凄く励みになっています。
(ふぅん……あの子は確か、ゲヘナの風紀委員長だっけ)
撃たれた手を視野に入れつつ、ミカはヒナを見据える。
指は動く。骨にも異常はない。それでも、小鳥の拘束を解かざるを得ない程の激痛を受け、ミカはヒナを危険度の高い対象と認識した。ミカが動き出すより先に、ヒナはMGを向け、牽制する。
一歩でも動けば撃つ。その意思が込められたミカへの視線。
だが、そんなヒナの牽制など意に介さず、ミカは床を強く蹴り、ヒナに肉薄しようと試みた。
武器の形状として、遠距離からの攻撃に長けている事は間違いない。接近戦に持ち込めば、華奢な身体では自分の攻撃を防ぐ事など出来ない。
ヒナの懐に潜り込み、拳を繰り出す。しかし、ヒナを見据えていた筈の視界がぶれ、ミカは明後日の方角を見つめていた。
カウンターで放たれた銃床による打撃がミカの顎を捉える。軽い脳震盪を起こしたのか、身体がフラついていた。
(え、何が起こっ……っ!!)
その隙を見逃さず、ヒナはMGを構えなおし、引き金を引き絞る。
激しいマズルフラッシュと甲高い銃声が旧校舎内に響き渡り放たれた弾丸は、ミカの全身をくまなく穿ち、一歩、また一歩と後退させる。如何に頑丈な肉体を有するミカであろうとも、高火力の銃弾の雨には耐えられる筈もなく、ヒナとの間に距離が生まれる。
MGの火力もそうだが、小鳥やエリート兵の打撃ではビクともしなかったミカが、ヒナの一撃で後退させられた事に、ミカはおろか、小鳥も驚愕を隠せずにいた。
銃床の殴打により唇を切ったのか、ミカは口元を袖で拭いながら、ヒナの挙動に警戒する。
隙のない構え、そして此方の出方を伺う姿勢。ヒナは銃の扱いに慣れている。それも射撃の腕前だけでなく、銃器を用いた近接戦にも心得があるのだろう。
それ以前に、小鳥の銃器の扱いがヒナの動作に酷似していた。元々はヒナのやり方を真似たのだろう。ヒナの背中を見続けてきた小鳥だからこそ、ヒナのスタイルを模倣できたと言えるが、それをミカが知る由もない。
例え近接戦に持ち込まれようと、ヒナは一方的にやられる事はない。
それだけの実力を、それだけの修羅場を多く潜り抜けてきたからこその、無法極まるゲヘナ学園の風紀を正す組織のトップに君臨する事が出来たのだ。
傍から見れば、一方的な戦いに見えるかもしれない。しかし、ヒナはミカの危険性を瞬時に見抜いていた。互いに一切の油断なく、2人の視線が交差する。
その姿を、小鳥はその場から動く事が出来ず、唯々見守る事しか出来なかった。
(傷の治りが遅い。本当に無茶をしたのね)
ヒナは、その場から動けずにいる小鳥の様子に、彼女の身体の状態を察して、心の中で呟く。
如何に身体が丈夫とはいえ、いずれは限界が来る。小鳥はその事に対して疎い。いざとなれば、小鳥は自分の身体の事など二の次で、他人を救おうとする。それが彼女の美点であり欠点でもある。
そして、対峙するミカを見ていると、不思議な感覚に気付き、納得した。
彼女の話は此処に来るまでの間に先生から聞いている。トリニティにおいての彼女の境遇。それは、自業自得でしかないのだが、それでも、今の彼女は何処か、かつての小鳥を彷彿とさせた。
魔女と呼ばれ、全てを失い、そして壊れてしまった。
トリニティから脱走した話も聞いていたが、アリウスの自治区で彼女と相対した時、全てを悟った。
アリウスと手を組み、エデン条約を……いや、百合園 セイアや桐藤 ナギサの身を危険に晒した自分自身が許せず、そして、何もかも失ったが為に暴走し、その行き着く先を見失った。
化物と、怪物と、悪魔と、言われのない言葉の暴力を浴び続けたかつての小鳥が、全てを終わらせる為に、自暴自棄になった時と同じ目をしている。
小鳥はその事に気付いているのだろうか?
それとも、見え過ぎてしまったが故に、見落としてしまったのか。
どちらにせよ、今の彼女に、ゲヘナに所属する自分の言葉は通じない。ならば、その役目は、彼女と関わった者達に委ねる他ないだろう。
「小鳥、よく聞いて」
ヒナはミカを見据えたまま、小鳥に語りかける。
「酷い事を言う事になるけど、此処で立ち上がらないと、貴女は後悔する事になるわ。歯を食い縛ってでも立ちなさい。それが、今の貴女に出来る事よ」
小鳥の背中は私が守る。だから貴女は貴女のやるべき事を。一度自分でやり通すと決めた事を、最後まで諦めないで。
それが、ヒナが小鳥に贈る言葉であり……小鳥が進むべき道への導きの言葉だ。
その言葉に、ヒナの凛とした佇まいに、小鳥、何の為に此処にいるのか。その事を改めて思い返し、そして……。
「私は……っ」
銃を握る手に力を入れ、歯を食い縛って立ち上がる。視界がボヤける。少しでも気を抜けば、そのまま倒れて動けなくなりそうだ。
それでも。
「……ありがとうございます」
この想いは本物だ。だからこそ、此処で諦めるわけにはいかない。
小鳥が立ち上がり、踵を返して、離れていく。ヒナは振り返る事なく、その意思を汲み取った。
「聖園 ミカ」
ヒナは銃を構えつつ、ミカに語りかける。
「貴女の事は把握しているわ。此処に来た理由も、ある程度は察する事が出来る。貴女にかけるべき言葉もあるのだろうけど……私の言葉では、貴女には届かない。だから……」
ヒナは引き金に指を掛け……。
「貴女の気が済むまで、貴女のやり方で相手をしてあげる」
躊躇いなく、地面を蹴って肉薄しようとするミカの動きを銃弾の嵐で牽制し、そのまま彼女の間合いへと、自ら足を踏み入れた。
自ら敵の間合いに入るなど、自殺行為に等しい行動に困惑しつつも、ミカはこの好機を逃すまいと右手の拳を強く握りしめ、脇をしめた状態から左足を前に踏み込み、背骨を軸に腰を回して、渾身の右ストレートを繰り出した。
ミカの拳がヒナの顔面を捉えた。手応えあり。拳がヒナの顔面にめり込む感覚、そして拳に走る衝撃。
ミカは、ヒナの顔面が潰れるさまを想像しながら、拳を引くと、案の定、ミカの拳によって蓋がされていた鼻から血を吹き出し、ヒナの身体が仰け反った。
その姿を見て、ミカは口元を歪めて勝利を確信する。だが、それは間違いだった。仰け反った身体を戻し、ヒナは怯む事なく、そのまま拳を押し返すと、お返しとばかりに銃床でミカの顔面を殴りつけた。
「ぶふっ!!」
銃床で同じく鼻を殴られ、血を吹き出しながら後退するミカ。涙目で鼻から溢れるように流れ出る血を抑えながらヒナを睨み付けると、ヒナもまた、折れた鼻を無理矢理戻し、血の塊を吐き捨てた。
口元に付着した血を拭い、立ち尽くすヒナに、ミカは警戒を強める。
普段のヒナであれば、圧倒的な火力で近寄らせる事もさせないのだが、それでミカを制したとしても、彼女が納得しないとふんだのだろう。
敢えて受ける。そしてやり返す。普段のヒナらしくない戦い方だ。
気が済むまで相手をする。
本当に、その言葉通りに、ミカとやり合うつもりなのだろう。
激しい衝撃にミカの視界が揺らぐ。それでも、ミカは怯む事なくヒナに猛攻を仕掛けた。
小鳥ですら一撃でダウンしたミカの拳を、ヒナは避けようともせずに受け入れた。
「ぐっ!!」
鈍い音と共にミカの拳が腹部を捉え、ヒナの身体をくの字に曲げる。衝撃はそのまま内臓に響き、胃袋が揺さぶられる感覚に吐き気を覚えつつも、ヒナは込み上げる胃液を無理矢理飲み込んで踏み止まり、ミカの拳を掴んで離そうとはしなかった。
(なんで……っ!!)
ミカの表情に動揺の色が浮かぶ。如何にヒナが頑丈とはいえ、それにも限度がある。
しかも、ミカはヒナの鳩尾を、容赦なく殴りつけたのだ。普通なら痛みで悶絶してまともに身動き一つ取れない筈なのに。
掴まれた拳も振り解く事が出来ない。その場から動く事が出来ない。何故、彼女は自分の拳を恐れずに受け止め続けるのか。
「貴女の気が済むまで……そう言ったでしょ?」
まるでミカの思考を読み取ったかのように、ヒナは言い放った。
「本気で来なさい。私は正面から、それを受け入れるわ」
そう言ってミカの手を離し、前に一歩踏み込んで同じく鳩尾に拳をめり込ませる。
「うぐっ!!」
今度はミカが身体をくの字に曲げ、膝をつく番だった。肺の中の空気が一気に吐き出され、呼吸がし辛くなり、苦痛に顔を歪ませる。
何故?
条件は同じ筈なのに。何故ヒナは膝をつかない?
「不思議そうな顔をしているわね。なんで倒れないのかって所かしら?」
図星を突かれ、ミカはヒナを睨む。
「教えてあげる。正直な所、私も立っているのが精一杯よ。ただ、見栄をはっているだけ。それだけの事なの」
よく観察すると、ヒナの呼吸は乱れている。内臓のダメージもそうだが、初手の一撃によって鼻をやられ、まともに酸素を取り込めずにいるのだろう。顔面を捉えられた事で、脳震盪も併発している筈だ。
それでも……ミカの一撃を正面から受け止めて尚、倒れる事を拒んだ。
「小鳥に此処は任せてって言った以上、私が無様に倒れる訳にはいかないの」
一歩、また一歩と足を進めるヒナ。倒れてもおかしくない状況でありながらも、ミカに向けて歩みを進めてくる。
「立ちなさい。聖園 ミカ。こんなもので済む程度じゃなかった筈よ。それとも、貴女の覚悟は、こんなものだったのかしら?」
挑発にも似た発言に、ミカは自分の心が怒りに染まっていくのを感じた。
「……いい度胸じゃんね。その余裕そうな表情を、ボロボロの泣き顔に変えてあげる」
ゆっくりと立ち上がり、息を整えてヒナの正面に立つと、ミカは銃を投げ捨てて拳を握りしめて構える。
ヒナもまた、MGを手放し、両手を解放させると、軽く拳を握りしめて構える。
「いいわ。いつでも来なさい」
「言われなくても!!」
床を踏み砕く勢いで強く蹴り、ミカの拳がヒナの顔面を襲う。その瞬間、ヒナもまた、拳を握り締めてミカの顔面目掛けて突き出した。
2人の拳が交差し、そして……
おまけ
先生はヒナとミカのガチンコバトルを見守っています。
ヒナから手出し無用、小鳥に対しても手出し無用と言われているので。
反省
本当は昨日の夜辺りに更新できた筈なのですが、ヒナの敗北シチュに妄想を膨らませすぎて気が付いたらこの時間になってしまいました。大変反省しております。
お知らせ
週末に親戚の結婚式がある為、今週は色々と忙しくなり、今週の小説の更新が不定期になりそうです。大変申し訳ありません。
感想・評価、本当にありがとうございます。
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