壊れた世界で艦娘と   作:@秋風

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第三十一話 距離

 

 時の流れとは早いもので、俺たちが九条警備府に来てから既に十日が経過した。

 最初こそ戸惑った艦娘と行動を共にするという任務内容にも少しづつ慣れて来て、不規則がちだった生活にも一日の流れのようなものがようやく出来てきた。

 

 艦娘の誰かが警備府にいる間は基本的に行動を共にして、彼女たちの行う鍛錬や演習から学びを得ている。同時並行で空いた時間に勉学面での講座を開いてもらう事で、常識のズレや知識不足の穴を埋めていく。任務の被り等で誰も警備府にいないときは、ひとり工廠で余った砲や艦載機を手にひたすら集中力と感覚を高める事に時間を当てている。

 

 俺の謎の力については未だに不明点だらけだ。毎日交代で彼女たちと触れ合う時間を設けているが、先は長そうだ。細かいところで様々な変化がある事もそうだが、なによりその日の俺の調子によって感覚と彼女たちに与える影響に小さくない差が出るのが悩みどころ。ついでに力が入り過ぎると疲労感が後になってやってくるのが地味に辛い。

 

 うまく集中できている時は、艦娘たちの疲労軽減等――あくまで彼女たちの感覚の範囲においてだが――など結果が伴うのだが、駄目な時はいたずらに俺の精神にそこそこの疲労感とダメージのみを残して終わる。

 

 加賀曰く触れてもらえるだけで意味があるとの事だが、その辺りの微細な感覚の違いは今の俺には分からない。そもそも訓練すれば目に見える結果に繋がる力なのかも不明瞭だ。とにかく謎。謎でしかない。

 たかが十日、されど十日。目標としていたものに三歩近付いて二歩下がるこの感覚はどうにも、もどかしいものがある。

 

 だが、悪い事ばかりでもない。

 

「加賀さん。今日こそは誉れ高き一航戦として、どちらが上かはっきりさせてあげます」

「ふふんっ、先ほどまで彼と繋がっていた私に勝てるとでも? 今の私の高揚感はエベレストの山頂を軽く凌駕しますよ」

「本当に浅はかですね。彼の真摯に集中する姿に毎度惚けて涎を垂らす貴方の何処に繋がりがあると? 欲に溺れる人間は碌な結果を生みませんよ」

「……あ、赤城さんの方こそ毎日毎日ねっとりじっとり湿度の高い視線を彼に向け過ぎではなくて? 最初の『私は絶対に騙されませんから、キリッ』みたいな態度の貴方はいったい何処にいったのかしら?」

「…………」

「…………」

「っ! 第一次攻撃隊、発艦始めっ! あの勘違い青色調子乗り鉄面皮の目を覚まさせてっ!」

「鎧袖一触よっ! 第一次攻撃隊っ、あの赤色腹黒むっつり妖怪本音隠しにきつい一撃をお見舞いしてやりなさいっ!」

 

「あいずするまえに」

「かってにはじまった」

「あなおそろしや」

 

 広大な海原に設えられた第一演習場の端と端で、互いに艤装を展開させた赤城と加賀が向かい合って何かを言い合っていると思ったら、次の瞬間壮大な空中戦が目の前で展開されていた。

 艦娘同士の一対一の模擬演習。それを今俺は、龍驤と隣合って座りながらのんびり見学しているところだ。

 

「二人とも今日は一段と気合入ってるな」

「いやあれは気合っちゅーか……まあ二人がやる場合は大体いつもこんな感じか」

 

 俺が手渡した飴を頬で転がしながら、ぶらぶらと足を投げ出す龍驤が苦笑を零す。

 

 そう、彼女たちと直に触れる時間を設けるようになってから、少しだけお互いの距離が縮まった気がするのだ。もちろん心情的な意味で。

 証拠に現在、俺と龍驤はそれなりに近い距離で共に横並びに腰を下ろしているが、彼女は特に意識した様子も無くリラックスした表情でからころとこちらに愛嬌のある笑顔を見せてくれている。

 

「にしても凄まじいな」

「赤城と加賀の航空戦力は艦娘の中でも随一やからなあ」

「素人目戦では龍驤も負けてない様に見えるけど」

「まあうちも経験だけはそれなりやからな」

「確かに三人とも美人だもんな」

「……またキミは急にそうやって」

 

 ペンと二の腕辺りを力なく叩かれる。

 初対面時より、彼女たちの笑顔を見る機会が増えた。それだけでこの世の全てを許せると言うものだ。環境に適応するための苦労や疲労感も、この笑顔の前では霞に等しいと言ってもいい。

 歩みは鈍いが、方向性は間違っていない。そう思えるだけで心の底から活力が湧いてくるのだから不思議だ。

 

「でも、本当にキミには感謝してるんや」

「どうした、急に」

 

 二人とも余力が無くなってきたのかヘロヘロと蛇行する艦載機を目で追いかける。

 

「最近うち、ちょっとだけ心が強なった気がするねん」

「龍驤はもともと強いだろ」

「ううん、ちょっと前までは向けられる視線や暴言にすぐ挫けとった。平気なふりして、馬鹿みたいな夢物語に逃避する毎日やった」

「…………」

 

 言葉を選べない。

 代わりに視線を傾けた先、語る言葉の内容とは裏腹に、晴れ渡る晴天を見上げる彼女の澄んだ瞳を携えた横顔の美しさに俺は目を奪われた。

 

「勿論今もそこは大きく変わってない。人はそう簡単に変われへんって事は分かっとるつもり。でも、前より平気になった。こんな自分でもええんかなってちょっとだけ前を向ける勇気を、キミに貰った」

「買いかぶり過ぎだ。俺はまだ何もできてないよ」

 

 もはや艦載機を飛ばす余力も無くなって、フラフラの姿で直接取っ組み合いを始める青と赤。

 

「せやな、キミならそう言うと思った。だからちゃんと言葉で伝えとく……ほんまにありがとうな、阿形さん」

「……天使か?」

 

 思わず零れ出た言葉に、龍驤が先程と同様に無言でぺしっとツッコミを入れてくる。

 表情は見えない。気恥ずかしさからか、サンバイザーを目深に被った彼女は顔全体を隠してしまった。

 

 適切な言葉が見つからない。どういたしましても違う気がする。でも俺の抱える今の気持ちを彼女に伝えたい。龍驤がそう思ってくれてるのと同じくらい、俺も君たちの存在に救われているという事を。

 だから俺は言葉の代わりに、アスファルトに置かれた彼女の小さな右手に合わせるように自分の左手でそっと触れた。言葉でなくとも伝わるものはあると信じて。

 

 ぴくっと触れた先がわずかに動く。表情はまだ見えない。

 それでも彼女はおそるおそると、それでも確かな温もりでもってぎゅっと指を交差するように俺の手を握り返してくれた。

 たぶんこれが今の俺と彼女たちの距離。確かめないと気が付けない、繋いだばかりの細く不安定な絆の糸。

 

 だが確かに繋がっている。あとはこれをより太く、より広げていければそれで良い。

 目の前では同じタイミングで力尽きた青と赤がぷかぷかと穏やかな水面に浮いていた。

 

 

 

 

「失礼します」

 

 昼食後、九条提督に呼び出された俺はその足で執務室へ向かった。

 なにやら伝えたいことがあるとの事で、現在俺は一人だけ。

 

「……ああ、急に呼び出してすまないな」

「それは全然良いんですけど……九条提督の方こそ大丈夫ですか?」

 

 事務的な挨拶を交わして、手を軽くこちらに振る彼女はなんかげんなりしていた。俺が知る範囲だけでも激務を熟している人だ、体調が悪いのなら休んでほしいが。

 

「体調は問題ない。ただ任務先に出向している夕立を宥めるのにかなり苦戦した」

「何かトラブルでもあったんですか?」

 

 夕立とは現在任務で此処を離れている駆逐艦娘の加護を受けた少女で、俺も知らない仲ではない。近々帰ってくる予定だと聞いていたが、なにかあったのか。

 

「君の事がバレた」

「……ん?」

「君が此処に来てる事を隠してたことが、夕立にバレた」

「……んん?」

 

 ちょっと状況が分からない。夕立が怒った理由もそうだが、俺の臨時着任の件を隠していた事がまず分からない。

 

「何故隠していたんですか?」

「君の臨時着任が正式に決まったのは夕立が長期任務に出た後だったからな。その場で伝えてそこで駄々をこねられるより、伝えず任務後に駄々をこねられる方がダメージが少ないと判断した」

「夕立が駄々をこねるのは確定事項なんですね」

 

 でも、夕立が九条提督に迷惑を掛けてまで暴れるような理由にはとても思えないが。

 そんな考えが顔に出ていたのか、九条提督が若干トゲのある声音で、

 

「傍観者ぶってるが、半分は君の責任だぞ。あの時、君が夕立をでろでろに甘やかして手懐けたせいで、今や彼女は君に夢中でぞっこんなんだ。帰って来てから毎夜、次に藤原警備府に行けるのは何時かと指折り数える健気な部下を前に『彼、来てるけど、お前は任務中だから暫くおあずけな』なんて言えると思うか? 少なくとも私には無理だった。下手すればその場で任務がおシャカになるからな」

 

 夕立の本気の駄々こねは本当に物凄いんだ、と遠い目で九条提督が呟く。

 

「そ、そんなに甘やかした覚えはないんですが」

「は~~、これだから艦娘専用天然お人よし無差別フェロモン振り撒き男は」

 

 とんでもない言われようだ。

 しかし彼女とは俺の部屋で軽く談笑して、帰り際に使い古したTシャツをお土産に渡したくらいだ。本当にそんなに好かれるような事はしていないと思うんだが。いや謙遜とかじゃなくて事実として。

 

「君、夕立に私物のTシャツ渡しただろ」

「ええ、まあ、はい」

「この世界で君みたいな男がその辺の女にそんな事したら、良くて毎日の夜のオカズでぐちゃぐちゃになるか、下手すると想いと重いと勘違いが交差して激重ストーカー誕生の触媒にだってなりえるんだぞ?」

「……ええ」

 

 絶句。まさに開いた口が塞がらないとはこの事か。この世界の倫理観マジでどうなってるの?

 

「純粋な夕立だからまだ自分で着て匂いを堪能するぐらいのかわいい行為で済んでいるが、無用なトラブルに巻き込まれたくなければ今後は自分の行動に気を付けるべきだ。艦娘以外の女と関わる場合は特にな」

「肝に銘じておきます」

 

 やっぱイカレちまってるよこの世界。とはいえ美少女である艦娘に好かれる分においては大歓迎だ。実際それ以外の女性と関わる事もそう多くは無いし、赤城達を見ていても分かるが、男だから簡単に好かれるなんてこちらに都合の良い話はそうそうあるわけがない。

 

 夕立は気質的に人懐っこい側面があるから、たまたま構ってやれる人間が俺だっただけで、本来はもっと多くの人に愛されてしかるべき少女なのだ。決して俺が彼女に何かをしてやれたわけではない。その部分は勘違いしないようにしないといけない。

 

「とまあ、そんな夕立と時雨という犬属性の艦娘からも大変懐かれている阿形クンにしか頼めない任務がここにある」

「露骨に胡散臭くて嫌なんですけど」

「夕立から直々のご指名だ。彼女を迎えに行ってやってくれ」

 

 無視かい。まあいいけど。

 しかし夕立のお迎え任務か。それくらいなら全然引き受けるのは吝かではないのだが。

 

「別にそれは構いませんが、俺みたいな下っ端で良いんですか?」

「そんな下らん事は私がどうにでもする。そんな事よりお姫様の機嫌の方が万倍大切だ」

「ちなみに断るとどうなります?」

「私の胃痛が大変なことになる。ちなみに既に彼女には君が迎えに行くと確約してしまっているから、嘘吐きの罪で君の胃痛も大変なことになる予定だ」

 

 さらりと最低な事を言う九条提督。この人には人の心とかないんか?

 

「人の胃を勝手に人質にしないでもらえます?」

「なに、これで行きやすくなっただろう? 正直に伝えたのは私なりの誠意というものだよ」

「世間ではそれを脅迫と呼んでいますけどね」

 

 ともあれ脅迫なんぞされるまでもなく、夕立のためならお迎え任務でもなんでもやるつもりだ。

 

「まあもうなんでも良いですよ。迎えに行くぐらいなら、今の俺にも出来そうですし」

「すまないな、助かるよ」

 

 例の如く任務詳細の載った書類を受け取り、軽く目を通す。

 

「三日後ですか」

「ああ。それと申し訳ないが今回は送迎用の軍用車は使用できない。そのため最寄りの駅までは公共の交通機関を利用してもらうことになる。当日までにルートを確認しておいてくれ」

「分かりました」

 

 その辺りは特に問題ない。そもそも送迎用の軍用車が使えるならわざわざ俺が迎えに行く必要もないだろうしな。それに警備府近辺以外で外に出る事がほぼ無い俺にとっては良い機会だ、社会勉強も兼ねてしっかりお迎えに行かせてもらおう。

 

「それと、道案内兼護衛役の人員を一人、当日は付けるから共に連れて行ってくれ」

「護衛役ですか」

「いくら軍服を着ているとはいえ、君はこの世界では希少な若い男性だ。一人で行かせて万が一にも何かあったら、私が先生に合わせる顔がないからな。もっとも、君にとっては煩わしいだけかもしれないが」

「いえ、助かります」

 

 守られるという意味で、俺にそこまでの価値があるかは分からない。が、この世界の地理的にも常識的にも未だ怪しい俺にとって、いざというときに頼れる人がいるという事は素直にありがたい。

 ちなみに護衛役は艦娘の誰かではない。流石に日々の任務で忙しい彼女たちに、国防とは何の関係もない俺のお守り役まで押し付けるのは申し訳なさすぎるからな。その点で考えると、今回俺の警護役に選ばれた人は完全に貧乏くじを引かされたわけだけど、そこは仕事だと思って割り切ってもらうしかない。

 

「あと、これも渡しておく」

 

 言って、九条提督は執務机から小さな小箱を取り出して机の上に置いた。それを受け取って蓋を開けると、中には指先程の大きさの軍章が入っていた。俺が以前藤原提督に渡されたものと造りは似ているが、中央に掘られた文字が異なっている。

 

 呉という文字の右隅に小さく漢数字の一と書かれた小さな軍章。

 

「これは?」

「君の軍内での正式な立ち位置を示す軍章だ。先生と私が相談して以前から申請していたものがやっと受理されて届いた。呉鎮守府所属第一警備府提督補佐官。それが君の現在の役職だ」

「呉鎮守府、ですか」

 

 聞き慣れない単語に思わず疑問符が頭に浮かぶ。

 

「此処も先生のところも呉管轄だからな。各地に散らばる警備府は基本大元となる四大鎮守府の何処かに所属している。横須賀、呉、佐世保、舞鶴の四拠点だな。鎮守府自体は他にもあるが、現在国防の中心となって警備府を統括しているのは主にその四か所に置かれた鎮守府になる」

「なるほど、だから呉の文字なんですね」

 

 詳しくは不明だが、なんとなく概要は理解できた。要は上に四つの鎮守府があって、その下に藤原警備府や九条警備府みたいな小規模から中規模の警備府が存在しているわけだ。で、うちの管轄が呉鎮守府。だから呉の文字の入った軍章が渡された。うむ、分かりやすい。

 

「この一というのは」

「それは警備府の階級みたいなものだ。数字が若いほど、重要な拠点であり戦果を挙げている警備府だと捉えていい。言ってしまえば軍お得意の無能が上に立つ汚れた上下関係から派生したくだらん指標だよ」

 

 言って、九条提督はフンっと鼻を鳴らした。

 確かにこの人そういう年功序列による上下関係みたいなの嫌いそうだもんな。実力至上主義で体育会系の完全武闘派か、この人に一目置かれる藤原提督の凄さが改めて浮き彫りになる。

 

「だが、勘違いした無能を黙らせるという点では利用価値のある数字だ。君も付けておけ」

「了解です」

 

 たぶんこの数字も艦娘の頑張りとか努力はあまり反映されていないんだろうな。それでも最上位であろう立ち位置を維持しているあたりに二人の提督の有能さが見て取れる。

 

「話は以上だ」

「では、俺は仕事に戻ります」

「ああ、私も夕立の機嫌を取るぬいぐるみの選定に戻るよ」

 

 真剣な顔でパソコンを凝視していると思ったら、そんな事してたのか。まあ、部下のストレスケアも上司の大切な仕事の一つという事か……今回は九条提督の完全な判断ミスな気はするけど。

 軽く礼をして、執務室の扉へ手を掛け外に出る。

 

「とりあえず目的地までのルートは後で確認しとかないとな」

 

 迷って予定時間に遅れるのは社会人的にも夕立の機嫌的にもよろしくはなさそうだからな。

 とりあえず脳内のやる事リストに目的地までのルート確認を加えながら、俺は赤城達の待つであろう資料室へと向かうことにした。

 

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