風紀の狂犬   作:モノクロさん

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狂犬と立ち位置 後編

 アコの突然の叫びに、小鳥や風紀委員会のメンバー、更に、先程まで風紀委員会と一戦交える気概でいた便利屋68全員が驚愕する。

 

 ゲヘナの最強戦力と称される空崎 ヒナ。彼女からの着信にアコは一瞬呆然とする。

 

 拙い。ヒナ委員長が出張に出ているタイミングを狙ったアコだが、まさかこんな時に連絡が来るとは。

 

 早く電話に出なければ拙いし、ヒナ委員長に無断で自身の権限以上の部隊を動かした事がバレたら、それこそ最悪だ。

 

 なんとか上手く誤魔化さねば。先ずは兎も角、電話に出なければ話にならない。アコは慌てながらも通話ボタンを押すと、ヒナ委員長の声が携帯越しに聞こえてきた。

 

『アコ? 貴女、今何処にいるの?』

 

 いきなり核心を突いた問いに、アコはドキリとする。沈黙はダメだ。何か言わなければ……。

 

 咄嗟に出た言葉は、風紀委員のメンバーとゲヘナ近郊のパトロールという無難な解答だった。電話越しとはいえ、アコは冷や汗を掻きながらも、心拍が速くなるのを感じていた。

 

 まだシャーレの先生との接触に成功しただけだというのに、このまま部隊を下げては、自分達が、自治区の近郊で騒動を起こしたという事実のみが残ってしまう。

 

 アビドスの生徒からの抗議だけならば、まだ言い訳が立つかもしれないが、そこにシャーレの先生の証言が加われば話は変わってくる。

 

 この件で、政治的な問題として取り上げられて、後のトリニティとの条約に悪影響を及ぼしたら目も当てられない。

 

 最低でも、シャーレの先生だけは確保しなくては。

 

 そんなアコの思惑を、ヒナは電話越しに『ふぅ……』と、小さく息を吐き、更に問い掛けた。

 

『それじゃあ、他の学園の自治区で、委員会のメンバーを独断で運用している理由を聞かせてくれないかしら?』

 

「……え?」

 

 アコは一瞬、理解が追い付かなかった。

 

 ヒナ委員長が、何故その事を?

 

 その疑問に答える様に、風紀委員達の視界に、ある人物が映り込んだ。

 

 漆黒の冠を模した巨大なヘイロー。風紀委員会の制服と肩に羽織ったロングコート。まるで魔王を彷彿とさせる出立をした少女。

 

 彼女こそ、ゲヘナの風紀委員会の長にしてゲヘナ最強と称される空崎 ヒナである。

 

 ヒナは風紀委員達を一瞥した後、アビドスの対策委員会、シャーレの先生へと視線を移し、ボロボロに焦げた私服姿の小鳥に視線を移した。

 

 そして、暫しの思案の後、状況を把握する。

 

「そう……だいたい把握したわ。ゲヘナの不安要素の確認及び排除。政治的な活動の一環といった所ね」

 

 その答えに、アコと小鳥の両名はバツの悪そうな表情を浮かべる。

 

「小鳥、貴女が此処に居る理由もアコと同じでしょ? まぁ、貴女の場合、政治的な意味合いよりも、興味があったからといった方が正しいのかもしれないけれど」

 

 ヒナの指摘に、小鳥は更に苦虫を嚙み潰したような表情で顔を背ける。図星だ。

 

 興味があったのは確かだし、シャーレの先生が、エデン条約に何処まで影響を及ぼすのかも知りたかった。無論、最悪の展開も想定した上で知りたかったのだが、それすらもヒナは見抜いているのだろう。

 

 そしてこれが、政治的な意味合いに取られるのが嫌だったからこそ、匿名の一般生徒として、接触したかったのだ。

 

 だが、結果的にはヒナにはバレてしまっている。気不味いにも程がある。

 

(ついでに、服の汚れ具合から見て、誰かと一悶着あったみたいね。まぁ、それも、この惨状を見れば安易に想像がつくけれども)

 

 そう思いながら、瓦礫の山と化した柴関ラーメンを見つめ、これが対策委員会との揉め事ではなく、別の集団との揉め事なのだと理解する。

 

 遠目に見えた程度だが、数と見た目からして、便利屋68だろう。既に彼女達の姿はない。ヒナに気付いて、すぐさま撤退したようだ。

 

 この判断の早さは、便利屋68らしい。

 

 さて、この場に残っているのは、アビドスの対策委員会のメンバーとシャーレの先生。そして、小鳥を含む風紀委員会のメンバーだ。

 

 幸い、此処はアビドスの自治区外。そして、見た所、一触即発だったものの、対策委員会と風紀委員会との間で、小競り合いも無かったようだ。

 

 唯一懸念すべきは、小鳥と便利屋68が、自治区の近くで揉めて建物を破壊した事と、擲弾兵の砲撃による被害くらいか。

 

 問題はそれを対策委員会に説明し、納得してもらえるかどうかだが……。

 

「…………」

 

 此処は素直に、謝罪をすべきだろう。ヒナはそう結論付け、対策委員会に対して頭を下げた。ヒナの行動に驚く対策委員会を他所に、ヒナは言葉を続ける。

 

「アビドス自治区の外とはいえ、事前通達無しでの無断兵力運用、および、騒ぎを起こした事を、私、空崎 ヒナより、ゲヘナの風紀委員会の委員長として、アビドスの対策委員会に対して公式に謝罪する」

 

 今後、ゲヘナの風紀委員会が無断で此処に侵入する事がないという条件の基、ヒナは謝罪した。

 

 正式な謝罪と共に、今後、風紀委員会が不用意にアビドスに干渉しない事を約束したヒナに、対策委員会も驚きの表情を浮かべていた。

 

 それは果たして、ヒナの謝罪に対してなのか、それとも別のものなのか。

 

 少なくとも、そんな対策委員会の反応を見て、ヒナは成程と、納得しているようだ。

 

 その後、アコには校舎で謹慎を言い渡し、イオリとチナツに部隊を連れて撤収を命じた。

 

 そして、小鳥に対しては……。

 

「小鳥、貴女もアビドスの対策委員会とシャーレの先生に一言謝罪してきなさい。それまで待っているから」

 

「え、良いんですか?」

 

「えぇ、しっかりね」

 

「……はい、わかりました」

 

 ヒナの温情に、小鳥は素直に従い、対策委員会とシャーレの先生に謝罪した。

 

「この度は、ご迷惑をおかけしました。柴関ラーメンの件は、此方で弁償いたしますので、大将にも宜しくお伝えください。それと……」

 

 恐らく、ヒナは小鳥に、この事を伝えさせる為にこの場を設けたのだろう。

 

「先程のヒナ委員長の謝罪からお気付きかもしれませんが、此処は……この区画一帯は、アビドスの自治区ではありません。此処はあくまでもアビドスの自治区の外にあります」

 

 ヒナの謝罪から違和感を感じていた対策委員会だったが、こうして小鳥の口からも告げられた事で、更に動揺が走っている。

 

 もしかしたら、彼女達は知らなかったのかもしれない。もしくは、この事実を知っている人物は対策委員会の委員長である小鳥遊 ホシノだけなのかもしれない。

 

 それを踏まえた上で、小鳥はシャーレの先生に向き直り、声をかける。

 

「もしかしたら、貴方がたは一度、自分達の状況を整理する必要があるかもしれません。カタカタヘルメット団なる集団や、カイザーコーポレーションの事。そして……いいえ、そこから先は、皆さんで調べ、考えて、判断する必要があると思います。此処から先は、私の様な部外者が立ち入ることが出来ないものと思われるので」

 

 キヴォトス内で様々な事業に手を出している大企業。

 

 彼等が何故、このアビドスに固執しているのか。資源もなく、都市開発も望めぬこの地で、何をしようとしているのか、それを知る必要がある。

 

 幸い、カイザーコーポレーションがアビドス内で活発に活動している区画を、ヒナがシャーレの先生にこっそり教えていた。後は対策委員会と先生の手で何とかするだろう。

 

 最後に、先生と他愛のない会話の遣り取りをした後、小鳥は先生と別れた。

 

 その帰りの道中、ヒナが問い掛ける。

 

「小鳥、貴女から見て、シャーレの先生はどうだった?」

 

「そうですね……まだ、判断に困る所があります」

 

 そう答えた小鳥は、目を細めてこう続けた。

 

「ですが、アビドスの対策委員会の方々に対する態度は真摯なものでありました。そして、迷惑をかけた私に対しても」

 

 胸に手を当て、先生とのやり取りを思い出す。

 

 先生に会いたかった。会って、先生がどのような人物なのか確かめたかった。その為だけに、ヒナや風紀委員会に迷惑をかけるかもしれないと分かっていながら、それでも会わずにはいられなかった。その事を吐露した小鳥に対し、先生は事もなくこう告げた。

 

―いつでも会いに来ても良いんだよ。何か困った時や、そうでなくても、ただ会いたいと思ったら、何時でもおいで―

 

 想いを汲み取り、受け入れる姿勢を見せてくれた先生に、小鳥は思わず笑みを浮かべる。

 

 会いたいと、ただそう思っただけで会いに来ても良い。その言葉は、小鳥の求めていた答えだったのかもしれない。生徒の意図を汲み取る彼ならば、きっと安心できる。直観的にそう感じた小鳥は、モヤモヤした気持ちが晴れた心地でゲヘナ学園へと戻った。

 

 無論、彼女の行った行為は決して許される事ではない。柴関ラーメンの件だ。不本意とはいえ、一般人を巻き込んでしまった事には変わりない為、小鳥もまた、アコ同様、反省文の提出を言い渡された。




・ストーリーパートは一旦終了です
次回からはアンケートからの日常パートを描いていきます。
これからも本作を楽しんでいただけると幸いです。
評価、感想など、楽しみにしています。
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