壊れた世界で艦娘と   作:@秋風

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第三十三話 友人

 

「どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 

 自販機で水のペットボトルを購入し、それを近くのベンチに座る小巻さんに手渡す。電車を降りた後、ふらつく足取りながらもタクシーを小巻さんが捕まえてくれて、俺たちはなんとか目的地である警備府周辺まで辿り着けていた。

 早目に出たおかげか少し時間に余裕ができたため、現在は近くの森林公園の端にあったベンチで一休み中だ。周囲に人影は少ない。

 

「それにしても、タクシーの運転手に絡まれるとは思ってもいなかったです」

 

 人一人分の空間を空けて、俺もベンチに腰を下ろしながら苦笑混じりの言葉を零す。先程タクシーから降りる際、運転手の妙齢な女性からしつこく連絡先を聞かれるのを断るのに苦労したためだ。運賃のやりとりの最中に巧妙に話しかけてくるせいで、撒くのに時間が掛かってしまった。

 最終的に小巻さんの助けもあって俺の連絡先は守られたのだが、相手も執念と意地なのか別れ際に紙切れのようなものを上着のポケットに捩じ込んできた。

 

「すぐにお助けできず、すいません」

「いえいえ、小巻さんが憲兵として毅然と注意してくれたおかげで相手は諦めたようなものですから、本当にありがとうございます」

 

 なにやら自責の念に苛まれている小巻さんに思ったことをそのまま言葉で伝える。はたから見れば運賃のやり取りの間に軽い雑談をしているようにしか見えていなかったはずなので、小巻さんがトラブルに気付くのに遅れたのも仕方の無いことだ。

 というよりこの程度のトラブルの一つや二つ、俺一人で解決できないでどうする。

 

「それに俺の方こそ勝手に手を握ったりしてしまい申し訳ありません」

「あ、あれは阿形さんの優しさだってちゃんと分かってますから!」

 

 小巻さんが仲裁に入ったところで、彼女の容姿を見たドライバーが嘲る様な視線とともに下衆の塊のような言葉で罵ってきた。そのあまりの口汚さに、なにより小巻さんのジッと堪えるような悔しそうな表情を見て、俺の中の何かがぷつりと切れた。

 気が付けば俺はドライバーの目の前で小巻さんの肩を引き寄せ手をガッチリと握った状態で相手を可能な限り冷たい視線で以て見下していた。俺にもし選ぶ権利があるのならどちらを選ぶかは明白だろう? という意味を多分に込めて。

 

 我ながら大人気ない行動だとは思う。でも、友人を目の前で不当に貶められて黙って場を流せるほど俺は人間できていない。

 

「ですが電車のときといい、今回といい、小巻さんにはさぞ不快な思いをさせてしまって……」

「あ、いえ、私としては一生分の幸せを使い切ったな、と。あ、でも阿形さんにはこんな醜女が密着してしまって非常に申し訳ない気持ちでいっぱいで……」  

「いや、小巻さんみたいな美少女と密着状態なんて俺にとってはご褒美以外のなにものでもないですから」

「え?」

「ん?」

 

 お互いに言っている意味が理屈とあっていない気がして混乱する。まあそれでも任務中の事故みたいなものだし、お互い大人なので深く追求するような野暮な真似はしない。……お互い顔は真っ赤だが。

 

「しかし、男が少ないというのは理解できますが、俺みたいな野暮ったい男に声を掛けるよりも、もっとイケメンを探せばいいのに」

「阿形さんは格好良いと、わ、私は思います!」

 

 何か言わせたみたいで申し訳ないが、お礼はちゃんと伝えておく。まあお世辞の意味も間違いなく入っているだろうが、それは自他共に認める平凡男子な俺だ、特に異論も問題もない。

 

 と、そこまで考えて一つ気になる事が。

 というのも、この世界の美醜の価値観の違いは男にも適用されているのかという点だ。それを確かめるためにも小巻さんには話題を振ってみる。

 

「ちなみに参考までに女性から見た男のイケメンってどんな感じなんでしょうか」

「私はあまり興味ないのですが、同僚の友人が定期的に勝手に送ってくる雑誌のイケメンと言われる方々の写真ならこちらに」

「見せてもらっても?」

「はい、大丈夫です」

 

 小巻さんには礼を言い、携帯を受け取りイケメンフォルダを適当に眺めていく。

 そこには普通にイケメンがいた。母数自体が少ないためかジャンルの幅は広くないが、容姿だけでいえば元の世界でも充分イケメンで通用するレベルだ。唯一異なるのが体格で、皆一様に身体の線が細く、儚げな雰囲気を醸し出している。ゴリマッチョや細マッチョのような身体を鍛えている様子は少なくともこのフォルダの人物たちからは感じられなかった。この世界の男は筋トレとかしないのか?

 

 ともあれ男の容姿に関する美醜の価値観は女性と違い元の世界とはあまり変化がない。サンプルが少ないから断定はできないが、一つの可能性として心のメモに書き留めておく。

 それにしても何かチグハグだ。美的感覚一つにおいてもこうややこしいと困惑が増すだけだ。いったい何故此処はこんなバランスの悪い、誰かがふざけて作ったような世界になってしまったのか。

 

 まあ俺が考えたところで意味はない。小巻さんに礼を告げて、携帯を返す。

 

「なにか気になる事でもありましたか?」

「いやあ、流石に皆さんイケメンだなと。これだけ格好良いとさぞ人気者なんでしょうね」

「いえ、案外そうでもないんです」

 

 あれ、そうなの?

 

「いくらイケメンと言っても彼らも男性です。個人差はあれど女性には相応の負の感情を持ち合わせているのは間違いありません」

「え、でもこんな雑誌に出るような目立つ仕事してるのにですか?」

「それは楽に稼げるから目を瞑っているのですね。証拠に彼らは雑誌には載っても直接イベント等を開催する事はありません。とある男性は女性には全く良いイメージがないと雑誌のインタビュー記事で普通に答えてました」

「それは流石にぶっちゃけすぎなのでは?」

 

 そんな事をすれば、その人の人気も雑誌の売上も下がりそうなものだが。

 しかし、小巻さんはその男性が所属するレーベルが出している雑誌の売上は今でも上がり続けていると言う。

 

「関係ないんですよね、双方にとって。女性にとって雑誌に載るような男性は基本的に性のはけ口の対象であるのと同時に、偶像でもあるんです。ほとんどの女性は彼らに自らの手が届く事は無いと理解しているから、何を言っていても気にならない。ただありあまる欲情を紙面を通した彼等にぶちまけられればそれで満足なんです」

 

 淡々と話す小巻さんは少しだけ寂しそうに見えた。

 

「男性もお金のために雜誌に自身の姿を載せていますが、それは一切合切ほぼお金のためでしょう。売れるから出す。究極的にシンプルですが、圧倒的に需要に偏っているこの市場において、男性側が女性側に配慮する意味がない。結果として問題が起きて絶版になっても男性たちは普通に稼いだお金を持って田舎に引きこもるだけですから。そうなればなったで困るのは結局お互い様ですし、男性側にとっては誰が買っているかなんてどうでもいいんだと思います」

 

 誰も個人なんか見ていないと小巻さんは小さく呟いた。

 金と性、人間の求める欲の中でも上位に位置する二つが捻れて絡み合う事で歪な価値観を形成している。

   

「こんな暗い話ですいません。あくまで雑誌を通した私個人の見解なんで聞き流してもらって大丈夫です」

「いや、とても為になりました。田舎者なりにこの世界の事がまた少し理解できた気がします」

 

 確かに今回の話は雑誌を通した男女の視点を彼女なりに解釈したものだ。実際の男女関係や個々人の感情問題、現実での男女の遭遇率などはまたいろいろと違ってくるのだろうが、一部分だけでもこの世界のリアルに触れられただけ良しとする。

 

 艦娘が相手の場合とはまた違う、一般人的感覚の者同士の思考で会話ができる相手が居るというのはやはり俺にとって非常にありがたい。

 容姿を除いても、人間性、性格など非の打ち所のない小巻さんとはこれからも仲良くしていきたいものだ。

 

「実際のところはなかなか男性と会う機会もない上、会っても塩対応で終わることがほぼほぼなので、女性側では摩耗した心を慰めるためにそういった雑誌を求める事が多いそうです。男性の写真集は発売後、即完売するみたいですし」

「なるほど、三次元の女性から全く見向きもされない男が、傷付いた繊細な心を二次元の女性に癒やしてもらうようなものですか」

「三次……二次元?」

「なんでもないです。忘れてください」

 

 高校のとき授業中に堂々とギャルゲーをやっていた下沢君は元気だろうか。

 

「でもそうなると、容姿関係なしに女性に優しい男性が街中に現れたりしたら大変な事になりそうですね」

「…………」

 

 などと冗談半分、興味半分で言ってみたつもりが、小巻さんはその可愛らしい桜色の唇を少しだけ横に広げるだけで、無言を貫いている。前髪で視線がはっきりと見えないが、なんだろう、少しだけジト目にも見える。

 

「……そういう方を一人知っています」

「へえ、いるもんなんですね、やっぱり。どんな人なんでしょうか、一度お会いしてみたいですね」

「阿形さんには無理です」

「あ、そ、そですか」

 

 なんだろう、急に小巻さんの雰囲気が。怒ってるわけでもなさそうだけど……なんか良くない気がするのは間違いない。

 

「その方は私のような者にも、気さくに話しかけてくれるのです」

「ん? それは普通の事では?」

「…………」

 

 何故更に眉間に皺を? 

 

「で、でもそんな人なら仕事場で頼られたり、何事もスマートに熟していそうですね」

「いえ、その人は性格こそとても穏やかで優しくて素敵なのですが、世間に対して少々疎い面がありまして」

「そうなんですか」

 

 いくら凄い人物とはいえ、人間は人間。短所の一つや二つはあって当たり前ということか。

 

「はい。明らかに罠なのに、体調を崩した振りをした女性に慌てて近づいて介抱しようとしたり、男性専用車両が先頭にあるのに付き人諸共平然と通常車両に乗ったり、カップル限定の方がお得だからと付き人とカップルのフリをしたりするんです」

「は~、なるほど」

 

 後半はまるで俺みたいなやつだな。ちょくちょく心当たりがありすぎる。

 まあ、前半が違いすぎるため勘違いしようもないが。俺は決して穏やかでも優しくも素敵でもない。普通に貧弱でちょっと下心のあるしがない青年だ。しかしここは冗談交じりに少し相手を下げる形にした方が場が和やかになって良いかもしれない。

 なにより先程から小巻さんの視線が俺を捉えて離さないのがちょっと怖い。

 

「でもそうですね。そこまで世間知らずだと付き人は大変で、ちょっと呆れちゃうかもしれませんね」

「彼の悪口は私が許しません」

「ええ〜」

 

 急に真顔にならないでほしい。

 まるで感情のジェットコースター並にころころと表情を変える小巻さん。普段は大人しく控えめな彼女からこれほどまでに多くの魅力を引き出すとは、世の中にはとんでもないやつもいるもんだ。その一割で良いからコミュ力を分けて欲しい。

 

「俺も見習って頑張らないといけませんね」

「阿形さんも負けていませんよ」

「え、そ、そうですかね」

「勝ってもいませんけど」

「あ、はい」

 

 上げて落とすとはなかなかに悪戯心に溢れていらっしゃる。いや、でも小巻さんの言い分では俺はそのエリート君と互角ということでは? ……まあ違うな。これは彼女なりの激励の言葉だ、お前もそうなれるよう頑張れよという。男なんて適当におだてとけば勝手に木に上る単純な生物だとよくわかってらっしゃる。

 

「こう見えて小巻さんには女王様になれる素質があるのかもしれない」

「言っている意味は全く分かりませんが、阿形さんが盛大に勘違いしているという事だけは分かります」

「確かに、どちらかと言えば小悪魔系の方が俺は好みです」

「……私にそんな事を言ってくるのは世界広しと言えど、阿形さんぐらいだと思います」

 

 確かに俺は何を言っているのだろう。しかし照れながら呆れるなんて小巻さんも器用な事をする。

 

 とはいえ、だ。

 

「他人の心ばかりはどうにもならんのは何処にいても同じ、か」

 

 ポケットに突っ込まれたクシャクシャの紙を取り出しながら独りごちる。

 

「……連絡するんですか?」

「これですか? いえ、しませんよ。流石に怖いですし、ああいった手合はどうも苦手で」

「……そうですか」

 

 俺の返答に小巻さんは何処かホッとした様子だ。これで何かトラブルにでもなれば彼女も連帯責任になる可能性もあるからな、気にもなるか。

 だが案ずるなかれ、あの厚化粧で顔を覆っている輩は流石に俺の好みではない。というかそもそも、相手に配慮せず自分勝手にゴリゴリ来るタイプは昔からどうも苦手だ。

 

 一応個人情報なので九条警備府に戻ってから処分する事に決め、ポケットに紙を戻す。時間を見ると、そろそろ目的地へ向かってもいい頃合いだった。

 

「あ、そうだ、小巻さん」

「はい」

「良ければ連絡先を教えてほしいんですけど」

「…………?」

 

 俺の言葉に、小巻さんは一度きょとんとしたかと思ったら、なにやら後ろを振り返っている。なんて古典的な反応なんだ。

 

「わ、私ですかっ!?」

「むしろ他の誰だと思ったんですか……? 勿論無理にとはいいませ──」

「い、いいんですか?」

 

 小巻さんが俺の言葉に被せるように、ぐいっと前のめりに確認を取ってくる。

 それはいったいどういう意味だろうか。

 

「いいもなにも、ずっと聞きたかったんですけど、タイミングを逃してしまってまして……大丈夫ですかね?」

「ちょっ、ちょっとお待ち下さいっ!」

 

 慌てた様子で懐辺りから携帯を取り出す小巻さん。二人共仕事用とプライベート用の二台持ちだったので、両方交換しておいた。いざというとき役に立ちそうだからな。

 

 小巻さんは交換したメッセージアプリの友人登録画面を嬉しそうに見つめている。新しい連絡先が増える嬉しさはなんとも言えない喜びがあるからな。俺みたいな友達少ない側の人間は特に。ちなみにぼっちではない。決して。

 何にせよ、俺にとっても職場以外で見つけた初の一般人の友人だ。憲兵が一般人がどうかはひとまず置いといて、彼女とはこれからも良好な関係を築いていきたいものだ。勿論彼女が困っていれば全力で手助けするつもりだ。

 

「そろそろ向かいましょうか」

「あ、はいっ」 

 

 放っておいたらいつまでも画面を眺めてそうだったので、小巻さんにやんわりと声を掛ける。

 飲み干したペットボトルのゴミを片付け、立ち上がりぐいっと伸びを一つ。

 

 さて、夕立を迎えに行くとしますか。

 

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