風紀の狂犬   作:モノクロさん

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神秘の歪み

 ヒナとホシノと対峙して得られた情報は極僅か。しかし、その情報は小鳥にとって看過できないものだった。

 

 黒服と合流した後、2人との遣り取りを報告すると、黒服は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 

「……それは、本当ですか?」

 

「えぇ、恐らくは。私も、間違いであって欲しい気持ちでいっぱいです」

 

「そう……ですか」

 

「……意外ですね。黒服さんでしたら、寧ろその状況に歓喜すると思っていましたが」

 

「色彩が絡んでいるのです。流石に楽観視は出来ません。とはいえ、流石にこれは予想外でしたが」

 

 レン・テラーによる正史の改竄。切り離された世界線を繋ぎ止める為に幼少期の小鳥を抹消する事によって世界を上書きした彼女だったが、それと同時にある事象を歴史の改竄によって引き起こしていたのだ。

 

 それは、ヒフミ達キヴォトス解放戦線のメンバーと同じく、認識の齟齬という点での歪みと同様……いや、それ以上に危険なものだった。

 

 レン・テラーの守護者として選ばれたヒナの記憶の中に小鳥の記憶が残滓として残されていた事。

 

 それ自体はおかしな事ではない。ヒフミ達と同じだ。記憶の上書きの際に不手際があったのだろう。

 

 しかし、自分を守護する為に起用したヒナの記憶に、小鳥の記憶の残滓が残されているのは異様であり、それと同時に別の可能性も浮上したのだ。

 

 元々、レン・テラーはヒナとホシノの記憶の中から小鳥の存在を完全に抹消していたとする。当然だ。自分を守る為の存在が、小鳥の記憶を残していたら、何がきっかけで機能不全に陥るか分かったものではない。

 

 ホシノに関してはあまり接点が無い事から、特に問題ないと思われるが、ヒナの場合は違う。密接な関係だからこそ、念入りに記憶の洗浄を施し、小鳥という記憶そのものを完全に抹消しなくてはいけない筈だ。

 

 にも関わらず、その残滓が残っているというのは、レン・テラーにとっても予想外の出来事だったに違いない。

 

 レン・テラーの神秘。色彩に魅入られ、変異したクロノスの神秘をもってしても、その残滓を消し去る事が出来なかったとなると、考えられる可能性に心当たりがある。

 

 それは、ヒナの神秘の暴走という可能性だ。

 

 元々、ヒナの神秘は小鳥の神秘が顕現した事により連鎖的に反応し、ヒナの身体を少しずつ蝕んでいる事は分かっていた。

 

 ヒナの身体を蝕む神秘に対抗する為に様々な策を用いて解決しようと黒服と手を組んだのもその為だ。

 

 しかし、この世界線のヒナと接触した時に感じた違和感は、まさにその可能性を示していた。

 

 不死川 小鳥という存在は記憶にないにも関わらず、僅かな記憶として残されている。レン・テラーの神秘をもってしても完全に抹消出来なかった事から、彼女と同等、もしくはそれ以上の神秘が反発し、その結果として残滓が残されてしまったのだろう。

 

 そして、その残滓はヒナの認識を少しずつ歪めている。存在しない筈の記憶がヒナの認識を蝕み、それが彼女の神秘にも影響を及ぼしているのは確かだ。

 

 この世界が長く続けば続く程、ヒナの身体を蝕む神秘の侵食は加速する。そして、その浸食が彼女の神秘の暴走を引き起こすだろう。

 

 それは誰もが望まぬ世界。

 

 もしもレン・テラーがその事に気付いていないとしたら、取り返しのつかない事になるだろう。

 

「……彼女がこの事に気付いている可能性は?」

 

「私達がシャーレに近付いた事には勘づいていましたが、それ以外の事に手が回っていない状況です。最悪、気付いていない可能性もあります」

 

「あぁ……多分、気付いてねぇと思うぞ。それだけ手一杯って事なんだろうなぁ」

 

 本来なら『小鳥が存在しない』事を前提とした世界。その世界で小鳥に関する記憶を有しているというだけで異常であるというのに、その件に手を付けていないと言うだけでレン・テラー自身も世界を繋ぎ止めるだけで手一杯という事になる。

 

 身近に、特大の爆弾を抱えている事すら把握出来ていないのがその証拠だ。

 

「……あまり時間をかけるわけにはいかないようです。使えるものは全て使って事にあたりましょう」

 

 手段は選ばない。悪役の台詞みたいだが、この世界の住人からすれば、小鳥は『悪』となるのだろう。

 

 世界が再び切り離されれば、この世界は自然と消滅する。正史世界を取り戻すとはそう言う事である。

 

 過去に切り離された世界線を見て、その世界が消滅する様を見た。そして、自分達の行動により、切り離された世界が生まれる瞬間にも立ち会い、その世界が正史世界に牙を剥いた。

 

 全ての行動が自身に帰ってくる。例えそれがどのような形であれ、その責任は小鳥が背負う事になる。本来の目的であった筈の『ヒナの救済』が巡り巡って自分達の意に反する結果として帰ってきたのは、なんとも皮肉な事である。

 

「今のキヴォトスで起きている全ての事象を有効的に使います。『キヴォトス解放戦線』『全人類アバンギャルド化計画』他の全ての事象を総動員して、レン・テラーを追い詰めます……覚悟はいいですか?」

 

 小鳥の言葉に、黒服は強く頷く。

 

「えぇ、私に出来る事があれば、なんでもしましょう。レンさんも良いですか?」

 

 黒服の言葉に、レンは逡巡しながらも、やがて頷いた。

 

「……あぁ。私も覚悟を決めた。時間がねぇのは本当だからなぁ。それなら……」

 

 話すしかない。レン・テラーにとっての『アキレス腱』を。

 

 いや、レンにとっての『アキレス腱』を話すしかない。

 

 それしか、レン・テラーを止める術はないのだから。




・とある生徒の最後の記録
逃げる、逃げる、何処までも逃げる。胸が苦しい。ずっと走り続けているのだから当然だ。それでも、走り続けなければいけない。
怖いのだ。目の前の全てが、周りの全てが怖いのだ。私の知る隣人は、私の知る隣人ではなくなった。日を追う毎に隣人が隣人でなくなったのだ。友人が友人でなくなったのだ。
何を言っているのか分からないと思う。私も分からない。分かりたくない。でも、『アレ』は確かにキヴォトス中に広がり始めている。
何かの冗談だと思った。また変なニュースが流れていると思った。
でも、アレは本当だったんだ。アレは確かに、私達の世界に侵食している。怖い、怖い、怖い、怖い……。
もう誰も信用できない。もう誰も、誰も、誰も……っ!!
足音が近付いてくる。もう助からない。私の番が来たのだ。もう逃げられない。私もまた、『別の隣人』に変わってしまうのだ。
この記録を見た誰かがいれば、どうか、どうか覚えていて欲しい。〇〇という生徒がこのキヴォトスにいたという事実を。どうか……どうか……。

この記録は誰の目にも止まる事はなかった。この記録は『別の隣人』に回収された為、誰の目にも止まる事はなかぅた。


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