縁繋の魔女〜小さな偶然達の集会で会いましょう〜
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慈愛の魔女様、採用させて頂き本当にありがとうございます。
黒服が止まらない。
運命操作によって行く手を阻んだ筈なのに、それでも彼は止まらない。
「なんでっ……どうして……」
なんで、私の運命操作が効かないの?
その疑問はすぐに解決した。
ベアトリーチェとアリウスの生徒達。そして、彼女達が使役するユスティナ聖徒会がアバンギャルドの軍勢とキヴォトス解放戦線のメンバーを排除したからだ。
「そんなっ……どうして……なんで……こんな事に……っ」
歴史の改竄に次ぐ改竄で、様々な齟齬が生まれた事は理解していた。
しかし、その歴史の改竄が自らの首を絞める事になろうとは、レン・テラーの知る由もなかった。そして、その誤算はレン・テラーに動揺をもたらす。
「っ……こんな筈じゃ……こんな……なんでっ!!」
もう少し、もう少し頑張れば、切り離された世界線が正史世界に定着する筈だったのだ。
そうすれば、自分の過ちは無かった事になる筈だったのに。
大好きな姉を殺す世界が無くなる筈だったのに。
なのに……それなのに……。
「なんでっ! なんで……もう止まれよぉぉっ!!」
神秘を駆使し、黒服を止めようと試みるも、運命操作をレンの神秘が妨害する。
僅かに上回る神秘とはいえ、与える影響は微々たるものへと成り下がる。
「止まれっ! 止まってよぉっ!!」
黒服が車を停め、その戸を開けて車から降りる。レン・テラーはそこに神秘を行使し、再び運命操作を試みるも、それすらもレンに妨害される始末。神秘に干渉する為にレン・テラーに近付く必要があったレンにとって、彼女と対峙した時点で神秘による妨害は確定した事だった。
「止まれぇっ! お前……私なら分かる筈だ!! なぁ、止めてくれよ!! 姉ちゃんだぞ!! 私の、私の大事な……大事な……っ」
そこまで言って、レン・テラーは自分が涙を流している事に気付く。
止めどなく溢れる涙は頬を濡らし、地面へと零れ落ちる。
「分かる筈だ!! バカな最初の私が犯した過ちで、私達がどれだけ苦しんだか!! お前だってわかる筈だ!! お前は私なんだ!! それなら、私の行動くらい、見逃してくれたっていいだろぉ!!」
そう叫ぶレン・テラー。だが、それでもレンは彼女の神秘を妨害するだけだった。
「止まれっ! 止まれぇぇぇっ!!」
レン・テラーの悲痛な叫びは届かず、黒服が歩みを進め、そして目的地に到着したのか足を止めた。
そこは……かつてユタカとレンが暮らしていた家。なんの変哲もない、何処にでもあるような民家。古い建造物ではあるが、それでも彼女にとっても、レンにとっても思い出深い場所だった。
そこに、黒服は辿り着いた。
何度かユタカが栽培した野菜を購入し、それを拠点に運び入れた事もある黒服にとってもなじみ深い場所。
それが、彼女にとっての終着点だった。
「お願い……止まってよっ!」
レン・テラーは泣きながら訴えかけるが、それでも運命は変わらない。
「ヒナさんは何をしているんだ!! ホシノさんは!! キヴォトス解放戦線は!! アバンギャルドは!! あの変な鳥は!! なんで……なんでなんでなんでなんで!! お願いだからやめてよ!! ねぇ、クロノス!! なんでもする!! なんでもするから姉ちゃんを助けてよ!! おねがいだからさぁ!!」
そう叫ぶレン・テラーだったが、その言葉は届かない。
いや……届いていたのかもしれないが、それでも黒服の意思を変える事は出来なかったのだ。
黒服は、その家の戸をゆっくりと開ける。
「っ……!!」
レン・テラーが息を呑むも、黒服はそのまま家の中へと入ってゆく。
そして、そこから先の光景が見えなくなった。
レンによる妨害。それも、本気でレン・テラーの神秘を妨害し、これから起こるであろう光景を映さないようにしたのだ。
「や、やだ……やだやだやだやだっ!! お願い、止まってっ!! やめてよぉぉっ!!」
ベットから立ち上がり、未だに椅子に座っているレンの胸倉を掴んで、前後に揺する。
「ねぇちゃ……っ!! 姉ちゃんを殺さないでぇぇぇっ!!!」
泣き叫ぶレン・テラーの声だけが部屋に響き渡る。
「分かってるはずだろ!! 小鳥には未来がない!! なにもない!! 失敗だ!! 失敗だらけの人生だ!! どの選択肢を選んだとしても、そこから先の未来はない!! 何度失敗した!! 何十何百何千何万…・・・失敗ばかりの人生だ!!」
レン・テラーが泣き叫ぶ。しかし、それでも運命は変わる事はない。
「だからっ!! そんな奴の人生なんて元から終わらせた方がみんなの為だ!! 違う!! 私だ!! 私の為だ!! みんなの為じゃない!! 私の為にやるんだ!!」
幾度となく見続けた未来の姿。小鳥の運命は失敗の連続だ。此処まで進んだ事すらも奇跡の一言に尽きる。それが決定事項だ。彼女は失敗する。何もかも選択を誤り、それでも何故、彼女を擁護するというのだ。
「小鳥は……もう、助からない」
レン・テラーはそう呟いた。
「失敗だ!! 彼女は道を違える!! 何も為せない!! 何も出来ない!! 全てが無駄な!! 無駄な足掻きに過ぎないんだ!! その事は私が一番理解できる事だろ!!」
そう言って、レン・テラーは泣き叫ぶ。
「もう……もう良いだろ? もう、終わりにしようよ……っ」
どんなに頑張った所で、小鳥は道を違える。奇跡なんて起きる筈がない。それは分岐点が生まれ、風紀委員会に所属してからの人生が物語っている。そう、彼女は何も変えられないのだ。
「分かってるさ……どうしようもないってな」
そう、彼女は決して変えられない。此処まで来れたのだって奇跡のような幸運だ。
「それなら!! もういいだろ!!」
レン・テラーは叫んだ。何故、そこまでして小鳥を守るのか?
「私は……っ! もう、もう嫌なんだよ!!」
そう叫び、レン・テラーは泣き崩れる。
「もう見たくないんだ!! もう……もう嫌なんだよぉっ!!」
そう言いながら、レン・テラーはその場に崩れ落ちた。
「神に祈ったんだ!! 何度も何度も!! 結果は変わらないのに!! 何も変えられないって分かってるのに!!」
そう、彼女は神に祈った。
何度も……何度もだ。
しかし、その結果は変わらなかった。
「どうせ、無駄だって……そんな事は分かってたさ!! それでも祈るしかなかったんだよ!!」
自分の為じゃない。誰も救えない世界なんて、意味がない。
「でも……もう嫌なんだ!! もう、神に縋るのも!! 何も出来ない自分に絶望するのも!!」
そんなレン・テラーに対し、レンは諭すように語りかける。
「それが……私の望んだ未来なのか?」
「……っ」
「それが、お前の望みなのか?」
そう問われて、レン・テラーは言葉を詰まらせる。
「……そうだよ。お前も理解してるだろ。だから私は、元を絶ったんだ」
小鳥が分岐点となったならば、小鳥そのものを抹消すればいい。
そうすれば分岐点が存在しなくなり、未来は変わる。
その未来にこそ、自分達の幸福があるかもしれない。
レン・テラーは、自ら色彩に魅入られた事で、心が折れてしまったのだ。
「でも、その選択は間違っている。それは、お前だって理解している筈だ」
レン・テラーが小鳥を殺めた所で、何も変わりはしない。
「でも……っ!!」
「無駄なんだよ。本当に、心の底から無駄なんだよ」
そう語るレンに、レン・テラーは反論する。
「でも!! それでも私は!!」
「だったら、見てみろよ。本当に無駄だったのか。分岐点ではなく、もっと前の世界線にすら、小鳥の幸福は存在しないのか、見てみるといい」
そう言われて、レン・テラーは思い出す。
分岐点になる前の世界線を……。
「それでも、何も変わらなかった筈だ」
そう言って、分岐点となる世界線の前。
小鳥がまだ、自分にも世界にも絶望する前の世界線の記録を読み漁る。
多くの分岐があり、枝分かれし、その全てを流し見る中に、レン・テラーは見てしまった。
誰かが小鳥の前に歩み寄り、真っ直ぐに小鳥を見据え、そして……。
―あっ……あのっ! よっよろしかったら! わっ私ととととっ友達になってくだしゃい!!―
その光景を見たレン・テラーは床にへたり込んだ。
「嘘だ……嘘に決まってる……」
そう呟くが、しかし、それは現実だった。いや、在り得たかもしれない世界線の1つとして、確かに存在したのだ。
「救いはなかったか? その世界線の小鳥は、本当に救いがなかったのか?」
確かに、小鳥の人生は失敗の連続だ。多くの過ちを繰り返し、失敗に次ぐ失敗の人生だ。
そこで終わる世界線もあった。しかし、それでも、彼女が幸福となる世界線も、確かに存在したのだ。
そして、小鳥の選択肢を狭めたのは、他でもないレン・テラーだったのだ。
分岐点の前の世界線で、彼女の存在を抹消した。その段階で一つの分岐点が生まれ、小鳥が存在する世界と存在しない世界を作り上げてしまった。
救いがあったかもしれない世界線を、レン・テラー自らが消してしまったのだ。そして、その世界線が消滅した事で、小鳥の人生に救いがなくなった。レン・テラーの介入によって、彼女の選択肢が狭められてしまったのだ。
「ち……ちがっ……わた……私……は……」
「見て、理解しただろ? 有り得たんだ。小鳥が幸せになる世界ってのはよ」
レン・テラーが俯きながら涙を流す。
「で、でも……でもっ!!」
それでも、とレン・テラーは続ける。
「それでも私は姉ちゃんを……」
「ダメだ」
レン・テラーの言葉をレンが遮る。
「私は小鳥を守る。その為に、姉ちゃんが犠牲になるってんなら……」
「……っ! 待てよ!! なんで姉ちゃんなんだ!! やめろ!! やるなら私だ!! 私をやればいい!! そうだろっ!!」
そう言って、レン・テラーは縋りつくようにレンの足にしがみついた。
「止めるから……この世界線を切り離すから……もう諦めるから……だから……頼むよ……姉ちゃんを……殺さないで……」
「なぁ、私」
泣きながら懇願するレン・テラーに、レンが語り掛ける。
「小鳥はな、この世界が大好きなんだ。一度は絶望したこの世界を、小鳥は愛しているんだ」
「何を……言って……」
「まぁ、聞けよ。大事な、大事な話なんだからさ」
化物と、怪物と、悪魔と罵られ、一度は壊れかけた彼女を救ったヒナ。
小鳥は過ちを犯した自身の選択肢を、忌むべき分岐点である選択肢からこの世界線に導いてくれたレンに心から感謝したのだ。
レンがいなければ、小鳥は奇跡の選択肢を切り開く事が出来なかった。小鳥は、レンがいなければ見る事の出来なかったであろうこの素晴らしい世界を愛したのだ。そして、小鳥にとって、誰かの幸福こそが自身の幸福でもあったのだ。
「小鳥はな、言ったんだ」
レン・テラーが顔を上げ、涙に濡れた瞳を覗かせながらレンに問いかける。
「何て……言ったんだ?」
「ありがとうって、そう言ったんだ」
ヒナが先生と共に過ごす世界を作ってくれてありがとう。ホシノがユメ先輩を失わずに済んだ世界を作ってくれてありがとう。
「はっきり言うぜ。小鳥は壊れている。この件だって、私やヒナさん、ホシノさんや他の奴等の幸福を壊す行為と認識したんだ。だからこそ、自分は悪と定めた。幸福の世界を壊す罪人だってな。そんな奴が、そんなバカな奴がだぞ……」
レンの言葉に、レン・テラーは困惑の表情を見せる。それが真実なら、小鳥は本当に壊れている。自身の幸福よりも他人の幸福を望むなんて気がくるっているとしか言いようがない。しかし、彼女の幸福そのものが他者の幸福であるならば……本当に、本当に狂っている。
いや、狂っているからこそ、彼女はこの選択肢を選んだというのか?
「姉ちゃんを消せば、全て解決だ。それだけの事をしたからな。でもな、あいつは言ったんだ」
『その必要はない』と……。
次の瞬間、レンの神秘に寄る妨害が消え、ユタカと黒服の姿が映り込む。
そこには、居間で寛ぎながら談笑する黒服とユタカの姿があった。
「『言質』を取れればそれでいい。それで十分だってな」
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