風紀の狂犬   作:モノクロさん

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最強VS狂犬

―シャーレ―

 時は流れ、シャーレの建物の前。

 

 相変わらず、彼方此方で銃声と爆発音。そして人々の怒声が響く中、刻一刻と情勢が移り変ってゆく。

 

 ホシノの離脱。

 

 それにより、シャーレを……否、レン・テラーを守る双璧が崩れた。

 

 今、シャーレを守るのはただ一人。白銀の髪を靡かせ、MGを携え、これから此処に侵入しようと企てる者達を、先生の障害となる者を、そしてレン・テラーの障害となる者からシャーレを守る最強格の盾であり矛。

 

 空崎 ヒナ。

 

 彼女一人だけだ。

 

 しかし、たった一人と侮ることなかれ。

 

 ホシノの離脱をレン・テラーに連絡し、侵入者からシャーレを死守する命を受けた彼女の防衛はまさに鉄壁。

 

 周辺にはアバンギャルドの残骸と撤退するキヴォトス解放戦線のメンバーの姿。ホシノの離脱は多少手痛くはあるが、それでもゲヘナ最強格と称された彼女の実力は折り紙付きで、この程度なら一人でも十分だった。

 

 既に幾重にも渡る襲撃を撃退している。

 

 アバンギャルドは一瞬で鉄屑となり、狂信的にファウストを支持する生徒達は恐れ戦き撤退していく。

 

 油断は決してしないが、一息つける程度の余裕はあった。

 

 先生はリモートで各自治区の生徒達に呼びかけをし、対処に追われている。

 

 彼がシャーレを離れていないのは、本当に幸いだった。

 

 流石に、先生を各自治区に派遣し暴動を鎮圧するにも手が足りない上に、誰が敵で、誰が無害な生徒や市民か判別がつかないからだ。

 

 此処を守り続けている限り、先生は無事だ。

 

 そして、先生が無事であれば、それだけで時間はかかるが問題は解決できる。

 

 キヴォトス解放戦線も、全人類アバンギャルド化計画も、後は……よくわからない巨大ぺろぺろさんの進撃も、全て解決できるはず。

 

 ヒナはそう確信していた。後の問題はやはり……。

 

「この状況を作り出したのは貴女ね。不死川 小鳥」

 

 ゆっくりと、SGを携えてヒナの前に現れるは、以前ホシノと共に撃退したはずの、レン・テラーの敵対者。

 

「お久しぶりです。ヒナ委員長」

 

「えぇ、久し振り……っ」

 

 会話に応じるも、小鳥の言葉に、ヒナは眩暈を感じる。

 

 まただ、小鳥の事を思うと、頭の中が靄がかかり、思考が纏まらなくなる。

 

 何か大事な事を忘れている。それはいったい何だ?

 

 記憶にない人物。にも関わらず、忘れてはいけない筈の記憶が靄のように朧気ながら、頭の片隅に存在している。

 

 ヒナは、その靄を振り払おうとし、小鳥に言い放つ。

 

「……貴女の目的に興味はない。私はただ、此処を守るだけ」

 

 銃口を小鳥に向け、引き金を引こうとする。

 

 しかし、引き金にかけた指が震えている事に気付いた。

 

(っ……どうして……)

 

 あの時、小鳥を見逃した時もそうだ。

 

 問答無用で再起不能にする事も出来た筈だった。

 

 それが、レン・テラーとの契約。

 

 先生を失わない為の契約であった筈だ。

 

 それなのに、最後の最後で引き金を引くのを躊躇った。

 

 銃口が震え、照準が定まらない。

 

 そんなヒナに、小鳥は告げた。

 

「ヒナ委員長」

 

「っ……何?」

 

 小鳥の声に、ヒナの心臓が跳ねる。

 

 しかし、何故か抗う事が出来ず、その声に耳を傾けてしまう。

 

「……私は敵です。貴女の敵ですよ。これは紛れもない事実。私は、貴女の幸せを奪う側にいます。敵に対して、情けをかけてはいけません」

 

「……敵……敵……っ!」

 

 自身を敵と断言する小鳥。

 

 敵ならば、何故彼女はこんなにも悲しそうにしているのだろうか?

 

 どうして、そんな目で私を見ているのだろうか?

 

 そんな疑問が頭を過ぎる。そして、疑問と共に、靄がかかった記憶の中に、彼女の姿が映り込んだ。

 

 ゲヘナの執務室。満面の笑みを浮かべながらスイーツを食べさせようとする小鳥の姿。

 

 必要なかったのに。それでもと、買ってきたスイーツを一口食べた時、凄く幸せそうな表情を浮かべる彼女の姿。

 

 この記憶はいったい何だ?

 

 こんな記憶、覚えがないぞ。

 

 何故、私の記憶に彼女の姿があるんだ?

 

 本当に敵なのか?

 

 それとも……。

 

 そんな思考を断ち切るように、小鳥はヒナに告げる。

 

「そうです。ヒナ委員長。私は敵です。貴女の……そして、この……」

 

「……違う」

 

「……え?」

 

「違う。敵じゃない」

 

 ヒナのその発言に、小鳥は目を見開く。

 

「貴女は……敵じゃ……貴女は、何時も…誰かの……為に……っ」

 

 ずっと背中を追い続けた彼女の姿が脳裏に過る。

 

 こんな記憶はない。こんな思い出はない。

 

 それなのに、その時の幸福の時間は確かにあったのだ。

 

『ヒナ委員長』

 

 そう、彼女は何時も私の事を気遣ってくれていた。

 

 私がいなくなると分かっていながら、その為に邁進し、協力し続けてくれた。

 

 結果の実らぬ結末に至ったが、それでも、彼女が最後の最後まで私に協力してくれた事は事実だ。

 

 存在しない筈の記憶が走馬灯のように駆け巡る。

 

 ゲヘナ……風紀委員会……涙を流す幼き頃の小鳥の姿……エデン条約……そして……そして……。

 

「……戻ってきなさい……貴女は……もう……っ」

 

『ヒナ委員長』と、その声が、彼女の姿が、私の記憶の中に蘇ってくる。

 

「誰かの為に……頑張り過ぎないで……貴女は……自由に……っ」

 

 頭痛が激しくなる。意識が混濁し、記憶と現実の境界が曖昧になる。

 

「ヒナ委員長……っ」

 

 あの時、言えなかった言葉だ。

 

 この記憶は何だ?

 

 何故、私はアリウスの自治区にいる?

 

 何故、身体がボロボロで、同じくボロボロの小鳥と一緒に歩いているのだ?

 

 分からない、分からない、分からない、分からない。

 

 何故、目の前の彼女は……不死川 小鳥から『敵意』が欠片も感じないのだ?

 

 ヒナは、小鳥に銃口を向けたまま、荒い呼吸を無理矢理抑える。しかし、どうしても銃口が震えて照準が定まらない。

 

「っ……私は……」

 

 ヒナは唇を噛み、そして……。

 

『ヒナ委員長』

 

「貴女の……敵じゃ……」

 

 その一言に、小鳥もまた唇を噛み、そして……。

 

「私はっ! 貴女の敵です!! 貴女の幸福を、貴女の人生を、全て、全て、全て奪う敵なんです!! それは紛れもない事実!! だから……だから、私は貴女をっ!!」

 

 そう叫び、小鳥は銃を構えてヒナに突進するのだった。

 

 小鳥の目的は正史世界とこの世界を切り離す事。

 

 つまり、この世界の敵であり、ヒナが掴んだ幸福も、人生も、何もかも奪う簒奪者である。

 

 それが、レン・テラーによる行いだとしても、その元凶が自分であるならば、必然、この世界の人々の敵は自分であると自負している。

 

 ヒナに銃口を向けられる。当然の事だ。

 

 何故なら小鳥は彼女達の敵なのだから。

 

 キヴォトス解放戦線を騙して扇動し、そしてこのキヴォトスが抱えている問題を全て同時期に暴走させ、その隙にシャーレへと侵入を試みる犯罪者。

 

 それが小鳥だ。

 

 此処でヒナに撃たれようと、その身に受ける罰は全て受け入れる覚悟であった。

 

 そして何より、ヒナの身体を蝕む神秘の影響を取り除く行為もまた、小鳥の行わなければならない義務であり責務だ。

 

「……私は……貴女をっ!!」

 

 例え、この身に何が起きようと構わない。ヒナに引き金を引かせ、そして自分自身も……。

 

「私はっ!」

 

 銃を構え、覚悟を決める小鳥の姿を見て、ヒナは……。

 

「貴女を……敵だと思えないっ!!」

 

 悲痛な叫びと共に引き金にかけた指に力を籠める。

 

 彼女を敵と思えずとも、シャーレを守る責務。

 

 二つの感情がせめぎあい、それでも、ヒナがこれまで積み上げた責任が、彼女の胸に響き渡る。

 

「それでも私はっ! シャーレを……先生を守る義務がある!!」

 

「先生を……そしてあの子を守る義務がある!!」

 

 契約と共に、先生が傷付く未来を回避した。傷付く先生の未来を垣間見て、そして何も出来なかった己を呪った。

 

 打ちひしがれ、膝をついたヒナの耳元で、彼女は囁いた。

 

『未来は変えられる。私の手を取れば、未来は変わるぞ』

 

 まるで悪魔の様な囁きだった。しかし、その言葉には真実味があった。

 

 その手を拒む理由がなかった。

 

 だから彼女は……空崎 ヒナは、敵ではない筈の不死川 小鳥と対峙するのであった。




・小鳥遊 ホシノ
破竹の勢いでアバンギャルドの軍勢を退け、エリドゥ要塞都市に侵攻開始。
拉致された生徒達が収容された区画を目指す。

・槌永 ヒヨリ
泣きながらアリウス自治区に帰宅。

・調月 リオ
他の生徒と共に収容されている。
色々とショックで体育座りしている。

・美甘 ネル
厳重に拘束され、リオと同じ区画に収容されている。

・聖園 ミカ
ダメージを受けたが戦線復帰してアバンギャルドを千切っては投げ千切っては投げて無双状態。

・阿慈谷 ヒフミ(ファウスト)
仲間達と協力して前線を支えている。
皆が皆、『ファウスト万歳』と声高々に進軍する。

・ペロロジラ
絶賛地ならし中。

・レン・テラー
「え、ホシノさんがいなくなった?」
「え、キヴォトス解放戦線? アバンギャルド化計画? ぺろぺろさん? 何それ怖い」

・黒服
とある区画に移動中。
目的の人物の元へ。

感想ありがとうございます。
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