壊れた世界で艦娘と   作:@秋風

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第三十二話 混雑

 

 そして三日後。

 最低限の荷物を手に、目的地へのルートを頭に叩き込んだ俺は警備府の門前へと出向いていた。

 

「じゃあ、阿形の事よろしく頼む」

「はっ!」

 

 眼前では九条提督が今日の警護役であろう人に激励の言葉を掛けている。その身体を包む濃い茶色の隊服には見覚えがあった。憲兵だ。加えて九条提督より一回り小柄な体躯に、目元まで隠れる黒の前髪、横からでも隠し切れない美少女オーラ。ってかうん、間違いない、これ小巻さんだ。

 

 ちらりとこちらに視線を送ってくる二人。なんだろう、何故か不安そうにも見える彼女たちの様子に良く分からないがとりあえず胸を張って頷いておいた。

 

「御覧の通り、彼はその辺にいるハトの如く無防備で警戒心が薄い……本当に頼むぞ。小巻」

「この命に懸けてもお守りしますっ!」

「ハト?」

 

 夕立を迎えに行くだけの間に、俺の身にどれほどの事があるというのか。小巻さんもちょっと力が入り過ぎじゃない? というか俺ってそんなに能天気な奴に見えてるのか? だとしたら少しショックなんだが。

 

 九条提督は一度深く頷いて小巻さんと俺の肩をぽんと叩いた後、警備府へと戻っていった。

 その姿を見送り、改めて今日の相方でもある小巻さんと二人になる。

 

「お久しぶりです、小巻さん。今日はよろしくお願いします」

「は、はいっ! こちらこそ誉れある男性警護の任務を任せていただけて光栄ですっ! 全力でお守りいたしますのでご安心くださいっ!」

「ああいや、流石に大袈裟ですよ、今日はただ夕立を迎えに行くだけなので。小巻さんも適度に力を抜いてもらって、俺の事は同僚や友人程度に扱ってもらえれば大丈夫です」

 

 なにやら姫を守る騎士のような事を言い出したので、お互い対等な立場である事を強調しておく。俺としては気さくに接してほしいところだが彼女も任務として付いてきてくれる身、あまりに馴れ馴れしすぎるのも却って迷惑になりかねない。

 

「友人だなんてそんな……彼女たちと一緒にするのは阿形さんに失礼です」

「とんでもない。憲兵になるような人たちの高い志に、俺は尊敬しかありませんよ」

「半裸で携帯片手に、朝起きたらまずマッチングアプリで男漁りするのが日課のような人たちですけど」

 

 それはどこの人生に煮詰まったおっさんの話だ。

 ……いや待て、男女比の崩れたこの世界ではそういった出会いの探し方が一般的なのかもしれない。そうでなかったとしても、自ら求めるもののために行動を起こす事は決して悪い事ではない。

 心の中でそう思い直し、言葉を選ぶ。

 

「それで出会いの機会が増えるのであれば、やる甲斐もあるってものですね」

「ですが、ネナベと詐欺師で溢れた今のマッチングアプリ界隈で本物の男性と出会おうとするのは、砂漠で一粒の砂金を見つけ出すようなものだって相談役の先輩は皆に忠告していました」

 

 やっぱ駄目だ。

 それ、もはやシステム破綻してるだろ。

 

「な、なるほど、世の中諦めも肝心って事をその先輩は身をもって教えてくれたわけですね」

「はい。ちなみにその先輩は今年でマッチングアプリ歴10年目に突入したそうです」

「それはもはや可能性の獣なんよ」

 

 無に等しい可能性をひたすらに追い続ける先輩の傍にはきっと一角獣(ユニコーン)の存在が――いや、この話はもうやめよう。なんだかいろいろと危ない気がする。

 

「とりあえず出発しましょうか」

「はいっ!」

 

 なおも緊張気味の小巻さんと共に、門を出て駅のある市街地に向けて歩き出す。ちなみに目的地までは電車や徒歩など諸々を含めて一時間半といった距離だ。

 

 

 

 

 

 警備府の建つ場所はその特性上、多くの人が行き交う都心部からは少しばかり離れている場合が多い。施設の大半が海に面している事に加え、確保しなければいけない立地の広さなどを鑑みると自然とそうなるのも当然というもの。そのため警備府周辺は人通りが比較的少なく、普段は誰かとすれ違う事もあまりないが、駅のある市の中心部辺りまで来ると当然ながら視界に入る人の数は加速度的に増えていく事になる。

 

 そのほとんどが女性であるという事はもはや言うまでも無いが、軍服と憲兵服姿の小巻さんの存在もあってか特に大きな問題もなく俺は最寄り駅のホームまでたどり着いていた。

 いや、まあ多少なりとも気になる事は何度かあったが、足止めを食っていないと言う意味ではセーフと考えていいだろう。

 

 あと360度全方位から突き刺さる視線の類は問題にカウントしてない。これを気にしていたらキリが無いから。やはり男というのは珍しいのか視線を向けてくる人は多いが、俺自身の慣れの部分もある。

 

「それにしても、化粧品の広告が多いですね」

 

 向かいのホームからねっちょりとした視線を投げてくるOLのような恰好をした女性から逃げるような形で、たまたま視界に入った広告を元に小巻さんに話題を振る。

 

「あ、はい。化粧品の類は世の女性が一番関心を持っているジャンルなので、企業もこぞって広告を打ち出しているんだと思います」

「そう言われると確かに、需要は物凄そうですもんね」

 

 この世界でよく見る厚塗りの化粧がこの世界のスタンダードだとすると、個人だけで見ても化粧品の類の平均的な消費量は結構なものになっていそうだ。単価としてはどうか分からないが、男女の人口比率の観点から考えれば企業がこれだけ広告を打ち出すのも当然というものか。

 

「化粧は女の戦装束なんて言われるぐらいですからね、特にTVや雑誌に出るような美人と言われる方々はより高みを目指そうと化粧品類の選定には並々ならぬ情熱とお金を注いでいるみたいです」

「その行き過ぎた結果が、アレか」

 

 どうやらやり過ぎという言葉はこの世界には無いらしい。

 

「どうかされましたか?」

「いや、普段行動を共にする艦娘の仲間たちはあまり化粧をしてないので、少し気になりまして」

 

 美的感覚が違うのに、化粧の概念まで異なっているとなると俺にとっての美少女との出会いは奇跡的な確率の上に成り立っている事になる気がする。

 

「艦娘の方々は多忙な上に普段から海に出る事が多いので、一般的な化粧は却ってお仕事の邪魔になってしまうのではないでしょうか」

「なるほど」

 

 確かに、潮風や水飛沫が常に付き纏う海上で化粧なんて無意味にも程がある。できれば彼女たちにはそのままありのままの自分でいて欲しいものだ。俺の心のオアシスのためにも。

 

「そう考えると、小巻さんも控えめですよね」

「私は……御覧の通りの見た目なので、無理やり化粧で誤魔化しても不快感が増えるだけですから」

 

 目元を隠す前髪をいじりながら、小巻さんは自嘲気味に言葉を零す。そのタイミングで、電車到着の合図を知らせる甲高い大きな音がホームに鳴り響いた。

 

「俺は今の小巻さんが一番綺麗だと思いますけどね」

「……え?」

 

 遅れて車輪とレールの摩擦によって発生する音を響かせつつ、電車が到着する。一拍置いて開いた乗車口に乗り込んで、後ろを向くと何故か小巻さんが固まっていた。

 

「小巻さん、電車来てますよ」

「え、あ、すいません!」

 

 そのまま彼女の手を引いて、車内へと引き入れる。何か変な事を呟いたような気もするが、周囲の音も大きかったし、聞こえなかった事にしておこう。

 

「あ、あの」

「おわっと!? す、すいません!」

「い、いえ、こちらこそすいません」

 

 引き入れる際に掴んだ小巻さんの手を握りっぱなしだったことを控えめに指摘されて、慌てて離す。俺はいったい何回同じような事をすれば気が済むのか、デリカシーが無いというのはきっとこういう事なのだろう。女性の多い職場でこれは致命的だ、なんとか改善したい。

 

 横目で見ると、小巻さんは俺が掴んでいた手の平をじっと見つめていた。どうか汗とか臭いとか不潔なイメージを持たれませんように、と俺は内心で必死で祈っておいた。

 

 

 

 

 

「急に混んできたな」

 

 そのまま数駅、景色をみたり他愛も無い話を小巻さんとしていたところで、急に電車内が混雑し始めた。乗ったときは普通に空いていた車内が今や通勤時の山手線の如く混みあっている。

 降車駅まではまだ掛かる。このまま更に人が増えるとなると流石にもみくちゃになるなと、げんなりしているところでふと、自分の周囲だけ微妙に空間が生まれている事に気が付いた。

 

 それもその筈、乗降口と座席の間にある角に立っている俺の前面に立つ小巻さんが人の流れを全身を使ってギリギリで押し留めていたのだから。押し留めると言っても他の客の邪魔になるように押さえつけるのではなく、ほんとうに俺との間の数センチを死守するように踏み止まっている形だ。

 

「こ、小巻さん!?」

「あ、阿形さんはご心配なさらず。混雑を利用した不埒な接触からは私がお守りしますので」

 

 そういって小巻さんは笑顔を浮かべる。が、明らかに無理をしているのは一目で分かった。壁や手すりを使い、腰を落として圧力に耐えているのだろうが、膝は小刻みに震え額からは汗が滲んでいる。周囲が女性ばかりとはいえ、その中でも小柄な小巻さんの体格では明らかに無理がある状況だ。

 

 瞬間、カーブにでも差し掛かったのか車体が大きく揺れる。

 

「ぐ、ぐううぅぅ!」

 

 水平だった圧力が斜めにズレた事でかかる圧力も瞬間的に増加し、小巻さんの口からうめき声が漏れる。

 

「む、無理しないでください小巻さん」

「こ、これくらい大丈夫です。普段から鍛えてますので」

 

 そう言ってなお笑顔を見せてくる小巻さん。だが、停車駅に到着したことで更に車内の人口密度が上がったことで、小巻さんの額から流れる汗も一気に増加する。

 

 このままでは小巻さんの身体に危険が及んでしまう。

 

「小巻さん、力を抜いて俺の方に身体を預けてください。ここは角なので立ち方さえ工夫すれば割とスペースがあります。このままでは怪我をしてしまいますよ!」

「で、ですが……私なんかが阿形さんと接触するのは……うぅ!」

 

 ここまで来てなおも耐えようとする小巻さん。その仕事熱心ぶりは素晴らしいが、流石にこの状況でそれを完遂するのは無理がある。心情としても、俺なんかと密着することに抵抗があるのは重々承知だが、ここは好感度なんかに意識を割かれている場合ではない。

 

「すいませんっ!」

「……ひゃっ!」

 

 意を決して俺は彼女の腰に手を回し、胸元に抱くような形で彼女を引き寄せた。同時に押し寄せる人混みの圧力が彼女にかかり過ぎない様に立ち位置と腕の中の空間をうまく調整する。

 結果として俺の胸の中にすっぽりと納まる形になる小巻さん。

 

「……辛くないですか?」

「は、はひ」

 

 密着している所為で表情は見えない。本来であれば彼女の腰に回している両手も離すべきなのだろうが、今の状況ではこの両手が空間を維持する杭のような役割を果たしているため離すことができない。

 

「すいません、不快だとは思いますがもう少し我慢してもらえると助かります」

「あ、はあ、ああ」

 

 腕の位置が悪かったのか、小巻さんの方からも俺の腰に腕が回され、本格的に密着して抱き合う形になってしまった。ヤバい、汗かいてても女の子ってこんな良い匂いするんか。

 いや、馬鹿野郎。小巻さんの善意を俺の下種みたいな欲望で台無しにするんじゃねえと邪心を理性で無理やり抑えつける。

 

 周囲から飛んでくる湿った視線をこの時ばかりは睨みつけてでも跳ねのける。これ以上面倒な状況を招くのはそれすなわち死。なにより小巻さんにだけは怪我させられない。

 

 停車駅の電子案内板では、目的地までは残り二駅。なんとかこのまま耐えるしかない。

 

「小巻さん、あと二駅です。なんとか我慢してください」

「あ、阿形さんの、に、匂いが……匂いが」

「く、臭いですかっ? すいませんっ!」

「ちがっ、違くてえ……」

 

 胸の中で動く小巻さんの体温がどんどん上がっているような気がする。それに軍服はあまり通気性がよくないため、俺も結構な汗を搔いてしまっている。こんな事なら出がけに制汗剤でも振りかけてくるんだったと今更ながらに後悔する。

 

「あと一駅ですっ」

「…………んっ」

 

 もはや呼吸するのも嫌なのか。返事の代わりに小巻さんに殊更強く抱きしめられる形になる。我慢することによって無意識に力が入る事は自然な行動だと何かの雑誌で見たような気がする。

 降りたら誠心誠意謝罪をするしかない。

 

 そうしてやっとの事で目的の乗車駅に着いた時には、お互いサウナに入った後の如く全身茹っていたのはもはや言うまでもない。

 

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