「では、今後の我々の無事と躍進を祈って、乾杯」
九条提督の締めの言葉に合わせて、こちらも掲げた杯を揺らす。
場所は警備府内に存在する宴会場の一室。広さは旅館なんかにある中規模の座敷部屋と同程度はあり、床は畳と間取りも非常に近しいものを想像してくれたら良い。
本来は接待用に考えて作られた部屋らしいが、案の定全く使われないので、こういう時に有効活用しているという話だ。
「ほら、阿形クンも乾杯」
「あ、はい。乾杯」
気が付けば隣に立っていた柳森提督に杯を向けられたので、軽く杯を合わせる。
赤城達の演習も無事終わり、雑事を片付けた俺と提督組の今日の仕事は全て終了という事で上着も脱いで、お互いに今はラフな格好だ。設置されたテーブルの上には、前もって頼んでおいた出来合いの料理や飲み物が並んでおり、その中には酒類も混ざっている。ちなみに艦娘であろうとアルコールはちゃんと二十歳を超えてからと厳命されている。
「今日は無礼講だし、阿形クンもじゃんじゃん飲んで食べちゃってね」
「はい、そうさせてもらいます」
そんな俺の言葉に満足したのか。柳森提督はすすすーっと日本酒の並べてある脇の方の席へと吸い寄せられるように去っていった。そこには九条提督も既に座っており、あちこちに湧いている妖精を交えてすぐに何やら談笑を初める始末。なんだかんだ言いつつも、結局馬の合う二人だ。酒も進むのだろう。
――それはさておき。
「……それで、どうして君たちはそんな場所に立ったままなんだ?」
テーブルを挟んで向かいに立ったまま、こちらの様子を窺うように視線をちらちら向けてくる艦娘たちに、改めて水を向ける。
距離が遠い。既に上司による乾杯の音頭は取られたのだから、後は自由にしていい筈なのだが。
……これはあれか、俺が座らないと始まらないやつか。
俺と艦娘である彼女たちとの間に上下関係はないのだから、わざわざ気を使う必要は無いのに。
「……まあ、どこでもいいか」
とりあえず用意された二つのテーブルの内、その一つの中央に位置する場所に腰を落とす。
「んしょっと。にへへ、特等席……いい?」
「えと、となり、ええかな?」
「失礼するわ」
「…………」
そのままの流れで夕立が俺の胸の中にすっぽりと納まり、両隣に龍驤と加賀。加賀の隣に赤城、という形で九条警備府全員の場所取りが終わる。夕立は小柄だし、俺は全然構わないのだが、食べにくかったりはしないのか。まあ、本人が嬉しそうなので気にしない事にする。
「叢雲たちも座ってくれ」
「私たち負けたのに……いいのかしら」
「……演習前の事は忘れてください。私も少々熱くなってしまいましたので」
赤城の言葉に、未だ躊躇していた叢雲たちがおずおずとだが、やっと対面の席に着いてくれる。
それから改めて軽く乾杯し、各々が料理へと箸を伸ばしていく。
「阿形さん、適当に取り分けますね」
「ああ、ありがとう。赤城」
「…………」
「北上さん……何ですか、その目は」
ぶつかる視線。
見れば北上だけでなく、扶桑と翔鶴の視線もちらちらとこちらへも向けられている。
「本当に男の人が艦娘にお礼言ってる……」
「夕立との距離が……いくらなんでも近すぎない?」
「理解しました。上半身黒のTシャツで細マッチョな男性はエッチ過ぎて危険です」
いや、まあ、うん。こんな世界なんだから、お互い最初は距離感が掴めないのは仕方が無い。すり合わせながら、おいおい関係性を深められたらそれで良い。
「セイジさん、はい! あーん!」
「お……うん、美味いな。サンキュ、夕立」
「阿形さん、何か飲み物とるで」
「悪い、龍驤。烏龍茶で頼む」
「私は忙しい阿形さんの代わりにたくさん食べるわね」
「よし、それは加賀にしかできない。よろしく頼む」
「はい、そこまで。阿形さんマウントを取りたいのは分かりますけど、阿形さんがいつまでも落ち着けないですからその辺で」
こっちはこっちで謎のマウント合戦が始まっていた。
その影響か、北上たちが泡吹いている。うーん、煽り耐性に弱すぎないか。
しかしこうしてみると、八人の美少女の中に男一人という状況は役得以外の何物でも無い。多少の迷惑ぐらい喜んで消化させてもらう所存だ。
「これだけ艦娘に囲まれて笑ってるなんて、本当に変な人ね。貴方は」
隣で泡吹く三人を冷めた目で見ていた叢雲が、呆れた表情で言葉を投げてくる。
「両手に花、どころじゃないからな。こんな綺麗どころに囲まれて夕食なんて……役得だよ、本当に」
「またそんな調子の良いことばかり言っちゃって」
「ちなみにその綺麗どころに叢雲もちゃんと入ってるからな」
「……バカ」
そっぽを向いて、バカときた。よく見たら耳がちょっと赤い。
うむ、美少女の恥じらいからの罵倒でしか得られない栄養素は確かに存在しますからね。
「…………」
そんな叢雲を心の中で愛でていると、扶桑の視線がワインや瓶ビールへと注がれているのが目に入った。
「扶桑は酒、好きなのか?」
「えっ、いや、それは、その……」
恰好の話のタネと、話題を振ってみるも返ってきたのはなんとも意外な反応だった。
そんな彼女の様子に疑問符を浮かべていると、隣の龍驤がこっそりと助け船を出してくれる。
(酒を好む女性って一般的に男性受け悪い事が多いねんな……)
(ああ、なるほど。そういう……)
説明を受けて腑に落ちると同時に、瓶ビールを一本手に取りおもむろにその栓を抜く。そのまま二つのコップに中身を注ぎ、片方を扶桑へと手渡す。ちなみに割合は7対3の黄金比だ。
「折角の機会だし、飲まないのも勿体ないよな」
「あ、ありがとう」
言って、二人でカチンと杯を鳴らす。
久しぶりに飲んだビールの味は、一日の疲労を洗い流してくれる爽快さだった。そんな俺の姿を見て、遠慮が薄れたのか扶桑もぐっと杯を傾けて、ほうっと幸せそうに余韻に浸っている。良い飲みっぷりだ。
「……男の人とお酒を飲んだのなんて初めての経験だわ」
「こんなのでよければいつでも付き合うよ」
やり過ぎなければ、酒の席というのはコミュニケーションを円滑にしてくれる良い機会だからな。
「阿形さんがまた軽率に艦娘の心を破壊しとる……」
「まだ一杯目なのに、扶桑の顔が既に真っ赤に……可哀そう」
そして酷い言われようだった。流石に今のは俺は悪くないだろ。
「わ、私もお酒は嫌いではなくてよ?」
「お酒は百薬の長ともいいます」
気が付けば加賀と翔鶴からも杯が差し出されていたので、同様に注いでやる事に。龍驤はビールが苦手との事だったので缶チューハイ、赤城はワインを選んで優雅に嗜んでいる。
「ちょっとー、二人だけ男の人に御酌してもらうって……羨ましすぎなんですけど」
「うー……三人ともずるいっぽい!」
「こういう時は素直に大人が羨ましいと思うわね」
まあ、君たちは数年後を楽しみにしたまえ。
酒という緩衝材のおかげか、緊張気味だった柳森警備府組の雰囲気も若干打ち解けてきて、和やかな雰囲気が流れる。ちょくちょくと料理もつついてはいるが、味はまあ出来合いのものだけあって普通だ。そう考えると、普段食べている鳳翔や赤城、龍驤の手料理のありがたみが身に染みて理解できる。
「そういえば、演習の映像見たよ」
『…………』
何か全員で共有できる話題を、と考えてつい先ほどまで執務室で見せてもらっていた演習映像のリプレイの話を持ち出すと、何故か一瞬空気が張り詰めたような妙な雰囲気が流れる。
ちなみに映像は妖精があらゆるアングルを網羅して毎度撮影しているとの事。
「こほん、それでは率直な感想をお願いします」
「そうだな……素人目線で恐縮なんだが、やっぱり空母組の戦闘はかなり目を引いたよ。赤城、加賀、龍驤も然ることながら、翔鶴の土壇場での粘りには手に汗握るモノがあった」
傍から見ても一貫して押していたのは赤城達なのに、あそこまで粘れたのは間違いなく彼女が居たからなのは間違いない。
実際、翔鶴の艦娘としての能力は随一だと共に映像を見ていた柳森提督も言っていたしな。
「私は、頑張っていましたか?」
「ん、ああ。それは間違いないと思うぞ」
翔鶴の琥珀色の綺麗な瞳が真っ直ぐに俺を見てくる。
「でしたら労わりの意味を込めて、頭を撫でてみては如何でしょう?」
「お、おお。よく頑張りました」
「夢見心地です」
さらさらと流れる翔鶴の綺麗な銀の髪は絹糸のような滑らかな触り心地だった。
しかしなんというか年下の夕立や時雨とはまた違って、同年代くらいの大人のお姉さんの頭を撫でる行為というのはなんというかこう心の琴線に触れるものがありますな。
「まあ、勝ったのは私たちなのだけれど?」
「加賀さん、ここでそれを言ったら余計小者に見えますから」
「実際、翔鶴には随分耐えられてしもたからなあ」
とはいえ、加賀の言葉通り勝利したのは赤城達であるように、全体としての総合力は九条警備府が上回っていたという事なのだろう。
その旨を伝えると、加賀の溜飲も下がったのか納得した顔でしきりに頷きを繰り返していた。
「あと、戦艦扶桑のド迫力の砲撃には流石に興奮したな。まるで映画だよ。あの大火力にはやっぱりロマンがある」
「そ、それほどでもないけれど」
「今回はただのデカいだけの案山子だったけどね」
「そういう貴方は海面を転げ回っていただけだったわよ」
「う、うっさいなあ! 今回はちょっと調子が悪かっただけだっての!」
などと一頻り喚いて、北上がちらりとこちらに視線を向けてくる。
……うん。彼女だけ妙に被弾が多く、あちこち転げ回った所為か縞々の下着がところどころ激写されていた事は胸の内に仕舞っておこう。
「北上も恰好良かったぞ!」
「でへへ……そうかな」
ちょろいな、この子。
「最後は叢雲と夕立の一騎打ち、か」
「慰めの言葉はいらないわ。今回は私の完敗だから」
「でも、叢雲も避けるのとっても上手になってたっぽい!」
「そうだな。夕立も今回は大立ち回りだったって九条提督が誉めてたぞ」
「にへへ」
淡々と話しているが、あれだけの熱戦の後だ。積もる感情もあるだろうに、しっかりと自分の負けを受け入れられるところに叢雲の艦娘としての器量が窺い知れる。
労いも兼ねて、夕立と共に頭にぽんと手を乗せると、ふんっと鼻を鳴らしつつもそのまま受け入れてくれるところが年相応で愛らしかったりもする。
「まあ今回こっちは阿形さんのバフありきやったしな」
「そうですね。同じ条件で次戦ったら勝敗はどっちに転ぶか分かりません」
バフ、とは演習前に行った日課の鍛錬の事だろう。
俺の力が彼女たちにどれほどの影響を与えているのか一概に推し量る事はできないが、少しでも役に立っているのならば、此処に来た甲斐があるってものだ。
「やっぱり何か秘密があるのね……」
「あのねあのね、セイジさんとぎゅっとするとぽわわーってなってむんって力が出るのっ」
「阿形さんとぎゅっと……?」
うん、それ以上は危ないから止めよう、夕立。
「詳しい事は明日共有できるように九条提督が時間を取ってくれているわ」
元よりそのつもりで九条提督はスケジュールを調整してくれている。
柳森警備府の皆には今夜は此処に泊まって、明日の任務を終え次第帰郷するという手筈になっている。
「というわけで、飲み直しましょう」
堅苦しい話も終わりとでも言うかのように、何処からか持ってきていた一升瓶を加賀がドンっと机の上にのせて見せる。
「何が、というわけなのか分かりませんが……」
「まあまあ、もう少しぐらいならええんちゃうか」
「仕方がありませんね」
などと言いつつ、赤城の腕は早速と言わんばかりにワインへと伸びていた。
扶桑も翔鶴も、思い思いに自分の好みのお酒をコップに注いでいる。
「大人の言う建前って、お酒を前にすると急に嘘くさくなるわよね」
そんな様子を前に歯に衣着せぬ物言いを堂々とする叢雲に、思わず苦笑が零れ落ちる。
そりゃもう大半がお酒を飲みたいがための言い訳でしかないからな。
「でもまあ、たまにはこんな日があってもいいんじゃないか」
ただでさえ生きにくいこの世界で、こうして気の置けない仲間と共に杯を合わせられる機会があるというのは、それだけでも救いになる者は少なくないのではないだろうか。
少なくとも俺はこうして皆の新たな一面を知れる事を、無駄だとは決して思わない。
それを伝えると、叢雲は『そうね』とだけ呟いて、静かに、しかし俺の言った言葉の意味を汲み取るように、一度だけ小さく頷いてみせた。