ご了承下さい。
旧校舎に向かって進む一行。建物の陰に隠れ、周囲を警戒しながらの行軍は、遅々として進まない。それでも、リスクを下げる為に、戦闘を避けてのそれは、着実に目的地へと近付いていた。
「……クリア。こっちは大丈夫」
「お、同じく。此方も大丈夫です」
ミサキとヒヨリが、周囲のクリアリングを行いながら、小鳥とサオリに報告する。此処までは問題なく進めているようだ。敵の本拠地でありながら、ある種、不気味な程に、順調に進んでいる。
「今の所、問題ないように感じますが、少し様子がおかしいですね」
「……あぁ、いくら旧校舎の近くとはいえ、静か過ぎる。油断せずに進むぞ。何が起こるか分からない。警戒は怠るなよ」
「分かりました」
サオリの言葉に、小鳥が頷く。不安要素は多いが、このまま進む以外に道はない。何か嫌な予感を感じながらも、一行は人気の無い自治区の中を進んでいく。
その最中、ヒヨリは周囲の雰囲気が変わった事に気付き、不安げな声を漏らした。
「な、何だか、知らないものがいっぱい増えた気がします」
さり気ないその一言に、同じ違和感を感じていたのか、ミサキもそれに同意する。
「そうだね。その違和感は私も感じてた。なんだか、少し離れてただけなのに街全体が変化して、私の知らない街になってる感覚」
2人のやり取りに、小鳥は視線をサオリへと向ける。どうやら、サオリも同じ違和感を感じていたようだ。
長く故郷を離れていれば、街の雰囲気は変わり、自分の知らない街に変化する事はよくある事だ。しかし、彼女達がアリウスの自治区を離れてからそう長くはない筈。
建物そのものは変わっていない。その代わり、建物や道路の彼方此方に積み上げられた機材や物資の詰まっていると思われる木箱が、街の雰囲気を変化させているのだろう。
「ヒヨリさん。もし宜しければ、具体的に何が変わったか分かる範囲で教えて頂けますか?」
「は、はい。えっと……」
ヒヨリが指し示したのは、やはり建物ではなく、機材や木箱だった。
「う、上手く言葉では言い表せないんですけど、以前から、少しずつ分からないものが増えていたような気がします」
自治区内に設置された巡航ミサイルや、定期的に補給され始めた武器。更に、エデン条約では、ユスティナの亡霊を召喚するというオカルト的な、技術とは異なる不可解な現象すらも、アリウスは受け入れていた。
「今、考えてみると。なんで私達、何も疑わずに受け入れていたんでしょうか?」
何も疑わず、ただ受け入れ続けていた自分達に、ヒヨリは一瞬だが、ブルリと身を震わせ、恐怖を感じる。
その感覚は……いや、そのやり口は、ある意味で彼女が……マダムが彼女達アリウスの生徒達に施した、一種の洗脳のようなものなのだろう。
マダムの下を離れ、その洗脳から一時的に解放されたからこそ、アリウスで起きている違和感に気付く事が出来た。
「ヒヨリさん。その違和感は、決して忘れてはいけませんよ。恐らくこれがマダムのやり口なのでしょう」
それが当たり前と、それが当然の事と教えられ、それに反旗を翻す者が出れば、その者を悪として処罰し、更生という名の洗脳を、当人は勿論、他の者に知らしめ、思考すらも狂わせていく。
恐ろしい程の、洗脳技術だ。
「……はい」
小鳥の言葉に、ヒヨリは素直に頷き、その感覚を忘れぬよう、胸に刻み込む。
(もしかしたら、此処に配置している機材のどれかが、レンちゃんの神秘を無力化するものも含まれているのかもしれませんね)
レンの力を頼るなら、此処に配置してある機材を無力化した方が良いのかもしれない。だが、下手に手を出して、敵に居場所を知られるリスクがある以上、避けるべきリスクである事は明白だ。
極力、機材や木箱にも近付かない方が良いだろう。小鳥達は、更に迂回しながらの行軍を続ける。
入り組んだ路地を進み、開けた大通りが目に入り、ミサキが先行しながら大通りの周囲を警戒する。
「……っ。みんな止まって。誰かいる」
ミサキの警戒する声に、一行は足を止め、身構える。ミサキが警戒する方向に視線を向けると、見覚えのある人物が歩いてくるのが見えた。
その人物は……。
「……あれは」
「せ、聖徒会!! な、なんで? 聖徒会は姫しか使役出来ない筈じゃ……」
「分からない。だが、姫がマダムの命令に従う理由が……いや、まさか」
アリウス自治区を巡回するユスティナ聖徒会の複製。彼女達が此処にいると言う事は、アツコが彼女達を使役していると、そう判断するのが妥当だろう。
しかし、これまで感じ続けた違和感を考慮すると、別の視点が導かれる事となる。
「……考えてみれば、そもそもエデン条約を襲撃させた目的は、複製を確保する事だったのかもね」
「……そうですね。だから私達は古聖堂の地下で『木の人形』の言う通りにしました」
『木の人形』……ゲマトリアの構成員の1人だろう。恐らくは、メンバーの推測にあたって、オカルトに分類する役割を担った人物か。
アリウスの目的は、聖徒会という兵力を手に入れて、エデン条約を乗っ取り、ゲヘナとトリニティの自治区に攻め入り、占領する。それが目的だった。
結果的に、障害となり得るシャーレの先生の排除に失敗し、分散させた戦力を集結させる前に小鳥と戦闘。そして小鳥の神秘が兵力を覆し、戦意を削がれた事が原因で、アリウスは敗北した。
ユスティナの複製。その所有権をアツコは保持した状態ではあったが、任務に失敗し、そのままサオリと共に脱走した。
追手に対し、ユスティナの複製を行使しなかったのは、彼女達の容姿が目立ち過ぎる為だろう。追手以外にも、サオリ達はゲヘナやトリニティをはじめ、多くの自治区から指名手配されている。
下手に敵を増やすくらいなら、自分達で対処した方がリスクが少ないと、そう判断したのかもしれないが、その事をサオリに問い掛ける余裕はない。
今は、ユスティナの複製が自治区を巡回している理由が先決だ。その理由も、先程ミサキが口にしたように、そもそもエデン条約襲撃の本当の目的が、これらの確保だったというのが結論なのかもしれないが。
「……複製は、一度でも成功させればそれで良かった?」
「そ、それってつまり……」
「あの時、私達の本来の任務は『姫を古聖堂に連れて行き、複製を発動させる』だけだった」
「そんな……そ、それじゃあ、ゲヘナとトリニティの占領任務は」
ヒヨリの声が悲痛なものに感じた。彼女達は疑う事なく、アリウスの祈願を達成すると信じて任務を遂行した。しかし、その本来の目的が複製を発動させるだけだとしたら……。
「マダムにとって、それ以外はどうでも良かったという事か」
サオリの言葉が、ミサキとヒヨリの心を更に締め付ける。
「う、うぅ……」
ヒヨリの瞳から涙が零れた。結局、自分達は利用され続けていたのだ。その悲しさと悔しさが、ヒヨリの心に突き刺さる。
「…………」
ミサキも無言だが、今回の一件は相当堪えているのだろう。RLを持つ手が僅かに震えている。
サオリは、2人の様子を見て、歯をギリッと食いしばった。
「……サオリさん。落ち着いて下さい。ヒヨリさんも、泣いている場合ではないですよ」
小鳥の一言が、サオリ達を現実に引き戻した。
「理由はどうあれ、マダムはユスティナという戦力を有している事は分かりました。そして、此処に彼女達を配置しているという事は……」
既にマダムは、此方の意図を読み取っている。
それに気付くと同時に、小鳥達を囲むように、周囲から無数の足音が聞こえてきた。ユスティナの複製だけではない。この足音は、アリウスの生徒達のものだ。
建物の内部に潜み、機を窺っていたのだろう。小鳥達が、ユスティナの複製に気を取られていた隙を突かれた形となってしまった。
小鳥は銃を構え、サオリ達も各々武器を構える。
「ほ、包囲されています!!」
「私達が此処に来る事が分かってたんだ」
「……罠だったか」
サオリが苦虫を噛み潰したような表情を見せる。此処まで接近を許す前に気付くべきだったと、己の迂闊さを恨む中、アリウスの生徒の1人が小鳥達の前に立ち、小型の機材を前に出した。
何らかの兵器か?
そう身構える小鳥達を他所に、機材からは、小鳥には聞き覚えのない声が、サオリ達には、忘れもしない人物の声が流れてきた。
『此処は私の支配下にある領地ですよ。皆さんの位置や目的を把握していて当然です』
「……マダム」
サオリの憎らしげな声色に、機材越しから聞こえるマダムの声は、何処か愉悦を感じる声色へと変化する。
『貴女達が旧校舎の地下回廊に向かう事も分かっていました。愚かな子達の、浅はかな知恵で私を欺く事なんて出来る訳がないのに。本当に、馬鹿な子達』
「…………」
『ですが、貴女達は私の期待によく答えてくれました。ロイヤルブラッドを古聖堂に連れて行き、無事に聖徒会を顕現させた。その点に限り、貴女達はよくやってくれたわ』
聞くに耐えない。まるで、これまでの事全てを嘲笑うような物言いに、サオリ達の表情は険しくなる。
マダムにとって、アリウスなど、どうでも良かったのだ。ていのいい駒。自治区が抱えていたゲヘナとトリニティに対する増悪を利用し、統制する為の手段に用いた。
それだけの為に、マダムはエデン条約を破綻させたというのか。
『さて、貴女達に対する興味はもうありません。不毛な話は此処までにして、後は……』
マダムの声色が僅かに変化する。サオリ達の興味が失せた事は本当らしい。
何処までも……何処までも、人を馬鹿にしたような物言いだ。
『……初めまして。不死川 小鳥さん。貴女とこうしてお話しするのは初めてですね』
彼女の意識が、小鳥へと向けられた。
『私はベアトリーチェと申します。既に黒服から紹介されているかもしれませんが、『ゲマトリア』の一員……つまり、貴女とは対等な立場の存在です。通信越しで挨拶となる事をお許し下さい』
「……ご丁寧な自己紹介、ありがとうございます。不死川 小鳥と申します。此方こそ、挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません」
小鳥は銃を握る手を強め、機材越しにベアトリーチェを見据える。
『貴方の事は黒服から色々とお話を聞いております。神秘を顕現する事に成功した研究対象と』
「そうですか、私は貴女の事を黒服から色々と聞いていますよ。何についてかは、想像にお任せします」
『……そうですか』
一瞬の間に、小鳥は違和感を感じる。
何を考えた?
機材越しで音声しか聞こえないのが悔やまれる。表情さえ見る事が出来たら、それだけで何を考えていたか分かるというのに。
今はマダムの……ベアトリーチェの反応から判断するしかない。
『まぁ、良いでしょう。それで、何故貴女が彼女達と行動を共にしているのか、それについてお聞きしても?』
話題をすり替えた。あまり、追求されては困る内容だった事は間違いない。
「問題ありません。見ての通り、貴方の仲間を送り届けに来ただけですよ。そしたら、襲われてしまいましてね。報連相は大切ですよ。私は貴女と対等な立場だと言うのに」
『それは失礼しました。後で此方から注意して、今後同じ事が起きないように気をつけましょう。それでは、此処まで連れてきて頂き感謝します。そこにいる子供達に外まで案内させますので……』
「その前にもう1つ、貴女にお聞きしたい事があります」
『……何でしょうか?』
僅かに怒気が含まれている。そもそもの話、対等な立場であることすらも、彼女にとっては不愉快なのだろう。
話も遮られた事で、その苛立ちを隠し切れなかった時点で、未熟だというのに。
「何故、私達の拠点を襲わせたのですか? 確かに私達はサオリさん達を匿いました。しかしそれは、負傷した子達がいたからこその処置です。貴女から連絡があれば、対応したというのに、それすらなく、拠点を襲撃した事について、申し開きはありますか?」
『……ありません。しかし、それは貴女達が私の所有物を勝手に……』
「匿った時間は1日にも満たない時間です。前日の日も、時間が遅かった為、黒服に連絡する事は控えていました。そして翌朝は、食事をし、消費した物資の補充の為、貴女の生徒をお借りしました。そして、私達が留守の際に襲撃を受けました。これについての申し開きはありますか?」
そもそも、ベアトリーチェの連絡先など知るはずも無い。だから、黒服を経由して連絡する必要がある為、どうしても小鳥から黒服、そしてベアトリーチェと連絡が行き着くまでに時間がかかるのは当然の事だ。
「そして、貴女は襲撃の瞬間を悟られないように、レンの神秘を妨害する装置まで持ち出した。神秘の情報は黒服経由である事は確認済みです。態々妨害する装置を用意する手間があったにも関わらず、此方への連絡を怠った。それについての……」
『……貴女の言いたい事は分かりました。その件も含めて、後で正式に謝罪致しましょう。ですので……』
「お話は最後まで聞きなさいと、教わりませんでしたか? それとも、そこから教える必要がありましたか。すみません。私はてっきり、大人を相手にしていると思いましたが、どうやらまだ子供だったようですね」
『っ……!!!!』
小鳥の煽りは、ベアトリーチェを激昂させるには十分なものだったらしい。彼女が怒りに震えているさまが安易に想像出来る。
「此方はレンちゃんにも危害が加わる可能性があったと話しているんですよ。もしも何かあった……ら……」
いや、待てよ。レンの神秘を妨害する機材を用意し、尚且つこの自治区にもそれを複数台置いている可能性がある。
なんだ?
何を見られるのを恐れた?
レンに見られて困るもの……いや、違うな。
レンに見られ、それを黒服に伝えられると困るものが、此処にある……違う、過去に見られたら困るものがあったというのが妥当だろう。
それが何かは分からないが、秘匿しようとした時点で、肯定しているようなものじゃないか。
「……ベアトリーチェ。貴女の狙いは、アツコさんだけじゃなかったんですね」
『っ!!』
その一言が、決定的なものとなった。明らかにベアトリーチェの反応に焦りが見える。やはり、レンの神秘で見られると困るものを隠している事は間違いないようだ。
「……どうやら図星のようで」
『…………残念です。貴女の神秘には興味がありましたが、此処で処分すると致しましょう』
「えぇ、望む所です。私も楽しみにしておきましょう。貴女のような傲慢な大人が、子供と軽んじた相手に敗北し、地面に伏して泣き喚く姿をね」
『っ……良いでしょう。その宣戦布告、受け取りますよ。それでは、バシリカでお待ちしています。そこで決着をつけるとしましょう』
「えぇ、それで構いませんよ。あ、それともう1つ」
『…………』
「さっきから激おこのおこって丸わかりだっぴ。大人ぶるのも大変ですねぇ。牛乳飲んでカルシウムとったほうが良いですよ」
その言葉を最後に、勢いよく通信を切る音が聞こえた。
よし、スッキリした。
チラリとサオリ達の方へ目をやると、先程のやりとりを呆れ半分で聞いていたのか、苦笑まじりに武器を構えていた。
「姫に何かあったらどうするんだ?」
「大丈夫ですよ。あの人、プライドの塊ですから、そんな事をしたら負けって分かってますよ」
サオリの言葉に、小鳥はあっけらかんと応える。ミサキもヒヨリも苦笑しているが、武器はしっかりと構え、ベアトリーチェにつくアリウスの生徒達を見据えている。
「此処からが本番だな」
「はい。タンクは任せてください」
「あぁ、頼んだぞ」
周囲を取り囲むアリウスの生徒とユスティナの数はかなり多い。だが、この程度の数、恐れるに足らない。
「行くぞっ!!」
サオリの掛け声と共に、小鳥は愛銃を構えて突撃し、ヒヨリとミサキは2人を援護するように、アリウスの生徒達に向けて武器を構える。
ベアトリーチェとバシリカで決着をつける為に、彼女達を突破しなければ。
その思いと共に引き金を引こうとした瞬間、包囲するアリウスの生徒達の遥か後方から悲鳴が聞こえた。
「っ!!」
同時に、上空から何かが墜ちてくる。それが人だと気付いた瞬間、小鳥は銃口をアリウスの生徒に向けながら唖然とした。
地面に叩き付けられ、そのまま動かなくなったそれはアリウスの生徒。そしてその原因を作った人物は1人しかいない。
「……予定変更だな」
「ですね。流石に彼女を相手にするのは骨が折れます」
アリウスの生徒達の意識が彼女へと……ミカへと向けられる。
皆の視線を一身に浴びながら、ミカはサオリ達を見つけた事に歓喜の声を上げた。
「良かったぁ⭐︎やっと見つけたよ」
おまけ
原作と違う所:アツコがまだ、ユスティナの複製を使役できる
サオリ達は小鳥から逃げた後、マダムから逃げたので、この設定が生き残っている事になりました。
感想ありがとうございます。
凄く励みになっています。