風紀の狂犬   作:モノクロさん

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記憶にない貴女

 布を切り裂くような轟音と共に、ヒナのMGから放たれた弾丸が、小鳥の身体を穿つ。

 

「っ……かはっ」

 

 その衝撃に、小鳥の意識が混濁する。しかし、それでも彼女は倒れない。倒れるわけにはいかない。

 

 小鳥にとって、この戦いは勝つ事が条件ではない。

 

 時間を稼ぐ。とにかく長い時間を稼ぐ事が、彼女に課せられた役割であり、勝利条件。その為に、彼女は己の身が傷付こうとも、決して倒れる事はない。

 

 しかし、こうしてヒナの銃弾をその身に受けていると理解できる。

 

 ヒナの神秘は小鳥の神秘である『フェネクス』をはるかに上回る存在なのだろう。その銃弾一発一発が、小鳥の命を削り、徐々に身体から力が抜け落ちていく。

 

 だが倒れない。倒れるわけにはいかない。

 

 時間を稼ぐ。そして、ヒナの身体を侵食する神秘を止める。その為に……。

 

「……っ」

 

 小鳥は銃を構え、引き金を絞ろうとしたが、その直前にヒナの銃身によって弾かれ、その衝撃で小鳥は身体をよろめかせる。

 

「くっ……」

 

「小鳥……貴女は」

 

 そんな、よろめく小鳥を見て、ヒナがぽつりと呟く。

 

「そんな身体で……なんでっ!」

 

 昔は我流での白兵戦を得意としていた小鳥だが、今の小鳥の白兵戦はヒナを見本としたものである。

 

 遠距離からの制圧射撃。しかし、中には肉薄して近接戦を挑む者も数多くいた。

 

 本人のフィジカルもあるが、ヒナは白兵戦もそつなくこなし、それを小鳥が後ろからずっと見ていたのだ。

 

 ヒナの立ち回りを基本に、その癖を真似た。

 

 つまり、小鳥の白兵戦はヒナの映し鏡だ。

 

 彼女にとって、小鳥の戦い方は自身の見本の様な物なのだ。

 

 だからこそ分かる。小鳥の動きが。そして、彼女の本来の動きではない事に。

 

「っ……だとしてもっ!!」

 

 ヒナは銃を構え、引き金に指を掛けると、マズルフラッシュと共に、銃弾の雨が小鳥の全身を穿った。

 

「がっ……あ゛っ」

 

 衝撃に、小鳥の身体がぐらつく。それでも倒れない。ヒナの猛攻が襲い続ける中、それでも彼女はその場に立ち続けた。

 

「……っ……どうして」

 

「っ……」

 

 ヒナの悲痛な声に、小鳥は答えられない。

 

 『私は敵だ』とそう告げた以上、その問いの答えに返す言葉はない。

 

 それでも、ヒナは理解している。

 

 本来であれば、小鳥は『この程度の攻撃』で満身創痍になる事はない。

 

 それは、小鳥自身も理解していた。

 

 小鳥の身体は神秘によってある程度の攻撃を受けたとしても、直ぐに回復してしまう。

 

 故に、仲間を銃弾の雨から庇いながらも平然としていられたのだが、今の小鳥にはそれが出来ない。

 

 ヒナの神秘と実力だけではない。

 

 小鳥の神秘が、彼女の肉体に与える恩恵が弱まっているのだ。

 

 原因は明白。うすぼんやりと見える小鳥のヘイロー。

 

 ボロボロ……というよりも、今にも消えてしまいそうなほどに存在が希薄化している。

 

 その影響で、小鳥の神秘は弱体化し、その結果が今の満身創痍な状態という訳だ。

 

 『死』と『再生』を司るフェネクスの神秘を行使した結果、ヘイローが砕け、元の形の半分以下……いや、1割か2割にも満たない程の大きさとなっている。

 

 傷付いた肉体の再生能力が著しく低下している。そして、一定以上のダメージを受けた場合、更にその能力が低下している状態。

 

 しかし、それでも……いや、だからこそ余計に、小鳥はこの道を選んだ。

 

「私は……敵です」

 

 ヒナが小鳥の真意に気付く事はない。それでも、この道を選ぶ事が彼女の贖罪であり、そして責任だ。

 

「私は……貴女の敵です」

 

 だから、小鳥は何度でも告げる。

 

 自分はヒナの『敵』であると。

 

「だから……私は……」

 

 ヒナの敵として、己の責任を果たす。

 

 レン・テラーが改竄した世界線を正す。ヒナの身体に蝕む神秘の浸食を止める。

 

 そして……。

 

(貴女を……守りたい)

 

 ヒナもレンも被害者だ。その責任は、小鳥が負うべきであり、その責務を果たさなければならない。

 

 彼女達を守りたい。それが、小鳥の贖罪であり、責任だ。

 

(全部、全部、くれてやる。全部、全部、持っていくといい……)

 

 呼びかける。自身の神秘に。フェネクスに。

 

 自分に何も残っていない事は理解している。

 

 この命も、身体も、心ですらも。

 

 だから……。

 

(私の全てをくれてやる)

 

 フェネクスに願う。

 

 ヒナの幸福を、レンの幸福を、幸福を与えてくれた二人の為に。彼女達の幸福を奪う事は、小鳥にとっては己の罪だ。

 

 ならば、その罪は清算しなければならない。

 

(私は敵で構わない。貴女の敵で構わない)

 

 小鳥は願う。小鳥は望む。

 

 走馬灯の様に、あの時の記憶が蘇る。

 

 エデン条約の最中、瀕死の重傷を負ったあの時、黒服が小鳥に告げた言葉を思い出したように。

 

『その神秘こそが、貴女と空崎 ヒナを守る剣……いいえ、弾丸と成り得るでしょう』

 

『貴女の神秘は貴女が望んだように顕現するでしょう』

 

 奇跡が存在するのなら、どうか、一度だけでいい。

 

 私に奇跡を……いや、贖罪の機会を与えて欲しい。

 

 神がいるのならば、どうかこの祈りを……。

 

『フェネクス』

 

 小鳥はその名を呼び、願う。己の全てを捧げる為に。

 

 しかし……。

 

 衝撃と共に、地面に叩き付けられる。

 

「あぐっ……」

 

 口から血が滴る。叩きつけられた衝撃で内臓にダメージが入ったのだろう。身体が思うように動かない。それでも、小鳥は立とうと足に力を込める。

 

 しかし、立ち上がれない。上から抑え付けられ、まるで地面に縫い付けられたようだ。

 

 眼前には息を荒げるヒナが目尻に涙を浮かべながら、小鳥を睨み付けており、所持していたMGは手放していた。

 

「どうして……」

 

 ヒナが静かに呟く。その疑問に小鳥は答えない。否、答えられないと言った方が良いだろう。彼女の言葉に答える権利など、小鳥にはない。

 

「どうして……そこまでしてっ!」

 

 ヒナの悲痛な叫びが小鳥に突き刺さる。

 

「どうして貴女は、自分を軽んじるっ!!」

 

 彼女の慟哭に、小鳥は答えない。答えられる筈がない。

 

「どうして……そこまでして……私を助けようとするの?」

 

 ヒナの言葉に、小鳥は答えられない。

 

 答える言葉がない。

 

 だってそれは……。

 

「どうして……」

 

 彼女が大切な理由は……その答えは……。

 

「どうしてっ!!」

 

 小鳥は答えられない。その答えは、『それ』だけは、絶対に口にしてはならない言葉だ。

 

 『守りたい』だなんて驕りにも等しい言葉。

 

 『助けたい』だなんて傲慢にも程がある言葉。

 

 だから、小鳥は答えられないのだ。

 

「っ……答えてよ……」

 

 そんな小鳥の態度に、ヒナは掴んでいた小鳥の腕を離し、自身の顔を覆い隠す。

 

「ねぇ……お願い……だからっ」

 

 震える声で必死に言葉を紡ぐヒナは、顔を覆い隠していた腕を下げ、涙でぐちゃぐちゃになった顔を覗かせた。

 

「っ……私は……」

 

 そんな彼女の姿を見て、小鳥の心に罪悪感が募る。

 

 だが、それでも……。

 

(ごめん……なさい)

 

 この道を選んだ事は変えられない。進む以外の選択肢がない以上、小鳥にはもう、これしか方法がない。

 

 せめてもの償いを……彼女の幸福を奪わないようにする為に……。

 

「私は、敵で……良いんです」

 

 そう、敵だ。自分は彼女の『敵』なのだから。

 

「っ……!」

 

 ヒナが驚愕に目を見開き、そして歯を食いしばる。その仕草を見て、小鳥は『失敗した』と痛感した。

 

 案の定、ヒナは小鳥を地面に抑え付ける手に力を込める。

 

「どうしてっ! そんな事を言うのっ!!」

 

「ぐっ……」

 

「貴女は! なんでっ!!」

 

 ヒナが叫ぶ。記憶にないはずなのに、知らない筈なのに、ヒナは小鳥を覚えている。だからこそ感情を小鳥にぶつける。

 

「どうしてっ!! 貴女は自分を蔑ろにするっ!!」

 

「私は! 貴女を覚えていない!! けど……なのにっ!!」

 

「私の中に、貴女との記憶がある!! その記憶で私は理解したっ! 貴女と私がどういう関係だったのかをっ!!」

 

「なのに、なんでっ!」

 

 ヒナの慟哭が小鳥に突き刺さる。

 

「どうして、貴女は自分を蔑ろにするっ!!」

 

 その叫びは……まるで、彼女の魂の叫びのようであった。

 

「どうして……貴女は自分を犠牲にするっ!」

 

「私は! そんな貴女を見たくないっ!! そんなの、私は望んでいないっ!!」

 

「私だって! 貴女に幸せになって欲しいのに!! なんで……それを分かってくれないのよっ!!」

 

 ヒナの叫びが小鳥に突き刺さる。

 

 ヒナの叫びが小鳥の心を大きく揺さぶる。

 

「ねぇ……答えて……」

 

 ヒナが小鳥に問いかけるように呟く。

 

「貴女は……私の敵なの?」




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