壊れた世界で艦娘と   作:@秋風

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第三十六話 提案

 

「で、見事な傷をこさえて帰ってきたと」

「……すいません」

 

 上半身の服を脱いで見せた俺の背中の状態を確認して、九条提督はそれはそれは見事な溜め息をお吐きになられた。口調の端々から滲み出る呆れのような色合いに、もはやぐうの音も出ない。

 結局あの後、俺はその場で叢雲と別れて夕立と小巻さんと無事帰宅の途に着就いた。そのままの足でこうして執務室まで任務結果報告に来たのだが。

 

「君はどうしてそう自らトラブルに飛び込んでいくんだ……」

「……ごめんなさい」

 

 経緯を話し進めていくうちに、九条提督の口元と眉間に深い皺がどんどん刻み込まれていくから最後の方は怖すぎてもうぼそぼそとしか報告できなかった。

 しかし部下の身を案じてわざわざ護衛まで付けたのに、その部下が自ら揉め事に首突っ込んで背中に見事なミミズ腫れをこさえて帰ってきたら誰でもこんな顔になるか。小巻さんにも服から覗いた傷跡を見られて滅茶苦茶心配されたし、罪悪感で謝罪の言葉しか出てこない。

 

「君の他人を想う善性は好ましく思うが、先生から君を預かっている私の身にもなってくれ。あの人は大抵の事は笑って済ませてくれるが、怒ると本当に怖いんだ。万が一この件で説教なんてくらうようなら私は一晩かけて君に慰めてもらうからな」

「善処します」

 

 ちょっと涙目でいじけるようにこちらを睨んでくる九条提督。この人も案外子供っぽいところがあるんだよな。とはいえ今回は全面的に俺が悪いので粛々と頷いておく。

 それに確かに藤原提督が怒った姿は想像だけでも末恐ろしいものがある。普段怒らない温厚な人ほど、怒らせてはいけないとはよく言われるが、彼女はその最たる例と言って良い。

 

「……まあ良い。それよりも呉鎮守府の榛名に会ったという話なんだが」

「はい」

「単刀直入に聞くが、その、メンタルは大丈夫か?」

 

 言われて俺はすぐに九条提督が何を聞きたいのかを理解できた。彼女は榛名の性格を知っているのだ。同じ呉鎮守府とその管轄警備府なのだから当然と言えば当然か。しかし普段ははっきりと物を言う九条提督ですらこの気の使いようなのだから、余計榛名という艦娘の性格の激烈さを実感させられる。

 

「少し面食らいましたけど、特に大きな問題は無かったです」

「そうか、なら良い。また人の事をゴミとか言ってないようで安心したよ」

「視線では物語ってましたけどね」

 

 人を蔑む、という行為をあそこまで違和感なくできる人間を俺は初めて見た。あれは相手に非があるし榛名の性格が悪いとかそういう話ではなく、単純に心の強さ的意味で。

 まあ九条提督もあの娘にもいろいろあるからと事情ありきみたいな事を呟いてるし、あまり深く考えるのも怖いので止めておく。

 

「報告は以上か」

「はい」

 

 あの黒い何かについて相談するのは一旦保留にしておいた。はっきりと見えたわけではないし、忙しそうな九条提督にこれ以上俺の曖昧な情報で負担を掛けたくない。

 

「ならば今日はもう休め。明日は一日休日にしておいたから好きにすると良い。艦娘達も明日は任務は入ってないから彼女たちの誰かと親交を深めるなり身体を休めるなりしてくれ」

「分かりました。ありがとうございます」

 

 礼を告げて、執務室を出る。

 しかし休日か。こっちの世界に来てからはやるべき事とやる事のない時間の境界が曖昧だったせいか、こうしてはっきりと休みと言われたのは初めてだ。

 

「だからと言ってやりたい事もないんだよなあ」

 

 別に一人で外をぶらついたりしてもいいんだが、俺一人だとまた余計なトラブルに巻き込まれそうで気がのらない。この世界で生きていくのなら慣れる事も必要だとは思うが。

 かといって唯一やりたい鍛錬も、艦娘である彼女たちありきなので休日まで彼女たちを巻き込むのは気が引ける。

 

「ちょっと誰かに相談してみるか」

 

 九条提督も艦娘と親交を深めるのも良いと言っていたし、休日の上手い過ごし方とかを彼女たちに聞いてみるのも良いのではないか。今は夕方の6時前、この時間なら誰かしら食堂にいてもおかしくはない。

 俺は夕食もかねて、とりあえず食堂に向かう事にした。

 

 

 

 

「お、いたいた。お疲れ赤城」

 

 食堂へと入ると、すぐに赤城の姿を見つけたのでその背に声を掛ける。

 

「阿形さん、お疲れ様です。帰ってきてたんですね」

「ああ、ついさっきな。ここいいか?」

「はい、どうぞ」

 

 許可をもらい赤城の対面の席に座る。

 昼食の残りのアレンジか妖精のきまぐれメニューどちらが良いかと厨房担当の妖精に聞かれたので、お任せを頼んだ。最近は料理を覚えた妖精がいるおかげで手が空いてないときはこうやって彼女たちに食事を任せる事がある。まあ、たまにとんでもない大外れが出てきたりもするが。

 

「鎮守府はどうでした?」

「ん-、まあ新鮮で刺激的だったかな」

「その割にはなんだか疲れた顔をされてますね」

「気の所為だよ」

 

 竹刀で背中を殴られたなんて言えないしな。

 そのタイミングで夕食が運ばれてくる。今日のメニューはカレーだ。何が入ってるかは聞かないでおいた。

 

「それはそうと夕立をまた盛大に甘やかしたそうで」

「いや、そんなに甘やかしてなんかないぞ」

 

 相も変わらず山盛りの御飯に伸ばす箸を止め、赤城がジト目を向けてくる。甘やかすという基準が俺には良く分からない。夕立は頑張っていると思うし、我儘を言われているわけでもないんだけど。

 

「足を怪我している訳でもないのにねだられておんぶを許すのは甘やかしでは?」

「あー、まあ……でも夕立も任務を頑張ったんだしそれくらいのお願いは叶えてやりたいよ、俺は」

「では私が同じ事をお願いしたら叶えてくれるのですか?」

「それは別に良いけど」

 

 俺の返答に赤城の表情が微妙なものに変化する。

 そもそもおんぶなんてそこまでしてやってほしいものでもないだろうに。カレーをスプーンで口に運びながら、そんな事を考える。かっらいなこのカレー。

 

「でもまあ忠告は有り難く受け取っておくよ。それよりも相談したいことがあるんだ」

「相談、ですか」

 

 俺は明日、休日になったことを赤城に伝えた。その際にどのように過ごすべきか、可能であれば手の空いている艦娘の誰かと出かけられたらという案も候補に入れているという事を付け加える。

 

「予定があればもちろんそっちを優先してくれていいんだ」

「……ちなみに阿形さんは誰と行きたいとか希望は」

「ん、別に無いよ。此処のメンバーだったら誰とでも楽しそうだしな」

 

 気を使わせないようなるべく軽いノリで話したつもりが、赤城は食事の手を止めてまで考え込んでしまった。あの、そこまで深刻にならなくてもいいんですよ?

 

「少しお時間を頂いても良いですか? 他の三人に予定やその他もろもろ相談と確認したいことがありますので」

「それは構わないが、俺との話なんだから俺がちゃんと他の皆にも伝えるべきなんじゃないか? 赤城の手間にもなるし」

「いえ、そこはむしろ私に任せて頂いた方が後々を考えると良いと思います。なので阿形さんは明日、出かける準備だけをしておいて下さい。予定は決まり次第今日中に携帯の方に連絡させていただきますので」

「そうか、なら頼むよ。ありがとう赤城」

 

 こういう時、赤城はやはり頼りになる。俺の休日の話なのに、彼女に調整を丸投げというのはどうかとも思うが赤城が任せろというのなら素直にお願いしていいだろう。その分明日は俺が来てくれた子を楽しませることができるように頑張らないとな。

 

「では、私は早速皆と相談しますのでこれで失礼します」

「あ、ああ」

 

 そう言って赤城は椅子を引いて食器を下げにいってしまった。一瞬目を離しただけなのにさっきまで椀に盛られていた大量の米やオカズはいったい何処に消えたんだ。

 

「艦娘ってやっぱエネルギー使うんだなあ」

 

 残ったカレーを口に運びながら、独り言ちる。

 なんにせよ明日の予定が埋まりそうで良かった。食堂に来たのは正解だったようだな。

 

 

 

 

 鎮守府の広い廊下を赤城は足早に歩く。

 手には携帯。それを操作する指は忙しなく動いており、普段あまり歩きながら携帯をいじらない赤城にとってはとても珍しい光景と言えた。

 

 一度部屋に戻りラフな格好に着替える。その足のまま、幅広い用途に使える中会議場へと向かい、部屋の扉を開ける。

 

「おーっす」

「っぽーい」

「お疲れ様です、赤城さん」

「はい、お疲れ様です」

 

 部屋では既に見慣れた三人が各々好きに椅子に座りながら待っていた。赤城が呼び出したのだから居るのは当然だ。皆が皆、既にオフモードなのか赤城と同じようにTシャツと短パンだけだったりパジャマの恰好だったりしている。

 

「それで、急にみんなに集まれなんてどないしたん?」

「夕立の慰労会なら必要ありませんよ? この子、こんな表情がつやつやするほど阿形さんに構ってもらったみたいですから」

「えへへ~」

 

 龍驤の質問に被せるように、ぶすっとした表情の加賀が笑顔の夕立の頬をぷにぷにとつついている。

 

 さて、どう切り出したものか。

 思案する赤城は自らも近くの椅子を引いて腰を下ろしつつ、とりあえず時系列を追うように口を開いた。

 

「先ほど阿形さんと一緒に夕食を食べたのですが」

「……ほーん」

「……」

「えー、いいなー」

 

 いや、そこからか。

 赤城は出だしの話題の進め方を間違えたことを内心で悔やんだ。しかしこれから先が重要なだけにこんなところで揉めてはいられない。

 

「そこは偶然なので邪推しないでください」

「いえ、邪推などはしていません。単純に羨ましくて妬ましいだけです」

「夕立、冷蔵庫にあった赤城の分のケーキ食べてええって」

「やったーっぽい」

 

 なんだこいつら面倒だな。

 もう勝手に一人で彼と出かけてしまおうか、などと思いかけて赤城はそこでぐっと耐える。こめかみに指を当て、肺の空気を入れ替える。そんなことをしたら帰ったとき更に面倒になる事は目に見えているので、ここは我慢だ。赤城は大人なのである。

 

「話を続けますが、阿形さんも明日は休日になったそうです」

「ここのところ鍛錬やら勉強やらで阿形さんも忙しそうやったからなー。何事も体が資本やしゆっくり休んでもらえるとええな」

 

 椅子の後ろ足で器用にバランスをとりながらユラユラと揺れる龍驤。彼女の言葉に二人もうんうんと頷いている。

 

「その彼が明日の休日に私たちとのお出かけを希望してきたため、急遽こうして集まってもらったんですよ」

 

 見れば、ユラユラと揺れていた龍驤がそのまま椅子ごと後ろに引っ転げていた。さすが日頃から関西弁を操りし者。見事なリアクションだ。

 

「セイジさんとお出かけできるっぽいっ!?」

「浮かれるのは待ちなさい夕立。これも私たちを弄んで愉悦に浸ろうという赤城さんの謀略かもしれません」

「加賀さんは不参加、と」

「ああ、神様仏様赤城様、我々のような者にこのような褒美を与えてくださり心より感謝いたします」

 

 勝手にへりくだってくる加賀に赤城は冷ややかな視線を浴びせる。

 やはり彼に直接行かせなくてよかった。目の前の光景に赤城は自分の判断が正しかった事を思い知る。同時にこんなのと出かけて本当に彼の休息になるのだろうかと、不安になってきてしまう。

 

「あたた……う、うちらと出かけたいって阿形さんがほんまに言ったんか?」

「ええ。どうやら休日の過ごし方に悩んでいたみたいです」

 

 だからといって普通は女性と出かけようなんて思わないが。

 

「ただ、あくまで希望であり一つの案だとも。予定があったり気が乗らないようならこの話は無かった事に――」

「行きたいっぽい!」

「行きます」

「行くで」

「では全員参加と言うことで」

 

 半ば食い気味に参加宣言をする三人。そもそもこうなることを加味した上で全員を集めたのだ。まるで予定通りといった様子で、赤城は携帯を素早く操作していく。

 

「ね、ね、加賀」

「なにかしら?」

 

 どこかそわそわした様子の夕立が、加賀のモコモコパジャマの袖をクイっと引く。

 

「これってデートってことでいいっぽい?」

「でっ!? こほん……よ、よろしいのではなくて? 男と女が一緒に出かけるのはデートだって古文書にも記載がありましてよ?」

 

 動揺しすぎて加賀の口調が似非貴婦人のように変化している。

 

「にへへ、夕立初めて男の人とデートするっぽい」

 

 夕立のそんな言葉に思わず龍驤と顔を見合わせる赤城。ここまであまり意識しないようにしていたが、こうして言葉にされてしまうと嫌でも意識がそちらに傾けられる。

 

「あかん、なんかもう緊張してきたわ」

「まさか任務中にこんな幸運に見舞われるとは。ですが、困ったことに大半の私服を置いてきてしまいました。これは後で赤城さんの部屋のクローゼットの中身をしっかり吟味しなくては」

「何を当たり前のように人の服を借りようとしてるんですか?」

「一番可愛い服をお願いします」

「ぶっ飛ばしますよ?」

 

 こういった事はあまり考えすぎても仕方が無い。意識をするなとまでは言わないが、過度に欲を掻いても良い事など何もない。ましてや男性をリードする経験など誰も持っていないのだから。変に格好つけて彼の気を引こうものなら盛大にやらかして恥ずかしい思いをするのが目に見えている。

 

 第一目的はあくまで彼にリフレッシュしてもらう事。問題はその内容があまり思いつかない点だ。自分たちと出かけて本当に彼の癒しになれるのか。我ながら甚だ疑問でもある。

 とはいえ、とりあえず大まかなタイムテーブルは決めておかねばならない。

 

「それで、行き先なのですが」

「っぽい! 遊園地が良いっぽい!」

「うちらはともかく阿形さんの事を考えるとあまり人が密集してるところは避けた方がええんとちゃうかな」

「カラオケとかボーリングなどの軽く身体を動かせてストレスを発散できる室内スポットを回るのはどうかしら?」

「では幾つか候補をピックアップして――」

 

 それぞれが何かを提案しては、議論して候補をリストアップしていく。

 結局、すべてが纏まり阿形に連絡が入ったのは、それなりに夜も更けてからだった。

 

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