ヒナと対峙する少し前。
準備を整える小鳥と黒服。
これから別行動をとる為、この会話以降は基本的に連絡を取り合う事はないだろう。
もしかしたら最後の会話になるかもしれない。互いに思う所があったのか、黒服は何気なく小鳥に話しかけた。
「……本当に宜しいのですか?」
「宜しいとは……何がですか?」
「貴女が空崎 ヒナと対峙する件についてです」
「……それが、何か?」
「彼女は恐らく、貴女の記憶が朧気ながら残っている筈です。レンさんの神秘を上回る神秘。その影響で彼女の記憶の改竄が完全ではありません。つまり、うまく立ち回れば彼女は貴女に味方してくれるはずです」
「……そうですね」
神秘による浸食でレン・テラーの記憶の改竄が完全とはならず、存在しない筈の記憶に苛まれている。黒服の言う通り、うまく立ち回ればヒナは強力な味方となるだろう。
そうなれば、ホシノとヒナという強力な手札を失ったレン・テラーに小鳥達とに対抗する手段を失い、労せず問題を解決する事が出来る。
しかし、小鳥はその手段を選ばなかった。寧ろ、その手段を手札としてすら考えていなかったのだ。
「こだわっている理由は……なんとなくですが理解しているつもりです」
長くはないが短くもない付き合いだ。
小鳥が何を思ってその方法を選ばなかったか、黒服にもある程度は予想がついた。
「しかし、それは……」
「分かっています」
小鳥のその選択は『エゴ』である。
それも、『自己犠牲』に近い身勝手なエゴ。
「私は、彼女の幸福を奪おうとしています。例えそれが、どんな理由であれ、許されるものではありません」
この世界の改竄を正すという事は、ヒナの幸福を奪うという事である。
それが多くの犠牲が積み上げられた結果によって生み出された幸福だとしても、それを奪う権利はない。
ましてや、その元凶であるのが自分なら猶更だ。
「私はヒナ委員長に救われました。返しても返しきれない恩がある。だから、私はこの道を選びます。私は、ヒナ委員長にとっての……いいえ、この世界そのものの『敵』なんです」
「ですが、この世界は……っ」
「わかっています。だからこそ、私がやらねばならないんです」
この世界はレン・テラーが歪めた世界だ。
しかし、その原因もまた、元を正せば自分にある。
一発の銃弾が齎した歴史の転換点。
風紀委員会ではなく万魔殿に所属し、そして過った道を進む筈だった未来を、レンが捻じ曲げた。
小鳥達が正史として定められたこの世界は、元を正せば本来存在しない筈の世界だったのだ。
「私がこうして幸せを享受する事が出来たのは、ヒナ委員長のお陰でもあり、そしてレンちゃんのお陰でもあるのです」
神秘に汚染され、破滅の道を進むしかなかった小鳥が、青春を謳歌する事が出来たのは、紛れもなくヒナとレンのお陰であり、そして、その結果としてヒナとレンが苦しむ結果となった以上、償うべきは小鳥自身である。
「だから、これは罰です」
「罰……ですか?」
「この件も、ヒナ委員長の件も、元を正せば私が元凶です。私が、この道を選ぶのは……当然なんです」
小鳥が風紀委員会に所属しなければ、ヒナが神秘に侵食される事はなかった。
銃弾の件もそうだが、小鳥がアリウスに関わらなければ、レンが色彩に魅入られる事はなかった。
これら二つの元凶は小鳥であり、ヒナもレンも巻き込まれたに過ぎないのだ。
「しかし……」
「黒服さん」
何か言いたげな様子の黒服を小鳥は遮り、その肩を優しく叩く。
「ありがとうございます。そして……すみません」
そう言った小鳥の表情は切なく、しかし覚悟に満ち溢れたものだった。
「では、行ってきます」
「えぇ……」
そう言って別行動を取ろうとする小鳥の背に黒服は告げる。
「小鳥さん。貴女は私との契約を忘れていない筈です」
「えぇ、勿論です」
黒服と小鳥が協力関係にあるのは神秘の研究に彼女の協力が必要だったからだ。
神秘を顕現させた小鳥の価値は、未発見の元素に等しい。
その為、黒服は彼女の協力は惜しまないし、何より、協力的に情報を提供する小鳥は、黒服にとって希少な存在だった。
「貴女は私にとって希少な存在です。私は、貴女をみすみす失うわけにはいきません。ですから……」
『必ず帰ってきてください』……それだけ伝えると、黒服は小鳥に背を見せ、目的地へと歩き出す。
「黒服さん……ありがとうございます」
そんな黒服の背を見て、小鳥もシャーレへと向かうのであった。
小鳥はこの世界における『敵』。
それ以上も以下もない。
この事実に、レンが傷付く必要はない。ましてや、ヒナが苦しむ必要はない。
ヒナは小鳥を敵だと思わないだろう。しかし、それは間違いだ。
彼女が先生に好意を寄せている事は知っている。
そして、この世界線の彼女は、その幸福を掴み取った。
それを奪うという事は、小鳥は紛れもなくヒナの『敵』であり、改竄の果てに狂いが生じた原因の全てはレン・テラーではなく自分にある。
原初の小鳥も、そしてレンによる歴史の改竄の果ての小鳥もまた、ヒナの『敵』であり、その責任は全て小鳥にあるのだ。
だから……。
「私は……」
敵となろう。ヒナの敵となろう。この世界の敵となろう。
それが、小鳥の贖罪であり、責任だ。
その決意を胸に秘め、彼女はシャーレへと向かうのであった。
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