ートリニティ 某所ー
ヒフミ達『キヴォトス解放戦線』が拠点とする建物の周囲を、正義実現委員会とティーパーティーに所属する生徒達が包囲していた。
目的は不穏分子の排除。
その名目の為に、正義実現委員会のメンバーを総動員し、更にティーパーティーに連なるナギサ、セイア、ミカの3名も指揮を取り、その包囲網は完成している。
建物内部からはキヴォトス解放戦線のメンバーが有事に備えて身構えている。
『正義実現委員会です。貴方達に投降する意思があるのなら、武器を捨て投降しなさい。繰り返す……』
スピーカーで投降を呼び掛ける正義実現委員会だったが、返答はなかった。
それでも、正義実現委員会は投降を呼びかける。そして、暫くの沈黙の後、建物の入り口からヒフミと数名の生徒達が姿を見せた。
ヒフミの姿に、ナギサは眉を顰めた。
「やはり、貴女だったのですね。ヒフミさん」
「えぇ、そうです」
「投降しなさい。今ならまだ間に合います」
ナギサの言葉に、ヒフミは首を振った。正義実現委員会のメンバーは各々が戦闘態勢を取ると、ヒフミ達を取り囲んだ。
「この状況を見て、まだそんな事を言っているのですか?」
「はい、これが私の選んだ道ですから」
ヒフミの言葉にナギサは顔を歪ませると、気持ちを切り替えるようにカップの中の珈琲に口を付け、一息吐く。
「この間の会議で決定しました。私達トリニティは調月リオさんが掲げる『全人類アバンギャルド化計画』に賛同する旨を」
その言葉に、一部の生徒達が困惑の表情を浮かべた。
「え、何の話?」
「そんな話、聞いてないんだけど……」
一体何時、そんな大事な話が決まったのだろう。トリニティ全体で共有すべき案件を、トップの立場だけが知り、他のメンバーを蚊帳の外に置いて話を進めていた事実に生徒達は混乱する。
正義実現委員会のメンバーも委員長の剣先 ツルギの様子を伺うが、彼女もまた初耳だったらしく、珍しく困惑の色を見せながらナギサへと視線を向けていた。
「全てが平等で差別の無い世界。争いすら起こる事の無い世界であれば、人々は幸福を享受する事が出来ます。これまで争いあっていたゲヘナとですら、手を取り合う事が出来るのです。それが、どれだけ素晴らしい事か、貴女にも分かる筈ですよヒフミさん。何故ならば、私達は先のエデン条約で……っ?」
と、途中まで饒舌だったナギサの口がピタリと止まる。
そう、この改竄された世界では、『エデン条約』で『アリウス分校』によるテロは存在しなかったのだ。
当然だ。諸悪の根源であるベアトリーチェが黒服と結婚した事で……いや、それ以前の話になるが、ベアトリーチェはアリウス分校の生徒とは良好な関係を築いており、本来の歴史にあったエデン条約の結末を迎える事は無かったのだ。
更に、本来エデン条約を結ぶにあたり、話を進めていたナギサとヒナだが、ヒナはシャーレ直属となっており、条約そのものが空中分解している状態だった。
その違和感にナギサは眉を顰めた。何かが違うと警鐘が鳴ったのだ。
おかしい。何かがおかしいと。
しかし、その正体は分からない。
「何故……?」
ナギサの疑問にヒフミはただ静かに、首を横に振った。
「これが、今キヴォトスで起きている違和感です。現実と記憶の食い違い。その違和感が、この世界を蝕んでいるんです」
初めてそれに気付いた時、隣にいた筈の友人の姿が無かった事に、ヒフミは恐怖した。
苦楽を共にした友人達の存在しない世界。大好きなペロロ様の名が別の存在に塗り替えられていた憤り。そして、同じ境遇に困惑し、孤立していった同胞達。
彼女達に手を差し伸べ、そして、ヒフミは決めたのだ。
「私はこの世界を、あるべき姿に戻します」
「ヒフミさん、貴女は一体、何を言って……」
困惑を隠せないナギサに、ヒフミはただ静かに告げる。
この世界に蔓延る違和感。
そして、その元凶に対する、明確な宣戦布告。
これが、平凡な自分に訪れた非凡な日常を、本来在るべき姿を取り戻す為の決意の証である。
ー友人のいなくなった世界は嫌ですー
ー皆が苦しむ世界は嫌なんですー
ー在るべき姿、在るべき思い、それが失われた世界は嫌なんですー
ー真実が偽りに塗り替えられた世界で、私と同じように苦しむ人がいるならば、私はその人達に手を差し伸べたいんですー
ー平凡で、大した個性もない私ですが、それでも、好きなものは絶対に譲れません!ー
ヒフミの脳裏に、隣を歩いていた筈の友人達の姿が想起される。彼女達は此処にはいない。
歴史が変われば、当然これまで積み上げてきた関係性すらも消失する。それに気付いた時、ヒフミの視界はボヤけ、目から大粒の涙が零れ落ちた。
泣いて、泣いて、只管泣いた。
そして、一頻り涙を流した後、ヒフミは決意したのだ。
私の思い出を、私の記憶を取り戻すと。
ー誰が何と言おうとも、何度だって言い続けます!ー
ー私達のお話は、私達が決めるんです!ー
その言葉に、建物内にいた解放戦線のメンバーが息を飲む。その中には、記憶を改竄され、目的を見失ったシュロもいた。
目的を見失い、彷徨い続けた自分に手を差し伸べたヒフミの後についていき、此処で解放戦線のメンバーとして活動していた彼女の手は、自然と携帯の画面に触れていた。
そして、また別の生徒達は、ヒフミの声を仲間達に届けるべく、携帯を操作し、その声を世界に発信した。
彼女の言葉に、皆が決意を新たにした。世界を取り戻す。記憶を取り戻す。在るべき物語を取り戻すと。
「何を言っているのですか。ヒフミさん。それは、その考えは……っ!」
ヒフミの瞳に気圧され、言葉を詰まらせる。何故だ。何故彼女の目を見ただけで口を閉ざす?
困惑するナギサを他所に、ヒフミはポケットから袋を取り出し、そしてそれを頭に被った。
かつて、アビドスの皆と共に銀行強盗した際に用意された袋では無い。あの時の記憶も改竄され、彼女達との接点はなくなり、あの時受け取った紙袋も消失していた。
それと同時に、『覆面水着団』のメンバーである『ファウスト』も消えた。
しかし、人々の記憶に残された『ファウスト』までは消える事なく、人々に新たな立ち位置を与えたのだ。
記憶を失い、道を閉ざした者達の救世の象徴。人々を導く存在としての象徴。人がそれを望むと言うのなら、ヒフミは自らその立場を受け入れる。そう決意したのだ。
「……ファウスト」
「ファウストだ」
「ヒフミちゃんが……まさか……」
正義実現委員会のメンバーに動揺が走る。自ら正体を明かし、そして己の意思を、目的を高らかに宣言するヒフミ。
その姿に、正義実現委員会のメンバーは勿論の事、解放戦線のメンバー達もその目に希望の光を見た。
ー私は今、此処に宣言します!ー
ー私達の描く物語は此処で終わらせません!ー
ーまだまだ続けていくんです!ー
ー在るべき記憶を取り戻し、在るべき日常を取り戻す!ー
ー私達の物語を取り戻します!ー
ー私達の物語……ー
ー私達の、
ヒフミの高らかな宣言と共に、ナギサはギリッと歯軋りする。
「……無駄ですよヒフミさん。既に此処は勿論、貴女達解放戦線が拠点とする各自治区には生徒会達の部隊が派遣されています。あのゲヘナもそうです。失脚したマコト元議長が秘密裏に解放戦線と手を組んでいた事も把握しています。貴女達の行いは、全て、全てお見通しです。貴女達に出来る事はありません。だから……」
無駄な抵抗はせず、投降しなさい。
ナギサの最後通告に、それでもヒフミは首を横に振った。その答えに、ナギサはヒフミを睨みつけながら、握った拳を震わせた。
「そうですか……なら仕方がありませんね」
拳を握り締めたまま、ナギサは片手を上げ、正義実現委員会に建物内に突撃する準備をするように指示を出した。
「出来る事なら、貴女達を無傷で拘束したかった。ですが、これもやむなしと言う事ですね……ヒフミさん、楽しかったですよ。貴女とのお友達ごっこは」
「……そうですか。私は楽しくありませんでした。ナギサ様との……いいえ」
『貴女とのお友達ごっこ』は……。
その言葉に、ナギサは正義実現委員会のメンバーを突撃させようと口を開いた。しかし、それよりも早く、ヒフミは高らかに声を発した。
「ミカ様!! お願いします!!」
その言葉と同時に、ナギサの背後からプレッシャーを感じた。
振り返ると同時に、セイアと共についてきたミカが、大地を強く踏み締め、身体を大きく捻りながら拳をナギサの顔面目掛けて打ち込もうとしていた。
音の壁を破り、その一撃はナギサの眼前へと迫る。
「ミカさっ! やめっ……」
静止の言葉も間に合わず、ミカの拳はナギサの顔面を捉え、メキメキと音を立てながらナギサの頭部を破壊する。破壊される刹那、ナギサの聴覚は、ミカの言葉を捉えていた。
「ナギちゃんはね、珈琲なんて飲まないよ。偽物さん」
破壊された頭部が破片となって周囲に飛び散る。その光景に驚愕する中、破片が1人の生徒の手に収まった。それは、肉片などではなく、鉄の素材で出来た『何か』だった。
そう、ナギサは既に入れ替わっていたのだ。『全人類アバンギャルド化計画』の為、各自治区の為政者達を拉致し、彼女達の記憶をデータ化して入れ替わった存在……『擬態型』のアバンギャルドに。
感想ありがとうございます。
凄く励みになります。