「アタシだけ、なんにもご褒美がないっ!」
休憩を終えて、戻ってきた俺の耳に届いたのは北上のそんな第一声だった。
ダンゴムシのように丸まった姿勢の所為で、若干声がくぐもっている。そんな北上を当たり前にスルーして、隣に立つ叢雲がきょろきょろと周囲を見渡した。
「半数ぐらい、いないんだけど?」
「加賀と翔鶴がダウンしてな。今、扶桑と赤城が部屋で介抱しとる。九条提督達は明日の打ち合わせとか言って、さっき退散していったで」
散らかった机の上を片付けながら、龍驤が事情を悦明してくれる。
時刻は八時を過ぎた辺り。なんだかんだありながらも、結構良い時間になってきていた。
「明日に響くと良くないし……今日はこの辺りで解散にしておくか」
「やだーッ! やだやだやだッ! アタシだって阿形さんとラブラブちゅっちゅ愛しの彼と夜の大冒険するんだーッ!」
「誰だ、彼女に酒を飲ませたのは」
「残念ながらそれで素面よ」
床に転がってジタバタと騒ぎ散らかす北上を、叢雲が冷めた視線で見降ろしている。
隣ではぽひーと可愛らしい寝息を立てている夕立。こんな状況でも目を覚まさないなんて、なかなかの豪胆さだ。
「翔鶴も扶桑も叢雲もずっと阿形さんと楽しそうに……アタシも仲良ししたいよお」
「変な言い方しないで」
ゴツッと叢雲のチョップが北上の頭に突き刺さる。
「あれ、北上の服……変わってないか?」
「ウチが貸したんよ。翔鶴が真顔でリバースした時にな、真横におったのが北上やったから、その、な」
ああ、うん、なるほどね。
若干ダボっとした赤色のスウェットパーカー姿で横になる北上に心の中で同情する。どこぞの界隈ではご褒美でも、単純に考えれば他人の吐瀉物を浴びるのは不幸である。
「うぅ、演習でボコボコにされるわ、ゲロは掛けられるわ、一人ハブられるわ……良いことなんてひとつも無い」
持ち前のおさげを左右から垂らして、およよと一人いじける北上。
「なんとか宥めとるんやけど、さっきからこの調子でなあ」
「ふむ……」
苦労性な龍驤は後で労わるとして。
しかし、北上の言い分にも一理ある。
大人組である扶桑と翔鶴とは酒を通じて、同じ未成年である叢雲とはそもそも面識があった上、先ほどの時間を通じて関係値を深められた。
人間は共通の物事があるほど良好な関係を築きやすい。そういう意味で言えば、俺と北上の共通点は現状皆無である。故にお互いの関係値が深まる道理は無いのが現状なのだが。
思い返せばこの一日、確かに北上とちゃんと会話らしい会話をした覚えがない。
――これは駄目だな。
そもそも最初に交流を申し出てくれたのは彼女なのに、このままではその気持ちに仇で返す事になってしまう。
「なら、寝る前にもう少しだけ、遊ぶか」
「……えっ!?」
俺の提案に、先ほどまで突っ伏していた北上が、ばっと起き上がる。
「いいのっ、ほんとにっ!?」
「ああ。そんなに長い時間は無理だけどな」
「いいよ、いいよ~。やたーっ」
立ち上がった彼女は、その場でくるくると不思議な踊りを踊っている。
俺と遊ぶことにそれほどの癒しがあるかは甚だ疑問だが、そんな北上も可愛らしいので良しとする。
「明日もあるけど、ええの?」
「そうよ、止めときなさい。あまりにも貴方に利が無いわ」
両隣からは心配と気遣いの声。
「利はあるよ。君たちの事を知れる。それだけで俺にとっては十分に利得だ」
「……変な人」
「へへっ、そんなに褒めなくてもいいぞ」
「そのままの意味よ」
さっきは誉めてくれたのに。
やっぱり叢雲語録は難しいな。
さて。
「何をするにしても、場所は変えなきゃな」
此処、宴会場では妖精による撤収作業という名の片付けが既に始まっている。
流石にその横で暢気に遊ぶわけにもいかないので、場所の確保が必要になるわけだが、何処でも良いという話でもない。
九条提督たちの邪魔にならず、且つある程度騒いでも問題ないところとなると、自然と候補は絞られる。
「う、うちの部屋は……ちょっと荒れてんねん」
ちらりと視線を向けると、慌てた龍驤がもにょもにょと拒否のバッテンを指で示してくる。
まあ、いきなり他人に部屋に入られるのは困るよな。見られたくない物とかあるだろうし。
「それなら、とりあえず俺の部屋で良いか」
『……っ!?』
呟くように漏れた俺の言葉に、硬直する三人。
「ちょ、ちょっと、女をやすやすと部屋に入れるなんて、貴方正気?」
「別に見られて困るモノなんて置いてないぞ」
そもそも此処で使わせてもらってる部屋は、派遣任務用の借り部屋だ。その任務が終われば出ていくのだから、必要最低限のモノしか置いていない。
「はいはーい、アタシは阿形さんの部屋さんせーい! 龍驤は?」
「う、うちは……その、良いと思います……けど」
「はい3対1、多数決で決定! 嫌ならむっつり叢雲ちゃんは来なくてもいいよ?」
「……行くわよ」
眉間に手を当てつつ大きな溜め息を吐いた叢雲が、びしっと指をこちらに向けてくる。
「とにかく、部屋に入れる女は選びなさい。これは貴方の身を守るための忠告よ」
「心配しなくても、よく知りもしない人を部屋に上げたりしないさ」
そもそも艦娘の少女以外にそんな機会が訪れるかも怪しいもんだ。
とはいえ、叢雲も俺の身を案じての忠告だろうし、そこは甘んじて受け取ろう。
そうと決まった後は、全員で宴会場の片付けをテキパキと手分けして行う。あらかた妖精がやってくれていたおかげでものの数十分で部屋は元通り、綺麗な状態へと片付いた。
俺は、ぽやぽやしたまま起き上がった夕立を両手で抱き上げる。
「これから俺の部屋で少しだけ遊ぶんだが、夕立も来るか?」
「……うん」
至近距離でにへへ、と笑う夕立に癒されながら、俺たちは自室のある別棟へと向かう事にした。
「独裁者ゲームが良いと思うなー」
部屋に着いて、開口一番北上はそんな事を提案してきた。
道中、遊ぶのは良いが何をするのかという話題の中で挙げられた一つの案。
ちなみに俺含め五人は部屋の中央に円を描くように座っている。ベッドに二人、残りは龍驤の自室から持ってきてもらったクッションを床に敷いている。
「……独裁者ゲーム?」
「阿形さんは知らへん?」
疑問符を浮かべる俺に、龍驤が丁寧に内容を教えてくれる。その内容を聞いて、ピンときた。
「ああ、王様ゲームか」
「阿形さんの地元ではそんな名前だったの?」
「ん、まあな」
「へえ、変わってるわね」
前に居た世界では、とは流石に言えないので表現は曖昧に濁す。
その間に、夕立と龍驤が台所にあった割りばしとコップで即席のくじを作ってくれた。
それを北上が手に取り、じゃかじゃかと混ぜる。
「ルールは簡単。独裁者が番号を指定して、その番号の人が命令に従う。それだけ」
「命令の内容に制限は?」
「常識の範囲内で」
確かに、たまに空気を読めない非常識な命令をする奴もいるからな。
「ねえ、私ほとんどやったことないんだけれど、独裁者ゲームってそんなにひどいことになる遊びなの?」
ベッドに座る叢雲が囁くように隣の俺に質問を投げてくる。
「命令する人間の人格による」
「……じゃあ、もし九条提督が独裁者になったら?」
「その質問は、火薬庫の前でマッチを擦る人間を見て『火事になると思う?』と尋ねるのに似ているな」
「大丈夫なの……このゲーム」
安心しろ、当人は此処には居ないから大丈夫だ、たぶん。
「じゃあ、第一回戦ねー」
カップに手で蓋をして、中が見えない状態で北上が割り箸を差し出してくる。
その中から一本だけ引いて、残りを順番に回していく。
俺の番号は三番。
残る四人も数字を確認し、直後に夕立が一本の割り箸を掲げた。その先には独裁者の証である赤いマークが付いていた。
「独裁者っぽい!」
「では、国民の生活を第一に考えた政治をお願いします」
「う~ん」
ひとしきり頭を捻った後、夕立は名案を思い付いたとばかりに表情を綻ばせた。
「一番と四番が、ポッキーゲームをするっぽい!」
……俺じゃないな。
顔を上げると、叢雲と北上が心底嫌そうな表情でお互いを見ていた。
無言でお互いにらみ合ったまま、さくさくとポッキーを齧る音だけが室内に響き渡る。かつてこれほどまでに無垢な独裁者からの残酷な命令があっただろうか。
俺は全然見れるが、元の世界基準で言えば男同士のポッキーゲーム。本人たちは中々にキツイものがあるか。
「うちは今、何を見せられてるん?」
「急に冷静になるのはやめてさしあげろ」
そんな様子を夕立だけがにこにこと楽しそうに眺めている。純粋ってやつはこれだから恐ろしいんだ。
「気を取り直して、第二回戦!」
口元をぐいっと拭って、北上の宣言。
次に引いた俺の番号は一番。なかなかに独裁者は回ってこないものだ。
「独裁者は……」
「……うちやな」
おっ、龍驤か。
先ほどよりも穏やかな空気が場に流れる。常識人の龍驤なら、そこまでおかしな命令をしないという信頼が透けて見えるようだ。
「せやなあ……じゃあ二番がこのゲームが終わるまで、語尾にゃん、で」
待て、龍驤。それは俺が当たったら大惨事になっていた奴では?
危なすぎる。さしずめ独裁者の前に温情など期待するなというゲームからの最後通告か、やはり独裁者もとい王様ゲームなんて碌なもんじゃ――
「……っぽい、にゃん」
――独裁者ゲーム最高。
そこには顔を真っ赤にしながら、可愛いを撒き散らす天使の姿が。
「語尾が渋滞してるって」
「俺は夕立のこの姿を見るために此処に来たと言っても過言ではない」
「過言よ」
は? 最高に可愛いだろう、どう見ても。
「はーい、三回せーん」
全てが夕立に流れそうだった勢いを断ち切るように、北上がドンっと床にコップを置く。
番号は……お。
「独裁者は俺だな」
さて、何を命令するか。
集まる視線を受け流して、俺は予め考えていた内容を口にする。
「一番から四番、全員の好きな事――趣味を独裁者に教えてくれ」
「そんなのでいいのー? 知ってどうするのってくらい微妙な情報だけど」
「それを知るために此処に来たようなもんだからな」
これは先ほどとは違って、嘘ではない。
何が好きで、どういったモノに心が惹かれるのか、それらを知る事は関係性を深めるうえで大切な要素になってくる。どんな些細な情報でも、何処かで何かの役に立つかもしれないしな
「アタシは大井っちと人の少ない穴場巡りかなー」
「うちは漫画読んだり、ネットショッピングが趣味みたいなもんやなあ」
「時雨と釣りをよくするっぽい……にゃん」
「私は読書ね。活字は想像力で余白を補完できるからいいわ」
どうやらちゃんとストレスに対する発散方法をそれぞれ持っている事に少し安心した。
艦娘の皆はとかくストレスの溜まる環境に身を置きやすい。なればこそ、その趣味嗜好を知っていれば、こちらからもその方向へと話の提案を持っていきやすい。
忘れない様にひっそりと心のノートに皆の趣味を書き連ねる。
「むむむ、次! 四回戦!」
一度、独裁者をやれたので割と満足感がある。あとは皆が楽しめていたらそれで良いが……三番。
「キタッー! アタシの時代が!」
おお、良かった。このゲームの提案者である北上にも独裁者が回ってきた。これで少しは溜飲が下がってくれたらいいんだけど。
「頼む頼む頼むー」
「なんかむっちゃ祈るやん」
「頑張れにゃんにゃん」
ひたすら両手で祈りを捧げた後、演説の締めの如き声量で北は命令を口に出した。
「三番が独裁者に……膝枕!」
「おお……俺か」
「しゃすっ!」
正直もっと破天荒な命令が来るかとも思ったが、案外可愛らしくて安心した。その場で頭を乗せやすいように足を組みかえる。
「これ、北上に膝枕するんがうちらやった可能性も十分あるやんな?」
「そのリスクを冒してでも、阿形さんの膝枕というハイリターンを欲したという事なの? ……なんて強欲な」
「北上はカジノで破滅するタイプっぽいにゃん」
周囲からは言われたい放題されているが、当人は全く気にしていないご様子。
「ん……さあ、どうぞ」
「あ、いや、今更だけど、本当に良いのかなー?」
「ここまで来て怖気づくんかい」
「さっさと行け」
叢雲に尻を蹴られて、北上が目の前までやってくる。サバサバしてるように見えて、根っこの部分は乙女が住んでいるなんて……ふっ、面白い女。
「で、では、失礼して」
おずおずと横になって、北上がちょこんと膝に頭を乗せてくる。
柳森提督に好評だった頭なでなでもオプションで付けておくことにしよう。
「ああ……生きててよかったあああ」
「ははっ、大袈裟だなあ」
「男性からの膝枕なんて一生に一度経験できるかどうかやねんから、一概に大袈裟とは言えへんねんな、これが」
「素直に羨ましいにゃん!」
俺の膝の上でごろごろと喉を鳴らす北上を最大限労わってやる。
自由奔放で気まぐれな所は何処か猫っぽい。
その後も独裁者の命令に一喜一憂しながら、賑やかな夜は更けていく――。