壊れた世界で艦娘と   作:@秋風

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第三十九話 星

 阿形が席を外している頃、赤城達は店内に設置されたベンチに腰かけて彼を待っていた。

 それぞれがそれぞれの携帯を手に、なにやら熱心に覗きこんでいる。

 

「あかん、やっぱ一曲目がめちゃくちゃ好きやわ」

「甲乙つけがたいけれど、私は三曲目かしら。バラードの特有のしっとり感って男性が歌うとこうも色気が出るものなのね」

「夕立は全部好き~!」

「…………」

 

 見れば、先ほど撮った阿形が歌っている動画を改めて眺めながら感想を言い合っているところだ。

 赤城は、五曲目のポップソングの動画に映る彼の横顔を眺めながら、自然と頬が緩んでいた事を自覚し、誤魔化すようにむっと眉間に皺を寄せた。

 

「阿形さん、歌、上手でしたね」

 

 なんとはなしに思った事を呟くと、三人からは口々に賛同の声が沸き起こる。

 

「普段とのギャップがええよな~」

「歌い慣れてる感じがしたわよね」

「弾き語りしてほしいっぽいっ!」

 

 興奮して両手をぶんぶん振りながら、ふんすふんすと鼻を鳴らす夕立。普段から何かと騒がしい彼女であるが、特定の個人に対してここまで関心を示すのはとても珍しい。ともあれ、それは自身を含めた他の三人にも当てはまると言えた。

 

「赤城さん、何か考え事でも?」

「いえ、ちょっと贅沢だなと思いまして」

「うちらも普段頑張っとるし、たまには息抜きしてもいいんちゃう?」

「そうではなく、阿形さんと一緒にいるこの状況が」

 

 チラ、っと横を通るスーツ姿の女がこちらを一瞥して、軽く見下すように口元を一瞬歪ませながら通り過ぎていく。慣れた反応だからこちらも特にどうという事はないが、だからこそ誰もが羨む男性が自分たちと行動を共にしている現在のこの状況が、ひどく幸運な事のように思えてしまうのも無理はない。

 

 龍驤たちも改めて指摘されて、何を思ったのかお互いに顔を見合わせている。

 

「……うちらってもしかして、とんでもない経験してる真っ最中だったりする?」

「……人生の幸、不幸が丁度プラスマイナスゼロで調整されているとしたら、明日にも私たちの部屋それぞれに隕石が落ちてきてもなんら不思議ではないかもしれないわね」

「ゆ、夕立、いっぱいセイジさんの手握っちゃったっぽい!」

 

 現実が見えてしまったのか、急にあわあわと挙動不審になって震え出す三人。

 今更、とは言わない。誰だって男性と外出なんて事になったら、似たような姿になるのだから。浮足立って周囲の状況が見えなくなっても誰も責められない。

 そうでなくても、只でさえ生まれ持ったもの故に理不尽に不遇と諦めを強いられてきた側の女の集団に突然、無自覚全肯定甘々無防備男とかいう劇物を放り込まれて意識するなという方がおかしいのであって。

 

「阿形さんとおると、いろいろ勘違いしてしまいそうになってアカンな」

「セイジさん優しいから、つい甘えたくなっちゃうっぽい」

 

 龍驤はたはは、と苦笑を零し、夕立は自分の頬をぐにぐにと揉んでいる。

 

「私が言うのもなんだけれど、何をどう育ってきたらあんな冴えないオタク女の理想を詰め込んだエ〇漫画のヒーローみたいな人間が出来上がるのかしら」

「……おい」

「痛いわね、いきなり頭をはたかないでちょうだい」

「やかましわ、阿形さんがおらんからっていきなりスケベエンジン吹かすなや」

「おこちゃまね龍驤は。今どきエ〇漫画の一冊や二冊、夕立でも持ってるわ」

「わわわ、わーっ! わーっ!」

 

 あまりに鋭角に飛んできたとばっちりに夕立が顔を真っ赤にしてびよよんと飛び上がった。今日は本当に夕立の珍しい姿が見れる日だと思いながら、あうあうと涙目になる彼女の頭を撫でて慰める。

 

 夕立だって年頃の女の子なのだから、そういう事に興味があるのはむしろ健全なのに。

 

「加賀さん、ついでとばかりに夕立をイジメるのは止めてあげてください」

「ごめんなさい」

「うぅ……あれは時雨に借りただけだもん」

 

 夕立もさりげなく友達を巻き込むのは止めなさい。

 

「せやけど、阿形さんにとってちゃんと休息になっとるやろか。変に気を遣わせとったりせんやろか」

「それは大丈夫だと思います」

 

 あまりに言い切りすぎたからか、三人の視線がこちらに集中する。

 こほんと咳払いをして赤城はその根拠を説明するために口を開いた。

 

「フードコートでのお会計のときもそうでしたが、阿形さんは嫌なことにはちゃんと嫌だと意思表示する人です。感情が顔に出やすい人ですし、気を遣っていたとしたら態度に出てるかと」

 

 もともと、生来の気質から嘘や隠し事が苦手なタイプなのだろう。

 中には憐れみや弱者への施しそのものに感じる陶酔感から刹那的に優しさを見せてくる偽善者もいるが、彼はそういう器用なことができるタイプではない。

 

 かと言って誰にでも優しいかと言われたら、それも違う。普通に接してくる相手には基本的に丁寧だが、失礼な態度の相手には彼も相応におざなりだ。

 こうしてみると年相応というか、彼も一人の人間なのだと感じさせられる。

 

「セイジさんの笑った顔が夕立は好き。ちゃんと目を見てニッってしてくれると、お胸のあたりがじんわり温かくなって……こう、きゅっとするっぽい」

「確かに、彼の脱ぎたてのシャツからは芳醇なアロマのような香りが……」

「キミは少し黙っとれ」

「め、目潰しは反則よ」

 

 とはいえ、本当の本音の部分は分からない。ただ、そうであれと勝手に自惚れられるくらいには全員彼の言葉や態度に影響を受け始めている。

 ただ、

 

「せやけどそうなると、阿形さんはホンマにうちら艦娘の事をか、可愛いと思っとるっちゅう話になるけど……」

「……龍驤あなた、口元がにやけてるわよ」

「……っつ! に、にやけてへんわっ!」

 

 そこだけは本当にどこまで本気なのか……。

 店内のガラス戸に反射した自分の顔と目が合うが、そこには相も変わらず醜女な女の顔が映っているだけだった。

 

 ――こんな女のどこが……?

 

 そう思いつつも上がりそうになる口角を、赤城はぐっと眉間に皺を寄せて誤魔化すのだった。

 

 

 

 

 

 カラオケ店を出た後も、俺たちは皆でボーリングをしたりゲーセンでプリクラを撮ったりして休暇を大いに楽しんだ。トイレから戻った直後、妙にぎこちなかった彼女たちの様子に何か機嫌を損ねたかと一抹の不安を覚えたものの、時間の経過と共に普段通りに戻ってくれたので事なきを得た。

 今は九条提督に持ち帰る土産を選ぶために店を冷やかして回ってるところだ。

 

「……悩みますね」

「九条提督、辛いもの好きだからおつまみ系とかいいんじゃないかしら」

「北海道限定なのに、なんで此処に売ってるっぽい?」

「夕立、世の中には触れんほうが良い事情ってものがあるんやで」

 

 四人は各々が好きなように商品を見て回っている。この様子なら、土産物選びは彼女たちに任せていいだろう。九条提督の好みとかは俺なんかより詳しいだろうからな。

 手が空いた俺は、ふと目に入った向かいのアクセサリーショップを覗いてみる事にした。

 

「中は結構薄暗いな……」

 

 店内はわざと光量を落としているのか、思った以上に薄暗かった。ただ、商品が置かれているガラスケースに適切な角度から光が当てられているため、光が当たっている宝石らしき部分に反射してキラキラと輝いているのがとても綺麗だった。

 

「……いらっしゃい」

「あ、お邪魔してます」

 

 声が聞こえたので振り返ると、ケースを挟んだ奥の小部屋に座布団に座った老婆がいた。おそらく店主だろう。その隣には店員らしき女性が無言でお辞儀を見せてきたので、俺も軽く会釈を返しておく。店員には珍しく、化粧気の薄い美人なお姉さんだ。眼鏡とお洒落なメイド服のような制服がよく似合っている。

 

「おや、その声はお前さん男かえ」

「え? あ、はい」

「いやあすまんね、あたしゃあ、目が不自由なものでね」

「いえ、大丈夫です」

 

 謝られる事ではないが、しかし盲目ながら店を営むというのも凄いことだ。今は他に客もいないみたいだし店主と会話していても迷惑になる事はないだろう。

 

「何か気になるものはあったかえ?」

「そうですね……」

 

 店内を見渡して、小さなアクセサリーが均等に並べられたケースの前で立ち止まる。

 

「ブローチが気になるかい」

「分かるんですか?」

「足音の距離と位置でね」

 

 ご明察の通り、俺が気になって立ち止まったのはブローチが並べられたショーケースの前だった。目が見えない人は代わりに聴力が発達すると聞いたことはあるが、実際に目の当たりにしてみると凄いとしか言えない。

 

「……思ったより高くないな」

 

 俺はアクセサリーに明るくはないが、この綺麗な石が嵌められた様々なものを模したであろうブローチの完成度にしては値札にはお手頃な値段が書かれている。

 

「心配せんでもうちの商品に使われとる石は全部本物だよ」

 

 一瞬頭を過った邪な考えを即座に見抜かれて、思わず髪を掻いてしまう。なんとも鋭い婆さんだ。まあしかし、これは俺が買っても使い道がないので眺めるだけに留めておく。

 

「ちなみにお主は今日、連れときとるんかえ?」

「ええ、はい。四人ほど、俺の休日に付き合ってもらってます」

「それはおなごか?」

「ええ、まあ。四人とも女性ですね」

「それは結構なことじゃな。それで、贈り物はちゃんと買ったかえ?」

「え、贈り物?」

 

 何、どういう事?

 俺の疑問符に気付いたのか、隣のメイド服姿のお姉さんが落ち着いた声音で説明を補足してくれる。

 

「昔ながらの一般的なマナーとして、プライベートで男性が女性に外出に付き合ってもらった場合、最後にお礼の品として軽い贈り物をする慣習が存在します」

「あ、そ、そうなんですね」

 

 は、初耳だぞ。

 

「男性の外出にお付き合いする際、女性側は気を配ることが多いですから、その配慮のお礼と感謝の気持ちを込めてささやかながら贈り物をするというのが一般的だと言われていますね」

「あくまでさり気なくが基本じゃぞ。取って付けたような渡し方は却って相手を傷付けるからの」

 

 文化が違えば慣習も違う。海外ではホームパーティーに呼ばれたらワインや花なんかを持参することも多いと聞くが……なるほど、そう考えると理屈としては至極真っ当な話な気がしてくるな。

 

「ちなみに男性側は必ずしも贈りものをする必要はないですが、その場合女性側に『貴方とのデートはつまらなかった』と言外に伝える事となるのでご注意ください」

 

 補足を終えて、店員さんはすっと一歩下がる。

 

「お主の今日という日は充実しとったかえ」

「それはもう」

「ならば、それなりの贈り物をしてやらんとな」

 

 老婆のにんまりとした梅干しのような笑顔に、ダラダラと背中に冷や汗が流れるのを感じる。

 

 まずいまずいまずいっ! 

 赤城たちが土産を買ってしまえば、後はもう帰るだけだ。その間に一から贈り物の内容を考えて新しい店を探すのはどう考えても時間が足りない。

 となると今この瞬間が最後にして最大のチャンスになる……んだが。

 

 チラッとショーケースへと視線を横滑りさせる。そこには変わらず光に照らされてキラキラと輝くブローチがきれいに等間隔で並べられている。

 

 ………………

 …………

 ……

 

 いや〜〜、感謝の気持ちを伝える贈り物にブローチは重すぎやせんか〜〜っ!?

 

 付き合ってもない男女の贈り物――しかも複数人――にいきなり飾り物ってどこのホストだよ! 贈られる方も困るだろこんなん! ってか鳳翔にも付き合ってもらったのに何も贈ってねえ! やべえ、助けてド〇えも〜ん!

 

 こんなところで恋愛経験の浅さが露呈するとは思ってもみなかった。

 

「今うちで商品を購入いただくと、もれなく贈り物用の素敵な個包装をプレゼントしております」

 

 くそっ、この商売上手めっ! 

 

「……六つほど購入したいのですが、包装お願いしても良いですか」

「まいどあり」

 

 鳳翔と時雨の分も吟味して、店員さんに包装とお会計をお願いする。

 デザインやしっかりとした造りの割に良心的な価格というのは嘘ではなく、接客やサービスも決して悪くは無い。

 ただ、購入を決めた時に店主が見せたニカッという笑顔だけはしばらく忘れられそうになかった。

 

 

 

 

「……阿形さん、それ騙されてますよ」

「んなっ!?」

 

 だというのに、だ。

 帰りの車に乗り込んだところで思い切ってみんなに買ったブローチを渡したら、そんな無慈悲な答えが返ってきた。

 今どき男性がそんな事をするなんてありえないのだそうな。

 

「一昔前はそういった慣習もあったそうなんですけどね」

 

 それってどれくらい昔の話なのだろうか。

 あまりの自分のマヌケさにガックリ肩を落としていると、皆から視線を集中されている事に気が付く。

 

「あの、やっぱり返したほうがええやろか」

「……いや、俺が持っていても仕方が無いし、貰ってくれると嬉しい」

 

 わざわざ返品しに行くのも手間だし、なにより今日を一緒に過ごしてくれた皆に感謝しているというのは変わりがないからな。

 

「ね、ね! 開けていいっぽいっ!?」

「あ、あんまり期待されても困るんだけどな」

 

 女性に贈り物なんてほとんど贈った経験もないので、緊張感がやばい。皆の反応を直視できなくて、思わず窓の外に視線を投げてしまう。

 

「……綺麗」

 

 誰のつぶやきだろうか、ぽつりと溢れた吐息が室内に染み広がった。

 

「これは……星でしょうか」

「ああ、一応それぞれのイメージを俺なりに解釈して選んでみたんだ。赤城のモチーフは星で、ジュエリーはレッドスピネル」

 

 星型に象られたそれは、車窓から届いた陽光を反射して優しく瞬いている。

 

「でもなんで星なん?」

「確かに赤色というのは分かるのだけれど」

「それはまあ、あれだ」

 

 それはとある日の、夕日の海を背に佇む赤城の姿。潮風に揺れて靡く彼女の黒曜石色の黒髪を伝い落ちる無数の煌めきの雫が、幼い頃に見た夜空を駆ける流星と同じくらい綺麗に見えて――

 

「――だから、星」

 

 レッドスピネルの石言葉は自己実現。

 

「…………」

「あかん、かつてないほど赤城の顔が真っ赤や」

「彼は私たちを殺す気なの?」

「すてき〜〜っぽい!」

 

 こういうのは柄じゃないと分かってるが、なんというかここで誤魔化すのは違う気がしたので素直に言葉にしたが……まあ、悪い方に捉えられなかっただけ良い。

 

「ありがとうございます、阿形さん……大事にしますね」

「ああ、そうしてくれると俺も嬉しいよ」

 

 他の三人から折角だからつけて差し上げろと騒がれたので、赤城に許可を貰って、彼女の襟元にブローチを付ける。ちょっと、いやかなり良い匂いがした。

 

「うん、よく似合ってる」

 

 そう伝えると、赤城は気恥ずかしそうにしながらも、いつもより少し柔和な笑顔を返してくれた。この笑顔が見れただけで、それまでの苦労や失敗も些細なことのように思えるのだから俺も現金なものだ。

 その後、助手席で一休みしようとした俺だったが、他の三人から執拗に同じ事を求められたため、結局警備府に帰るまで車内に静寂が訪れる事はついぞ無かった。

 

 




 ※この世界のジュエリーは需要と供給の関係から現実世界と比べてかなり安価になっています。


 おまけ(ブローチ情報)

 赤城 【色】赤【モチーフ】星   【ジュエリー】レッドスピネル
 夕立 【色】黃【モチーフ】向日葵 【ジュエリー】シトリン
 加賀 【色】青【モチーフ】月   【ジュエリー】サファイア
 龍驤 【色】緑【モチーフ】羽   【ジュエリー】翡翠
 時雨 【色】水【モチーフ】雫   【ジュエリー】アクアマリン
 鳳翔 【色】紫【モチーフ】蝶   【ジュエリー】アメシスト
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