夜、人気のないゲヘナ近郊を歩く小鳥。
静まり返った住宅街。銃声や爆発音が一切ない。そんな、普段と違った平穏な街並みを歩く小鳥の正面から、誰かが歩いてきた。
「こんばんわ、小鳥。珍しいわね」
落ち着いた声。ヒナの声だ。その手には何時も所持しているMGではなくリードが握られており、紐の先には四つん這いで歩く行政官の姿。
「おや、これはこれはヒナ委員長。この様なお時間にお散歩でありますか?」
「えぇ、この時間は静かだから、よく散歩しているわ。小鳥も?」
ヒナの質問に対して肯定で返した小鳥は、両手で抱きかかえたカスミを見せ、にっこりと笑みを浮かべた。
「はい、最近飼ったばかりなので、右往左往しましたが、漸く懐いてくれました」
見て下さい。こんなにプルプル震えてチワワみたいですよと。腕の中で震えるカスミをヒナに見せると、カスミは必死に首を横に振っていた。
「あら、珍しいわね。確か、カスミってペットとして飼うのは大変って聞いてたけど、小鳥はカスミと仲良くなれたのね」
そんなカスミの事など気に留めずにヒナがそう言うと、小鳥は嬉しそうに笑いながら首を縦に振った。
「いえいえ~愛情を注いで躾をすれば、どんな子も良い子になりますよ。ねぇ~カスミちゃん」
そう言って優しく頭を撫でると、カスミはプルプルと震えながら目から涙を流す。いったい、カスミはどのような躾をされたのだろうか?
「そう言うヒナ委員長もアコちゃん輩先の躾がしっかりと……」
そう言ってアコの頭を撫でようとすると、歯を剥き出しにして威嚇を始めるアコちゃん輩先。
「こらっ、アコ……お座り」
「……クゥン」
ヒナの一言で直ぐにお座りするアコちゃん輩先。しかしその目は恨めしそうで、小鳥に対しての敵意が目に見えて分かる。ヒナは、そんなアコちゃん輩先を優しく撫でると、リードを持ち直した。
「ごめんね。アコは私には懐いてるみたいだけど、まだ他の子達の前だと厳しいみたい」
「仕方がありませんよ。アコちゃん輩先の躾もかなり大変と聞いてますので」
寧ろ、此処までしっかり躾をしているヒナの手腕に、小鳥は賞賛の言葉を送った。
「そうかしら? この子、飼い始めた時から大人しかったから、特に大変と思った事はないわよ?」
そのかわり、他の人が近付くと威嚇するという問題が後から発覚した為、最初の段階での躾が遅れて、今でも注意しないとアコちゃん輩先は人に懐かないらしい。
その話を聞いて、小鳥はフフッと微笑んだ。
ヒナ先輩でも失敗はするのだなと、何処か完璧超人を思わせるヒナの思わぬ一面に気付いたと、小鳥は嬉しそうに微笑んだ。
「ではでは、あまり長時間外に出しているといけないので、私はこれで失礼させて頂きます。ヒナ委員長はもう少し散歩を?」
小鳥の言葉に、ヒナは顎に手を当てて少し考えこむと、微笑みながら小さく頷いた。
「そうね、まだトイレも終わってないから、もう少し散歩を続けるわ」
アコはカスミと比べると大きい。色んな意味で大きい。トイレは外で済ませないと大変なのだろう。
その点、カスミは大丈夫だ。この間、仕事後に購入した動物用のおむつがまだ残っている。
「それではヒナ委員長。また明日。アコちゃん輩先もまた明日ぁ~」
「グルルルルルルル……ワンワンワンッ!!」
「こらっ!! アコ、ステイ!!」
ヒナの制止も聞かず、小鳥の後姿に向かって吠えるアコちゃん輩先。対してカスミは、小声で『タスケテ……タスケテ……』と、ヒナ……ではなく、リードに繋がれたアコちゃん輩先に向かって吠えていた。
ははは、全く、カスミちゃんは不思議な鳴き声で吠えますなぁ。はっはっはっはっは…………。
カーテン越しに漏れ出た光に、小鳥は目を覚ました。
時計を見ると、まだ早朝の5時前だ。学校に行く時間でもない。二度寝をしようと瞼を閉じるが、小鳥は思い出したかのように飛び起きた。
昨日の夜、カスミと散歩をしていた時の出来事を……。
ベッドの横を見る。するとそこには、誰もいなかった。
「……あぁ、そっかぁ。夢でありましたかぁ」
そういえば、カスミは少し前に逃げ出したのだった。まぁ、逃がしたとも言うのだが。
そもそも、先程のヒナとの遣り取りは夢だ。カスミは兎も角、アコちゃん輩先が犬の様に四つん這いで散歩させられるなんて……いや、ヒナが相手ならば有り得るか?
アコちゃん輩先が……ヒナ先輩に……。
小鳥は、そこまで考えて思考を停止した。変な夢を見たせいか、身体が妙に怠い。取り合えず二度寝しよう。
そう思いながら、視界の端に映った動物用のおむつを見て、『ふむっ』と呟いた。
「まだ半分、残ってるんだよなぁ」
勿体ないと思いつつ、使い道がない。また、カスミを捕らえた時に……いや、流石にバレたら拙いな。
小鳥はおむつを片付けると、再び布団に潜り込んだ。夢の続きを見ようと……そして、ヒナの事を思いながら微睡む意識の中、ふと、ある事を思い出した。
そういえば、大分前にお出かけの誘いをしていたような。それに対して、少しの時間ならと了承を得ていた筈。ならば……。
「そうだ……今後、ヒナ先輩を誘って遊びに行こう」
それだけ呟くと、小鳥の意識は夢の中へと吸い込まれた。
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今回は前編・後編に分けての投稿になります。
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