風紀の狂犬   作:モノクロさん

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訂正させて頂きました。


et omnia vanitas

 アツコが喚び出したユスティナ聖徒会の軍勢。エデン条約機構、通称『ETO』。

 

 ゲヘナ、トリニティの間で紛争が起きた際の紛争解決に導く為に設立される構想にあったものを、アリウススクワッドがエデン条約の最中に介入し、その概念を奪ったもの。

 

 それが今、本来正しき形で運用され、マダムの……ベアトリーチェの前に立ちはだかる事になろうとは、ベアトリーチェ本人も、夢にも思わなかっただろう。

 

「そんな……バカな……こんな事、こんな事があって良い筈がない!!」

 

 先程までの余裕の表情は消え失せ、忌々しげにアツコを睨み付けながら、ベアトリーチェはアツコを始末せんと、使役する複製達に命令を下した。

 

「あの娘を殺せ!! アレの代わりなどいくらでもいる!!」

 

 アツコさえ亡き者にすれば、ETOの名の下に喚び出されたユスティナ聖徒会は消滅する。

 

 それに、複製同士のぶつかり合いでは数で劣る事になったが、もうすぐ此処にアリウスの生徒達が援軍として到着する。挟み撃ちにすればこの戦局も巻き返す事が出来るだろう。

 

 しかし、その淡い希望も、援軍として到着予定だったアリウスの生徒達からの無線が、ベアトリーチェの耳へと届けられた事によって打ち砕かれた。

 

『大変ですマダム!! 一部の生徒達が武器庫を占拠し、反乱を起こしました!!』

 

「なん……ですって……」

 

 

 

 

 武器庫を占拠したアリウスの生徒達。かつて幼き頃に、サオリに教官や幹部達から助けてもらった彼女達は、サオリを助ける為に、自らの意思で行動し、武器庫を占拠した。

 

 その数は10名にも満たない。しかし、数が問題ではない。マダムに反旗を翻し、行動に起こした事に、意味があるのだ。

 

『私達はもうマダムの支配に縛られないぞ!!』

 

『私達は明日を手に入れるんだ!!』

 

『だ、ダメです!! 抵抗激しく、近付く事すら困難です!! マダム、応援を!! ユスティナ聖徒会の複製達を此処にっ……う、うわぁぁぁぁぁ!!』

 

 彼女達の鬼気迫る声。通信越しでも、彼女達の怒りと憎しみが伝わる程のそれに、ベアトリーチェは言葉を失いつつも、策を巡らせ、この状況を打破すべく、アツコを始末すべくユスティナ聖徒会の複製達に命じた。

 

「せめて、あの娘だけでも仕留めなさい!! その後に武器庫を占拠する裏切り者達を始末して……バルバラが……アレさえ戻れば……私の勝利は揺るがないものに……」

 

ー無駄だ。マダム……いや、愚かなベアトリーチェよー

 

 ベアトリーチェの脳に直接語り掛けるような声が響く。その声は小鳥から発せられたものだが彼女ではない……と、直感的にそう感じたベアトリーチェは、冷や汗が額から頬をつたうのを感じながら、恐る恐る、小鳥へと視線を移した。

 

 対して、小鳥もまた、大量の汗を流しながら、忌々しげに胸を抑え付け、苦悶の表情を浮かべながら、その声の主の名を紡ぎ出した。

 

「あぁ……最悪な気分ですよ。まさか貴方が、このタイミングで出てくるなんて……狙ってましたね……この時を、このタイミングを……『フェネクス』」

 

 忌々しげに紡いだその名と共に、小鳥の背中が裂け、鮮血の代わりに炎を吹き出しながら、彼女の神秘が、72柱の悪魔が顕現した。

 

 チリチリと小鳥の身を焦がし、翼を生やした巨大な怪鳥が姿を現す。

 

 バシリカという聖堂に、悪魔が顕現する。なんとも皮肉な話だ。しかし、顕現されたフェネクスは、さも愉快と言わんばかりに、されどベアトリーチェを見下すその目には、静かな怒りが含まれていた。

 

ーいい事を教えてやろう、小娘よ。敵が勝利を確信した瞬間に盤面をひっくり返された時の表情ほど、愉快なものはないとなー

 

「……いい性格をしていますよ……ほんと……」

 

ークク……だが、この戦局を覆すのは貴様ではないー

 

 フェネクスはそう告げると共に、視線をアツコと、そしてサオリへと向けた。

 

 その視線に、その意図に気付いた2人はそれぞれが行動に移した。

 

 アツコはユスティナ聖徒会の複製達をバシリカから外へ……未だベアトリーチェの支配下にあるアリウスの生徒達に向かわせ、サオリはARを構えて、ベアトリーチェと決着をつけるべく前へ出た。

 

「バカな……バカな……バカなバカなバカな!! 私の計画は、私の技術は、貴様を超えた筈なのに何故!!」

 

ーそれがそもそもの間違いなのだベアトリーチェ。貴様は私を、そして何より、あの御方を愚弄した。貴様が、私達を、超えた? 笑わせてくれるー

 

 嘲笑うフェネクス。しかし次の瞬間、咆哮と共に神秘を纏わせた衝撃波が放たれ、アリウスの複製達が吹き飛び、灰燼に帰した。

 

 それだけではない。小鳥に向けて機能していた全ての神秘封じの機材が暴発し、粉々に砕け散り、その役目を終えた。

 

「な……あ……あぁ……」

 

 ベアトリーチェは、口をパクパクさせながらその光景を目の当たりにし、絶望した。ユスティナ聖徒会の複製達を喚び出そうにも、誰1人として応じない。

 

 全ての権限をアツコに掌握されたのか、それとも、フェネクスの咆哮によって、その機能すらも失われたのか……

 

 アリウスの生徒達も此処には来ない。

 

 外は外で、阿鼻叫喚の地獄絵図と成り果てているのだから……

 

 

 

 

 武器庫の周辺にバリケードを築き、籠城する反乱分子を相手に、アリウスの生徒達は、各々が持参していた武器を頼りに、防衛の突破口を開かんと奮闘していた。

 

「くそっ!! あいつら、数は少ないくせに……」

 

「問題ない!! もう少ししたらマダムから応援が……ははっ!! 見ろ!! 応援が来たぞ!!」

 

 遮蔽物に隠れながら反乱分子の銃撃を防いでいたアリウスの生徒が、後方から近付くユスティナ聖徒会の複製達に気付き、歓喜の声を上げた。

 

 これで反乱分子は鎮圧され、マダムの応援に向かう事が出来る。

 

 しかし、そんな淡い希望は、絶望へと塗り替えられた。

 

 ゆっくりと、しかし徐々に速度を上げて迫り来るユスティナ聖徒会の複製達。

 

 その数は、徐々に徐々に数を増し、視界いっぱいにユスティナ聖徒会の複製達が埋め尽くされゆく中、彼女達は反乱分子ではなく、自分達を飲み込み、鎮圧し始めたのだ。

 

「ま、待て!! 私たちじゃ……っ」

 

「よせっ!! やめろっ!! う、うわぁぁぁぁぁぁぁ……」

 

「マダム!! どういう事ですか!! な、何故私達をっ!! くそっ!! 撃てっ!! 撃てぇぇぇぇぇ!!」

 

 対抗する間もなく飲み込まれる者もいれば、抵抗はしたものの、一瞬にして鎮圧された者もいた。

 

 そして、武器庫周辺に展開していたアリウスの生徒達が鎮圧されると同時に、今度は自治区内に向け、ユスティナ聖徒会の複製達が縦横無尽に駆け回り、マダムの指揮下にあるアリウスの生徒達を鎮圧していった。

 

 

 

 

『マダム!! 助けて下さい!! ユスティナの複製が我々を……うわぁぁぁぁぁあああ!!』

 

『ダメだ!! 何処もかしこも奴等で溢れかえってやがる!!』

 

『待て!! 行くな!! 下は地獄だ!! 地獄が広がってるぞ!!』

 

『助けて下さいマダム!! 奴等が扉を……此処を破られるのも時間の問題です!! 助けて下さいマダム!! マダム!! い、嫌だ!! やだやだやだ!! わぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』

 

 通信から流れてくるのはアリウスの生徒達の悲痛な叫び声。そして、叫び声が掻き消されんばかりに聞こえてくる断末魔。

 

 1つ、また1つと通信機からの声が消える毎に、自身の手駒が消えていく。

 

 ベアトリーチェは通信機を見つめながら、絶望の淵に立たされた。

 

「そんな……こんな事……私の計画が……ですがまだ……バルバラが、私の聖女が……っ!!」

 

 最後の頼みの綱であったバルバラの気配が消失した。それが意味する事はただ1つ。

 

ー愚かだなベアトリーチェ。あの御方を前に、貴様の玩具が何の意味を持つ?ー

 

 

 

 

 

 ミカとの戦闘で負傷した身体は、バルバラの攻撃を躱す事も叶わず、その身に受け、意識を刈り取られそうになる。

 

 それでも、広げた翼を地面に突き立て、なんとか踏ん張ったヒナは、お返しと言わんばかりに引き金を引き、銃弾の雨をバルバラに浴びせた。

 

 しかし、ミカですら退けた銃弾の雨は、バルバラに有効的なダメージを与えるに至らなかった。

 

「ヒナっ!!」

 

 先生の声が聞こえる。そう離れていない筈なのに、その声が何処か遠く感じる。

 

 今頃、小鳥は頑張っている筈だ。誰かの為に頑張っている彼女の為に、自分も頑張らなくてはならない。

 

 小鳥が此処に戻ってきた時、笑顔で出迎えてあげる為に……。

 

「がっ……!!」

 

 バルバラの銃弾が腹部を捉え、地面に突き立てていた翼と共に身体がぐらりと揺れた。倒れまいと、必死に踏ん張りながら耐え忍ぶも、バルバラの追撃が止む事はなく、その銃弾は確実にヒナを捉えていた。

 

「いっ……あ゛っ!!」

 

 遂に耐えきれず、片翼が地面から離れ、ヒナの身体がゆっくりと倒れそうになり……

 

「あぁぁぁぁぁぁあああああ!!」

 

 咆哮と共にMGの銃身を地面に突き立て、歯を食い縛りながら己に喝を入れ、踏ん張る事で耐え抜いた。

 

 それでも、限界はとうの昔に超えている。ヒナの後ろ姿を見守り続けた先生は、そっと、懐から大人のカードを取り出そうとし……

 

 その手を、ヒナの声で止められた。

 

「先生……ダメ……」

 

「……ヒナ」

 

「……まだ、まだ私は頑張れる。だから……っ」

 

 今にも倒れそうな程に、全身が震えているのにも関わらず、ヒナは残った力を振り絞り、地面に突き立てたMGを引き抜き、バルバラに銃口を向けた。

 

 次の瞬間、バシリカから咆哮が轟き、バルバラ含めて、皆の意識がバシリカへと向けられた。

 

「……小鳥」

 

 この感覚には覚えがある。エデン条約の式典をアリウスが襲撃した際、空に出現した怪鳥より発せられた咆哮。

 

 しかし、その咆哮からは危険性を感じず、寧ろ安堵すら感じた。

 

 胸の奥から、誰かが語り掛ける感覚。小鳥を止める為に協力してくれたその不思議な感覚に、ヒナは導かれるままにバルバラに向けた銃口をそのままに、ヒナは引き金を引いた。

 

 身体の内側から溢れ出る神秘。それを纏った銃弾は、バルバラはおろか、その後方で待機するユスティナの聖徒会の複製達をも飲み込み、跡形も無く消滅させた。

 

『終幕:イシュ・ボシェテ』

 

 銃弾を全て撃ち尽くしたヒナは、バルバラの消滅を確認すると同時に、踵を返して、地下の回廊へと向かった。

 

「先生……ごめんなさい。多分、もう大丈夫だから、迎えに……」

 

 足を引き摺り、地下の回廊へと目指すヒナに、先生は手を差し伸べようとしたが、その手はヒナを掴む事が出来なかった。最後まで見守る。それがヒナが望んだ事。そして、ミカの事を任された以上、その役目を途中で投げ出す事など許されない。

 

「ヒナ……気を付けて」

 

 そう言って、先生は見送ると、ヒナも口元に笑みを浮かべてそれに答えた。

 

「えぇ、行ってくるわ」 

 

 そう言って、ヒナが地下の回廊に姿を消した。残された先生は、ヒナと小鳥達の無事を祈った。

 

 

 

 

 バルバラすらも消滅した。アリウスの生徒達の援軍も来ない。手駒が全て消えた。盤面がひっくり返り、最早どうすることも出来ない。

 

「そんな……こんな、こんな事が有り得る筈が……」

 

 頭に浮かぶ敗北の2文字。いや、敗北で済む程、現実は甘くはなかった。

 

 頭上に君臨するフェネクス、周囲を取り囲むユスティナ聖徒会の複製達。アリウススクワッドは全員無事だ。

 

 生贄として捧げようとしたアツコですら、拘束から解放され、傷一つない状態で佇んでいる。

 

 何処で違えた?

 

 何が命運を分けた?

 

 私の計画は完璧だった筈だ。

 

 それが何故、私は追い詰められているというのだ?

 

「何故……いや、どうして……」

 

 答えの出ない疑問に、ベアトリーチェはただ疑問で返す事しか出来なかった。

 

 そんな彼女に、フェネクスは歪な笑みを浮かべて答えた。

 

ー前提そのものが間違いだったのだ。小娘ー

 

 ベアトリーチェは、黒服から共有したデータを元に計画を立てた。しかし、そのデータそのものが間違いであったならば……いや、そもそもの話、黒服ですら、データを読み違えていたとしたら、全ては辻褄が合う。

 

 そして何より、ベアトリーチェは自らの手で勝機を取り逃がしてしまったのだ。

 

ーそして何より、貴様は私達を愚弄した。愚かな道化であれば笑い者にしたが、貴様は違うー

 

 フェネクスが、その翼をはためかせながら、ベアトリーチェの眼前へと迫る。『死』の概念に直視され、ベアトリーチェは恐怖と共に悟った。

 

ーだが、愉快であったぞ。貴様が勝利を疑わなかった時の表情たるや……それが絶望に変わる瞬間が、堪らなく……ー

 

「あ……あぁ……や、やめ……たすけ……たすけ……て……」

 

ーあぁ……愉快であったぞー

 

 その言葉に、ベアトリーチェは尻餅をつき、這う這うの体で逃げ出そうとするも、その行手を遮る者がいた。

 

ー貴様の敗因はただ1つ……それは『傲慢』だ。本来ならば、私自らが始末しようと思ったが……ー

 

 フェネクスは嗤う。愚者をこの手にかける必要もない事に。そして、愚者には相応の最後を下す者が彼女の中に……錠前 サオリの内側から、顕現こそしないものの、確かに居た事に。

 

ーせめて、此処で無様に散るがいい……『死』を知らぬ哀れな道化よ……ー

 

 そしてフェネクスは全てを委ねた。錠前 サオリに、ベアトリーチェの末路を。

 

「サオリ……良かった!! 私を助けなさい!! そうすれば、これまでの愚行を全て帳消しに!!」

 

「黙れ」

 

「っ!!」

 

「黙ってくれ。マダム……いや、ベアトリーチェ」

 

 無様に地べたを這いずるベアトリーチェに、サオリは銃口を向け、静かに告げた。

 

「私はお前から、全ては虚しいと教わった。だが、それは間違いだった」

 

「あ……ぁ……」

 

「私は知った。明日に希望を持っても良いのだと。私はそう教わった。その為に、その一歩の為に、私は此処で、貴様を裁く。それを最後の手向けと思って、受け止めてくれ」

 

 ベアトリーチェの表情が絶望一色に染まった。サオリの背後に何かが見える。それは悪魔とは真逆の存在。まるでその姿は……

 

「……てん……し……」

 

 サオリの背後に見えたそれは、奇しくも小鳥のフェネクスと同様に『死』を司る天使の姿。その姿に、ベアトリーチェは悟った。『自分は裁かれる存在』なのだと。

 

 引き金が引かれ、銃弾がベアトリーチェに被弾する。全ては彼女に教えに従い続けたサオリから、彼女の手向けとなる最後の銃弾。

 

『一切は虚無である』とされる文言をなぞらえ、サオリはその銃弾に一つの名を授けた。

 

「……et omnia vanitas」

 

 神秘を纏った銃弾は、ベアトリーチェの身体へと吸い込まれるように被弾し、体内でその効力を発揮した。

 

 ベアトリーチェは、自身に襲い掛かる『死』という概念を目の当たりにし、声にならない絶叫と共に、その意識は闇へと葬り去られた。




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