風紀の狂犬   作:モノクロさん

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誤字報告ありがとうございます。
訂正させて頂きました。


過去より明日

 食事を終え、小鳥はアリウスの生徒達と、今後について話し合う事にした。

 

 彼女達の目的……正確には、今後、どうしていきたいのか、それを聞く必要がある。

 

 彼女達の今後について、小鳥は黒服と取引をするつもりでいる。しかし、その事は敢えて触れず、彼女達がどうしたいのかを聞く事にした。

 

 黒服との取引で、ある程度の譲歩は出来るだろうが、それでも限度はある。

 

 アリウス分校の生徒達は、黒服ではなく、彼の所属するゲマトリアのメンバーの所有物だ。

 

 彼女達を物扱いするには抵抗があるが、アリウス分校の生徒である彼女達の所有権は向こうにあり、小鳥にそれを個人の理由で匿い続ける事は出来ない。

 

 故に、小鳥は黒服との取引を持ちかける。彼女達をどう扱うかについて。所有者であるメンバーとの交渉も含め、自分の持つ手札で、ある程度、譲歩してもらえるようにだ。

 

 理想を言えば、彼女達の自由なのだろう。エデン条約を破綻させた指名手配犯である彼女達が、この世界で何処まで自由を勝ち取る事が出来るかは未知数だが、仲間に追われる生活から解放されるのだけでも、十分な筈だ。

 

 しかし、その為には、小鳥が持っている手札はあまりにも少ない。黒服との取引。それさえも、上手くいくとは限らないのだ。

 

 提供出来るものといえば、神秘によって生み出されたフェネクスの概念である銃弾だ。それも、『死』の概念は、その性質から黒服に提供するのは危険と判断し、『再生』の概念である銃弾のみ。

 

 それ以外となれば、それこそ身体を解剖して様々な情報を提供するくらいか……いや、そういうのはちょっと心の準備が必要だ。せめて血液の提供くらいで勘弁して欲しい。

 

 小鳥が彼女達にそこまでする必要はないのだが、乗り掛かった舟だ。やれる事はしておきたいというのが、彼女の本音だった。

 

 小鳥はそう考えながら、彼女達に問い掛けた。自分達が今、何を求めているのかを。

 

 それに対し、彼女達は互いに顔を見合わせ、暫し思案した後、答えた。

 

 『自由が欲しい』『仲間と一緒に暮らしたい』『皆で、マダムの知らないところで、静かに暮らしたい』

 

(マダム……それが彼女達の所有者か)

 

 恐らくは偽名だろう。そして、『マダム』というのだから、性別は男性ではなく女性か。

 

 小鳥は、彼女達の所有権を持つ人物の情報を纏めながら、彼女達の要求を吟味する。

 

 自由……取引でアリウス分校の生徒という身分を捨て、新たに違う自治区の学校の生徒として入学すれば、不可能ではないだろう。

 

 仲間と一緒に暮らすとなれば、ある程度スペースが確保された物件を探す必要がありそうだ。もしくは、そう離れていない距離のアパートやワンルームマンションも悪くないだろう。

 

 そして、マダムの知らない所……か。

 

 これに関しては、キヴォトスの中では不可能なのかもしれない。

 

 ゲマトリアという組織の規模が不明瞭である以上、彼等の情報網から彼女達の素性を隠し通すのは不可能に近い。

 

 敢えてキヴォトスの外なら或いはとも考えたが、それはそれで別の危険が伴う為、小鳥としてはその提案は選択肢には含まれない。

 

 そもそも、彼女達の自由を取引で譲歩してくれるかさえ怪しい。よくて1人か2人が限度だろう。

 

 その上、サオリ達アリウススクワッドに関しては、アリウス分校の生徒達の中でもかなり優秀な人材の筈だ。

 

 おいそれと戦力を手放すとは思えない。正直、手詰まりだ。彼女達の言う自由は与えてあげたいが、その実現には程遠い。

 

 小鳥は、そう結論付けようとした時だった。重傷を負った生徒が手を挙げたのが視界の端に映る。

 

 彼女は、どうやらまだ話したい事があるようだ。

 

 小鳥は、彼女の話を聞く事にした。他の生徒達も、彼女に視線を向けている。そんな中、彼女は意を決して口を開いた。

 

「その、凄く曖昧な希望なんだけど、私、もう昔の事を引き摺ったままでいるのが嫌になったんです。だから、私は明日が欲しい……です」

 

 過去でも、そして今の現状でもなく、何があるか分からない先の未来。彼女が欲したのは、そういう答えだった。

 

 彼女としては、マダムの手の届かない土地での自由が欲しかったのだろう。しかし、心の何処かで、それが不可能なのだと諦めている節がある。

 

 それでも、彼女はその僅かな可能性に賭けた。小鳥は、そんな彼女の答えに、暫し思案する。

 

 今のアリウスは、言わば過去の亡霊のようなものだ。トリニティから追放された彼女達の名も顔も知らない先達者達の過去を清算する為、彼女達は縛られ続けた。

 

 迫害したトリニティに対する恨み、ゲヘナに対する恨み。それら全ては、過去の遺産である。

 

 その負の遺産を幼き時から教え込まれ、復讐するべき敵として教育された彼女達は、その呪縛から解き放たれたいと願っている。

 

 過去を捨てるわけではない。簡単に捨てられる程、彼女達の遺憾は軽くはない。

 

 それでも、彼女達はもう縛られたくないのだ。未来の可能性を自分の足で歩んでいきたいと、彼女は願った。

 

 今日という現状維持でもなく、不明瞭で、何が起こるか分からない明日を、彼女達は欲している。

 

 そこに幸せがあるかもしれない。今以上の地獄があるかもしれない。それでも、彼女達は明日が欲しいのだ。

 

 小鳥はその答えに、静かに頷いた。その願いが叶うかどうかは分からない。しかし、彼女達の明日を、小鳥は見てみたいと思った。

 

「それは……きっと凄く、大変な事ですよ」

 

 小鳥は、そう言葉を口にすると、彼女は静かに頷く。自由かどうかも分からない、未来に何が待っているかも分からない、それでも、彼女は望んだ。明日を、未来を。

 

 彼女達の望みに応えられるかは分からないが、小鳥は彼女達の明日の為に力を尽くす事を決めた。

 

「分かりました。私に何処まで出来るか、正直な所不明ですが、交渉の余地はあると思います。先ずはそこから……」

 

「待って」

 

 小鳥が言い終える前に、ミサキが声を上げる。彼女は真っ直ぐに小鳥を見据えていた。

 

 彼女が何を言いたいのか、それはその表情を見れば分かる。当然と言えば、当然の反応だった。

 

「話の腰を折るようで悪いんだけど、私は反対」

 

 ミサキは、小鳥を真っ直ぐに見据えたまま言葉を続ける。

 

 自分達を救ってくれた恩義がある手前、言い辛い事だろう。それでも、言わなければならない事がある。

 

「そもそも、私達と貴女は敵同士だった筈。此処まで良くしてもらった事には感謝しているけど、そこまでしてもらう理由が分からない。だから、安易に信用する事は出来ない」

 

 ミサキの言葉は最もだ。彼女達からすれば、小鳥の行動は全て親切心に思えるだろう。だが、その根底にあるものが分からない。

 

 彼女達は、小鳥の敵だ。そして、小鳥もまた、彼女達の敵だった。

 

 その関係が崩れる事はない。それが、偶々居合わせ、そして食事と寝床を用意して貰っただけでなく、今後の自分達の方針をも決めようというのは、あまりにも不自然だ。

 

 自分達を救ったのは善意からではなく、何らかの思惑があっての事ではないか?

 

 そうミサキは考えたのだろう。小鳥は、ミサキの言葉に静かに頷く。

 

 ミサキが言っている事は正しい。寧ろ、この状況で発言する事は、彼女にとっても不都合な事だ。

 

 話の腰を折り、希望が見出せたかもしれないタイミングで、その希望を摘み取る行為だ。

 

 それでもミサキは、小鳥が敵である事を忘れてはいない。だからこその、当然の発言だった。

 

 仲間を思っての発言。自ら汚れ役になっても構わないという、彼女の覚悟。

 

 そんな彼女に、小鳥は答える。

 

「確かに、貴女の言う通りです。全てが上手くいきすぎている。見ず知らずの間柄ではありませんし、寧ろ私達は明確に銃口を向け合った敵同士でした。私としても、貴女達を信用する事は難しい」

 

 小鳥は、そこで言葉を切ると、改めてミサキを見つめる。彼女の顔を見据えながら、小鳥は静かに言葉を続けた。ミサキの覚悟に、応えるように。

 

「ですが、貴女達の現状を見てしまった。そして、手助けした以上は、中途半端な事はしたくないんです。私がそうされたように。私も、私を救った恩人と同じ事をしたい。理由なんてそれだけですよ。まぁ、私の場合、ただの偽善であり、自己満足なんですけどね」

 

 彼女達に行う行為は偽善であり、自己満足だ。自分では決して、ヒナのようにはなれないだろう。

 

 それでも、彼女が自分を救ったように、自分も誰かを救いたい。それが、彼女の行動理由であり、彼女を突き動かす原動力になっている。

 

 小鳥は、それを言葉として表現した事はなかった。しかし、ミサキはその言葉で、小鳥の真意を汲み取る事が出来たのだろう。

 

 彼女は、静かに目を伏せる。そして、再び小鳥に視線を向けた。

 

「その考えは、はっきり言って異常だよ」

 

 ミサキは、静かにそう告げる。小鳥も、ミサキの言葉を否定する事なく受け止めている。

 

「えぇ、きっと私は、異常なんでしょうね」

 

 小鳥は、ミサキの言葉に答えた。彼女の言う通り、自分は異常なのだろう。自分でも分かっている事だ。それでも小鳥はそうあり続ける事を選んだのだ。

 

 正直な所、受け入れ難いという葛藤があった。何故、ヒナの努力を不意にした彼女達を……とも思った。

 

 しかし、彼女達は被害者であり、加害者となったのも全てはアリウスという過去の遺産と彼女達を使役していたマダムの影響だ。

 

 彼女達に罪はないとは言わない。過去の行いは元には戻せない。それでも、小鳥は彼女達を救いたいと思った。

 

 ヒナが自分にしてくれたように、自分も誰かを救う存在でありたいと、そう願ったのだ。

 

 小鳥の答えに、ミサキは暫し沈黙する。そして、彼女は静かに口を開いた。

 

「そう……その自覚があるなら、私はこれ以上、何も言わないよ。後は皆の判断に任せる」

 

 そう言って、彼女は静かに目を伏せる。そして、他の生徒達もミサキに倣うように沈黙した。

 

 彼女達は、自分達の今後について考えを巡らせている。小鳥の提示した、自分達が明日を歩む為の道標。それを思案し、そして決断するのだろう。

 

 そんな彼女達の様子を、小鳥は見守る。そして、その答えを待つ事にしたのだった。




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