風紀の狂犬   作:モノクロさん

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 買い物も終わり、小鳥達は帰路についていた。

 

 いつの間に仲良くなったのか、レンはヒヨリに肩車されながら楽しそうにしている。そんなレンを、ヒヨリは嬉しそうに笑いながら支えていた。

 

 まるで姉妹のようだなと思いながら、小鳥は両手に大量の買い物袋を持ち、その後ろをサオリが周囲を警戒しながら歩いている。

 

 思っていた以上に食糧や日用品の量が多く、ビニール越しにだが、薄っすらと雑誌が数冊透けて見える。恐らくヒヨリの趣味だろう。

 

 本当に欲しい物を遠慮なく購入したのだなと思いながら、小鳥はサオリに声をかけた。

 

 いや、かけようとした。しかし、それは叶わなかった。

 

 ……何故なら。

 

「……え? なんで?」

 

 レンの声に、皆が反応する。この時のレンの反応は、以前にも覚えがある。

 

 消滅する過去の世界線にて、歴史が意図的に大幅に改変された時と同じ反応だ。そして、それは小鳥の予想を裏付けるかのように、帰路に着く小鳥達の視界には、予想だにしていなかった光景が広がっていた。

 

「……嘘……どうして?」

 

 ヒヨリの困惑する声が、静寂な街中に響き渡る。黒煙が上がっていた。その方角は、間違いなく小鳥達が拠点としていたマンションの方角だったのだ。

 

「っ……行くぞ!!」

 

 サオリが瞬時に反応し、走り出す。それに続き、小鳥は荷物を地面に置くと、レンを抱き抱えてサオリの後を追った。

 

 ……これは、一体どういう事だ?

 

 小鳥は混乱する。こんな筈はない。あのマンションに襲撃をかけるには、あまりにもタイミングが悪過ぎる。

 

 いや、それ以前に、あそこは黒服が所有しているマンションだ。マダムがあのマンションに襲撃をかけるように指示するとしても、段階を踏まずに実行するにはリスクが高すぎるし、そもそもそんな真似をすれば、レンが気付く筈だ。

 

 何故、このタイミングでマンションに襲撃をかけた?

 

 小鳥は必死に思考を巡らす。その答えは、直ぐ側にあった。

 

「まさか……」

 

 最悪の展開が、小鳥の脳裏に過る。だが、その予想を振り払うかのように、思考を振り払いながら全速力で走り続けた。

 

 小鳥は、サオリに少し遅れる形でマンションへと辿り着いた。そのまま階段を駆け上がり、自分達の部屋へと急ぐ。

 

 玄関の鍵は既に破壊されており、靴を脱ぐ事もなく中に入ると、そこには凄惨な光景が広がっていた。

 

 壁は穴が空き、家具や家電等は破壊されている。部屋の彼方此方では抵抗した痕跡が残っており、ボロボロとなったアリウス分校の生徒達が血を流しながら倒れていた。

 

「っ……」

 

 そんな彼女達の姿を見て、小鳥は彼女達に駆け寄ると、その安否を確認する。

 

 息はある。だが、皆ボロボロだ。辛うじて意識は有るようだが、すぐに手当てをしなければ危険な状態である事は明白だった。

 

 医療キットは……ない。拠点に戻る事を優先して、荷物を放棄してしまった事が仇となった。

 

 小鳥は舌打ちを堪え、彼女達に声をかけ続ける。しかし、皆の意識はあるようだが、その目は焦点が定まっておらず、虚ろだ。

 

 そんな彼女達の様子を、サオリは静かに見つめていた。その瞳には、隠し切れない怒りと殺意が宿っている。

 

「……小鳥」

 

 サオリが低い声で呼びかける。小鳥は彼女の方に顔を向けた。

 

「……はい」

 

「お前の部屋で、ミサキが倒れていた。意識はあったが、傷が深い。直ぐに手当を……」

 

「サオリさん。アツコさんを連れ去られたのですね」

 

 小鳥が静かに問うと、ギリっと歯軋りする音が聞こえた。そんな彼女の反応を見て、小鳥は自身の予想が当たっていた事を確信する。

 

「襲撃班はアリウスですね。それも、マダムとやらの息がかかった部隊」

 

「……あぁ」

 

「分かりました。私はミサキさん達の手当をします。サオリさんはレンちゃんを連れてヒヨリさんと合流して此処に戻ってきて下さい」

 

 そう言って、小鳥は彼女達を介抱する。サオリはその指示に暫し黙り込んでいたが、やがて小さく頷くと、ヒヨリと合流すべく、部屋を後にしようとした。

 しかし、その途中、サオリが立ち止まり、振り返る事なく言葉を紡いだ。

 

「小鳥……私は……」

 

「分かっています。今は、貴女は貴女の為すべき事をして下さい」

 

「……すまない」

 

 サオリは謝罪の言葉を口にした後、そのまま部屋を後にする。そんな彼女とレンの背中を見送りながら、小鳥は自分が出来る事をする為、自身の神秘を具現化した。

 

 

 

 

 

 治療と言うにはかなりの荒療治だが、負傷した皆の傷を塞ぐ事には成功したが、まだ安心出来る状態ではない。

 

 部屋の損傷具合から、外からロケットランチャーによる爆撃を受け、混乱の最中に部屋に突入されたのだろう。

 

 此処がマンションの最上階というのが災いし、逃げ場がない状態で襲撃を受け全滅。

 

 その状況で抵抗出来た事は奇跡に近い。その僅かな時間が襲撃班に任務を完遂させる事なく撤退させる事が出来たのだろう。

 

 もしも、抵抗すら出来ずに全滅していたら、そのまま処分されていた可能性が十分にある。不幸中の幸いとは言いたくないが、彼女達の抵抗が、自分達の命を救った事に変わりない。

 

「ミサキさん、大丈夫ですか?」

 

 小鳥が声をかけると、ミサキは薄く目を開き、小さく頷いた。

 

「……うん。なんとか……ね」

 

「傷自体は塞ぎましたが、まだ安静にしていて下さい。他の皆も同じ状況です。全員無事……いいえ、アツコさんだけは行方知れずですが」

 

「……アツコ」

 

 ミサキはそれだけ言うと、頭上のヘイローが消失した。意識を失ったのだ。皆と同じとは言ったが、実際は違う。

 

 彼女は最後まで抵抗したのだろう。傷の具合が、他の皆よりも酷い。

 

 小鳥はミサキの額に滲んだ汗を拭き取ると、そのまま軽く頭を撫でた。

 

 1人になって尚、襲撃班に抵抗し、仲間を救おうと、最後まで戦い抜いたのだ。ミサキの精神力には脱帽するしかないが、それ以上にやるせない気持ちになるのが本音である。

 

 だが、今はそんな事を考えている場合ではない。ミサキの手当は済んだが、まだやるべき事は残っている。

 

 小鳥は携帯端末を取り出すと、画面を開き、目的の人物へと連絡を取った。

 

 ワンコール……ツーコール……スリーコール……そして、端末が通話状態へと切り替わる。

 

「こんにちは、黒服さん。お久し振りです。少しお時間宜しいでしょうか?」

 

「小鳥さんですね。此方も丁度お伝えしたい事がありました」

 

 電話に出た黒服は、淡々と言葉を紡ぎ出した。彼は何かを知っている。そう確信した小鳥は、そのまま黒服の言葉に耳を傾けた。

 

「マダムの事……ですね」

 

「はい、今回の襲撃は彼女の独断によるものでした。しかし、知らぬ存ぜぬでは、貴女は納得しないでしょう」

 

 黒服の言葉に、小鳥は肯定する。

 

 彼女の言い分は、彼女が所有していたアリウスの生徒達を小鳥が誑かし、不当に匿い、使役しようとした事による報復。

 

 しかし、小鳥とレンはあくまでも黒服の協力者である事を考慮し、留守の間に取り戻すつもりだったと主張した。

 

「それで、抵抗されたからやむなく……ですか」

 

「えぇ、彼女の言い分は抵抗された事による正当防衛だと主張していました」

 

 黒服の言葉を聞き、小鳥は小さく息を吐いた。

 

「随分と無茶苦茶な主張ですね。まさかそれで、本当に信じたわけではないでしょう?」

 

「無論、抗議しましたとも。しかし、貴女が彼女達を匿った日に、彼女達を連れ戻す為に編成した部隊が、何者かの手により全滅した事の方が問題だと主張したのです」

 

「まさか、私が追手を始末したと、そう主張したんですか?」

 

「全滅した部隊の回収班から得た情報だと、彼女は言い張っていましたが、その証拠はありません。しかし、貴女がアリウスの生徒達を匿った事は紛れもない事実です。彼女達を匿った日と追手が全滅したタイミングが一致した。疑う余地は十分にあると」

 

 黒服の言葉に、小鳥は頭を抱えたくなった。これは、あからさまに時間稼ぎをしている。

 

 この状況で襲撃を行えば、アリウスの生徒達を匿った事による報復と主張出来るし、匿った日と追手が全滅したタイミングが重なれば、必然的に近くにいた小鳥を疑うというのは、確かに一理ある。

 

 しかし、わざわざこんな茶番じみた反論を用意せずとも、匿っている事は分かっているから返せと主張すれば良かった筈だ。それをしなかったという事は、目的は別にある。

 

 アリウスの生徒達を匿った事による報復という主張も彼女の本音の一部なのだろう。しかし、この茶番じみた弁明に最も力を入れているのは、真の目的を隠そうとしているからだ。

 

 それが何なのかまでは分からないが、禄でもない事は明白だ。小鳥は黒服の返答に暫し考え込んだ後、意を決したように口を開いた。

 

「マダムが欲したのは、あくまでもアツコさん個人であり、他は処分しても構わなかった節が見られます。彼女には何か、それこそ私やレンちゃんのように神秘にまつわる秘密があるのではないですか?」

 

 小鳥の問い掛けに、黒服は沈黙で答えた。しかし、その反応こそが、答えそのものだろう。

 

「成程、深くは詮索しない事にします。ですが、マダムの主張ばかりを一方的に聞かされて、此方だけ話さないという訳にもいかないでしょう。事情は分かりましたし、其方の言い分も理解出来ました」

 

 小鳥の言葉を聞き、黒服は静かに続きに耳を傾ける。小鳥は、一呼吸置いてから口を開いた。

 

「その上で、私は彼女に……マダムに宣言しましょう。売られた喧嘩は喜んで買うと」

 

「…………」

 

 小鳥がそう告げると、黒服は暫し無言を貫き通した後、口を開いた。

 

「……そうですか」

 

 その言葉を聞いた小鳥は、笑みを浮かべながら更に続ける。

 

「黒服さん。貴方には此処まで面倒をみて頂いた恩義があります。ですがそれ以上に、私にも譲れないものがあるのです」

 

 小鳥はそう言いながら、ミサキに視線を向けた。

 

「きっと、この事を口実に賢い人は上手く立ち回るのでしょうね。ですが、残念ながら私は、政治的な駆け引きは苦手です。だから……」

 

 小鳥はそこで言葉を区切ると、黒服に自身の考えを伝えた。

 

「私は私なりの流儀でマダムに挑みます」

 

 小鳥はそれだけ言うと、そのまま黒服の返答を待たずに通話を終了した。

 

 これ以上は限界だった。はらわたが煮えくり返る思いで、小鳥は端末を仕舞う。

 

 そして、小さく息を吐きながら気持ちを抑えるべく目を瞑った。

 

 大丈夫、私は冷静だ。感情に任せて行動した所で、良い事など何もない。

 

 今、私以上に、サオリは己の感情を抑え込んでいる。仲間を傷付けられた怒り。仲間を連れ去られた怒り。しかしそれを、必死に抑え込んでいるのだ。

 

 私が勝手に怒りに身を任せ、当たり散らすなんて、あってはならない。

 

 そう自分に言い聞かせながら、小鳥は静かに心を落ち着かせた。

 

 それでも、マダムには落とし前をつけてもらう必要がありそうだ。

 

 小鳥はそう決意しながら、サオリの帰りを待つ事にした。




おまけと言う名の一方その頃
トリニティ
「聖園 ミカは魔女である!! 聖園 ミカは魔女である!!」

「これより、異端審問を開始する!! 被告、聖園 ミカ!! 判決は有罪!! 没収!! ⚫︎刑!!」


沢山の感想ありがとうございます。
思っていた以上にベアトリーチェに対する反応が凄くて驚きました。
引き続き更新していきますので、沢山の感想頂けると凄く励みになります。
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