風紀の狂犬   作:モノクロさん

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『死』と『再生』を司る者

 ヒナを中心に、世界に歪みが生ずる。

 

 大気は震え、大地は鳴動し、そして、その歪みが世界そのものを侵食する。

 

 レン・テラーによる世界の改竄とは比べものにならない程の負荷が世界を包み込もうとしていた。

 

「これは……まさか……」

 

 かつて小鳥がフェネクスを顕現させた時と同じ……いや、それ以上の神秘が顕現する。

 

 そして、小鳥は理解した。

 

 このままこの神秘を顕現させてしまえばどうなるのかを……。

 

 止めなくてはならない。ヒナにこの神秘を顕現させてはいけない。

 

 この世界は、改竄された世界とはいえ、ヒナが幸福の時を得た世界だ。

 

 その世界を、ヒナ自らの手で破壊させてはならない。

 

「ヒナ委員長!!」

 

 小鳥が手を伸ばす。しかし、その手はヒナの神秘により弾き飛ばされる。

 

「っ!!」

 

 小鳥は、それでも諦めなかった。何度も、何度でも手を伸ばす。しかし、その手がヒナに届く事はない。

 

「ヒナ委員長……ダメです。貴女がそんな事をしては、絶対に……っ」

 

 小鳥の必死の訴えも、ヒナには届かない。

 

 そして、その瞬間が訪れてしまう。

 

 ヒナを中心に、世界が歪む。罅割れていく。まるで世界そのものが悲鳴をあげているかのように、軋み出す。

 

「ダメ……です……っ」

 

 止めなければ、なんとしてもヒナを止めなければならない。しかし、その手段が小鳥には残されていない。

 

「ヒナ委員長……っ!!」

 

 失敗してしまうのか。自分は何もできないまま終わってしまうのか。

 

「……それでもっ!!」

 

 小鳥は諦めない。何度でも手を伸ばす。伸ばし続けた。そして……。

 

 その声に、その思いに、小鳥の神秘が反応した。

 

『……使えばいい。その為に用意した物だろう?』

 

 声が聞こえた。フェネクスの声だ。

 

 使う……この時の為に用意した『死』の概念が内包された銃弾。

 

 それを今、使えという事なのだろう。

 

(これを使えば、ヒナ委員長は……)

 

『あぁ、助かるぞ。だが、今のままでは足りない。それはお前自身も分かっている筈だ』

 

 ヒナを助ける為に……死の概念を内包した銃弾を使う。しかし、今の出力では足りない。

 

『ありったけだ。使える分は全て、ありったけ使うんだ。それで解決する。あぁ、あの御方はまだ未完全だ。完全に顕現出来ているわけではない。あのガキ共に邪魔されているからな』

 

(邪魔をしている……レンちゃんと……まさかレン・テラーも……それなら……)

 

 恐らく、レンとレン・テラーの2人が神秘を用いて未来の運命を操作しているのだろう。

 

 それでも、その変化は微々たるものだが、ヒナが神秘に取り込まれるのを薄皮一枚で防いでいると考えれば、チャンスは僅かしか残されていない。

 

 そしてフェネクスが、小鳥に死の概念を内包した銃弾の使用を促している。この銃弾を使えばヒナを助けられるという確信があるのだろう。

 

 だが、今のままでは出力が足りない事は小鳥自身も理解している。

 

 足りない出力は、出来うる範囲で……それこそ命がけで小鳥に残された神秘を絞り尽くさなければならない。

 

 ならば、迷う理由はない。

 

『あの御方はお怒りだ。お前の時とは違う。お前はあの小娘を見ていた。いや、あの小娘以外見ていなかった。だが、あのガキは小娘を利用する事しか考えていなかった。それがあの御方の逆鱗に触れた』

 

 ならば、この世界諸共、破壊しつくしてもおかしくない。

 

 あの御方……ヒナの神秘が怒る理由としては、十分なものだったのだろう。

 

(……私はヒナ委員長を助けたい)

 

『なら、全てを絞り出せ。あの御方から、小娘を守れるのはお前しかいない。その銃弾で、あの御方に一矢報いて見せろ』

 

 フェネクスがそう告げる。小鳥はフェネクスの言葉を反芻し、そして決心する。

 

「私は……ヒナ委員長を助けたい」

 

『ならば撃て。それで全て解決だ』

 

 フェネクスのその言葉に、迷いはない。ならば小鳥も迷わない。

 

 小鳥のヘイローがガラス細工のように砕けて散っていく。

 

 その手には『死』の概念が込められた銃弾。小鳥のヘイローが砕ける毎に銃弾を纏う『死』の概念が徐々に精度を増してゆく。

 

『そうだ、それでいい』

 

 フェネクスが満足そうに笑う。

 

『さぁ、決めろ。あの小娘を助けて見せろ』

 

「えぇ……分かっています!!」

 

 小鳥は銃を構え、ヒナを見据える。そして、その照準をヒナに合わせる。

 

(これで、ヒナ委員長は助かる。それなら、迷う必要はない)

 

 小鳥は死を纏う銃弾の籠められたトリガーに指をかけ、そして……。

 

「ヒナ委員長……いきます」

 

 引き金を引こうとした次の瞬間。

 

「…………こ……と………………………り……」

 

 神秘に蝕まれ、その姿を変異させつつあるヒナが……そう呟いた。

 

「……っ!!」

 

 一瞬の躊躇い。しかし、その躊躇こそが運命を分けた。

 

「…………………………違う」

 

『……なに?』

 

「……もう少し、早くに気付くべきでした。フェネクス、貴方が『あの御方』と敬う相手に牙を剥く筈がない。これを撃てば……」

 

―ヒナ委員長は助からない―

 

 小鳥は、そう直感していた。その答えは、フェネクスの言葉で肯定される。

 

『ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!?! そうだとも!! 私はあの御方に牙を剥く気など更々ない。私が敬うは『あの御方』のみ!! あぁ、残念だ。あと少しで、お前が絶望する姿を拝む事が出来たというのに!!』

 

 フェネクスが嘲笑の声を上げる。

 

『だが、ならばどうする? 既に神秘を全て消費したその身体で、どうするつもりというのか。あぁ、お前は誤った。選択肢を違えた。その結果がこれだ。お前は誰も救えない。お前は何も為す事はない。唯々目の前で大事な存在を失う様を見届けるがいい』

 

 フェネクスは、小鳥を嘲り続ける。しかし……。

 

「……ありがとうございます」

 

 小鳥の口から出た言葉は、感謝の言葉だった。

 

『……なにを言っている? もうお前には出来る事は……っ』

 

「貴方の言い分から考えるに、まだ方法は残っていたようです」

 

 そう、フェネクスの言葉には『まだ方法はあった』という事が如実に示されていたのだ。

 

 神秘を消費した小鳥では助ける事は出来ない。

 

 そう、『死』の概念で神秘を消費した小鳥では、為す術がないという『事実』が。

 

『まさか……貴様っ!!』

 

「簡単な話じゃないですか」

 

 『死』の概念が内包された銃弾を惜しむ事なく手放し、そして別の銃弾を手に取り、そこに神秘を注ぎ込む。

 

「まだ『一発分』の神秘を籠める事は出来ます。それを使えば……ヒナ委員長ならきっと」

 

『っ!!?? お、お前ぇぇぇっ!!!!』

 

 フェネクスの絶叫が轟く。しかし、小鳥はそれを意に介さない。

 

「私は幸福の時を過ごしました。それこそ、一生分の幸福を。それなら、私はその幸福をヒナ委員長にも分け与えるだけです」

 

 そこに籠められしは『再生』の概念。小鳥は信じる事にしたのだ。

 

 ヒナ委員長ならば、きっと乗り越える事が出来ると。

 

『止めろ……止めろぉぉっ!!』

 

 フェネクスの静止の声が響く。しかし、小鳥はそれすらも無視して銃弾に神秘を籠めていく。

 

 最後の一発分。ヘイローが砕ければ、それは死に繋がる。

 

 それでも構わない。ヒナが助かるのなら、自分の命など惜しくはない。

 

 願わくば、最後の引き金を引くまではもってほしい。

 

 望む願いはそれだけだった。

 

 そして、その願いは……。

 

『それなら、この役割は私が取るべきだ。お前じゃない』

 

 小鳥の脳裏にフェネクスとは異なる声が響いた。

 

 忘れる筈もない。かつて切り離された世界線で対峙した自分自身の声。

 

『狂乱の不死鳥』と恐れられた存在。

 

 対峙した後、彼女の力を取り込んだ小鳥だったが、彼女の意思が、小鳥に語り掛けてきたのである。

 

『私は果たせなかった。ヒナ委員長に『また明日』って言われたのに……同じ後悔を、私はお前にさせたくない』

 

 そう言うと、彼女は自身の神秘を小鳥へと譲渡する。

 

『私が出来るのはここまでだ。ヒナ委員長を助けたいのなら祈れ。それくらいしか、私には出来ないんだからな』

 

「……ありがとうございます」

 

 彼女から譲渡された神秘。それを銃に籠め、そしてヒナへと銃口を向ける。

 

(きっと、これが最後のチャンス)

 

 小鳥は祈った。どうかヒナ委員長を救ってほしいと、彼女の『明日』を取り戻す為に力を貸してほしいと。

 

 そして……。

 

「ヒナ委員長……いきます」

 

 小鳥の引き金が引かれる。そして、『再生』を内包した弾丸がヒナへと放たれる。

 

 銃弾は真っ直ぐにヒナの胸へと吸い込まれるように着弾し、そしてその身を優しく包み込んだ。




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