「今回の演習方式は殲滅戦想定とする」
海に連なる野外演習場の端場の一角で、九条提督が柳森提督を含む全員を集めて今回の演習の概要を説明する。
「地形は岩礁地帯。相手全てを大破判定か、審判役である妖精が戦闘続行不能と判断した時点で戦闘終了。定刻までに決着が付かなかった場合、その時点でトータルの被弾割合の低い側の勝利とする」
殲滅戦と聞くとやはりドキリとしてしまうが、勿論怪我らしい怪我はしないとの事。とはいえ模擬弾も相応の音と衝撃はあるようなので、浴びれば浴びるほどキツイのは実戦さながらか。
奥の方では九条提督の合図と共に、海面から岩礁がいくつも突き出してきていた。これも妖精の力の賜物らしいが、この饅頭たちが何者なのか本気で分からなくなってきた。
「他の細かいルールは従来通り本営が定めた規約に則って行う。何か質問は?」
九条提督の問いに、対面の北上の腕がすっと伸びる。
「質問ではなく、要望なんですけど」
「言ってみろ」
「私たちが勝ったら、阿形さんと交流する権利を下さい」
急に名前を呼ばれると思っておらず、しゅっと背筋が伸びる。視線を斜め横にうつすと、相変わらず表情の読めないあの瞳で北上が俺を見ていた。
真意は不明だが、俺からしたら望外の申し出、断る理由などないが、雰囲気的にまだ俺が発言する時ではない気がするので押し黙る。
「……その辺りの差配は彼に任せてある。本人に聞け」
九条提督の言に全員の視線が一斉に俺に突き刺さる。
つまり判断は任せる、と。相手は勝手知ったる艦娘だし、好きにすれば良いと九条提督の目がそう言っていた。
俺としては諸手を挙げて歓迎したい心持ちなのだが、流石にここでそれをストレートに顔に出すのはマズい事ぐらいは今の俺にも分かる。
ともあれ艦娘である彼女たちと接点を持てるというのは当初の目的からも断る理由がない。
「それは勿論――」
「少し待って下さい」
と、思ったのだが、俺の肯定の言葉は横に立っていた赤城に遮られた。
俺の全力の愛想笑いを無かった事にするが如く、彼女は俺を庇うようにずいっと前に出る。
「交流とは聞こえが良いですが、具体的には何を?」
「そりゃまあ、折角の機会だし色々と、さ」
「信用なりませんね。貴方たちはいつもそうやって、問題を引き起こすのですから」
北上の含みのある物言いに、赤城の目がスッと鋭くなる。
なんというか、らしくない。普段の赤城なら内心ではどうであれ、もう少し冷静な態度を崩さないと思うのだが。
「……なあ、なんか赤城……怒ってないか?」
「いや、あれは怒っとるっちゅうより……警戒しとるんやと思う」
バチバチと視線で火花を散らす二人の後ろで、こそっと龍驤に耳打ちをすると、苦笑と共にそんな答えが返ってきた。
「さっきも言ったけど、割とその場のノリと勢いで日々を生きてる北上たちと、論理的思考を優先しがちな赤城は相性悪うてなあ」
「仲、悪いのか?」
「ちゃうちゃう。何も本気でいがみ合っとるわけやないよ。けど、なんちゅうんかな、こう……相性の問題と言うか、悪い方に打てば響く関係と言うか……」
上手く当て嵌まる言葉が見つからず、龍驤はうーんと頭を捻る。
それでもなんとなく彼女の言いたいことは理解できた。
「お互い、反りが合わないわけか」
「せやせや。やのに北上たちも任務ではちゃんと優秀なんやから、赤城としても言いたいことはあるんやろ。そうやなくても今回は阿形さんが標的にされとるわけやしな、赤城やなくても心配ぐらいするで」
「……標的て」
しかし、それでも赤城が俺の事を考えてくれているのは伝わってくる。とはいえ折角の機会だ、北上たちとも友好を深めておきたいのが本音。理想としては俺が彼女たちの関係性を緩和するクッションのような役割に成る事なんだが……それは少し高望みのし過ぎか。
「やだなー、人の事を問題児軍団みたいに。仮にそうだったとしても赤城には関係無くない?」
「関係あります。一時的とはいえ現在阿形さんはこの “九条警備府”の一員なんですから」
「一部分だけ妙に協調したわね」
「赤城も意外と見栄っ張りっぽい」
言論バトルを傍目に、仲良く二人で座って震源地を眺める叢雲と夕立からやんわりとした指摘とツッコミが入っている。
とはいえこのままダラダラと時間を浪費してしまうと――
「……お前たち、いい加減にしろ」
――ほら、雷が落ちた。
「演習後には夕食の席を準備している。交流を図るならそこでしろ。分かったらさっさと演習に取り掛かれ」
九条提督の鶴の一声で、艦娘の少女たちは蜘蛛の子を散らすように待機場所へと向かって行った。流石は藤原提督の教え子、締めるところはしっかりと弁えている。
「……全くあいつらは」
「まあまあ、状況が状況だし、浮足立つのも無理はないって、ね?」
「なんか、すいません」
「阿形の所為ではないが、根本原因は君の存在にあるのが困りものだな」
「人気者は辛いね~」
片や呆れたような表情で、片や含みのある笑顔で二人の提督から言葉を返される。
俺は何も言い返す事ができず、すごすごと二人の後を追って演習場を後にした。
次に通されたのは九条提督の仕事場である執務室だった。
「改めて阿形に紹介しておこう、彼女は柳森。此処と同じ呉鎮守府管下第一警備府の提督だ」
「柳森薫だよ、よろしくねー」
三人して執務室のソファーに腰かけた後、対面に座る九条提督から改めて柳森提督を紹介される。それに合わせて、俺の隣に座る柳森提督からひらひらと愛嬌のある笑みと共にひらひらと手を振られた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「あらまあ本当に素直な男の子だこと。大丈夫? 九条に任務に託けて如何わしい事されてない?」
「蹴り飛ばすぞ」
いや、まあ風呂に突撃された件は黙っておこう。
「藤原提督は勿論、九条提督にも本当にお世話になっています」
「そっかそっか……まあそうだよね。師匠の目が光ってる内は迂闊な事はできないよね」
師匠……? って事は――
「お二人は、もしかして」
「そうだよ。九条とは同じ師の下で同じ釜の飯を食べた同期なのだ」
「非常に遺憾ながら、な」
道理で二人の間に遠慮が無いわけだ。
九条提督の方は露骨に顔を顰めているが、態度の節々から柳森提督を信用している節が見て取れる。柳森提督の方も、この世界の人々特有の陰鬱で欲に染められた差別意識のようなものを感じさせない。
この事実に俺は少しほっとした。
軍属の人間の中にも、艦娘の少女たちと同じ目線で並び立ってくれる人はちゃんといるのだ。そう思うと、俄然頑張ろうという気持ちが湧いてくる。
「それで、またなんで揃って執務室に?」
「ああ、阿形に我々提督の仕事を理解してもらういい機会だと思ってな」
そう言って九条提督は後ろ髪をゴムで纏めながら、机の上に一枚の大きな紙を広げた。
「これは……海図?」
そこには呉鎮守府がある広島県を中心に、瀬戸内海や外海までの地図が丸っと広がって記載されていた。昔社会の授業で見た覚えのある記号や文字がところどころに載っている。
「詳しくは紙海図だね。これの他にも電子海図があったりもするけど、私たちが主に使うのはこっちの方かな」
紙の上に人差し指をとんとんっと立てながら、柳森提督が補足を促してくれる。
しかしながら恥ずかしい事に説明をされてもそれでこの人たちの仕事を理解できるほどの海軍知識は俺にはまだない。いや、昔の武将が行っていた軍議のように地図を囲って議論するというのならなんとなく想像できるが。
「ちなみに阿形は先生のところで同じようなものを見た事は?」
「いや、無いですね」
基本的に俺と一緒に居る時の藤原提督は、山のように積まれた書類の束を次々と捌くか、俺に助言をくれるかしているイメージしかない。海図自体は見た事はあるにはあるが、彼女がそれを使って何かしているところは見た事は無かった。
思い返せば、俺は提督と言う存在がどういう役割を担っているのかを理解し得ないまま今日に至っている。
「見せてないって事は師匠なりの考えがあると思うんだけど、許可は?」
「安心しろ、ちゃんと取ってある」
言うや否や、九条提督は海図の上に静かに右の手の平を置いた。
一拍を置いて、彼女の身体が淡い光に包まれたかと思うと、その光は青白い線となって海図全体を照らし始めた。同時に数人の妖精が何処からともなく表れては、海図上をうろうろと動き始める。
――私たち提督はね、
隣では呟くような柳森提督の言。
目の前では妖精が羅針盤のようなものを回したり、指揮棒のようなものを振っては海図に光点を生み出したりしている。気が付けば海図上には海路のような青い線が幾本も生まれ、在る場所によっては明滅を繰り返したり光が点ったままになったりと忙しない光景で埋め尽くされていた。
そんなある種、幻想的とも言える光景を九条提督はじっと黙ったまま見つめ続けている。
その光景を前に自然と喉を通る唾の音が耳に届いた。
「提督達はこうして……現在の海を視ているんですか」
「おっ、察しがいいね。でも半分正解で半分不正解」
目の前の状況をさもありなんと眺めながら柳森提督は言葉を続ける。
「視ているのは妖精さんと艦娘の皆がその足で集めてくれた過去と現在の海の情報。それらを元に予測される未来の海の状況を導き出すんだ」
「……未来の海」
思えば、不思議ではあった。
実際に海上に出ない提督達がどのようにして艦娘たちの指揮を執っているのか。その意思決定の指針となる情報はいったいどこから得ているのか。
その答えが今、こうして目の前に繰り広げられている。
同時に肺を掴まれたような圧迫感に襲われて、思わず奥歯を噛み締めてしまった。
「きついな……」
その不快な感覚に耐え切れず口から言葉が零れ落ちた。
「怖いよね。その言葉通り命を懸けて集めて来てくれた情報を元に、また彼女たちに指示を出さなければいけない。今度こそ死地かもしれないその場所に向かえ、と。自分は安全圏に身を置きながら」
過去の話はいざ知らず、戦況が穏やかな現在は艦娘を失う事故などはそうそう起こらない。
だからといって提督達の抱える心労が無くなるかといえば全く別の話だ。0%と【ほぼ】0%の間には越えられない隔たりがある。
「だからこそ現況に甘えて、碌に研鑽もせず適当に指示を出す提督が多くて反吐がでるんだ」
海図を視る力は生まれ持った才能差こそあれど、自己研鑽と経験である程度補えるという。逆に言えば、その努力を怠れば怠るほどその感覚は鈍麻し、妖精にも見限られていく。結果として碌な情報も得られず、適当な指示しか出せない無能提督が次々と生まれ、その弊害は現場の艦娘たちに降りかかるはめになる。
問題はそんな提督を使わなければならないほど提督という資質を持つ人材は貴重である事と、前線の艦娘が優秀である事で問題が表面化する前に解決してしまう二点にある。
「とまあ、未来と大仰には言ってみたけど、実情は予測の範囲を出ないんだけどね」
「それはまあなんとなく、理解できます」
自嘲気味に苦笑を見せる柳森提督に首肯で返す。
確定した未来が視えるというならそれはもはや予知や魔法の類だ。そんな事ができるというならとっくの昔に戦争など終わっている筈である。
「あと必要な集中力と終わった後の疲労感がもの凄くてさ。それでいて提督個々によって視える範囲も深度も特徴も違うから他の人に安易に任せられなくて~」
「それは本当にお疲れ様です、よしよし」
「ああ~、可愛い後輩男子のなでなで最高~」
後半あまりの心労を思い返してかべしょべしょとべそを掻き始めた柳森提督の頭をなでりなでりと撫でてあげる。そんなこちらの様子を他所に、九条提督を取り巻く青白い光が静かに収まっていく。
「…………ふう」
「お疲れ様です」
「ああ、すまんな」
光が完全に消えると共に、妖精が持ってきてくれたタオルを九条提督に手渡し、労いの言葉を掛ける。よく見れば彼女の首筋には汗が滲んでおり、柳森提督が言ったように多大な集中力と体力を必要とするというのは本当のようだった。
「説明は必要か?」
「いえ、柳森提督にひと通りは教えてもらいましたので」
「そうか」
ペットボトルの水を口に含みつつ、九条提督は髪をまとめたゴムを無造作に取り払ったのちソファーにどさっと腰を落とした。こちらの会話も聞こえていなかった辺りに集中力の凄まじさを思い知る。
「まあそんな訳だ。我々が日々、書類のみと格闘してるわけではないという事が理解してもらえたか」
「別にそんな風には思ってませんけど」
「冗談だ……ところでなんだそいつは。何故君が柳森に膝枕して頭を撫でている」
「えと、頭を撫でて欲しそうだったからですけど」
「たまらんね~」
そんな俺と柳森提督を交互に見て、九条提督は今日一番の溜め息を盛大に肺から吐き出して天井を見上げた。
「そうか……まあ、背中には気を付けろよ」
……それはいったいどういう意味で?