壊れた世界で艦娘と   作:@秋風

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第四十話 応援

 休息日を終えてから数日後、俺は朝から執務室へと訪れていた。

 実地演習が始まってからというもの、九条提督にはこうして結構な頻度で密に情報交換の時間を取ってもらっている。気にかけてもらっているという事も勿論だが、艦娘に未知の影響を与えかねない力の存在もあるだけに、経過観察の意味合いも含まれている。

 

 目の前のソファーで足を組んで、首から先を逆側に投げ出している九条提督は、俺が持ち出した話題に心底つまらなさそうに咥えた棒飴を口でころころと動かした。

 

「搾精の義務? ああ、そういえばそんな政策もあったな」

「九条提督はあまり関心なさそうですね。俺、かなり衝撃的だったんですけど」

 

 話題は先日のトイレで出会った男から仕入れた話。女性にこういう話を振るのはどうかとも思ったが、俺の身の回りで起きた事は可能な限り伝えるように言われているからな。

 ついでに、俺個人としても妙なフィルターを掛けずに同じ基準で物事を図れる人がいるというのは気が楽な部分も大いにある。ちなみに、当然ながら艦娘の皆には話してはいない。

 

「あんな糞みたいな連中の事を考えてる暇があったら、赤城達の戦果報酬を少しでも上げてもらうよう本営と交渉してる方がよっぽど有意義だ」

「まあ、それはそうですね」

「興味があるなら施設に行ってみると良い、君なら喜んで受け入れてくれるぞ」

「それは遠慮しておきます」

 

 興味本位で行くべきではない場所だというのは聞かなくても分かるし、そもそも別に行きたくもない。

 

「時に阿形よ」

「はい?」

「君、性欲は強い方か?」

 

 言い終わるや否や、即座に彼女の隣でふわふわ浮いている妖精からピピッーとホイッスルが鳴った。例の風呂の一件から、信頼を地に落とした九条提督には不埒な真似をしでかさないように監視が付けられているのだとか。

 真偽の程は定かではないが、妖精の手からレッドカードが三枚出ているところをみるにこの世界でもその類いの話は普通にセクハラになるんだな。

 

「心外だな、私は至極真面目な話をしているんだが」

「ぎるてぃ」

 

 しかし性欲か。

 こっちに来てからはなんだかんだ忙しくてそんな事に時間を割いている余裕がなかったというのが正直なところ。

 

「うーん……たぶん、人並み程度にはある方だと思いますね」

「そうか、それは健全でなによりだ。だが、発散するときは時と場所に気を付けろ。間違っても鍵を開けたまま自室でなんてことはないようにな」

「そりゃもう。うっかり龍驤たちと鉢合わせたりなんかしたら大変ですもんね」

「その時は観念してパパになれ」

 

 この人は普段理知的なのに、たまに本当に馬鹿になるな。

 九条提督は書類をつまんで眺めては、ポイっと無造作に箱に放り投げるのを繰り返している。

 

「力の方はどうだ、あれから何か変わったことはあったか?」

「正直なんとも、ですかね。一人ひとり伝わる感覚も違う上に、集中を切らすとすぐに意識を弾かれてしまって……」

 

 ただ、いくつか分かったこともある。

 俺が感じる光の筋の詰まりのような部分は彼女たち艦娘の身体の不調とリンクしていて、それを上手く解いてやる事で多少なりとも楽になったりと、改善が期待できるようだった。

 

「ただ、詰まりや絡まりがキツイと解くのにかなり時間が掛かるのがネックですね」

「なるほど……しかし、入渠しても治らない深層の傷まで癒せる可能性があるというのは――」

 

 九条提督は何やら真剣に考え込んでいる。

 現状、俺の力はちょっとした艦娘の不調を癒せる程度のものだが、多少なりとも役に立てていると感じられるのは素直に嬉しいもの。これだけでも此処に来た意味があったというものだ。

 

「ふむ、報告は以上だな。残りの期間もそう残ってはいないが、引き続き鍛錬と、進捗報告を続けてくれ」

「了解です」

「ああ、そうだ。明日、演習のために柳森警備府から提督と艦娘が来るから、そのつもりで」

 

 ひらひらと手の平を振る九条提督に軽く頭を下げて、執務室を退室する。

 演習で何をするのか詳しくは知らないが、俺にできるのはせいぜいが雑事といったところ。彼女たちが仕事に集中できるように、俺は自分のできる事をやるだけだ。

 

 

 

 

「演習は実践を想定した、艦娘対艦娘の艦隊模擬戦やな。本営も推奨しとる、警備府や鎮守府同士の交流も兼ねた基本的な訓練方法の一つやで」

 

 あの後、訓練場に赴いた俺はちょうど休憩中だった龍驤に演習について聞いてみた。

 眼前では夕立が海面から現れる的を、軽快な動きで次々と捌いている。直前まで俺の日課に付き合ってもらっていた影響もあってか、調子は悪くなさそうだ。

 

「実戦想定ってのは良いけど、怪我とか不慮の事故とか大丈夫なのか?」

「そこは心配あらへんよ、ちゃんと専用の模擬弾を使うから。とはいえ威力がないだけで衝撃や余波の煙なんかは普通に出るし、被弾したら不快なのは変わらんねんな、これが」

 

 発艦用の航空機を模した式紙を指でくるくる空中で動かす器用な龍驤。

 いつもは左右対称に括られている髪が、今日はひとまとめにして垂らされているのが新鮮で良い。

 

「判定というか、決着の判断は? やっぱり相手を戦闘不能にしたら終わりか?」

「それは撃滅戦か防衛戦か、その時々の演習議題で変わってくるなあ。実戦では毎回開けた場所で敵さんとガチンコ勝負なんてわけにもいかへんし、提督達もあらゆる状況を想定して演習内容を組んどるみたいよ」

「なるほど……状況によっては長引いたりもしそうだな」

「せやなあ。特に夜戦想定やと戦況の動きが鈍化しがちやし、深夜に始まって明け方まで続くこともあるよ。ウチは空母やから夜戦は専門外やけど、それでも長引くときは長引くなあ」

 

 相手を倒したら終わり、と単純にいかない所がゲームなどとは違って現実味を増している。

 

 以前、藤原提督に聞いた事がある。

 深海棲艦とやらがどのように生まれるか、詳しい事は未だに分かっていない。一説には過去の大戦で沈んだ艦や亡くなった人の負の部分が顕在化したものとされていたりするが、どれも仮説の域を出ていない。

 陸に上がる事はせず、しかし海に現れるものには誰彼構わず襲い掛かる奴らから受ける被害を、いつからか人々は海の天災と捉えるようになった。

 

 近年では深海棲艦による一般人への被害は、ひと昔前と比べて大きく抑えられているという話だ。それはつまり、艦娘である彼女たちのこうした日頃の努力が実を結んでいる結果に他ならない。

 ただその努力が、結果として人々の目にとどまる前に被害を食い止めてしまう事で、誰の心にも残らないというのは皮肉以外の何物でも無い。

 

 少しでも救助が遅れれば、慣れという魔物に汚染された悪意の群衆に非を押し付けられ、身を削る思いで仕事を果たしても、一向に世界がその功績を認識しようとしない。

 

 ……これ、なんて糞ゲー?

 

「阿形さん、急に渋い顔してどないしたん?」

「いや……龍驤の明日の髪形が気になって仕方がなくてな、つい」

「つ、つい……? 今日はたまたま髪留めが一つ見当たらんかっただけで、明日はいつも通りのつもりやけど……あかんかな?」

「それもまた、良し」

 

 適当に誤魔化しておいて何が良しなのかは分らんが、龍驤が純粋で可愛いので気にしない。

 それはそれとして、お洒落はもっとしてくれていいんだぞ? 女の子の可愛い姿なんてなんぼあっても良いですからね。

 などと自分の髪を指先で弄る龍驤から癒し成分を摂取していると、夕立が満足したような表情でこちらに戻ってくる。

 

「おつかれ、調子良さそうだな」

「ありがとっ、おかげさまで絶好調っぽいっ!」

 

 差し出したタオルを受け取り、汗を拭きながら夕立がニカッと笑う。どことなく夏に流れる清涼飲料水のCMを思い起こさせる爽やかさだ。

 

「夕立、明日は柳森警備府のとこと演習やで。あんまりトバさんときや」

「大丈夫っぽい、今日はこれでおしまいにするから」

「確か柳森警備府って夕立の友達の叢雲が居るところだよな、参考がてらにどんなとこか聞いても良いか?」

 

 気持ちとしては軽い質問だったのに、二人は腕を組んで頭を捻る様に唸り始める。なんというか、そんなに難しい返答を求めたつもりはないぞ?

 

「なんというか提督が変、やな?」

「なんというか艦娘が変、っぽい?」

「おっと、急にこれ以上話を聞くのが怖くなってきたな」

 

 俺の持っている『変』と彼女たちの持つ『変』の基準が同価値である可能性に全ベットするには些か世界の常識が歪すぎる。できれば九条提督ぐらいの個性で留めておいてもらえると個人的に助かるんだが。

 ……いや、よく考えたらあの人この世界出身じゃなかったわ。

 

「あそこは良くも悪くも提督が剛毅で細かい事を気にせん人やから、艦娘も自由気ままで奔放なのが多くてなあ」

「最近叢雲がストレスに効くお香を集め始めたって風の噂で聞いたっぽい」

 

 そうか……あの年に似付かわしくない彼女の大人びた風貌にはそういう背景が……うん、いや、どこにでも居るんだな、奔放な上司や同僚に振り回される常識人という奴は。もしそういう機会があったらうんと労わってあげよう。苦労人には癒しが必要だよ、マジで。

 

「でも実力は本物やで。柳森提督の独特の感性からくる指揮は誰にも真似できへんし、叢雲たち艦娘の練度も高い。伊達に呉鎮守府第一警備府の称号を掲げてないっちゅうことやな」

「優秀である事に間違いはないって事か」

「う~、負けられないっぽい~っ!」

 

 ライバルというと語弊がありそうだが、決して悪い関係ではなさそうでほっとする。

 とはいえ当日、俺にできる事なんてそう多くは無いので、ここは素直に応援団員としての責務を全うしておくとするか。

 

「俺もみんなの事を応援してるからな。頑張れ」

「いっぱいいっぱい頑張るっぽいっ!」

「まあ、そこまで言われて気張らんかったら女の名が廃るっちゅうもんやな」

 

 勝負事において、応援の力というのは案外馬鹿にできるものでもない。訓練なのだから、勝負の結果よりも内容という声もあるだろうが、どうせやるなら勝った方が気分が良いだろう? まあ仮に負けたとしても俺は全力で彼女たちを労わるだけだけどさ。

 

 ちなみにこの後、九条提督に『暢気に演習を見学してる暇なんてないぞ』と普通に言われた。

 まあ、そりゃそうだよな。どれくらい時間が掛かるかも、俺が見ても何がどうなってるのかさっぱり分からんだろうしね……。

 

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