壊れた世界で艦娘と   作:@秋風

9 / 42
第八話 意味

 

 屋嘉比監査官は予定の時間に少し遅れて現れた。

 表情を見れば分かるがまあわざとだ。時間を守る事なんて造作もないが、敢えて少し遅れることで相手にストレスを与えて楽しんでいる。

 一目で分かる。こいつは良くないタイプの人間だ。

 

「屋嘉比監査官。予定の時刻は十三時だったはずだけれど」

「相変わらず細かいわねえ。私はこんな辺鄙な場所で暇してる貴方と違って忙しいの。遅れてほしくなかったら迎えぐらいよこしなさいな」

 

 応接室に備え付けのソファに対面する形で座る藤原提督と屋嘉比監査官。出会って早々だというのに、お互いの口調の端からピリピリとした険悪な雰囲気が流れている。

 

「まあ、あなたには言っても無駄だからさっさと話を進めて頂戴」

「相も変わらず失礼ねえ。でもその前にお互い初めて会う顔ぶれもいることだし、名前を聞きたいわ」

 

 言って、屋嘉比はこちらにその不気味な瞳をぎょろりと向けてきた。

 隣には加賀と鳳翔も控えているのだが、そちらには目もくれずこちらにだけ視線を送ってくる。まるで二人に興味を持っていないといった印象だ。

 

「あー、阿形誠二です。先日此処、藤原警備府に配属になりました。どうぞよろしく」

 

 あまり刺激しないように無難に答えたつもりだったが、屋嘉比監査官の見開かれた瞳が俺を捉えて離さない。蛇に睨まれたカエルってこんな気分なのだろうか。

 

「へええ、なるほどねえ。ほらあんたたちも」

 

 屋嘉比の言葉に二人のお付きの者が一歩横にずれる。そこで二人の顔を改めて見渡して、俺は少しだけ驚いた。

 

「春日井です」

「佐伯です」

 

 立っていたのは二人とも男だった。片方は童顔で背が低い青年。もう片方はすらっと高身長だが線が細く、何処か影を感じさせる表情をしている。二人ともれっきとした軍人であり、当然軍服姿だ。

 しかしこの世界でちゃんと男と出会ったのはこれが初めてになるな。

 

「仕事の場にわざわざ二人も男性を連れ出してくるなんて、相変わらず趣味が悪いわね」

「良い女には男から寄ってくるものなの。事実今回は二人の方から同行を願い出てきたのよ? ねえ?」

「はい!」

「……はい」

 

 屋嘉比の差し出した手に春日井と名乗った童顔の方が顔を近づけて甘えるように摺り寄せている。一方で佐伯と名乗った方は小さく返事するだけで所在なさげに視線を彷徨わせていた。

 違和感が強い。春日井の行動も佐伯の表情もどんな感情に繋がっているのかが全く見えてこない。

 

「さて、挨拶も終わったところで仕事に移るけど、その前に一ついいかしら?」

「無駄な話は極力省いてちょうだい」

「無駄じゃないわ。むしろ重要な話よ……阿形さんって言ったかしら、あなた私のところにきなさいな」

「…………は?」

 

 二チャッとした笑みと共に発せられた彼女の言葉に理解が追い付かない。

 そんな俺の低スペック脳が煙を吐いている内に、別の人物が言葉を返した。

 

「冗談も休み休み言いなさい。阿形さんはうちの大事な補佐役よ。勝手に引き抜くなんて絶対に許しはしないわ」

 

 俺は今、引き抜かれようとしているのか。いや、冗談じゃない。折角生活も落ち着いてきて、艦娘の子たちとも少しづつ関係を築けてきているというのに。

 眼前では毅然とした態度で藤原提督がNOを突き付けてくれている。心なしかヒートアップしている気もするが、まあなんとかしてくれるだろう。

 

「それはあなたの主観でしょう、藤原提督。一方で阿形さんの周囲の環境は実際のところどうなのかしらね?」

「……なにがいいたいの?」

 

 そこで初めて屋嘉比は加賀と鳳翔の方へと視線を向けた。上の者が下の者を見下すように露骨に首を振り、やれやれと言った表情で口を開く。

 しかしなんというか行動一つ一つが癇に障るというか、人を小馬鹿にする態度が肌に合わないな。

 

「艦娘のような容姿の劣った者と四六時中生活を共にする生活を是とするなんて、虐待も甚だしいわ。春日井、あなたならどう?」

「はい! 僕だったら三日で逃げ出す自信があります!」

「それはなぜ?」

「はい! こんな不細工で気持ちの悪い者たちと一緒に仕事をするなんてとても耐えきれないからです!」

 

 勝手に盛り上がる二人を他所に、ふつふつと腹の奥底から熱い何かがせり上がってくる。見れば藤原提督の表情も氷点下にまで下がっている。彼女が暴発すればそれはそれでヤバそうだが、今はそんな事はどうでも良い。

 

 身内をここまでコケにされて黙っている道理などどこにもないだろう?

 

「阿形さん、あなたも内心ではうんざりしているんでしょう? なればこそ私のところに来なさいな。こっちにくれば手厚い手当や同じ志を持った同性の仲間があなたを歓迎してくれるわ」

「いや、そういうのいらないです」

 

 屋嘉比の言葉を遮り気味に被せた俺の言葉に、屋嘉比が初めて怪訝そうな顔をする。

 

「いらないとはどういう意味かしら?」

「そのままの意味ですよ。アンタから貰う手厚い手当も同性の仲間たちも全部必要ないって言ってるんですよ」

 

 屋嘉比監査官の表情から完全に笑みが消えた。その眉を顰めた表情で圧をかけるようにコツコツと俺の周りをゆっくりと歩いている。

 

「強がっているのかしら、こんな状況普通の男だったらすぐにでも逃げ出したいと思う筈よ」

「生憎と普通の感性をしていないんで」

 

 屋嘉比のこめかみにピキリと青筋が走ったような音がした。いい機会だ、ここいらで俺の事をもう少し知ってもらう事にしようか。

 

「まず、大前提が間違ってるんだよ。俺は艦娘の子たちの事をブスやらブサイクやら気持ち悪いなんで一度たりとも思ったことが無い。むしろ逆で美女や美少女だと思ってる男だ」

「う、嘘を吐くなっ!」

 

 それまで黙っていた春日井が急に食って掛かってくる。同じ男同士何か感じるものがあるのかもしれない。

 

「だったら、だったらお前は屋嘉比監査官よりもそこに居る艦娘二人の方が美人だと言うのか!?」

「当たり前だろ。勝負になんねえよ」

 

 正直に感想を言った筈なのに、一人は吹き出し、一人は怒り、一人は沈黙し、二人は頬を染めていた。誰が誰かは説明が面倒なので勝手に想像してくれ。

 

「こ、言葉でならなんとだって言える!」

「俺が嘘をついてるって言いたいのか?」

「そうだ、それでも虚言を通すというなら――」

「言うなら?」

「――この場であの二人にキスをしてみろ!」

「……はあ?」

 

 春日井が指さした先には鳳翔と加賀の姿が。

 いきなりなんだってんだ、小学生かこいつは。

 

「なんでキスなんだよ。状況考えろ」

「いや、春日井さんの提案は意外と的を得ているかもしれないわ」

「いや、なんで藤原提督がそっち側に付くんです?」

 

 突如として割って入ってきた我が上司、まったく空気を読もうとしてくれない。

 

「古来よりキスは親愛の証として称されてきたわけではあるし、海外ではあいさつ代わりにするところもあるわ」

「ここは日本なんですが」

「なんだ、やっぱり口だけで本心は隠してるんじゃないか!」

 

 くっ! ああ言えばこう言いやがって! そもそもキスなんて相手の同意が無ければできるわけねえじゃねえか!

 

「そもそも鳳翔と加賀が嫌がってんじゃねえか? 俺は無理やりする気は無いぞ」

「だ、そうだけれど、どう? 二人とも」

「…………」

「…………」

 

 せめて何か言ってくれ。髪をこねくり回したり、そっぽを向いてるだけじゃ何も分からん。

 しかし困った。このまま何もしないままでは本心は伝わらないが、かといってマウストゥマウスは倫理的にヤバすぎる。

 仕方がない、妥協策を使わせてもらおう。

 

「分かった、とりあえず手の甲にキスするから、それでいいだろ」

「…………え?」

 

 苦肉の策の提案に、周囲の空気が止まった気がした。ヘタレだとか微妙だとか思われたのだろうが、状況を考えたもっとも平穏に落とし込める方法がこれしか思い浮かばなかったんだから勘弁してくれ。

 

「お前、本気か?」

「なんだよ、文句あんのか?」

「いや……お前がそこまで言うのならそれでいい」

 

 なんだかやけに素直に引いた春日井に違和感を覚えなくもないが、いい加減この無駄な時間を終わらせなければ。ほら、屋嘉比監査官がずっとこっちを睨んでるんだよ。

 そして、藤原提督はなんでそこで腹を抱えて笑ってるんだよ。

 

 まあ、そんなことよりだ。

 

「すまん、鳳翔、加賀。今からお前たちの手の甲にキスする流れになってしまったんだが、大丈夫か?」

「わ、私は……はい、大丈夫です」

「…………いいわ」

 

 なんだかとてもOKを貰えた雰囲気ではないのだが。

 

「嫌なら嫌と言ってくれ。俺はお前たちにこんなつまらない事で溝を作りたくない」

「いえ、覚悟を決めました。不束者ですがよろしくお願いします」

「理想的な状況ではないけれど、私は貴方を信頼してるから」

 

 あまりの気合に、こちらが気圧されてしまった。たかがというとアレだが、手の甲に唇を触れさせるだけの行為だ。

 身構えすぎてもアレなので、順番に二人の手を取って唇を触れさせる。

 

「……ん」

「……あ」

 

 触れた瞬間に声を出されて、何か全身がむず痒くなってくる。

 

「さあ、終わったぞ。これで流石に分かっただろ? 俺が艦娘の少女たちの事をどう思ってるのかを」

 

 俺が触れた手の甲を静かに眺める二人を他所に、話の締めくくりを図ろうと振り向く。

 そこで見た春日井と藤原提督、屋嘉比監査官と佐伯の表情は四者四様だったが、皆同様に驚きの表情を浮かべていた。

 

「まさか本当にやるとは……」

「これがブラフだとしたら、阿形さんは相当なペテン師の素質を持っているわね」

「ふっくくく、あっはははは」

「……すごい」

 

 なんだか相当な言われようだ。

 しかしこれで妙な誤解も解消された事だろう。そんな事を考えていると藤原提督が目に涙を浮かべながら俺の右耳へと耳打ちしてきた。

 

「誤解が解けてよかったわね」

「誤解も何も本当の事を言っていただけですけどね」

「ふふっ、そうね。ちなみに阿形さんはこの世界で男性が女性の手の甲に口づけをすることの意味を知ってる?」

  

 意味? 情愛とか博愛とかだろうか?

 

「知りません」

「なら、今教えてあげるわ。意味は『お前を俺のものにしたい』っていう強い意思表示よ。阿形さんもやるわねえ」

「……なっ!?」

 

 慌てて振り返ると、加賀と鳳翔がこちらを見てにんまりと笑っていた。いかん、なんだかとてつもない弱みを握られてしまった気分だ。

 しかしもはや、とても知らなかったで済ませられるレベルではない事も確か。俺は忸怩たる思いでこの感情すべてを飲み込んだ。

 

「ふふふ、面白い男ね。阿形誠二」

「これで分かったでしょう? 彼は艦娘にしか興奮しない特殊な訓練を受けた男なの。他の女狐が入ってくる余地はないわ」

 

 ソファーの上では相変わらず不可解な会話が繰り広げられている。藤原提督は先ほどから少し頭がおかしくなってしまわれているようだ。

 というかいい加減うんざりしてきたので、先に進んでほしいのだが。

 

「いいわ、今日のところは引いてあげる。でも阿形誠二、あなたの名前は覚えたわ」

「できれば忘れてもらえると助かります」

「うふ、そういう反抗的なところを矯正していくのも醍醐味よね」

 

 べろりと唇の端から端まで舐めとる姿を見て背筋にゾゾゾと悪寒が走る。

 あと、春日井と佐伯から感じる視線が正反対すぎて気持ちが悪いのだが。

 

「さて、じゃあ私は各施設の監査に入るから。そうね、春日井ついていらっしゃい。佐伯はここで待機よ」

「はい!」

「……はい」

「私も同行するわ。加賀、付いてきてくれる? 鳳翔と阿形さんはここで佐伯さんのお相手をしてさしあげて」

「はい」

「分かりました」

「了解です」

 

 言って、各々が別れた後で部屋に残ったのは俺と鳳翔と佐伯の三人。

 

「鳳翔、悪いんだが人数分の飲み物を淹れてくれないか?」

「はい。すぐに準備いたしますね」

 

 俺の頼みを聞いてぱたぱたと駆けていく鳳翔。

 その姿を見送って、俺は改めて佐伯の座る方へと向き直った。

 

 これは願ってもない機会だ。

 男が貴重な世界で直接こうして面と向かって会話できる事はそうは無い。であればこそ、この機会にこの世界の男の考え方や価値観、感性と言ったものを聞いておきたい。

 

 できれば男性向け18禁コーナーのありかや場所なども可能であれば!

 

 そんな願望や欲望の入り混じった思惑と共に、俺はひとまず軽い雑談から始めることにした。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。