壊れた世界で艦娘と   作:@秋風

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第三十八話 義務

 元の世界にあったものはこの世界にも大抵ある。

 もちろん全てが全て完全一致とはいかないが、少なくとも俺が普通に日常生活を送る分にはそこまで気にならない程度にこの世界は元居た世界に似通っている。

 

 ただ、ここで重要なのは『意識してなければ、そこまで気にならない』という点であって、大枠は元の記憶のものと同じなのに、よく見てみると細かい部分で微妙に何かが異なっているという事が最近になって分かってきた。

 当然それは性別という観点において顕著な話なようで。

 

「……なんてこった」

 

 手に持ったデンモクを操作する手を止めて、俺は一人静かに頭を抱えた。

 場所はショッピングモールに併設されていたカラオケ店の一室。相談の末、周囲の目を気にせず遊べるという事で個室がある此処を選んだのは良い。

 だが、到着したところでふと俺の知っている曲がこの世界でも存在するかどうかという疑念が生まれ、赤城達が飲み物を取ってきてくれている間に慌てて確認をしてみたところ。

 

「……俺の知っている曲も全部女性ボーカルの曲になってやがる」

 

 あるにはあった。というかほぼ全部揃っていると言っても過言ではない。俺の心配は杞憂に終わった……ただ一点、全てがすべて女性ボーカルに置き換わっているという致命的問題点を除けば。

 

「まあ、男が少ないんだから当然と言えば当然なんだが」

 

 曲として存在しているのは普通にありがたいし、こうしてカラオケで歌う分には何ら支障はない。

 ただこれから先、男性ボーカルの歌が一生聴けない可能性が高い事を考えると流石にショックを受けずにはいられない。いや、女性歌手が嫌いなわけではなく、単純に音楽の幅として、ね。

 

「お待たせっぽーい、コーラ取ってきた……ってセイジさん、どうかしたっぽい? 大丈夫?」

「ん、ああ、ありがとな。いや、なんでもない。ちょっとこの世の不条理に異を唱えてただけだから」

 

 そんな俺を見て、カップを両手にドリンクバーから戻ってきた夕立に心配されてしまった。優しさが骨身に染みるぜ。だけどそんな恰好良い事は言ってないから、そんなキラキラした目を向けるのは止めておくれ。

 

「何か考え事ですか?」

 

 夕立にデンモクを渡していると、逆隣りからは赤城の声。烏龍茶をストローで飲んでいるだけでも絵になるんだから美少女って凄いよな。

 

「……いや、やっぱ男の歌手って珍しいのかなって思ってさ。ほら、デンモクにも見た感じ見当たらなかったし」

「珍しいというか、私が知る限りではいませんね」

 

 俺の質問の意図を深く考えた様子もなく、赤城はさらっと答えてくる。一応俺は小さな孤児院上がりの世間知らずの田舎者という扱いだからな、多少世間に疎くてもそこまでおかしな事にはならない筈だ。

 誰かが曲を入れたのか、備え付けられた機器からイントロが流れ始める。マイクを持っているのは……加賀か。

 

 しかしそうか……やっぱりいないのか。

 

「男性からすれば歌手になるメリットよりデメリットの方がはるかに大きいでしょうから、進んでなる人なんてよっぽどお金に困ってるか、誰かに脅されているかとかですね」

「お金が稼げて、需要があってもか?」

「何よりもまず歌手としての前提が成立しませんよ。ライブを企画するにしても興奮した女性ファンの暴動という津波を全て抑え込むのは現実的ではないでしょうし」

 

 赤城の理路整然とした説明に異論を挟む余地がない。

 画面のすぐ横では『デデン、デデデン』という音と共に加賀がズチャズチャと左右にリズムを取っていた。

 

「曲だけ出すってのはどうだ? ほら、覆面バンドみたいに」

「うーん……そもそも女性に注目されるような事をわざわざ男性がやるのかどうかって事に結局行き着くんですよね」

「そうか……」

 

 俺の言っている事はどうにも現実味の薄い話のようで、赤城の反応はすこぶる鈍い。分かっていた事だが、俺の浅知恵だけではどうにもならない事ばかりである。人生は世知辛い。

 そして加賀は歌が上手い。演歌調のメロディが加賀の声質に合っているし、こぶしを利かせて歌い上げる様はまるで持ち歌だ。両隣で楽しそうに合いの手を打つ龍驤と夕立も実にこなれている。

 

「良い曲だな、加賀も歌い慣れてる感じあるし綺麗な声だ」

「そりゃ加賀さんの歌ですからね」

「そう……何? え、何だって?」

「あれ、正真正銘加賀さんの持ち歌ですよ。曲名は『加賀岬』、少し前に大本営所属の作曲者が気まぐれで加賀さんに歌わせた曲が思った以上に好評だったことから、顔も歌手名も隠してなおそれなりに世間に認知されている幻の一曲です」

 

 なんてこった。加賀の方を見ると見事に歌い上げて、ほんのり上気した頬で無言でこちらにⅤサインを送ってきていたので、こちらも拍手を送っておいた。

 

「それで、阿形さんは歌手になりたいんですか?」

「ああ、いや違うよ。単純に気になっただけでさ」

 

 どうやら詳しく聞きすぎた所為で誤解をさせてしまったようだったのでちゃんと否定の言葉を挟んでおく。

 次に流れてきた曲はどうやらアニソンのようで、夕立と龍驤の二人がマイクを持っていた。片や太陽のはじけたような眩しい笑顔で、片や少し恥ずかしそうにしつつも愛らしい歌声で、ばっちりと振り付け有りバージョンを披露してくれる姿に心底癒される。

 

「良かったです。急に歌手になりたいなんて言われてたら、提督達になんて説明すれば良いか頭を抱えてしまう所でした」

「まさか。歌なんて学生の時に助っ人で歌うぐらいしか経験した事ないからプロなんてとても無理だよ」

「え、阿形さん、人前で歌った事あるん? あ、赤城、ハイ、次歌うやろ」

 

 歌い終えた龍驤が火照った顔を手の平で仰ぎながら、赤城と場所を交代する。

 歌の感想を正直に述べると、龍驤はこそばゆそうにはにかんだ。

 

「歌った事があるって言っても、小さい場所だよ。機材も音響も学生レベルだったし」

 

 学祭の催しとしてはまあまあ盛り上がったが、まあその程度だ。助っ人を頼まれたのだって、俺が少しだけギターを齧っていた事を友人が知っていたからってだけで、俺が特別歌が上手いなんてことは全くない。

 

「……男性の歌なんてお偉いさんが大金積んでやっと一小節歌ってもらえるかどうからしいねんけど」

「言っておくが、俺の歌にそこまでの価値を見出されても困るからな」

 

 この世界の男子は歌を歌いたくなったりはしないのか?。

 ちなみに赤城の歌声はもちろん最高だった。地上の星から銀の竜の背に乗ってどこまでもいってしまいそうな美しさを感じた。

 

 まあ期待されても困るが、歌うこと自体は好きなのでデンモクを操作して曲を入れる。

 もともとは男性バンドの曲で、無骨ながら真っ直ぐ一途に愛を歌った熱唱系のラブソングだ。

 

「…………」

 

 後ろを見ると四人ともがきっちりこちらに向けて携帯を構えていた。

 まあ俺も立場が逆なら撮っていたかもしれないので、今回の所は不問にしておくとしよう。

 

「――――」

 

 採点結果はギリギリ90点。久しぶりにしてはまずまずといったところか。

 マイクを置いて、感想でも聞こうと後ろを振り返ると今度は四人からは一斉に視線を逸らされた。その後も誰も曲を入れようとしなかったので、続けて二曲歌ったが、反応は一貫して同じだった。

 ……携帯はずっと構えてるのに、口元隠して震えてるし、何だってんだ一体。

 

 

 

 

「すまん、ちょっとトイレ」

 

 結局あの後も二時間ほど歌ったところで、カラオケはお開きとなった。

 会計を済ませて、施設を出る前にみんなに一言伝えてトイレへと急ぐ。ちゃんと男性用トイレがある事に安堵しつつ、ほとんど使われていないのかピカピカと輝いている壁や床を横目に歩を進める。

 と、そこで俺は自分の目を疑った。

 

「…………」

 

 人が居た。しかもトイレの奥の壁に寄りかかる様な形で項垂れるように座り込んでいる人物が一人。服装や体格を見る限り、たぶん男だ。ときおりぴくりと動くので死んでいるとかではない。向こうは俺に気が付いた様子もなく、ひたすら項垂れている。

 

「…………」

 

 とりあえず用を済ませつつ思考を働かせる。これが女性だったら問答無用で通報ものだが、男っぽいのでそれは良い。ただ声を掛けるべきか悩む。体調が悪い等なら助けるべきだが、そうでないのならあまり関わり合いになりたくはない。

 

 一通り思案して、一度は立ち去ろうと出口に足を向ける。が、やはり思い直して彼の方へと歩を進める事にする。なんとなくこのままでは寝覚めが悪そうだったからな。

 

「なあ、おい、大丈夫か」

「…………っ!!」

 

 男は俺の言葉に反射的に怯えた様子を見せたが、俺の姿を視認するや否や力が抜けたように脱力した。

 

「なんだ、良かった……男か」

 

 いやまあ、そりゃここ男子トイレだしな。

 ひとまず急を要する事態じゃない事が分かって安堵する。

 

「体調が悪いのか? だったら店の人を呼ぶが……」

「い、いや、体調は悪くない。だからそれだけはやめてくれっ」

「じゃあこんなところで君は何を?」

「…………」

 

 俺の問いに、男は気まずそうに口を引き結ぶ。

 見たところ年は俺とそう変わらない様に見えるが、なんというかまとう空気が澱んでいる。体つきも細いし、あまり健康的には見えないな。

 

「……あんたは買い物か何かで此処に?」

「そんなところだ」

「そうか、あんたも大変だな」

「大変?」

 

 質問に質問で返すなんてふてえ野郎だ。

 

「だってそうだろう、こんな女どもの巣窟みたいな場所にまで買い物に来ないといけないんだから」

「ああ、そういう……で、君はそれに嫌気が差して此処に避難してたのか?」

「それもあるんだが……」

 

 いちいち歯切れの悪い男だな。

 

「……あんた職持ちか?」

 

 職? 俺の職業が今何の関係があるんだ?

 

「まあ、一応働かせてもらってるよ」

「じゃあ“義務無し”か。女に交じって働くなんて死んでもごめんだが、今この瞬間だけはあんたが心底羨ましいよ」

「義務……?」

 

 俺の無知な反応に、男が怪訝な顔をする。まずい、なんか良く分からんがその『義務』とやらはこの世界の常識らしい。

 

「ああ、いや、悪いな。ド田舎の孤児院から出てきたばっかりなもんで」

「なんだよ、“搾精の義務”も知らずに働いてるなんてある意味凄い奴だな、あんた」

 

 なんとも耳慣れない言葉が飛び出したので、俺は田舎者を装って彼に詳しい話を聞いてみる事にした。

 

 曰く、この世界の男は社会に出て働かない選択をした場合、定期的に自らの子種を提出するために専門施設に出向かなければならない義務を負うのだという。それが“搾精の義務”。

 

「個室に入った直後のあの惨めな気持ちがあんたに分かるか?」

「いや、さっぱり」

「しかも無駄にオカズ用に豊富なジャンルの雑誌を取り揃えてくるのがムカつくんだよっ」

 

 あ、一応性欲はあるのね。

 

「まあ、ないよりマシじゃないか?」

「俺の恋人は生涯この右腕だけだっ!」

「あっ、そう」

 

 ……ちょっと、いや、かなり衝撃的な話だった。

 俺からしても結構ハードな話と思ってしまうが、代わりに生活費や医療費などもろもろが免除になるらしく、大抵の男はこの義務を受け入れて生活しているとの事。

 ちなみに普通に結婚すればこの義務もなくなるらしい。

 

「それが俺は明日なんだよ……うぅ~、嫌だあ~。あそこの受付いっつもいやらしい目つきでこっちを見てくるんだ、ちくしょう!」

 

 つまりその“搾精の義務”が嫌で、この男は此処で頭を抱えていたというわけか。

 なんというかいろいろと矛盾した話な気もするが、一つの疑問だったこの世界の出生率の数値と実情の溝がやんわりと紐解けた。シングルマザーが多いのも、孤児が増える理由もこの話を聞けば嫌でも納得してしまう。

 

「そんなに嫌なら、誰かいい相手を探して結婚すればいいじゃないか」

「馬鹿野郎っ! そんなことしたら一生そいつの竿奴隷だっ! そうじゃなくても一度隙を見せれば、間隙を縫って雪崩れ込んでくるようなサキュバス共だ、気付けば嫁が五人になってましたなんて無限嫁地獄になってる可能性だってあるのにそんな恐ろしい事できるかっ!」

 

 男はそれだけ吐き捨てて、また頭を抱え込んでしまった。うん、これ以上彼に触れるのは止めておこう。

 一応彼に礼だけ伝えて、足早にその場を去る。

 

「それにしても、もしあのとき藤原提督に出会ってなかったらと思うと結構ゾッとするな」

 

 お金云々の話は抜きにしても、与り知らぬところで自分と血の繋がった子供が生まれていると考えると、流石に良い気はしない。そういう意味でも何から何まで便宜を図ってくれた藤原提督には頭が上がらない。

 

「……しかし、結婚、か」

 

 いつか俺がこの職を失う日が来るとしても、その時はできればお互いに想い合える誰かと結ばれる方を選びたい。

 歩きながら、ぼんやりとそう思った。

 

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