「いや、驚いたな」
「何がです?」
俺の疑問に問い返してくる赤城に、その質問の答を返す。
「赤城が免許を持ってたことだよ」
翌日、伝えられた通りの時間に警備府の門の前で待っていたら登場したのがこのワンボックスカーを運転する赤城だったのには心底驚いた。
今日のためにわざわざレンタカー屋で借りてきてくれたらしく、その様になっている運転姿と普段のイメージとの乖離に最初脳がついてこなかった。俺も一応元の世界で免許は持っていたが、当然今は無い。
「電車で行くと、阿形さんが窮屈やろ思ってなあ」
「小巻さんから電車では大変だったお話は聞いてます」
「夕立と小巻さんでセイジさんをこうぎゅっと守ったっぽい!」
後部座席越しに三人がひょこひょこと顔を出してくる。誰かと都合が付けばと思っていたが、まさか全員が俺に付き合ってくれるとは思っていなかった。俺人生最大の幸福の時なり。
「いや、みんなに気を使わせたみたいで申し訳ない。代わりと言っちゃなんだが今日の費用は全部俺が持つから気兼ねなく楽しんでくれ」
「いやいやそんなん男の人に出させるわけにはいかんやろて」
「いいよ。正直給料は出たは良いけど、使い道がなくてな」
本営から入金された給料は結構な額だった。正直今の俺の貢献度とは不釣り合いなほどに。加えて特に必要なものは既に揃えてもらっているから使う事もそうない。なので藤原提督に返す分以外は、こうしてたまの機会に艦娘の皆に使うぐらいは別段問題も無い。
「でも貴重な休日の時間を私たちとの外出に使ってしまって本当に良かったのですか?」
ハンドルを操作しながら赤城がそんな事を聞いてくる。休日は身体を休めるのが艦娘としては普通なのかもしれない。
俺は助手席の背もたれに深く背中を預け、少しだけ開けられた車窓からの風を感じる。背中の傷は痛み止めと昨日の処置のおかげでさほど気にならない。
「こうして四人の貴重な私服姿を拝めただけでも新鮮で俺は満足だよ」
いや、誇張ではなく本当に。
休日なので当たり前だが、今日は俺も含めて全員が私服だ。女性の服装に疎い俺は詳しくは分からないが、元の素材が良いのも相まって非常に眼福と言わざるを得ない。
「セイジさん、今日の夕立の服可愛い?」
「服もだけど、それを着てる夕立自身が一番可愛い」
「にへへ、ありがとっぽい」
フロントミラー越しにパーカーの紐をぴろぴろと触りながらにへらと笑う夕立はなんとも可愛らしい。
もちろん他の三人の服装も眼福もので、龍驤は夕立と同様、快活さが眩しいホットパンツ、加賀と赤城はそれぞれデニム生地のパンツと足先が広いフレアパンツにそれぞれ上を合わせている。シンプルかつ機能性を重視した感じだが、元がいいので実に様になっている。
普段の和装も良いが、こうした現代チックなカジュアルファッションの大人組というものもギャップがあって非常に良い。
「でもそれを言うたら阿形さんの今日の服装が一番……。なんというか腕も鎖骨も見えとるし、生地も薄いし、なあ?」
「確かに。非常にエッティで興奮します」
「いや、ジーンズに半そでの黒シャツだけなんだがな」
一応身だしなみ程度に腕時計は付けているが、この中では圧倒的に地味だと思うけど。もしかするとこの世界ではこういったラフな格好をあまり男はしないのか?
不安になって赤城の方を見ると、横目で見ていた視線をフイっと逸らされた。
「この服装まずかったか……?」
「いえ、特に問題はありません。が……世の女性が現実の男性を見慣れていないという事に加えて阿形さんは他の男性に比べて筋肉質ですので、腕や首筋であっても露出があるとより目を引くと言いますか……」
赤城の歯切れの悪い物言いになんとなく意味を察する。筋肉質云々の話はこの世界の男と比較しての話で、俺は別にそこまでマッチョというわけではないが、こっちに来てからはやる事が無くて日課にしていた筋トレの効果は出てきているのだろうか。とはいえ年中半そで禁止なんて事は絶対に無理だし、注目を集めてしまう点についてはある程度は諦める事も必要になってきそうだ。
「夕立は格好良いと思うっぽい!」
「ありがとうな、夕立」
そもそも男物を売っている店が少ないため、服装はどうしても機能性重視になってくる上、俺はもともとファッションにはあまり興味がない。楽でラフな服装が正義な俺にとって、首襟までみっちり詰まったきっちりした服装を日常的に着るなど土台無理な話で。
「まあプライベートの服装にまで口煩く言われたくはないですよね」
「そう言ってもらえると助かるよ」
彼女たちから見ても俺の服装は常識的な範疇に収まっているようで、これ以上特段指摘を受ける事は無かった。あくまで悪いのは一方的に不埒な視線でもって『けしからんな、ぐへへ』と凶行に走り出そうとする女性側の方だというのは共通見解のようだった。
なんとなく元の世界でも構図は逆だが似たようなことは多々あったな、と少々げんなりとした気分になる。
「それはそうと、今日は何処に行くんだ?」
「大型の商業施設ですね。娯楽施設もお店も休憩どころも揃っていて気分転換には丁度良いかと」
信号待ちでナビを素早く操作しながら赤城が簡単な行先の詳細を説明してくれる。
「ホンマはもっと人少ないとこにしたかってんけどなあ」
「この辺り栄えてるように見えて、意外と何もないのよね」
加賀が上手くとりなしてくれているが、これはまああれだ、率直に言って気を使わせてしまっている。気にしないでくれと口にするのは簡単だが、現在の俺の置かれている状況を鑑みれば事はそう単純でもない。
「いや、俺もそういう所は久々だから楽しみだよ」
環境に慣れるという意味でも、生活を充実させるという意味でも警備府外に出る事は必要だ。後々の事を考えても、いつまでも周囲に心配を掛けさせているようではおちおち一人で外出もできない。
「どしたん、夕立? 携帯見ながらそんなニコニコして」
「今からセイジさんとお出かけって時雨にお手紙送ったっぽい!」
「……Oh」
「では、私も鳳翔さんに……」
「それはホンマに洒落にならへん気がするから止めとき」
後部座席からは三人の耳に優しい和やかな会話が聞こえてくる。美少女が楽しそうに歓談しているだけでこんなにも心が洗われるのは何故なのか。
「大丈夫ですよ。軍章も付けてますし、いざというときは私たちがいますから」
軽快にハンドルを切りながら、赤城はさらっとそんな男前な事を口にした。
たぶん赤城は俺の世界基準で言えば普段は少し素っ気ないが、その実気配り上手で頼りがいのある、クールでイケメン、更にいざというときは身体を張れるスパダリに相当するんじゃなかろうか。
「やだ、イケ女、抱いて!」
「…………」
うん……はい、今のは俺が悪かった。
横から突き刺さる絶対零度の視線から逃げるように俺は車窓へと視線を投げだした。
到着した場所は所謂大型ショッピングモールだった。
小売店や飲食店は勿論、映画館やカラオケなど幅広いエンターテイメント施設も併設されており、平日だというのに周囲は大勢の人であふれている。
この手の施設には前の世界で例にも漏れず俺も何度もお世話になったものだが、来るたびに感じるワクワク感は何処の世界でも共通らしい。
「とりあえず、何か食べませんか。何処に行くか相談もしたいですし」
赤城のそんな鶴の一声で俺たちはまず近くのフードコートで食事をする事にした。朝食を食べずに出てきたので腹具合的にも丁度良い。
各々が注文したものを手に席へと戻ってくる。
「やっぱ粉モンが最強やな」
「らーめん、めん、めん、らーめん、めん」
「丼物にうどんの特盛セットの魅力にまた負けてしまったわ」
「人は多いですけど、回転率も良いのでそこまで待たなくて良いのがフードコートの利点ですね」
龍驤はたこやき、夕立は塩ラーメン、加賀はかつ丼とうどんの特盛セット。赤城はとんかつ定食二人前。見事なまでにチョイスに個性が溢れている。ちなみに俺は某有名ハンバーガーチェーンのセットを選んだ。鳳翔たちの作ってくれる食事に文句など無いが、たまにこういったジャンクフードが無性に食べたくなる時がある。
ちなみに注文しに行ったとき、明らかに俺の時だけ会計が長かった。店員が入れ代わり立ち代わりメニューの追加で連絡先を渡そうとしてくるのを断るのが非常に面倒くさかった。
「ではいただきましょう」
赤城の様になる合掌に合わせて、俺も手を合わせる。
今月からの新商品だというエビアボカドバーガーからはジャンクならではの香ばしい匂いが漂ってくる。まずは一口。
「うーん、久々だけどこの庶民的ながら癖になる感じが、ザ・チェーン店って感じだな」
特別美味しいわけでもないのに、ふとした瞬間に食べたくなるこの妙な中毒性がこのハンバーガーチェーンが流行っている大きな要因になっているのは間違いない。
「阿形さんは結構濃い味付けの方が好きやったりするん?」
「普段はそこまででもないけど、こういうジャンクフードとかがっつりいきたい時とかは濃いと嬉しいかなあ」
「警備府の御飯はどない? もっと濃い方が良かったりする?」
「いや、今のままで十分美味しく頂いてるよ」
「そ、そか」
一人暮らしの時は専らコンビニか外食で済ませていた所為もあって、こっちで食べる鳳翔や赤城、龍驤の手作り御飯が美味いのなんの。濃い味はそれはそれで嫌いではないが、こっちに来てからはわざわざ好んでまで食べたいという欲求はおかげさまで無くなった気がするよ。
「前から思っていたけれど、阿形さんって他の男性と違ってなんでも美味しそうに食べるわよね」
「まあ、特別嫌いなものは無いけどさ」
「他の男の人は濃い味キライ! サラダばっかり食べてるっぽい!」
「……マジ?」
つるんと麺をすする夕立の一言にかつてない衝撃を受けてしまった。
自他ともに認める草食系男子とはこの事か。いつだったか九条提督がこの世界の男はなよなよしていていかんとかなんとか言っていた気がするが、そりゃサラダばっかり食べてたら細くもなるわ。
「まあ中には太っている男性もいるので、一概には言えないですけどね」
「確かに夕立を迎えに行ったところの提督は結構良い体格をしてたな」
「……」
ふと思い出したことを口にすると、向かいに座る夕立が『い゛ー』と渋い顔で唸り始めてしまった。こりゃいかんと、ポテトを一本つまんで夕立の目の前に差し出す。
「ほら、夕立」
「……っ! にへへ、おいし」
ポテトを咥えてご満悦な夕立が可愛すぎる件について。
しかし余韻に浸っている暇もなく、ふと夕立の横を見ると当たり前にように加賀が順番待ちをするように小さく口を開けて待っていた。
「…………」
「ふふっ、鎧袖一触よ」
無言で加賀の口にポテトを放り込むと、勝ち誇ったようなドヤ顔でふふんと鼻を鳴らしている。どうでもいいが、その言葉の意味合いはこの状況で使うには少々無理が無いか。
そして加賀の隣を見ると龍驤が耳まで真っ赤にしながら控えめも控えめにおちょぼ口をこちらに向けていた。
……恥ずかしいならしなくてもいいんだぞ?
「……ほら」
「……お、おおきに」
くそっ、可愛いな。
羞恥心に悶える龍驤を加賀と夕立が楽しそうに揶揄っている姿を横目に、さて、と最後の一本のポテトを指で掴む。まあここまで来て、やらないというわけにはいかないだろう。
「…………」
「…………」
そのまま、ポテトを隣の人物の口元に照準を合わせて水平移動。
見れば心底嫌そうな表情の赤城と視線が交差する。分かっている、赤城は人前でこういう事をするキャラではない。が、ここで退いてはなんとなく負けた気がするので俺は諦めない。
悪いが食ってもらうぞっ! 俺のポテトをっ!
「…………」
「…………」
「…………」
「…………もうっ、バカじゃないですか」
勝った。何に勝ったのかは全くもってよく分からないが、とにかく俺は勝利した。
呆れ8割、羞恥心2割で控えめに罵倒しつつ、ポテトを咀嚼する美少女というのも実に乙なものだ。
こんな事をしている所為で先ほどから突き刺さっていた湿り気を帯びた周囲の視線が5倍ぐらいに膨れ上がった気がしたが、とりあえず見なかったことにした。
諸事情で暫く入院しておりました。
不定期にはなりますが、またぼちぼち書いていきます。