鳳翔と買い物に出かけてから数日、身の回りの雑事も大体片付いたところで俺は改めてこの世界で得た情報を整理する事にした。
場所は自室。目の前には先日購入した様々なジャンルの本が並べてある。
その中の一つを手に取ってぺらぺらとページをめくる。
「とりあえず、世界の基本構造の部分は元の世界とあまり変わらないってのは助かったな」
転移した最初こそ男女比や美醜関連、艦娘の存在で混乱したが、そこを除けば基本的に元居た世界とこの世界は同じ構造で出来ている。この期間に他にも何冊か経済紙や世界紀行なども読んだが、少なくとも想像すらできない何かが出てくる事は無かった。
なので日常生活を送る上で、少なくとも致命的な基本常識の欠落や無知による犯罪行為などの心配はそこまでしなくて良い事が分かった。
「だが、そうなってくると問題なのがやっぱ男女関連と艦娘関連だよなあ」
男女関連については理解はできても頭がついていかない事例が多すぎる。
「ファッション誌なんてこれだもんな」
手に取った雑誌には上半身裸の男がデカデカと写っていた。が、よくよく見ると実は精巧に描かれた絵だという事が理解できる。こんな雑誌がファッション誌コーナーに大量に陳列されていた。
おそらく男の裸の写真が撮れないから苦肉の策なのだろうが、それでも多くの女性が手に取って購入していたのだから需要はあるのだろう。
「中身は普通の女性向けなのにな……まあ内容は男をいかに口説き落とすかみたいなのばっかりだけど」
男を落とせる最新コーデなるページを捲りながら、乾いた笑みがこぼれる。
ちなみに18禁コーナーはほぼほぼ女性向けだった。俺が興味本位で立ち行ったら、中にいた女たちの鼻息が一瞬で闘牛の如く荒くなり目が血走り始めたので、即行で引き返した。
「とにかく何もかも逆なんだよな……」
俺の知っている男の行動を女がやっている違和感にはどうにも慣れる気がしない。
まあ元より慣れる気も無いが。
「もう一つが艦娘関連なんだが……相変わらず情報がないな」
並べられた本の中に、艦娘の事が載っている本は一冊も無かった。というかまず、本屋に無かった。
軍用の本に単語として出てくる物は幾つかあったが、詳しく書かれているような本は一切置いていなかった。
「これは軍や国が意図的にやっているのか、もしくは艦娘の事を未だよく分かっていないのか」
どちらにしろ、書籍やネットで艦娘についてこれ以上調べるのは意味がない。
後半から意味不明な軍用語の羅列となった本を放り投げて、背中からベッドに倒れこむ。
「そもそも俺は彼女たちの事を知ってどうするつもりなんだ」
目を閉じ、考えても答えは浮かんでこない。
それもそうだ、俺はただの一般人でなにか特別な力があるわけでもない。加えて出会って数日、彼女たちの一割も俺は未だ理解していない。
ましてや相手からすれば突然現れた胡散臭い男。
普通であれば、お互い関わらない方が無難だ。
「んー、でもなあ」
言いようのないモヤモヤが胸中に渦巻く。これは恐らく感覚の問題だ。
あんな美少女たちが夢も希望も諦めたかのように、ずっと暗く俯いてるなんてとても勿体ない。この世界では容姿がどうのとか関係ない。
これは完全に俺の我儘だ。笑ったら可愛いんだからもっと笑ってほしい。そして荒廃した俺の心のオアシスになってくれ。
「というのは冗談としても、せめて理不尽な悪意の弾除けぐらいに俺がなるのが理想だな」
この前の鳳翔の時はやり過ぎて失敗したが。
同情ではなく、単純に俺が見聞きして不快な事には今後も勝手に割り込ませてもらおう。
「ふむ。となればやはり知るためには本人たちに聞くのが一番だな」
俺は俺の感性に従って行動する。もちろん相手が嫌がることは控えるつもりだが。
壁に掛けた時計に目をやると時刻は12時を回っていた。
「とりあえず飯でも食うか。食堂は空いてるのか?」
「ごはんですか?」
「まってました」
「われわれのでばんです」
腰を上げた途端、どこからともなく妖精たちが湧き出てくる。
引き剝がしても引き剝がしても、至る所に引っ付いてくるので諦めて一緒に食堂へと向かうことにした。
「加賀、そんなとこで何やってるんだ?」
食堂に着くなり、加賀を発見した。彼女は何故か厨房内の業務用冷蔵庫に上半身を突っ込んでいたが、俺の声に気が付いたのか下半身をびくっと反応させ、いそいそと冷蔵庫から出てくる。
「加賀も飯か?」
「……ええ」
俺の言葉に加賀はこくりと頷いた。
彼女は男があまり得意でないのか、他の二人よりも距離を置かれている気がする。初日のように気絶される事こそ無くなったが、会話するにも未だ壁を感じている。
「俺も飯を食いたいんだが、何かありそうか?」
此処では基本的に食事は鳳翔が担当してくれているが、今日のように不在の場合は自分で調達する決まりになっている。食堂で調理するもよし、外食するもよし。昨日の残りがあれば、それを飯にするも良しだ。
加賀は無言で首を左右に振った。
なるほど、すぐに食べられるものは無いという事か。
「ところで加賀は料理とかできるのか?」
「……何故?」
ちなみに彼女の両手には顔程のハムとキャベツが丸々一個乗せられている。
「いやだって手にハムとかキャベツとか」
「これは調理しなくても食べられるものよ」
「そうか」
まさか、そのままいくつもりなのか。
加賀の方を見ると、不思議なものを見る目で返された。これは俺が軟弱なのか彼女が豪快なのか、どちらにしろ俺には難しそうなのでその方向は無しだ。
さて、どうするか。
自慢ではないが俺は料理ができない。生まれてこの方まともに鍋など扱った事がない。適当に厨房の食材を使ってという手もあるが、厨房の使い勝手が分からない手前あまり気が進まない。勝手に使って後で鳳翔を困らせたくもないしな。
となればまあ、無難にアレにしておくか。
「出前を取るか」
「ちゅうかですか?」
「すしいったくです」
「おすすめははんばーがー」
「ぴざ」
方針が決まったところで、頭上の座敷童共が騒ぎ出す。止めろ、頭に涎を垂らすな。
「とにかく調べるから、少し待って――ん?」
事前に調べておいた近所の宅配可能な店のメモを確認していると、背後に視線を感じた。
振り返ると、加賀がこちらを見ていた。何故か物凄い圧と共に俺の手に持つ紙を凝視している。
「…………」
そういえば、鳳翔がいるからあまり外食や出前は取らないと藤原提督が言っていたっけな。
そしてそれはおそらく、別の理由もあったりするのだろう。
「出前を取ろうと思うんだが、加賀も一緒にどうだ? こいつらが居るからやかましいとは思うが」
「…………」
何も言わず、しかし小さく頷いて加賀はテーブルの一席に姿勢よく座った。一見すると静かに座っているだけだが、よくよく見ると地味にそわそわしているのが分かる。余程楽しみなのか、綺麗に括られた髪もぷらぷらと揺れていた。
まあ気持ちはよく分かる。
鳳翔の料理は勿論美味いのだが、それとは別にたまに無性にジャンクフードや出前を取りたくなる日はあるものだ。ましてや彼女らの立場を考えたら、それほど気軽に食べられるものでもないだろうし。
「とりあえず多めに頼んでおくか」
考えていた店にプラスして何軒か加えたのち、俺は買ったばかりの携帯の画面へと指を走らせた。
頼んだ物は割と早く届いた。受け取るときに連絡先を渡されたり妙に粘られたりしたが、それを除けばデリバリーとしては優秀な方だろう。
「…………」
「んまんま」
既に食べ始めているが、結構な減りの早さだ。これは多めに頼んでおいて正解だった。
両脇で騒がしい妖精は置いておいて、加賀も綺麗な所作で黙々と食べ続けている。一口一口は決して大きくないが、一定の早さで次から次へと運ばれていく箸の動きは実に滑らかだ。
「加賀は食べるの好きなんだな」
「……そうね」
素っ気ないが、無視はされていない。加賀の様子を見るに、男が嫌いというよりは元来の性格と慣れていない状況が相まって口数を少なくしているようだ。
ならばこの機会に、もう少し会話を続けてみても良いだろう。
「加賀たち艦娘は深海棲艦とやらと戦ってるんだよな」
「ええ」
「普通一度の争いでも割と負傷はするものだが、その辺りは大丈夫なのか」
「私たち艦娘は昔の艦船の加護を受けているから」
言って、右手を上げた加賀の手にはいつの間にか弓が握られていた。それを軽く動かしたかと思ったら、淡い光の粒子と共に消えていった。
「驚いたな」
「これは一般的に艤装と呼ばれている物。私たちが受けるダメージは基本的にこの艤装が肩代わりしてくれているの」
驚きと同時に理解する。
基本的に生身の人間と変わらない艦娘がどうやって怪物と言われている深海棲艦と戦っているのか疑問だったが、加賀の説明である程度納得した。
だが、その先はどうなのか。
「でも、基本的にって事は限界があるんだよな?」
「そうね、いくら艤装が肩代わりしてくれると言っても限界はある。当然守り切れなかった分は私たちの身体に返ってくるわ。そうなれば血も出るし骨も折れる。最悪の場合そのまま沈む事だってあるわ」
「……沈む」
「軍が言うところの轟沈ね。私たち艦娘は許容不可のダメージを負うと艤装が全く動かせなくなる。同時に身体が鉛のように重たくなって浮力まで失う。その先はお察しの通りね」
淡々とした表情の加賀。
しかし俺にとっては衝撃的すぎた。争いなのだからそういった部分もあるとは思っていたが、当事者から直に説明されるのとは訳が違う。
文字通り彼女たちは命を懸けてこの世界を守っているのだ。
少し安易だったかもしれない。
俺みたいなやつが興味本位で聞いてよい内容の話ではなかったと反省する。
「心配しなくても轟沈まで行くことは稀だから」
「そうなのか?」
「昔はそういった事も多かったらしいけれど、艦娘の数が増えて軍が整備された昨今では格段に減ったと統計にあったわ」
「……そうか」
俺の様子を見かねてか、補足を付け加えてくれる加賀。表情は相変わらずピクリとも動いてないが、気を使ってくれたのは見なくても分かる。艦娘の事となると饒舌になるようだし、実は仲間思いなのかもしれない。
「艤装のダメージも入渠ドックで治すことができるし、新しい装備品も工廠で製造が可能よ。そのためにはそこに居る妖精さん達の協力が必要不可欠だけれど」
加賀に指さされて、座敷童共がくねくねと照れ踊りを踊っている。しかしこのお邪魔虫共がそんなに重要な役割を担っていたとは知らなかった。
「われわれはゆうしゅうですから」
「ほめてくれてもいい」
「調子に乗るな」
得意げに胸を張る一匹の腹をくりくりと指で弄る。ケタケタと笑ってジタバタともがく姿はとても優秀には見えないが、加賀が言うならそうなんだろう。
弄る手を止めて、ピザを一枚手に取る。その中心から下半分を飛んできた座敷童が見事にぶんどっていった。やっぱ害獣だろこいつら。
「私からも一つ、良いかしら?」
「ん、ああ」
妖精を引き剥がして加賀の言葉を待つ。
「あなたはどうして此処に?」
彼女の問いはシンプルだった。
しかし俺は答えに迷った。シンプルが故に『どうして』の部分に多数の意味を含んでいると思ったから。
「そうだな……詳しく説明するのは難しいんだが、路頭に迷いそうになっていた俺を拾い上げてくれたのが藤原提督だったんだ。その縁でってところだな」
「…………」
正しくはないが、決して間違っているという事もないだろう。
転移云々の話を抜きにしても、藤原提督に出会わなければ俺は此処にはいなかった。
「嫌だとは思わないの?」
「どういう意味だ?」
「此処に来る人たちは皆無関心か、嫌悪感を隠そうともしないわ」
加賀の瞳に映るのは純粋な疑問。
期待も懐疑もない、本当の意味での何故という問い。俺の感覚では理解できない、しかしこの世界では彼女の抱いたこの感覚こそが常識的で普通なのだ。
だからこそ俺はこの問いの答えを出せなかった。
「嫌だとかは思わないな。藤原提督には恩があるし、時雨も鳳翔も加賀も、俺からすれば十分に良い奴だ」
可愛いしな!
「……変わった人ね。それで、あなたはこれからどうするつもり?」
「正直、俺自身何ができるか模索しているところなんだが……どんな形にしろ藤原提督とお前たち艦娘の手助けをしたいと今は思ってるよ」
「……そう」
どこまで伝わったかは分からないが、加賀は短く一言だけ呟いて食事を再開し始めた。
「……我ながら要領の掴めない答えだったな」
だが、自分が何をしたいのかの方向性は掴めた。やはり知識を得て話をしてみると、自分でも気が付かなかった答えが見えてくる。
「今後について、藤原提督に相談してみるか」
何をするにしても、許可は必要だろう。
まぐろの寿司を口に放り込みながら、明日以降の予定を組み立てる。
ちなみに余るかと思っていた料理は加賀と妖精共のお陰で綺麗さっぱり片付いた。