壊れた世界で艦娘と   作:@秋風

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第四話 視線

 鳳翔に案内されて、訪れた先は商店街だった。

 最寄り駅から電車で二十分。距離としては十分近い場所ではあったのだが。

 

「やはりというかなんと言うか、もの凄く見られてましたね、阿形さん」

「ああ。奴らは遠慮と言うものを知らんのか」

 

 なんかもう既に少し疲れていた。

 電車の中は案の定女ばかりで、そのほぼ全員から絶妙にネバネバした視線を浴びせ続けられた。中にはこちらをガン見しながら両手をワキワキさせている奴とか、妙に呼吸が荒い奴とかも居て、正直この軍服と鳳翔が居なければ終わっていた。それこそいろんな意味で。

 

「悪いな。鳳翔も無駄に注目させた」

「いえ、私は慣れていますので」

 

 慣れている、か。

 俺への視線の他に、明らかな侮蔑を込めた別の視線が鳳翔に向けられていた事は俺でも分かった。それを本人が気付かない筈が無いが、鳳翔は終始落ち着いている。

 文字通り慣れている。だが、だからと言って不快感が消える訳ではないだろうに。

 

「ところで、本日は何を買いにこられたのですか?」

「そうだな。服と雑貨と、あとできれば本屋にも寄っておきたい」

「ではまず服を見に行きましょうか」

 

 鳳翔に案内されて、商店街へと足を踏み入れる。

 道幅は割と広く、周囲の店は年季がそれなりに入っているが人が居ないと言うほどではなかった。地元密着なのか、それなりに賑わっている。

 誰かと擦れ違うたびに視線を感じるが、恰好のおかげか話しかけてくる奴はいない。

 

 その舗装された通りを鳳翔は迷うことなく進んでいく。

 

「鳳翔は此処、よく来るのか?」

「はい。基本的な食材や日用品などはこちらで調達していますので」

「私服とかもか?」

「服は特には……私が着飾ってもあまり意味はありませんし」

「そうなのか、残念だな」

「はい……え、残念?」

 

 確かに鳳翔の割烹着や和服姿は似合っていてそれでも十二分に目の保養になるが、俺としてはラフなTシャツ姿やパンツスタイルなどの彼女も見てみたかった。

 化粧と美醜という概念が崩壊しているこの世界で鳳翔たちのような素の美少女は貴重なオアシス。彼女達には是非ともお洒落に目覚めて欲しいものだ。

 

「残念……なのですか?」

「……ん?」

 

 ……いかん、欲望が口から零れ落ちていた。

 こちらを窺うように、鳳翔が視線を向けてくる。表情が読めない。怒っているのかそうでないのか、付き合いが短い俺では判断が付かない。助けて藤原大先生。

 

「ああ、いやいや違うんだ深い意味は無くてな? 気に障ったならすまん。戯言だと思って気にしないでくれ」

 

 く、苦しい。我ながら言い訳がましい誤魔化し方だ。俺の妄想に深い意味など有る筈が無い。

 この世界でのセクハラの概念がどうなっているのか分からないが、今のは限りなくアウトに近いギリギリのライン。いや、人によってはチェンジまであるか。

 

「そう、ですか」

 

 そんな俺の焦りをよそに一言だけ呟いて、鳳翔はそれ以上追及してこなかった。

 許された、かは微妙だが一先ず一難は去った。とはいえ、不用意な思考は彼女たちの俺に対する評価を容易に下げかねない。

 

「……発言には気をつけないとな」

 

 好かれる事は無理でも、流石に嫌われたくはないからな。

 

 

 

 

 

「まあ、こんなもんか」

 

 目当ての場所を一通り回って、必要なものは二時間ほどであらかた買い揃える事ができた。

 

「服はあまり選ぶ必要も無かったな」

「男性服を取り扱っているお店は少ないですからね」

「需要の問題か」

 

 今日俺が入った服屋のどこも、男性服はあまり取り扱っていなかった。途中、ゴリゴリの厚化粧を施した店員が執拗に試着を勧めてきたが、鳳翔が絶妙に牽制してくれたおかげで事無きを得た。

 

「あ、でも最近では女性が男性服を買って行く事も増えてきているそうなので、取り扱うお店も少しずつ増えてきているみたいですよ」

「女性が男性服を?」

「聞いた話ではマネキンに着せたり自分が着たりして、理想の男性が居る想像の世界を楽しむのだとか」

「……なるほどな」

 

 いやはや、人間の欲とはなかなかに業が深い。

 

「…………」

「あの、私はしていませんよ?」

 

 俺が思案していた事を何と勘違いしたのか、鳳翔が一言付け加えてくる。いや別に疑ってないし、仮にやっていたとしても人の趣味にアレコレ言うつもりはないが。

 

「ま、別に趣味の範囲で楽しむ分には自由だよな」

 

 マナーと節度を保って、他人に迷惑を掛けていないのであれば大抵の事は許される。元の世界でもコスプレなどは一つの娯楽文化として親しまれていた訳だし、そうでなくても人間誰しも人には言えない癖の一つや二つ持っているもんだ。

 

「…………」

「どうした?」

「いえ、少し意外だなと。普通、男性は女性のそういった行動に嫌悪感を抱かれますので」

「モラルの問題じゃないか? 個人で楽しむ分には好きにすれば良い派だな、俺は」

 

 というかそのくらいは自由であってほしい。でないとさっきの俺の鳳翔に対する妄想も完全にアウトになってしまうからな。

 

 と、そこまで考えてふと鳳翔が立ち止まっている事に気が付いた。

 その視線は、店と店が連なる間の路地裏へと向けられている。同じように視線を向けるとそこに何やら三人の人影が見えた。

 

「や、やめろっ! 離せっ!」

「いいじゃん。ちょっと遊ぼうよ」

「どうせ暇してんでしょ。ちょっと付き合ってよ」

 

 若い男一人を囲うように女二人組が絡んでいる。元の世界では割とよく見る構図ではあるが、やはりというかなんと言うか男女が逆だ。そして女がケバい。どうなってんだこの世界の化粧の概念は。

 

「揉め事か」

「……止めてきます」

 

 言って、三人の方へと歩いていく鳳翔。流石に肝が据わっている。

 さて俺はどうしたもんかと悩んだが、変に介入してややこしくなってもアレなのでとりあえず鳳翔の後ろに付いていく事にした。

 

「あなたたち、すぐにその人から離れなさい」

「は? なに急に」

「いきなり出て来て意味不明なんだけど」

 

 鳳翔の忠告に女二人が苛立たし気にこちらを振り返ってくる。流行ってるのか、先ほどの店員も相当な厚化粧だったがこちらも引けを取らない厚塗り具合だ。おまけに真っ金々に染められた頭髪が実に目に眩しい。

 

「同意も無しに無理やり男性に迫るのは、法律違反ですよ」

「いや、無理やりじゃねーし? な?」

「……っ!」

 

 がっつり腕を掴んでおいて流石に無理があるだろそれは。

 

「つーか、こいつ超ブサイクじゃね? いくら男に縁がないかからってあたしたちの邪魔を――」

 

 と、そこで女二人と目が合った。

 バレないように帽子を目深に被っていたのだが、鳳翔をディスられて思わず顔を上げてしまった。

 

「――は? ヤバッ! こっちにも男いんじゃん!」

「え、なに? 今日はラッキーデーかなんか? ねえアンタ、こんなブスほっといてあたしたちと遊ぼうよ!」

 

 しまったと思うも束の間、下卑た表情ですぐさまこちらへロックを掛ける女二人。

 その横で鳳翔の二人を見る視線の温度が静かに、そしてみるみる下がっていくのを感じる。不味い、これは怒髪天を突いてしまっているのでは?

 

「……あなたたち、本当にいい加減にしないと憲兵を呼びますよ――」

「いやいやてめえに聞いてねーから!」

「ブスは黙ってろっ!」

「――っ!」

 

 鳳翔の底冷えするかのような忠告に、あろうことか片方が振り上げてきたこぶしを咄嗟に掴む。

 一方で鳳翔を下がらせるため、反射的に逆の手で彼女の肩を引いて抱き寄せるような形になってしまった事に他意は無い。だからそんな驚いた目で見ないでくれ、鳳翔よ。

 

「あー、この辺で引いておいた方が君たちのためだと思うぞ。見ての通り彼女も俺も海軍の人間だ。軍の忠告には素直に従っておいた方が身のためだぞ?」

 

 まあ、正直な話俺もどうなるのかは全く知らんが、これくらいの脅しなら許容範囲内だろう。

 

「……くっ」

「……ブスのくせにっ!」

 

 なおも無駄な抵抗を見せる二人に内心で呆れてしまった。仕方が無いので加えて一つ事実を伝えておくことにする。言われっぱなしなのも癪だしな。

 

「あと言っておくが、俺がお前らを選ぶことは絶対に無いからな? 百回選ぶ機会があったとしても、百回鳳翔を選ぶから、俺は」

「は? キモッ、なんだお前ブス専かよ! もういいやいこいこ!」

「チッ! ブスの癖に男に守られてんじゃねーよっ!」

 

 見込みが無いと理解したのか、見事な捨て台詞を残して二人組は去っていった。

 見れば、いつの間にか男も居なくなっている。こちらが揉めている隙にさっさと逃げ出したようだ。

 

「感謝されたい訳じゃないが、なかなか薄情な奴だな」

「…………あの」

「おおっと!? すまん、鳳翔!」

 

 ふと下から声が聞こえ今更ながらに鳳翔を抱き寄せたままだった事に気が付いて、慌てて彼女の肩に寄せていた右手を離した。

 

「いえ、ありがとうございます……その、守っていただいて」

「ま、まあ、あの程度鳳翔たちなら余裕で対応できたかもしれんが」

 

 艦娘の海上での戦闘能力はある程度聞いているが、普段の日常生活においてそれがどれほど反映されるのかは知らない。もしかしたら余計なお世話どころかセクハラだったかもしれんと思うと冷や汗が噴き出る。

 せめて怒っているかどうかだけでも確認しようと鳳翔の表情をさり気無く覗こうとしたが、何故か顔を合わせては貰えなかった。

 

 

 

 

 

「鳳翔ちゃん、鳳翔ちゃん」

 

 路地裏の向かい、丁度逆側の店先。帰路へと向かおうとした俺たちをその店員らしき中年の女性が呼び止めてきた。正確には鳳翔をだが。

 

「こんにちは、沢渡さん」

 

 その女性に、鳳翔が柔和な笑みで挨拶を返す。お互い知り合いのようで名前で呼び合っている。

 

「こんな時間に男の人と一緒なんて珍しいね、デートかい?」

「違いますよ。生活必需品の買い出しです。阿形さん、こちら沢渡ベーカリー店主の沢渡さんです。普段からご贔屓にしてもらってる美味しいパン屋さんですよ」

 

 紹介されて、沢渡さんは『ご贔屓にしてもらってるのはこっちの方よ』と朗らかに笑った。ふくよかな体形に快活そうな雰囲気が実にパン屋の主人っぽい。

 

「初めまして、阿形です」

「んもう、こんなおばちゃんに堅苦しくしなくていいわよ。あ、鳳翔ちゃん、今日からセール中なんだけど中見ていかない?」

「あら、じゃあ時雨たちのお土産に幾つか。阿形さんも入られますか」

「いや、荷物も多いし俺はここで待ってるよ」

「分かりました。すぐ戻りますね」

 

 そう言って、鳳翔は店内へと入っていく。

 残された二人。沢渡さんの目の前には店頭販売用らしきケースに入れられた数種類のパンが並べられている。店主自ら店頭に出るとは、実にやる気を感じられる。

 

「おひとつどうぞ」

「あ、すいません頂きます」

 

 お近づきのしるしにと一つパンを手渡され、礼を言って受け取る。一口かじると中からあんこと生クリームが溢れんばかりに飛び出してきた。

 

「美味い!」

「ふふ、ありがとうねえ。うちの看板商品の生クリーム入りあんぱんよ」

 

 ちなみに一個120円よ、と付け加える沢渡さん。確かにこの味、ボリュームで120円ならリピーター間違いなしだ。看板商品なのも頷ける。

 

 ぺろりと平らげたところで、沢渡さんが口を開いた。

 

「さっきの、見てたわよ。鳳翔ちゃんを守ってくれてありがとうね」

「ああ、いえ、守ったと言われるほどの事は」

 

 見られていたのか。

 視線を前に向けると、確かにこの場所からは路地裏の様子がばっちりと確認ができた。流石に会話までは聞かれていないだろうが、少し気恥ずかしいものがある。

 

「何かあったら此処から警察に連絡しようと思ってたんだけれど、あなたのおかげで無事にすんで助かったわ」

「動いたのは鳳翔ですよ。お礼なら彼女に言ってあげてください」

 

 俺の言葉に『そうねえ』と答えながら、沢渡さんがこちらを見て微笑む。

 

「鳳翔ちゃんはね、本当にとっても良い子なの。商店街の皆に挨拶してくれるし、困った人がいたらすぐに手助けしてくれる。それでいて芯はまっすぐで、怒るべき時には怒れる心の強さを持ってる」

「分かります」

 

 鳳翔とはまだ出会って日は浅いが、それでも彼女の人となりはなんとなく理解できたつもりだ。

 

「でもそんな鳳翔ちゃんを馬鹿にする人がこの世界には大勢居るの。やれ容姿がどうだなんだって。そんな人間の目は一様に濁っているように私には見えるわ」

 

 話を聞きながら、俺は内心で藤原提督の言葉を思い出していた。

 

 ――優しい人だってたくさんいるわ。

 

 沢渡さんはこの世界で真っ当に生きている。それは元の世界の価値観と照らし合わせれば普通で当たり前のことで、しかし逆に言ってしまえばこの世界で沢渡さんのような人は変わり者なのかもしれない。

 

 それでも俺は嬉しかった。

 鳳翔たち艦娘を取り巻く過酷な環境の中で、たとえ一部分であっても真っ当に評価してくれる場所があるのなら、それはきっと救いになる。

 

「阿形さん、あなたの目はとっても綺麗ね」

「……そうですかね」

「鳳翔ちゃんの事、よろしくね」

 

 沢渡さんは何をとは言わなかった。代わりに差し出されたパンを受け取って口に運ぶ。

 

「……美味い」

「ふふ、それは良かった」

 

 それから暫くして、パンの入った包みと共に店から出てきた鳳翔が、

 

「お待たせしました……あら? 二人とも何か嬉しそうですね」

「あらあら、そうかしら?」

「パンが美味いからな」

 

 そんな事を言ってきたので、とりあえずパンのおかげという事にしておいた。

 

 沢渡さんと別れた後、帰路の途中鳳翔に改めて何を話したのか聞かれたので適当に生クリーム入りあんこパンの話で誤魔化したら疑惑の目を向けられてしまった。

 

 いやだってなんか恥ずかしいだろ?

 

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