静止した時の中を、私は走り続ける。
ちょっと走っただけで息が切れる。体力がもう限界だ。どうして小鳥と黒服は、歩いて20分もする廃墟のビル群に集合だなんて言ったんだ?
ー集合場所は廃墟のビル群が並ぶ〇〇にしましょう。そこでしたら、帰り道にコンビニやスーパーがありますので、レンさんが欲しがってた食材や日用品を揃える事が出来ますー
ーそれが良いですね。では、帰りに電話しますので、レンちゃんが欲しい物をリストアップしていて下さいー
ーおぉ〜ありがとなぁー
前言撤回。原因は私だった。
レンは気持ちを切り替え、2人のいる廃墟へと歩き続ける。
足腰の筋肉が悲鳴を上げ、膝はガタガタと震え、心臓はバクバクと高鳴り、呼吸も乱れに乱れるし、心なしか脇腹も痛い。
だが、それでもレンは歩き続ける。牛歩と呼ばれようと、亀の行進と言われようと、確実に前に進めているのだから、いずれは目的の場所へと到着する筈だ。
合間合間に休憩を挟み、幾度か心が折れかけた頃、漸く廃墟となったビル群が視界に映った。
「はぁ……はぁ……やっと……着いたぁ……」
漸く目的地に到着した時には、レンの息は完全に上がっており、もう一歩も歩きたくないと思う程に疲れ果てていた。
持参した飲料水が入ったペットボトルも底を尽き、喉の渇きを潤す事も出来ない。
本当にとんでもない場所に集合場所を指定してくれたものだと、レンは内心で愚痴を漏らす。いや、原因は自分にあるのだが、もう少し配慮してくれても良かっただろう。コンビニの前とか、今はネットでオンラインチャットとやらも出来る時代なのだから。
「……ヒィ……ヒィ……」
だが、レンの愚痴はそこまでだった。
廃墟となったビルの中で、2人が集合場所に選んだ建物の前で座り込むと、体力が回復するまで休憩する事にした。
「はぁ……はぁ……もう、無理……」
レンはその場にへたり込むと、息を整える為にゆっくりと深呼吸し、そして汗を吸った服をパタパタと扇ぐ。
「あぁ……暑い……」
服が汗を吸って、肌にピッタリと張り付く感覚が不快で仕方ない。早く服を脱ぎたい。もしくはエアコンの効いた部屋に戻りたい。
汗の匂いとか、大丈夫だろうかと、そんな事を思いながら、少し落ち着きを取り戻したレンは、重い腰をあげ、廃墟のビルの中へと足を踏み入れたのだった。
そして、2人のいる部屋の前に到着したレンは、神秘を用いて、停止した時の中から、小鳥と黒服の2人だけの時を動かすと、扉をノックした。
コン……コン……と、その音に、中の2人が、警戒する様子が感じ取れた。
「お〜小鳥〜黒服〜私だ〜」
中からの返事を待つ前に、レンは扉を開け、中にいる2人に声を掛ける。私の声に、小鳥は警戒心を解き、黒服も佇まいを直してレンを迎え入れた。
「レンちゃん。どうしたんですか? 何で此処にって、その汗の量……もしかして、歩いて此処まで来たのですか?」
「おぉ〜滅茶苦茶疲れた〜」
やはり普通に気付かれるか。そう思いながら近くのソファーに座って一息つくと、心配する小鳥に向き直り、口を開いた。
「緊急事態だ〜流石にこれはやべぇ〜本筋のこの世界線が、消えちまうかもしんねぇ〜んだ〜」
「「っ!!」」
レンの言葉に、2人の表情が驚愕に彩られる。
「……どういう事ですか?」
レンの言葉に、黒服は思う所があったのだろう。そして、何故この世界線が消えるか疑問の声を上げた小鳥もまた、少し遅れてその意味を理解した。
順応が早過ぎる。恐らく、その他の話をしていた事も要因の1つだろう。
「……色彩、ですね?」
「お〜どうやらあのベアトリーチェを覗いた時に分岐しちまったみてぇだ〜」
「レンちゃんの『神秘』が反転して……ですが、それはあくまでも分岐したもう1つの……っ!!」
「おぉ〜そだなぁ〜まさかの反転した私がこっちに干渉してきやがった」
失念していた。レンは過去と未来に干渉する事が出来る。
それは何も、この世界線のレンのみに限った事ではない。
その気になれば、全ての分岐した世界線のレンが、過去や未来に干渉する事が、理論上可能という事になる。
そして何より、最も最悪な事態となった原因は、その干渉者であるレンが色彩によって神秘が反転した状態であるという事である。
「それは……不味いですね」
「おぉ〜私のやつ、めちゃくちゃに歴史を改竄し始めやがった〜」
死者を生者に、生者を死者に。辿るべき歴史を捻じ曲げ、可能性の1つを、別の可能性に塗り替えていく。
そして、この世界の根本となる『時間』を、様々な異物で混合し、1つの可能性へと書き換えようとしているのだ。
それは即ち、この世界線の歴史の消滅を意味するだろう。
「もぉ〜時間がねぇ〜特に小鳥だぁ〜」
「私……ですが?」
「おぉ〜私や黒服は兎も角よぉ〜小鳥に至っては直ぐにでも対処しねぇ〜とマジでやべぇ〜」
「……何が、起きたのですか?」
黒服の問い掛けに、レンは躊躇い気味に答える。
「死んじまったぁ〜犯人は私だ。私によぉ〜小鳥は殺されちまったぁ〜」
「……そんな」
「……っ」
レンの回答に、小鳥は驚愕し、黒服の表情には苦々しさが宿る。
「おっきなよぉ〜分岐点だったんだ〜エデン条約、アリウスの件。こいつに加担した小鳥はよぉ〜歴史を書き換えんのに最適だったんだ〜」
口には出さなかったが、小鳥というより、小鳥の神秘であるフェネクスも大きく関わっている。
何故なら、小鳥はレンと同じく、神秘を顕現させた珍しい事例の1人。エデン条約でも、そしてアリウスでも、同じく神秘を顕現させた小鳥は、この世界にとって、ある意味特別な存在だった。
「説明してる時間がねぇ〜もうすぐ歴史が変わっちまう。小鳥と黒服だけは今の記憶を引き継いでもらうぜぇ〜変化した世界にショック受けんなよぉ〜」
そう言って、レンは意識を集中させ、自身の神秘であるクロノスに協力を要請する。
しかし、クロノスから返ってきた返答に、レンは目を細めて落胆の声を上げた。
「はぁ……クロノスよぉ〜おめぇ〜」
言って、しかし時間がない事もあり、レンは2人に背中を向け、両手を組んで『お願い』のポーズを取りながら上目遣いで懇願した。
「お願い。クロノス『お兄ちゃん』」
「「っ!!!!!!!!!!!!」」
恐怖を感じる2人。
しかし、次の瞬間、世界に歪みが生じ、それは加速度的に大きくなり始める。
「小鳥。黒服。手を」
「え……」
「早くしろぉ〜手遅れになる前にぃ〜」
「……分かりました」
2人は、言われるままにレンの両手を掴む。レンの手から、クロノスの神秘が流れ出し、小鳥と黒服を覆う。
その守りの中、世界は変化し、異なる世界線へと変貌を遂げた。
「あっぶねぇ〜マジでギリギリだった〜」
「レンちゃん。今のは……」
「んぉ? あぁ〜私の神秘でなぁ〜小鳥と黒服に記憶を引き継いだ状態で反転した私の世界線に組み込んだだけだ〜」
それがどれだけの偉業が、レンは語らない。元々自身の失態なのだから、それを自慢する事を躊躇ったのだろう。
「小鳥はよぉ〜元々この世界にいねぇ事になってっからよぉ〜誰かと会っても、気にする事はねぇが、その、本当にすまねぇ〜」
「気にしないで下さい。元々これは私にも責任があるのですから、寧ろ助けて頂いた事に感謝しかありませんよ」
「……そっかぁ〜ありがとな〜」
小鳥の言葉に、レンは安心したように、柔らかな微笑みを浮かべた。
「それより黒服さん。私は元々存在しない世界線になったのでアレですが、黒服さんはこの世界の記録を……黒服さん?」
「……」
小鳥とレンは、黒服へと向き直る。そして、2人の視線の先には、今の会話の最中も微動だにせず佇む黒服の姿。
その視線は、黒服自身の左手。薬指へと向けられていた。
「え、黒服さん……それ……」
「……なん……です、か………これは…っ」
刹那、黒服は頭を抑えながらその場に膝をつき、ガタガタと震えながら荒い呼吸を繰り返し始めた。
「黒服さん!! しっかりして下さい!! あのっ!! そのっ!!」
小鳥が慌てて駆け寄り、その背中をさすりながら、視線は黒服の左手薬指に嵌められたモノへと向けられていた。
「黒服さん……その『指輪』って」
黒服の頭の中に流れ込む『存在しない記憶』
アリウス自治区のバシリカで、アリウスの生徒達に見守られながら、祝福を受ける黒服。その隣には……
「私が……マダムと……ベアトリーチェと……結婚?」
「「っ!!!!!!!!!!!!」」
黒服の記憶に確かに刻まれた『存在しない記憶』。ウェディング姿に身を包んだベアトリーチェが、頬を赤ながらアリウスの生徒や他のゲマトリアのメンバーから祝福を受けて微笑んでいる。
その記憶を垣間見た黒服は、堪らず懐に仕舞い込んでいた護身用の銃を取り出し、銃口を口の中に突っ込んだ。
「わぁぁあぁぁぁ!! だ、ダメです黒服さん!! はやまっちゃいけません!!」
引き金を引く前に、何とか黒服を取り押さえる事に成功した小鳥だったが、その後、黒服を落ち着かせるのに、長い時間を要した事は言うまでもなかった。
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