからっ!」

 

 気が付けば加賀の綺麗な瞳が目の前に迫っていた。そのまま四人で重なる様にもみくちゃになる。

 こんな時でもこういった彼女たちの明るさに救われるなあ、と至る所から感じる柔らかい感触と共にしみじみと思った。

 

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