風紀の狂犬   作:モノクロさん

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誤字報告ありがとうございます。
訂正させて頂きました。

今回は日常パートです。
思った以上にカスミ票があったのが驚きでした。


狂犬と影武者

 アビドスでの一件から数日後、無事にアコの机にあった反省文のテンプレートで反省文を作成した小鳥は、暫くの間、週3の活動を週4に増やす事で、柴関ラーメン店の修繕費の一部を風紀委員会の方で負担する事を確約した。

 

 一週間の半分以上を風紀委員会として活動する。最初の頃と比べて、労働時間は2倍だ。

 

 それでも、今回の一件は自分に非があると自負している小鳥は、何時もと同じ様に、校則違反者や不良生徒達を相手に、風紀委員会の仕事をこなしていた。

 

「良いでありますかぁ? 校則違反者を相手する際は思い切りが必要であります。例えばこの様に……」

 

 と、死屍累々の如く、小鳥の手によって気を失った不良生徒の集団が、折り重なって積み上げられた状態で放置されている。

 

 皆、銃弾の痕が身体中の彼方此方にあるが、それ以外にも打撲痕も複数見られており、その数は、銃弾の痕以上に残っている。

 

 小鳥の指導を受けている風紀委員達は、不良生徒達の末路を最初から最後まで見届けていた事もあり、小鳥の容赦なさを改めて実感した。

 

 詳しく言えば、密集陣形を組んでいた不良生徒達による銃弾の雨の中、小鳥は銃を握っていない方の手で指さし確認しながら標的をランダムで選び、至近距離まで近付いた後に発砲。

 

 その間、自分自身も銃弾の雨に晒されていながら、目立った外傷はない。倒れた所を馬乗りになって何度も銃床で殴打を繰り返し、動かなくなった所で別の標的をランダムで設定。

 

 その繰り返しで、最終的には逃げ惑う不良達の足を攻撃し、身動きが取れなくなった状態の彼女達を、1人ずつ始末した次第だ。

 

 倒れて動けない状態で仲間達の悲鳴を聞き続けた不良達は、最後は涙目で命乞いをしていたが、小鳥は音程の外れた鼻歌を交えながら容赦なく得物を振り下ろしていく。

 

 そして、最後の1人を始末した所で、気を失った彼女達を一カ所に集めて、その体を積み重ねたのだ。これを見た風紀委員達の感想は、もはやドン引きである。

 

「……と、言う事であります。分かりましたか?」

 

 一通りの説明を終えた後、小鳥は風紀委員の子達に問い掛けるも、返事は生返事ばかり。それに対し、小鳥はふぅっと息を吐くと、風紀委員達の顔を見渡す。

 

 その視線に、風紀委員達はビクッと体を震わせると、思わず目を逸らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……という事があったでありますよ」

 

「あぁ……まぁ、小鳥ちゃんの指導にも問題あるかな」

 

 後日、事後報告の為に風紀委員会本部に戻った小鳥は、先日の件をイオリに相談したのだが、返ってきた返事は、何とも微妙な反応だった。

 

「風紀委員の活動とはいえ、不良生徒を滅多打ちにしたんだろ? まだ新人の子達には刺激が強かったんじゃないか?」

 

「なんと、一応、加減をしたつもりではあったのですよ。それでも厳しいでありますか」

 

 いつもと違い、相手が気を失ったと確認が取れたらそれ以上追撃はせず、別の標的に切り替えていたのだが、それまでの過程が問題だったらしい。

 

 まぁ、あの状態を見れば、いくら校則違反とはいえ、思わず同情してしまうのは仕方がない事なのかもしれない。特に、今回の任務に参加した子がまだまだ未熟の身であれば尚更である。

 

「それにしても、最近、新人の子達ばかりの指導が多いでありますな。他の子達はどうしたでありますか?」

 

「他の子達も似たり寄ったりだよ。特に最近は、不良生徒達が活発化しているから」

 

「委員長の不在を狙っての狼藉でありましょう。全く、鬼の居ぬ間になんとやらでありますか」

 

 その鬼のいない間に狂犬が暴れ回っているのだが、それでも問題を起こす者は起こしている。

 

 どうしても、ヒナという抑止力が強すぎるせいで、彼女がいなければという風潮が未だに残っているのだろう。

 

 因みに、小鳥が現場近く聞いたら避難せよ。関わるな。という話は、不良生徒達の間でも広まっている為、小鳥もまた抑止力としては十分な役割を果たしているのだが、それを補って尚、問題を起こすのがゲヘナなのである。

 

 救急医学部の部長からはもう少し手心を加えるように注意を受けてはいるが、その話はまた、別の機会に。

 

「とはいえ、今の状況は看過できないでありますよ。ヒナ委員長がいなければ問題ないというこの空気はダメダメであります」

 

「そうなんだけど、皆、やる事が多過ぎて手が回らないのが現状なんだよな。せめてもう少し、動ける人材が増えればなぁ」

 

 イオリは、風紀委員会本部に集まった書類の山を見ながらそう呟く。

 

 確かに、ここ最近の風紀委員会は多忙を極めている。人手が全然足りないというわけではないのだが、問題を起こす生徒の鎮圧に割く人手とそれを指揮する人材がどうしても足らなくなる。

 

 小鳥やイオリとまでは言わないが、そこそこに指揮が出来る人材を育成しなければ、現状を打開する事は出来ないだろう。

 

「小鳥ちゃんが週7で活動すれば……」

 

 

「イオリちゃん。学生の身分で週7はブラックなんですわ」

 

 書類関連を任されていない代わりに、現場に出る事がメインの小鳥にとって、毎日がドンパチ騒ぎは流石に勘弁のようだ。

 

 小鳥とて華の学生。戦闘民族ではない。

 

「そうか、小鳥ちゃんがずっと本部に常駐していたら、警戒する不良も増えると思うんだけど」

 

「それなら、私のマスクをいくつか置いときますので、影武者でも作りますか?」

 

 と、そんな冗談を口にした小鳥だったが、暫し考え、頷く。

 

「問題解決じゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、ゲヘナ学園近郊にて。

 

「ヒャッハー!! ゲヘナの風紀委員だ、皆やっちまえ!!」

 

「ヒナどころか狂犬もいない風紀委員会なんざこわかねぇんだよぉ!!」

 

 生徒間で起こった喧嘩が発展し、不良生徒達が徒党を組んでのドンパチ騒ぎ。

 

 今日はヒナもいなければ小鳥も風紀委員会として活動していないと情報を仕入れた不良生徒達が、我が物顔で暴れ回る。

 

 騒ぎを聞きつけた風紀委員が暴徒と化した不良達を鎮圧しに駆け付けたが、勢いで勝る不良生徒達は、風紀委員達を徐々に押していた。

 

 そんな中、一台の護送車が到着し、中から出てきた風紀委員の姿を確認した不良生徒達の顔が、一瞬にして強張った。

 

 鳥の嘴が付いたマスクを被った風紀委員。そんな奇妙な出立をした人物は1人しかいない。

 

「こ、小鳥だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「ど、どういう事だ!! 小鳥は確か、今日休みだって……」

 

「じゃあ何でここに来てるんだ!! やばいやばいやばい!! とっととずらかるぞ!!」

 

「ま、待てって……なんかちょっとおかしくないか? なんかこう……胸辺りが何時もより大きく……」

 

「バカッ!! 胸の事は禁句だぞ!! 小鳥の胸をバカにしたやつがどうなったか知ってるだろ!!」

 

「でも……やっぱりでか……」

 

「盛ってるんだよ!! 嫌な事があったんだろ!! 盛りたくなったんだよ!! 赤壁だなんて言われてるから擬態させてるんだよ!! いいから逃げるぞ!!」

 

「わ、わかった……」

 

 でも、やっぱりでかいんだよなぁ……。

 

 蜘蛛の子を散らすように逃げる不良生徒達。その背中を見送る様に、マスクを被った風紀委員は、安堵の息を漏らしながら、護送車の中へと入っていった。

 

 その日、ゲヘナ各所にて非番の筈の小鳥の姿を目撃した生徒達が多数確認された。

 

 MGを乱射して高らかに笑う小鳥。音程が外れた濁声交じりに笑う小鳥。拳を振り翳して雄叫びを上げる小鳥。何処かで入手したのか、ゲヘナの生徒会である万魔殿の羽沼 マコトの銅像を取り出し、それに向かって銃を乱射し、徹底的に破壊しつくした小鳥。

 

 何が真実なのかは定かではないが、その日、ゲヘナ学園の不良生徒達の間で、風紀委員の小鳥が休みを返上して不良生徒狩りをしていると噂が広まったのは、また別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し前。

 

 ゲヘナの風紀委員会本部。そこに集められた小鳥と同じ身長の風紀委員達。

 

 彼女達の手元には、小鳥が普段被っているマスクが握られており、小鳥がマスクを被って見せると、彼女達もまた、同じ様に装着する。

 

 誰がどう見ても風紀委員として活動している小鳥ちゃんと遜色ない。唯一、小鳥の体型までは再現できなかったのだが。

 

「よ~しよしよし。誰がどう見ても私と瓜二つでありますね」

 

「その場のノリで考えた作戦だけど、思った以上に成果が出そうだな。後は全員さらしを巻いて……」

 

「どういう事でありますかイオリちゃん?」

 

「…………」

 

「イオリちゃん、私の目を見て答えて下さい。イオリちゃん? こっちを見てイオリちゃん」

 

 怒りはしませんでした。でも、ちょっと悲しかったです。by小鳥ちゃん。

 

「ま、まぁ、良いでしょう。それでは、今回皆さんに集まってもらったのは他でもありません」

 

 気持ちを切り替え、マスクを被った風紀委員達を一人一人確認する様に歩く小鳥に、皆が直立不動で敬礼をする。

 

「最近、不良生徒達の素行が益々悪くなっています。原因は端折りますが、我々としては看過できない内容であります。そこで、皆さんには私に変装して事に当たってほしい次第であります」

 

 風紀委員会として活動中の小鳥はマスクを装着している為、余程近くで見ない限り気付かれる事はないだろう。

 

 不良生徒達の小鳥に対する評価は、一言でいえば『最悪』だろう。

 

 風紀委員会の暴力装置。容赦のない徹底した対応に、病院送りにされた不良達も少なくない。

 

 彼女達にとって、唯一の救いは、週の半分程が非番である事だ。

 

 ヒナ委員長がいなければ、小鳥の非番の日であれば、風紀委員など怖くない。

 

 逆に言えば、ヒナや小鳥がいれば、不良生徒達も悪さが出来なくなる。

 

 ヒナはゲヘナの皆が周知している。しかし、小鳥はマスクを被って活動している為、同じマスクを装着すれば、遠目に見れば誰も小鳥の偽物だとは気付かないだろう。

 

 だからこそ、今回の作戦を思いついたのである。

 

 小鳥は、その内の1人の前に立つと、ポンッと肩を叩く。

 

「問いましょう。貴女は何者でありますか?」

 

「小鳥ちゃんであります!!」

 

「では問いましょう。貴女が小鳥ちゃんなら、風紀を取り締まる際はどうしますか?」

 

「わざと音程を外した鼻歌交じりに不良を撃ちます!!」

 

「そう、わざと…ん? わざと? え? 私、自慢ではないですが歌には自信が……」

 

「この間のカラオケパーティー。参加した友人が小鳥ちゃんの歌を聞いて体調を崩しました!!」

 

「そ、そうですか……そう……うん。成程。それは申し訳ない事をしました」

 

 自分に扮する風紀委員に檄を飛ばすつもりが、思わぬ所から攻撃を受け、たじろぐ小鳥。

 

 咳払いをした後、気を取り直して次の風紀委員の前に立つ。

 

「えっと、貴女が小鳥ちゃんなら……」

 

「はい!! 奇声を上げながら銃を乱射します!!」

 

「な、何故奇声を?」

 

「はい!! それが小鳥ちゃんらしいかと!!」

 

「そ、そっかぁぁぁぁ……」

 

「自分も拳を振り翳して奇声を上げます!!」

 

「……みんなが私の事を普段からどう見ていたか良く分かりました」

 

 頭を抱える小鳥。近くにいたイオリが、慰めるように肩を優しく叩いてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、小鳥ちゃん影武者作戦を決行した結果、成果は上々。抵抗らしい抵抗も出来ずに拘束される不良や何もせずにその場から逃げ惑うという情報に、小鳥は大満足だった。

 

 これで、ゲヘナの治安も少しは良くなるだろう。

 

 そう思っていたのだが……。

 

 影武者作戦三日目にして問題が発生した。

 

 温泉開発部がゲヘナ自治区の住宅街に温泉を掘削する為、建築物を爆破しているという通報が入り、小鳥の影武者と複数の風紀委員達が現場に急行した。

 

 最初は、小鳥の影武者に動揺した温泉開発部だったが、部長のカスミが偽物だと看破し、影武者を含む風紀委員数名を拘束したという情報が入ってきた。

 

 その日、非番だった小鳥も、イオリからの連絡で仕方なく途中で護送車に拾ってもらい、現場に急行。

 

 現場では建築物が次々と爆破され、瓦礫の山が築かれていた。

 

「あ~やってるでありますなぁ。温泉開発部も懲りないでありますねぇ」

 

 爆破されている建築物を遠目に見ながら、小鳥はのんびりとした様子で呟く。

 

 いずれは気付かれるとは思っていたが、相手がカスミだった事もあり、仕方がないと言えば仕方がない。

 

 取り合えず、カスミと温泉開発部を数名拘束すればいいだろう。

 

 そう思いながら現場に到着すると、拘束された風紀委員達の周辺に温泉開発部のメンバー。そして高らかに笑いながら建築物を爆破するカスミの姿を確認した。

 

「さてさて、すみませんが銃を貸してもらえますか? 多分、その方が直ぐに拘束できそうなので」

 

 自慢の愛銃を携えていれば自分が本物だと直ぐに気付かれるだろう。逆に風紀委員のメンバーが持つ銃であれば、同じく偽物と勘違いし、不用心に近付いてくるかもしれない。

 

 愛銃は護送車に置き、予備の銃を借りて温泉開発部に近付く。小鳥に気付いた温泉開発部のメンバーがカスミに駆け寄り、何か耳打ちし、小鳥を指さす。

 

 すると、カスミは上機嫌で小鳥に向き直り、爆破作業を中断した。

 

「やぁやぁ小鳥ちゃん。久し振りだねぇ」

 

 余裕綽々といった様子で小鳥に手を振るカスミ。その余裕は、自分の優位を確信しているからだろう。恐らく、持っている銃が普段の愛銃でない事と、影武者の存在を既に知っているからこそのものだろうが、それでも不用心なと、そう思いながら、此方も無防備に近付く。

 

 他の温泉開発部も、特に何かをするでもなく、事の成り行きを見守っている。

 

「はっはっは。今回の小鳥ちゃんはそっくりさんじゃないか。此処にいる子と違ってね」

 

 そう言って、拘束された小鳥の影武者を指さす。

 

 既にマスクを外され、素顔を晒した影武者は、涙目で小鳥に助けを求めている。

 

「少し前に、巷で小鳥ちゃんが大量発生したと聞いた時は驚いたが、種が分かればどうって事はないさね」

 

 不良生徒と対峙する影武者が多方で目撃され、尚且つ、移動距離と時間を計算すれば、1人では到底不可能だとカスミは判断したのだろう。

 

 そして、各地区で目撃された小鳥の特徴を調べ上げれば、彼女達が偽物である事も直ぐに気付いた。だからこそ、自分達の前に現れた小鳥の影武者の見た目が本人と違うと分かり次第拘束し、マスクを外して核心をもった次第だ。

 

「まったく、小鳥ちゃんも迂闊なものだ。身長を合わせればそれでいいと思っている。体型の事も考えたまえ。本物の小鳥ちゃんが君と同じく軽装備なら、彼女は弾力装甲じゃないか」

 

「…………」

 

「せめてさらしを巻いて少しでも体型を似せていれば判断しかねたというのに。風紀委員会は思った以上に人材が不足しているようだね。その点、君は完璧じゃないか。小鳥ちゃんと同じ身長に起伏のない体型がまさに小鳥ちゃんそのものだ」

 

「…………」

 

「狂犬に狩人に戦闘マシーンとあだ名は様々だが、やはりレッド・クリフが一番しっくりくるね」

 

 その辺りで、小鳥が持っていた銃がミシリと音を立てる。

 

「此処だけの話なんだが、このあだ名を考えたの……私なんだ。はーはっはっは!!」

 

 明かされた真実。赤壁というあだ名を広めたのはカスミであった。

 

 握り潰さんとする勢いで銃を握りしめていた小鳥は、感情の抜け落ちた瞳でカスミを見る。

 

 しかし、マスクのせいで表情が読み辛い状況が、カスミを沼にはめていく。

 

「いやはや、まさかその場のノリで口を滑らせたそれが広まるとは私も思わなかったがね。はーはっはっは!!」

 

 高笑いするカスミ。しかし、その笑い声が突然止んだ。銃を捨て、カスミを持ちあげる小鳥。

 

「おやおや、随分と力持ちの様だね」

 

 持ち上げた状態のまま、踵を返して護送車へと歩く小鳥だが、カスミは余裕の表情を崩さない。何せ、此処には温泉開発部のメンバーが大勢いる。このまま護送車に閉じ込められようとも、開発部の皆が助けてくれると確信しているからだ。

 

 他の風紀委員があわあわしながら護送車の扉を開く。そして、カスミを護送車の中に座らせた小鳥は、武器を隠し持っていないか確認した後、縄でカスミを拘束した。

 

「おやおや、随分と手際が良いみたいだね。でも大丈夫かい? 此処には温泉開発部の皆がいるのだよ?」

 

 そろそろ皆が動く頃合いだろう。そう思いながら風紀委員の子達に指示を送る小鳥を眺めていたカスミだったが、改めてカスミの前にしゃがみ込み、マスクの嘴が触れるか触れないかというギリギリまで顔を近付けられた瞬間、思わず息を呑む。

 

 まるで、獲物を目の前にした獣の様な目だ。その目に射抜かれたカスミは恐怖で硬直する。

 

「え? あ……へ?」

 

 間の抜けた声が、知らず知らずの内に漏れ出ていた。

 

 そして、小鳥はカスミの面前でマスクをずらすと、露わになった眼光が妖しく光り、しかし声色だけは穏やかなそれで、カスミに語りかけた。

 

「すこ~し、待っててくださいねぇ」

 

 死刑宣告に近い言葉だった。マスクを装着しなおし、風紀委員の子達に『何があってもカスミを逃がすな』と命令し、護送車に置いていた愛銃を拾い上げた小鳥は、カスミを助けようと動いていた温泉開発部の皆の前に立ち塞がり、誰から狙おうかと、一人一人を指さしては思案し……。

 

 発砲音が響いたのは、そのすぐ後だった。

 

 汗が止まらない。何処で判断を誤った?

 

 小鳥ちゃんの影武者を見抜き、油断した。油断しすぎてしまった。

 

 いや、調子に乗りすぎてしまった。

 

 護送車の中では外の様子は見られないが、カスミを見張っている風紀委員の子達の様子から察するに、小鳥は、カスミを逃がす気など毛頭ないのだろう。

 

 このままでは温泉開発部は全滅だ。そして、唯一捕まった自分は……。

 

「な、なぁ、君達。相談なのだが、此処は一つ、私を見逃してはもらえないか? 今回は……ほら、色々と手違いがあってだね……」

 

 恐怖のあまり、普段の交渉術が発揮できない。喉は渇き、『ヒューヒュー』と息が漏れ出、上手く言葉に出来ない。

 

 そして、それを聞いた風紀委員は、気まずそうに視線を落とし。

 

「ごめん……無理」

 

「同じく、ごめんね」

 

 と、校則違反者であるカスミに対し、申し訳なさそうに謝罪の言葉を述べる。

 

 その謝罪は、暗に風紀委員として見過ごす訳にはいかないというわけではなく、話に乗った後、自分達がどうなるか分からないと恐怖から来たものだった。

 

 外からは爆発音と銃声、そして温泉開発部のメンバー達の悲鳴が響き渡る。そして、メグの『撤退!! 撤退!!』という言葉を最後に、暫し聞こえた音が、シンと静まりかえった。

 

 音が途絶え、自分と風紀委員の子達の呼吸音だけが聴こえる。そんな中、外からコツコツと聞こえる足音に、カスミは唇を震わせながら、扉の方を凝視した。

 

 足音が扉の前で止まる。そして、ゆっくりと音を立てて開いた先には、全身を赤く染めた小鳥の姿があった。

 

「お、ま、た、せぇ~。後の事は他の風紀委員の子達に任せて帰りましょうか」

 

 中に乗り込み、カスミの前でしゃがんでジッと見据える。声は穏やかだが目が笑ってない。

 

 何かをするでもなく、ただジッと見つめる小鳥にカスミは何か話しかけようと口を開いては閉じての繰り返しだ。そんなカスミの様子に、漸く笑みを浮かべた小鳥は、何処から取り出したのか、ガムテープで口を塞ぎ、人差し指で唇を抑え『静かにね』とジェスチャー。そして、以前使ったキャリーケースを取り出すと、その中に入るよう促した。

 

 黙って従うしかない。抵抗らしい抵抗も見せず、身体を丸めてキャリーケースの中に入る。

 

 ケースが閉まる音を聞きながら、視界が暗くなるのを黙って受け入れたカスミは、唯一残された聴覚を頼りに外の様子を感じ取ろうとする。

 

 キャリーケース越しに感じる振動。護送車が動いている。そして、僅かに聞こえる声から、運転席と助手席に風紀委員の子達。そして、キャリーケースのすぐ近くに小鳥がいる。これから自分はどうなるのだろう。不安と恐怖がカスミの心を蝕んでいく。

 

 護送車に揺られてから数分か、それとも数十分か分からない。しかし、最初の会話の遣り取りから沈黙となった車内で、耐え切れずに風紀委員の子が口を開いた。

 

「そ、それにしても、無事に温泉開発部のメンバー達を拘束できたのは良かったですね」

 

「で、ですねぇ。影武者に気付かれたのは残念でしたが」

 

「そうですねぇ。それに、開発部の部長に逃げられたのも残念でしたね」

 

「「ッ!! スゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…………」」

 

 小鳥の何気ない一言で、風紀委員の子達が声にならない声が漏れる。

 

 カスミはこの護送車の中にいる。それは、この護送車の中にいる風紀委員全員が知っている。

 

 この発言の意味を考えた時、風紀委員の子達から滝の様に汗が流れ出ていた。

 

(ま、待て待て待て待て待ちたまえ!! な、なにを言っているんだい!! 私は此処に……此処に……いて……)

 

 思った以上に深刻な問題になっていると、カスミは涙目になりながら必死にキャリーケースの内側で暴れる。『ガタガタッ』と音が車内に響くが、誰もその音に反応しようとしない。

 

 更に、1人の風紀委員が限界を迎えたのか、引き攣った笑みを浮かべながら小鳥の言葉に反応した。

 

「そ、そうですねぇ……小鳥ちゃんから逃げ果せるとは、流石は温泉開発部の部長です。いやぁ、本当に残念……」

 

「ハァ……ハァ……ね、ねぇ……ちょ……」

 

「温泉開発部の!! 部長はっ!! 逃げたっ!! そうだよね!! ねっ!!」

 

「う……うん……ソウダネ……」

 

 その後、再び沈黙が続く。相変わらず、カスミは暴れてガタガタと音を鳴らすが誰も反応しない。

 

「あ、すいません、ちょ~っと止まってもらえますか?」

 

 今後は小鳥が護送車を止める様に指示。直ぐに戻って来ると言いながら、車から降りると。扉が閉まる音と共に、必死にガタガタと音を立てた。

 

「ンーッ!! ンーッ!! ンンンンンンンンンンンンーー!!!!」

 

 口を塞がれているので、言葉を発する事は出来ない。それでも風紀委員の子達に呼びかけるも、車内からはすすり泣く声しか聞こえない。

 

 それから数分も経たずに何かを買ってきた小鳥が戻ってきて、車が再び動き出す。

 

「こ、小鳥ちゃん……何か用事があったのですか?」

 

「はい、ちょこっと用事がですねぇ。これですこれ。『動物用のオムツ』」

 

「「ッッッッ!!!!」」

 

「ンンンンンンンンンンンンッ!!!!」

 

 一人を除いて、車内の皆が心の中で『ヤバいヤバイヤバイヤバイ!!』と連呼する。

 

「動物……飼ってたんですね」

 

「えぇ、最近飼いまして」

 

「そ、そうですかぁ……」

 

「あ、すみませんが、ちょっと私の家に寄ってもらっても良いですか? 荷物を置いていきたいので」

 

「ハァ……ハァ……ハ、ハイ……ワカリマシタ……」

 

 片言な返事をする風紀委員の子。小鳥はカスミの入ったキャリーケースを持って自宅まで車を走らせた。その間、ずっとガタガタと音をたて続けるキャリーケースだが、誰も反応する事はなかった。

 

 護送車が小鳥の自宅前に着くと、小鳥はキャリーケースを軽々と担ぎながら買い物袋を持って車を降り、家の中に入っていく。そして、家を出た小鳥の手には、何もなかった。キャリーケースと動物用のオムツは……家に置いてきたようだ。

 

「さて、風紀委員会の本部に戻りましょう。事後処理がありますからねぇ」

 

 その言葉に、風紀委員の子達は涙目で了承し、風紀委員会の本部へと進路を取った。

 

 何も見ていない。私達は何も見ていない。心の中で、その言葉を何度も連呼しながら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仕事を終え、帰宅した小鳥は、電気もつけずに暗がりの部屋の真ん中に置いたキャリーケースをゆっくりと開いた。

 

 中には、両手両足を縄で縛られ、口をガムテープで塞がれたカスミが蹲っている。ヘイローは消えていない。つまり意識はある。小鳥はそんなカスミに近づくと、ニッコリと笑みを浮かべて口を塞いだガムテープを剥がした。

 

 怯えた目で小鳥を凝視するカスミの頬を両手で持ち上げる様に掴むと、小鳥は満面の笑みでカスミに優しく語りかける。

 

「喋っても良いですよ。この部屋、防音対策は万全ですので」

 

「ヒッ……ヒッ……さ、流石にこれは……風紀委員としての職務を……」

 

「あぁ、成程。これは犯罪だ。許されない行為だ……と。そう言いたいのですね」

 

 物凄い勢いで首を縦に振るカスミに、小鳥は益々笑みを深めて顔を近付ける。互いの目と目が合う距離まで近づけると、ギザギザの歯が見える程の満面の笑みで、小鳥はカスミに言った。

 

「不思議ですねぇ。これが犯罪なら。何故私は裁かれないのでしょう? いったい、何時になったら天罰は降るのでしょうか? 教えて下さいよ。カスミちゃん」

 

「ヒュー……ヒュー……」

 

 呼吸が呼吸の役割を果たしていない。脳が酸素を求めて、肺が必死に酸素を取り込む。恐怖で声を出せずにいるカスミの頭を撫でながら、小鳥はもう一度囁いた。

 

 耳元で、優しく。それでいて、何処か狂気を感じさせる声で……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日、ゲヘナ学園近郊でフラフラと歩いているカスミが発見された。しかし、その目には生気はなく。まるで何かから必死に逃げている様に見えたそうだ……。

 

 誰もいない部屋で、小鳥は呟いた。

 

「あちゃ~逃げられちゃいましたねぇ」

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