壊れた世界で艦娘と   作:@秋風

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第七話 監査官

 

 とある場所、とある部屋の一室。

 およそ十畳ほどの広さの部屋に二人の人物が居た。一人は椅子に座り、一人はその人物に対面するように立っている。

 

「…………」

 

 座っている人物――この部屋の主である屋嘉比(やがい)の手には一枚の書類が握られている。その書類を一瞥しながら彼女は目の前に立つ軍服姿の部下に視線を移した。

 

「これが例の男の書類? 他にはないの?」

「はい。閲覧できる軍のデーターベースはすべて洗いましたが集められたのはそれだけです」

「ふーん」

 

 返ってきた答えに、屋嘉比は適当に相槌を打つ。

 化粧でこれでもかと強調された眉とぎょろっとした瞳。肩より下に流された黒髪と小太りな体形を椅子に持たれかけさせながら屋嘉比は考える。

 

 先日、とある警備府に一人の男が配属された。

 軍に男が入るのは珍しいが、珍しいだけでゼロではない。問題なのはその男の存在を彼女が今の今まで把握していなかった事である。

 屋嘉比は無類の男好きで知られる軍人だ。軍に所属している男の情報はありとあらゆる手を使って集めなければ気が済まない。その上でその気になれば権力を傘に手を出すことも茶飯事だ。

 

 そんな自分が把握していない男があろう事か警備府に着任までしているなんて。

 

「……腹立たしいわね」

 

 男に対する軍の機密意識の高さは理解しているが、それでもここまでこの男の存在に気が付かなかった事は気に食わない。着任前に知っていれば、手を回してこちら側に引き入れる事もできたかもしれないというのに。

 

「それで、この男の配属先は?」

「藤原警備府、とのことです」

「……よりによってあの女のところに」

 

 露骨に顔を顰める屋嘉比の形相に、部下である女が思わず息を飲む。

 そんな事は気にも留めず、上層部会議でいつも顔を合わせる相手を想像して屋嘉比は露骨に不快感を露わにした。

 

 自分のやる事に何かと口を出してくるいけ好かない女。艦娘などという醜い存在を真っ当に扱う偽善者。そんな女のもとに貴重な男が配属されるなんて腹立たしいにも程がある。

 

「これは改めて監査が必要ね」

 

 新たな思考と共に、下がっていた口角がぐいっと上がる。

 あまたの男に手を出してきてなお高まる欲望が、屋嘉比の表情を歪な形へと変化させていた。

 

「監査先の予定を変更するわ。すぐ準備しなさい」

「承知致しました。お付きの者はどうされますか?」

「あの女が一人と言うなら、こちらは二人よ。ある程度積んで構わないから手配して」

 

 屋嘉比の指示を受けて、部下が一礼して部屋を出ていく。

 静かになった部屋の椅子に座りながら、彼女は一人不気味な笑みを浮かべ続けていた。

 

 

 

 

 

「まあ、こんなもんか」

 

 目の前にぶらさがる衣類の束を見て、ひとり納得する。

 今日は生憎の雨模様のため洗濯物を部屋干しにしてみたのだが、いまいち慣れていないためかなんとも汚い干し方になってしまった。

 

「一人暮らしの時は洗濯なんて超テキトーだったからなあ」

 

 男の一人暮らしの洗濯なんてまとめて洗濯機にポイして、あとは吊り下げておくだけだ。着たものを脱ぎ捨てたまま三日放置なんて事も普通にザラだ。

 しかし流石に此処でそこまでだらしない真似はできない。軍服は定期的にクリーニングに出されるから良いとしても、私服やインナーやシャツ、パンツなどはそうはいかない。

 女性は臭いに敏感だ、そして臭い不潔男なんて評価は嫌われ者の最たる例。こんな女所帯の生活圏でそんな評判が広まったと思うと、考えただけで身震いしてしまう。

 

 そんな折、控えめに自室の扉をノックする音が二度三度響いた。先ほどから少し警備府内が騒がしいようだったが何かあったのだろうか。

 

「阿形さん、ちょっといいかな。緊急の話なんだけど」

「ああ、大丈夫だ」

 

 言って、ごめんねと言いながら入ってきたのは時雨だった。彼女はそのままこちらへと視線を向けて、同時に何かに気が付いたのか、ぎょっとその瞳を大きく見開いた。

 

「あのね……っわ、うわっごめん!」

「え、なんだ? なんで謝んの?」

 

 部屋に入るなり急に顔を隠して慌てて謝罪してくる時雨。彼女が何に対して謝っているのか綺麗さっぱりわからない。

 

「いや、だってだってさ……下着が見えちゃってるから」

「下着って……ああ、干したパンツの事か」

 

 耳まで真っ赤にしながら震えた指先で示された先には俺のパンツが三枚ぶら下がっていた。機能美溢れるボクサータイプとゆったり履き心地重視のトランクスタイプの二刀流。

 なんてことはどうでもいいが、別に見られたからといってどうという事もないんだが。

 

「別に謝る事なんてないぞ? 部屋に干したのは俺だし、見られて困るものでもないしな」

「こ、困らないの!? 嫌じゃないの!? 女の人に下着を見られて!」

 

 興奮した様子の時雨にどうしたもんかと思案する。もしかしたらこの世界ではこういった行為はマナー違反なのだろうか。時雨も見ないようにしているようだが、顔を覆った指の隙間からチラチラこちらを覗いているのがバレバレだ。難しいな異世界。

 

「俺は別になんも思わないんだが、こういうのってマナー違反なのか?」

「マナー違反ってわけじゃないと思うけど……下着を女性に見られて気にしないって男の人は少数派だとは思うよ」

「じゃあ俺はその少数派だな。別に気にしないから時雨も壁の模様だとでも思って楽にしてくれ」

「僕たちにとっては目に毒なんだけど……やっぱりおかしいよこの人」

 

 さんざんな言われようだった。

 しかしあまり気にし過ぎて生活が窮屈になるのはできるだけ避けたい。彼女たちが嫌がる事は当然NGだが、俺以外の男が嫌がる事は基本どうでも良い。もちろんマナーは守る気でいるが。

 

「時雨たちだってこんな日は部屋で干してたりするんじゃないのか?」

「干してるけど、僕たちの下着なんて見ても誰も喜ばないから」

「なら、俺の出番だな」

「ま、待って! どうしてそうなるのか全然分からないけど、それはそれでなんかとても恥ずかしい気がするから待って!」

 

 立ち上がる俺を必死で引き留めようとする時雨の姿に思わずニッコリ。美少女の慌てる姿なんてそう見れるものではないからな。実に可愛らしい。

 しかしやりすぎはいじめにもセクハラにもなるからな。冗談はこれくらいにして引き下がる。

 

「冗談だよ。それはまた今度な」

「……見る気ではいるんだね」

「それは見せてくれるというのなら」

「うぅ……僕の下着なんて見ても何も楽しくないのに」

「代わりに俺の下着はいつでも見放題だから」

 

 自分で言ってて気持ちが悪くなってくる。俺のパンツに価値を付けるとしたら精々雑巾替わりぐらいのものだ。 

 

「いくらなんでも開放的すぎだよ。世の中には危ない人もたくさんいるんだから」

「そうだな。ひとまず洗濯物を干すのは警備府内だけにしておくよ」

「それはそれで僕らの目のやり場に困るんだけどな」

 

 呟きながら頬を掻く時雨に、そろそろ本題の方へと頭を切り替えてもらう。

 

「それで、何の用だったんだ? 何か緊急とか言っていたが」

「そ、そうだった! 阿形さんすぐに執務室に集まって。提督からみんなに緊急の話があるから」

 

 藤原提督から皆に緊急の話、はて? と頭を傾げていると、時雨は少し焦りを含んだような声音で言った。

 

「急遽、うちの警備府に監査が入ることになったんだ」

 

 

 

 

 

「監査が入ります」

 

 執務室に到着早々、藤原提督は皆に伝わるような口調で結論を告げた。

 監査、という言葉にはあまり聞き覚えが無いが、どちらにせよ良い意味ではない事は無知な俺でも理解できる。

 その証拠に、周囲を見渡すと皆一様に渋い顔をしていた。加賀に至っては無表情のままじっと床の一点を睨みつけている。床に親でも殺されたんか?

 

「時期としてはもう少し先だったと把握しているのですが」

「それが今朝連絡が来てね、急遽前倒しでうちの警備府に監査官が入る事になったの」

「理由はなんでしょうか?」

「おそらく、というか十中八九」

 

「…………ん?」

 

 俺? みなさん俺なんか見てどうされたというのですか?

 しかし俺のそんな疑問とは裏腹に、周囲には納得の雰囲気が流れている。なんですか? 仲間外れは許されませんよ?

 

「なるほど、阿形さんの視察が本当の狙いというわけですか」

「そうとなると監査官が誰になるかが気になりますね」

 

 鳳翔と加賀が本人を蚊帳の外に置いて、俺の話をしている。ちなみに時雨は俺を迎えに来てくれたあと、その足で別任務へと向かっていったため此処にはいない。

 

「提督、その監査官って」

「屋嘉比よ」

「…………ああ」

「…………なるほど」

 

 え? なにその憐れむような目と雰囲気は。

 

「阿形さん、監査官って聞いたことは?」

「いえ、恥ずかしながら」

「監査官ってのはね、定期的に本営から派遣される鎮守府の運営を調査する組織の人間の事なの。日頃の鎮守府運営が適正かどうか監査するいわゆる第三者委員会みたいなものね」

 

 藤原提督の説明で大枠の部分は理解する。しかし謎はまだある。

 

「それで、その監査官と俺に何の関係が?」

「今回の監査官は屋嘉比っていう妙齢の女性なんだけれど、彼女は無類の男好きで有名でね。おまけに彼女は私の事を疎ましく思っているようだから、此処に阿形さんが配属されたのが気に食わなかったようなの」

「おそらく、監査の名目に託けて藤原提督への嫌味と阿形さんの篭絡を目論んでいるのでしょう」

「俺目的って事ですか? そんな馬鹿な」

 

 いくらなんでも一人の男のためにそんな子供じみた行動をするとはとても思えない。

 

「ちなみに彼女に無理やりお手付きにされた男性ってどれくらいでしたっけ」

「正確には知らないけれど、五十は下らないって話だった気がするわ」

「それってちなみにどれくらいの規模ですか?」

「軍に所属している男性が現在約七十人だから、約八割は彼女の強引なお手付きの餌食になっている計算ね」

 

 訂正しよう、完全な化け物だった。

 そんな性の権化(セクシャルモンスター)が俺を狙ってる? 冗談じゃない誰か助けて。

 

「いやでもそもそもどうしてその屋嘉比って人はそんなに男性と関係を持てるんですか? 男性は少ないし、女性嫌いの人も多いでしょう?」

「彼女は軍の中でも階級が上の所謂偉い人間でね。性格は誉められたものではないけれど、有り余る権力と財力を持っているわ。加えて監査役の重鎮としての情報収集力で男のありとあらゆる情報を集めてるの。それらを突き付けられてなお断れる強い男なんてなかなか居ないわ」

 

 要約するとパワハラとセクハラ紛いの行動をお金と権力を交えて強行していると。ヤバい奴じゃないか。

 

「軍は何も言わないんですか?」

「軍も一枚岩ではないからなかなかね。それに男性の中にも彼女に飼われている事が幸せだと思う人間も少なからず居るって話だから。従順にしていればお金は貰えるし、女としても悪くはない容姿との評判らしいから。ちなみに写真がこれ」

「…………嘘だろ」

 

 写真にはオークが写っていた。太く塗りたくられた眉にギラギラと光る瞳。ゴリゴリの頬骨に飛び出した肩幅。ぶっくりとした体形に棍棒を持たせたらそれはもう立派なオークの完成だ。

 これが悪くない容姿? この世界の女に対する美しさの基準が全然分からない。

 

「阿形さんも気に入ったのならその写真差し上げますが」

「いらんわっ! こんなもんくれるぐらいなら君たち艦娘の写真をくれっ! そっちの方が百億倍嬉しいからっ!」

「阿形さん、こういうのもなんだけれど、この子達まだあまり男性に対する耐性がないから刺激の強い言葉は嚙み砕いて伝えてあげてくれると助かるわ。ほら、二人ともフリーズしちゃってる」

 

 しまった。勢いあまっていらんことまで口走ってしまった。だがしかし、間違っても俺があの屋嘉比とやらを好んでいると勘違いされる事だけは避けなければいけなかった。

 二人の耳が赤い。時雨の時といい、少しセクハラ気味な言動をしてしまっている事は気を付けなければ。

 

「屋嘉比が来るのは今日の十三時の予定よ。それまで各自迎える準備をして頂戴」

 

 藤原提督の言葉に三人で頷く。

 そのまま扉側に近い加賀と鳳翔が出口へと向かったところで、藤原提督が小声で話しかけてくる。

 

「さっきも言ったけれど、屋嘉比はあなたにいろいろ言ってくると思うわ。中には権力や金銭、不快な言葉をチラつかせてくる事もあるかもしれない」

「はい」

「けれど我慢しなくていいからね。あなたはあなたの思ったように行動して、言葉にしていいわ。もちろん暴力とかは駄目だけど」

「良いんですか? 俺一般兵ですけど」

 

 俺の言葉に、藤原提督は珍しく茶目っ気の入った様子でぱちんと綺麗に片目を閉じて見せた。

 

「大丈夫よ、あなたの後ろには私が居るから、どんなことがあっても私が守ってあげるから。あなたはあなたの思ったように言葉にして。それがきっと結果としてあの子たちの救いになるから」

「分かりました」

 

 俺の返答に、藤原提督は微笑みのような表情を向けてくれた。この人は本当にいつも心強い言葉を俺にくれる。

 元より、忖度する気などさらさらない。友好的な相手ならいざ知らず、初手から悪意をぶつけてくるような輩には遠慮など必要ない。

 

 俺のことなどどうでも良い。それでもなお彼女たちに悪意が向くならば、俺はその間に立って盾になるだけだ。

 

「ちなみに童貞はこの世界ではとても希少価値が高いから屋嘉比のボルテージもヒートアップすると思うけど、守ってね? 未来のあの子たちのために」

「人が決心したそばから心を折ってくるの止めてもらえませんかね」

「大丈夫よ、これまで童貞を守り抜いてきたあなたなら今回もきっと越えられると私は信じてるわ」

「俺はたった今あんたを信じたくなくなった!」

 

 やっぱりこの状況を少し楽しんでんなこの人。

 

 

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