風紀の狂犬   作:モノクロさん

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今回は少し短めです。


嵐の前触れ

 あれから休みを取ったが、身体から疲労は抜けきらず、また精神的な疲れも回復しないまま、ヒナはアコを連れて夜のシャーレ近くの公園を散歩していた。

 

 歩き慣れた道。前を歩くアコが急に走り出さないようにリードを握り締めながら、ヒナは考えに耽っていた。

 

 頭に浮かぶは小鳥と名乗った所属不明の生徒の事だ。彼女との遣り取りを思い出す度に、ヒナの脳裏に存在しない筈の記憶がチラついてくる。

 

「……そういえば」

 

 小鳥は自分の事を『ヒナ委員長』と言っていた。ホシノに対しては『ホシノさん』だったにも関わずだ。

 

 ヒナの事を委員長と呼ぶ者は風紀委員会に所属していたメンバーやゲヘナの生徒くらいである。

 

 しかし、ゲヘナの生徒に不死川 小鳥という生徒は記憶にある限り存在しない。ヒナは考える。しかし、その答えが出てこない事に、もどかしさを感じる。

 

 知っている。覚えている筈なのだ。しかし、思い出せない。私は、何か大事な事を忘れているのかもしれない。

 

「ワンッワンッ」

 

「……っ」

 

 アコがヒナを呼んだ事で、思考の海から現実へと引き戻される。振り返ると、アコは心配そうな眼差しで見上げていた。

 

「……ねぇ、アコ」

 

「ワンッ?」

 

「私、何か大事な事を忘れている気がするの。アコ、何か知らない?」

 

「……クゥーン」

 

 ヒナの問いにアコは首を横に振る。しかし、その眼差しは変わらずに心配そうなものだったが、ヒナはアコの頭を撫でる。

 

「そう……ごめんね、変な事聞いて」

 

「クゥーン」

 

 大丈夫?と問い掛けるように鳴くアコに、ヒナは微笑んだ。

 

「大丈夫。でも、少し疲れちゃったみたい。もう帰ろうか」

 

「ワンッ」

 

 アコはヒナのリードを引っ張ると、そのまま歩き出す。その後ろ姿を眺めながら、ヒナは再び考えに耽った。

 

 忘れているのは何か。何を忘れているのか。何を思い出せないでいるのか。再び思考の海に溺れそうになる中、胸がズキンと痛んだ。

 

「っ、また……」

 

 この痛みはなんなのだろうか?

 

 ヒナには分からない。しかし……。

 

(私は何か大事な事を忘れている。それは確かだ)

 

 何か、記憶の奥深くに根付いているかのような、その忘れているものが何なのかが思い出せないでいる自分に歯痒さを感じる。

 

 思い出せ、思い出すんだ。そう自分に言い聞かせるが、それでも思い出せない。もう一度会う事が出来たら、思い出す事が出来るのだろうか?

 

 ズキズキと痛む胸を押さえながら歩くヒナは気付いていない。目の前にも忘れている記憶がある事を。

 

 

 

 

 今日は大変だった。

 

 ヒヨリんと別れたホシノは、う〜んと背伸びをした後、そう呟いた。

 

 取り敢えず、暫くは平穏な日々が続くだろう。とはいえ、あまり楽観視する訳にはいかないが。

 

 あの小鳥という存在がレン・テラーのいう不安要素であるならば、再び合間見える事になるだろう。

 

 あの手の手合いは諦める事はないと、ホシノは理解している。

 

 ヒナが何故、手心を加えたのかは定かではないが、それでもあの小鳥はホシノとヒナの敵である事に変わりはないのだ。

 

「でも、まぁ……今は……」

 

 そう呟いた後、ホシノは欠伸をする。

 

「ふわぁぁ……眠いねぇ」

 

 ホシノはそう呟くと、ゆっくりと歩き出した。帰路の最中、モモトークが届く。

 

 相手はユメ先輩だ。久し振りの連絡に、ホシノは頬を緩める。内容はアビドス砂祭りの件だ。近い内に催されるお祭りに、ホシノは思いを馳せた。

 

 ユメ先輩が楽しみにしている祭りだ。自然と頬も緩むというもの。

 

 しかし、祭りの準備が忙しく、中々時間が取れない事に対する謝罪が綴られた文に、ホシノは少しだけ悲しい気持ちになった。

 

「仕方ない……よね」

 

 そんな呟きと共に、携帯を操作してお店の予約を取る。またヒヨリんに会おう。

 

 この予約が、己の首を絞める事になるとは知らずに。




・ボツ案ホシノ修羅場会という名のとある作品のオマージュ
※このネタを知ってる人は三十路半ばくらいかも。
 夜の街を歩く2人。

 ホシノとヒヨリんこと槌永ヒヨリである。

「えへへ、う、嬉しいです。ホシノさんから食事のお誘いを頂けるなんて」

「うんうん、偶にはね。お店以外でも会いたいなぁって思ってさぁ」

 2人が向かうはホシノの行きつけのお店。夜も遅い時間。態々ヒヨリんの為に遅くまでお店を開けてくれて、しかも予約で貸切にしてくれた大将には後で改めてお礼を言おう。

「此処だよ。私の行きつけのお店。貸切にしてるから楽しんでってよ」

「柴関ラーメン……素敵です。ホシノさんにセンスを感じます!!」

 目を輝かせて喜ぶヒヨリんにホシノも大満足である。

「大将。お邪魔するよぉ」

「……いらっしゃい」

 雰囲気作りの為か、いつもと声色の違う大将。

 席に着き、いつものラーメンを注文すると『では、今から麺を打つので横になって下さい』と言われ、素直に横になる2人。

 いつもと違う接客だ。まぁ、これもサプライズの一つだろうとなんの疑いもなく横になる2人。視線があい、思わず笑みを溢した。

 次の瞬間、2人では食べきれない量の巨大な麺の生地が2人を押し潰した。

「うへぇ!! た、大将!! これは一体……っ!!」

 目を見開くホシノ。しかし、大将へ目を向けた瞬間、身体中の血の気が引く感覚に捉われ、顔面蒼白となった。

 大将と思っていた人物は大将ではなかった。そう、見覚えのある、ホシノの唯一の先輩……。

「ユ、ユメ先輩!!」

 ホシノの唯一の先輩である梔子 ユメが、怒った表情を浮かべながらホシノを見下ろしていたのだ。

 拙い、なんだか知らないけどとにかく拙い。

「ユ、ユメ先輩!! こ、これは違うんです!!」

「う、うわぁぁぁぁん!! ホシノさん!! こ、怖いです!!」

 弁明しようにも、同じく麺の生地に押し潰されたヒヨリんがホシノに助けを求めてくる。

「ヒヨリん!! いや、これは…その…だ、誰だね君は!!」

 咄嗟にヒヨリんを切り捨てるホシノ。しかし、既にユメ先輩は
地面を踏み固めるローラー車に乗り込み、エンジンをかけていたのだ。

 拙い、このままだと私達が麺みたいに伸ばされてしまう。

「ユ、ユメ先輩!! ごめんなさい!! ほんの出来心だったんです!! 少し寂しかったからつい遊び心で……」

「うわぁぁぁぁぁん!! 酷いです!! 私とはやっぱりお遊び程度の関係だったんですね!! 辛いです!! もうこのまま麺のように伸ばされて誰かの胃袋に消化されるしかありません!!」

「そ、そんな事言ったら本当に……うわぁぁぁ!! ユメ先輩ごめんなさい!! ユメせんぱ……うわぁぁぁぁぁ!!」

 エンジン音と共に、ローラー車が迫ってくる。怒った表情のユメ先輩と迫るローラー車に、ホシノの意識は彼方へと消えるのであった。





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