壊れた世界で艦娘と   作:@秋風

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第三十四話 理不尽

 

 駆逐艦、叢雲は呆れていた。

 空は快晴。彼女の綺麗な長い銀髪を泳がせる潮風も穏やか。腰を下ろす防波堤の役割も果たすコンクリートは、太陽光の熱のおかげで手の平とお尻をじんわりと温めている。

 長かった長期任務も終わりを迎え、最後の報告や雑事を済ませあとは慣れ親しんだ自身の警備府に帰るだけである。それなりの数居た今回の同僚たちも既に叢雲と他の二人を残して帰路に就いていた。

 

 叢雲はちらりと横を見る。

 

「ふんふーん」

 

 隣では同じ駆逐艦の加護を受けた少女である夕立が気分よさそうに鼻歌を歌いつつ、防波堤から投げた足をぶらつかせている。彼女とは同じ呉管轄の警備府同士、知らない仲ではない。

 途中までは帰路が同じ方向なため一緒に帰らないかと誘ってみたところ、夕立からは満面の笑みで迎えが来るからと断られてしまった。

 

 断られた事自体、それはまあ別に良い。だが、海を渡って帰れる艦娘をわざわざ警備府の人員を使って陸路で迎えに来させるなんてにわかには信じがたい蛮行だ。体育座りのような体勢で膝に片肘を立てて右頬を支えながら、叢雲は呆れた様子を隠さず口を開いた。

 

「夕立あんた、なんでそんなに上機嫌なわけ? 迎えなんて煩わしいだけでしょ」

「セイジさんは特別だから!」

「セイジさん? そんな人、九条警備府にいたかしら?」

「とってもとっても素敵な人っぽい!」

 

 聞きなれない名に首を傾げる叢雲。そんな事もお構いなしに夕立は喜色満面と言った様子でそわそわとその時を待ちわびている。まるで散歩を目前にした犬のように。

 数日前に急に機嫌が悪くなったと思ったら、次に見たときには既にこんな感じになっていた。その過程で何が起こったのかは叢雲には理解しようも無いが、少なくとも普通ではないテンションの上がりようだ。

 

 九条提督や赤城、龍驤ならまだ分かる。だがそうでないとなると、艦娘である我々が同じ警備府の人員と言えど他人の迎えに期待することなど、どれほどの事があろうか。

 夕立は感覚派を代表する人間だ。直感や本能に素直で独特な感性の持ち主のため、説明下手でしばしば言語による意図を読み取りづらい事があるが、その反面人の内包する深い根の部分を見極める洞察力に長けている。

 

「……興味深いわね」

 

 ぴんと伸びたまつ毛に、細められた緋色の瞳が海面にゆらゆらと揺れる。

 夕立がこれ程までに心を許している人間がこれからやってくる。その人物がどのような素性の持ち主なのか、叢雲の心には自然と興味が湧いていた。

 

「同じ呉管轄警備府所属の艦娘としてその人に挨拶しておきたいんだけど、良い?」

「大丈夫っぽい。セイジさんとっても優しい人だから」

「そう。ならお言葉に甘えて、私もここで待たせてもらうわ」

 

 他人に興味を抱くなんて何時振りだろうか。……いや今回の場合、純粋な興味というより品定めと暇つぶしの意味合いの方が強い。プライドが高く、基本他人に良くも悪くも期待しないのが叢雲という艦娘だ。その人物が自分に何か影響を与えるとは微塵も思っていない。

 ただ夕立というフィルターを通したその人物評の答え合わせがしてみたくなった。それだけの話。

 

 すらりと伸びた両足を叢雲も伸ばして、差し込む陽光に右の手の平で影を作りつつ空を見上げる。

 水彩絵の具で描いたような薄明るい青色の間に、大小さまざまな雲の白がゆったりと流れていた。

 

 

 

 

「えーと、執務室はここか」

 

 目的地である鎮守府を訪れた俺は、案内役の妖精の指示に従って執務室の前へと立っていた。

 門の前で待機していた憲兵に身分証と軍章を確認してもらった後、夕立を迎えに行く前に今回の任務の責任者である提督に挨拶と任務用の書類にサインをもらうために足を運んだ次第だ。

 ちなみに小巻さんは憲兵の待機室で待っているとの事で、途中で別れた。鎮守府内では護衛は必要なく、憲兵と言えど専属でもない者が鎮守府内を無闇にうろつくのは憚られるとの事だった。

 

 簡素だが重厚そうな造りの扉にノックを数回。

 門前の憲兵の話では迎えに出向く件については事前に提督にも連絡は通っているとの事だが。

 

「……反応がないな」

 

 いや、人が居る雰囲気は間違いなく感じる。なにやら話し合っているのか、中から声は聞こえてくる。だが遮音性も兼ねているのか分厚い執務室の扉のせいか内容までは聞き取れない。集中しているのか、こちらのノックの音が届いていない可能性が一番高い。

 

 再度、もう少し強めにノックするために拳に力を込め、しかしそこで自然と扉が内側から開いた。間から一人の妖精がひょっこりと顔を出す。どうやら彼女が開けてくれたらしい。

 どこか気まずそうな彼女に視線だけで礼を告げて、部屋に入る。

 

「失礼します。九条警備府から参りまし――」

「ふっ、ふっ……ふざけるなっ!! 貴様は本当になんだというのだっ!!」

 

 そして俺のテンプレートに満ちた開口一番の挨拶はそれを超える怒声によって一瞬にして掻き消された。一瞬勝手に部屋に入った俺に放たれた言葉かとも思ったが、部屋の様子を察するにどうやら違うようで。

 

 執務室には二人の人物がいた。一人は俺と同じ白の軍服に身を包んだ恰幅が良く、年の所為か頭頂部が少し寂しくなってきている中年の人物。おそらくこの人が今回の任務担当の提督で、先ほど怒声を放ったのもこっちだ。目尻を釣り上げてひどく肩で息をしている。あと、少し驚いたが男性の提督だ。

 対してもう一人は俺の場所から全体は見えないが、おそらく艦娘だ。長い綺麗な長髪に、巫女服のような独特な服装に身を包んでいる。

 

 二人とも俺の入室に全く気が付いていなかったようだったが、位置的に対面になっていた中年提督の視線が俺を捉えて、胡散臭そうに首をもたげてくる。

 

「誰だ貴様はっ!」

「すいません。込み入っていたようで、挨拶が遅れました。呉鎮守府所属九条警備府より夕立出迎えの任で参りました、阿形誠二提督補佐です」

「なんだそんな事か、ならさっさとその娘を連れて帰れ!」

「ではこちらの書類にサインを……」

「……っ、お前は少しその辺で待っとれ! 先にこの娘に説教してやらねば気が済まん!」

 

 いやいや十秒もかかりませんやん。

 しかしながらここで食い下がると余計ボルテージを上げて面倒な事になってしまいそうなので、素直に言われるように彼の視界から外れるように横にズレる。

 

 ――ん?

 

 そこで初めて艦娘の女性の方がこちらを見ているのに気が付いた。

 やはりというかなんというかこの女性もかなり整った容姿をしている。少し外ハネしている髪に抜群と言えるプロポーション。しかしそんなものよりも俺はその向けられている視線から目が離せなかった。

 様子を見ているというには異常なくらいに、あまりにじっとこちらを見つめて来ている。

 穏やかな瞳であるはずなのに、その奥にある感情が全く読み取れない。今、彼女が何を考えて俺に視線を向けているのか怖くなるほどに分からない。

 

「榛名貴様、聞いとるのかっ!? こっちを見んかっ!」

「…………」

 

 そこでやっと榛名と呼ばれた女性が俺から視線を外した。だがそこで俺は更なる驚愕に晒される事になる。

 中年提督の方を向き直った榛名の横顔から熱という熱が消えていた。冷めていると言う表現は結構な頻度で使われる事はあるが、そんな程度の話では無い。

 彼女は中年提督の方を見ているようで見ていない。興味とかそういう次元ではなく、完全に無。初めからそこに無い者として扱っている。まさにそんな態度だ。

 

「まったく貴様ら艦娘はただでさえ見るに堪えんというのに、毎回顔を合わせられるわしの身にもなれ」

「…………」

 

 まるでその辺に落ちている塵を見るような視線のまま微動だにしない彼女の様子に、しかし気が付いていないのか、はたまたその態度が気に食わないのか中年提督は罵声と怒声を彼女に浴びせ続けている。

 そこで初めて先ほどの俺への視線はまだ彼女にとっては感情がのっていたという事に気が付いた。最初から中年提督に向けられているのと同種の視線を向けられていたら俺の心は砕けていたかもしれない。

 

「貴様、今回の長期任務の間、どれだけ上官であるわしの命令無視違反を犯した?」

「合理性の無い指示に従う気はありませんと何度もお伝えしたはずです。何より私には特例としての単独行動許可の許しを上から頂いていますので」

「そ、それはあくまで緊急時の話でしかないっ! 無情の戦鬼だかなんだか知らんが、あまりいい気になるんじゃないぞっ!? 貴様ら艦娘の統率権はあくまで提督であるわしにあるのだっ!」

 

 問題はどうやら今回の任務における榛名の行動と中年提督の指揮にあるようだ。

 男の恫喝紛いの言葉に、しかし榛名の態度は変わらない。淡々とゴミを見る目で機械のように事実を述べている。

 

「……十三回」

「な、なんだ?」

「今回の長期任務におけるあなたの指揮で艦娘が危機に陥り、私が単独判断で救援に向かった数です」

「な、何をデタラメな憶測を」

「それら全て妖精さんによる記録と共に報告書として提出されている筈ですが……そんな事はどうでもいいんです」

「そうだっ! 助かったのだから結果として何も問題は無いはずだっ!」

 

 中年提督の弁明に、榛名の色のない黒の瞳が僅かに下に向く。まるで座席にふんぞり返る男を榛名が見下すかのように。

 

「問題も結果も考えるだけ無駄なんですよ。ただあなたの無能な指揮によって艦娘が十三回死ぬ可能性が生じて、その尻拭いを全て私がしたという事実だけが残ったという事です。それらすべてあなたが無能で怠惰で高慢であるがゆえに起きた、世界一無駄で理不尽な事象だって事です」

「き、貴様……っ!!」

 

 淡々と語られる無慈悲な鋭利な言葉の刃に、ついに堪忍袋の緒が切れたのかいつの間にか中年提督の手には竹刀が握られていた。何処から取り出したイリュージョンかとか言っている場合ではない。この後に彼がとる行動は容易に想像ができる。

 問題なのは榛名が男のその姿を見ても全く微動だにしなかった事だ。

 

 だからこそ俺は焦った。おそらくというか間違いなく榛名は自身に振るわれる暴力を避ける気が無い。男が満足するか疲弊しきって諦めるまで彼女は絶対にその場を動かないだろう。根拠は無いが、この短時間で垣間見えた彼女のある種の異常性が俺にそれを確信させていた。

 

 いや、冗談じゃない。こっちは夕立のお迎えに来ただけなのに何故そんなバイオレンスな光景を無理やり目の当たりにしなければいけないんだ。

 無能を棚に上げて暴力を撒き散らす中年のおっさんと、それを無抵抗で受けながらひたすら相手にゴミを見るような視線を投げ続けるハイライトの消えた美少女……そしてそれを眺める通りすがりの俺。

 ……どう考えても俺が一番の被害者じゃない?

 

 なんて考えている内に、中年提督が血走った目で竹刀を振り上げた。

 もはや考えている時間はない。

 

 俺は半ばやけくそ気味に二人の間に向かって一気呵成に駆け出した。

 

「すいません! そろそろ書類の方にサインを――」

 

 中年男の竹刀が振り下ろされるのと、俺が榛名を押しのけて間に滑り込むのと、左肩から背中に極めて激しい衝撃が走ったのはほぼほぼ同時だったように思う。

 明滅する視界の端にこの状況の元凶ともいえる二人の表情が映る。突然の出来事に呆気にとられる中年提督はこの際置いておくとして、俺は今日初めて榛名という人物の表情が動くのを視認したような気がした。

 

 それも本当に僅かな変化で、強い衝撃と少し遅れてやってきた激痛による幻覚。有体に言ってしまえば気の所為と捉えられてしまっても仕方が無いほどの微細な変化。

 

 しかしそれでもたぶんおそらく、きっとこの時榛名は目の前の俺を見て何かと重ね合わせるかのように――

 

「…………」

 

 ――確かに怒りの色を浮かべていたような、そんな気がしたんだ。

 

 ……というか肩と背中がいてえよ、マジで。

 

 瞬間、中年提督の背中の辺りから黒い何かが浮かんで消えていったのは本当に目の錯覚だったのかもしれない。

 




 左肩関節リハビリのため遅くなりました。
 現状申し訳ありませんが痺れなどの症状改善まで感想返信はお休みさせていただきます。内容はしっかりと目を通させていただきますのでどうぞよろしくお願いします。
 
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