「ヒナ委員長。遊びに行きましょう」
早朝、風紀委員会本部に着いた小鳥は、誰よりも早く出勤していたヒナに向かってそう言った。
「突然ね。急にどうしたの?」
視線だけは一瞬だけ小鳥へと向け、再び書類に視線を戻す。既に山積みとなっていた書類の三割ほどが終わっているが、これはあくまでも本日の分の一部に過ぎない。残りは、まだ手すら付けていない。
そして、書類を終わらせたとしても、今度は別の仕事が待っている。
しかし、小鳥はそんな事は関係ないと言わんばかりにヒナに詰め寄り、机をバンバンと叩く。
「急ではありません。少し前に約束した筈です。『今から頑張れば3時間は時間が取れる』みたいな話をした筈です。私はちゃんと覚えているんですよ」
両手を腰に当て、フンスっと鼻息を荒げながら胸を張る小鳥。確かにした記憶はあるのだが、もうすっかり忘れていた。否、そもそも、その約束自体大分前のものだ。
それを覚えていました。今から遊びに行きましょうと言われても、手元に残っている仕事を済まさなければいけない。ヒナは山積みになっている書類に目を向けて、小さくため息を吐いた。
だが小鳥は怯まない。今日がダメでも、明日がある。明日がダメなら明後日がある。その次の日も、またその明日も……。
何時か必ず約束を果たそうと小鳥は決意していた。書類に目を向けながら、少し考える素振りを見せる。そして、ヒナは小鳥に視線を向けた。
「確かに、前に約束していた事は覚えているわ。でも、今はあの時と状況が違うのは分かっているでしょう? 今から直ぐは無理。せめてもう少し時間を頂戴」
決して小鳥と遊びに行くのが嫌だとか、そういう訳ではない。単純に時間がない。前の時と同じように、時間を空けるから、それまで待ってほしい。そういうニュアンスで小鳥を嗜める。
小鳥も今すぐは難しいと理解している。それに、自分の我儘で委員長の業務を滞らせる訳にはいかない事も分かっている。その為、改めて約束しなおす事で、ヒナに時間を作ってもらう様、取り次いだのだ。
「勿論であります。ではでは、時間が出来次第教えて下さい。約束でありますよ」
「えぇ、分かったわ」
ヒナから了承を得た。その事に小鳥はにこりと笑みを浮かべて、音程の外れた鼻歌交じりにマスクを取り出し、それを装着する。
今日は非番の筈だ。何時もならこのまま鼻歌交じりに何処かに遊びに行く小鳥が何故。そう思いながら、小鳥がヒナが受け持つ筈だった仕事に手を付けるのを、ヒナは何とも言えない表情で見ていた。
「ふっざけんな!! 何で小鳥ちゃんがいるんだよ!! 今日は非番だろ!! 何でここにいるんだよ!!」
「また影武者か? でも、あの容赦なさは小鳥ちゃんだぞ!!」
不良生徒数人。巷で一般人に危害を加えているという情報を受け、風紀委員会が出動。しかし、そこに居たのは紛れもなく小鳥だった。
ヒナの代わりと言わんばかりにマスクを被って活動している小鳥は、不良生徒の顔を壁に叩き付けた後、ズリズリと壁で顔を摩り下ろす様に引き摺って次なる標的を選別している。
その所業は、不良達の間ではヒナよりも容赦のないと広まっており、風紀委員のメンバーもまた、小鳥の所業には完全にドン引きである。
「はいは~い。私は本物の小鳥ちゃんですよぉ。それでぇ、どうしますかぁ? 大人しくお縄について貰った方が此方としてはつまらな……此方としては楽なのですが」
「今つまらないっつったぞ……やべぇやべぇやべぇ!!」
「わ、分かった、大人しくするからたすけt……」
不良生徒が両手を上げて降参のポーズを取ろうとした瞬間、容赦なく発砲し、不良生徒の眉間に銃弾を命中させた。
泡を吹いて崩れ落ちそうになった不良生徒に、小鳥は片手で掴んでいた不良生徒を離し、銃を持ちなおして無防備となった顎目掛けてフルスイング。弧を描いて打ち上げられた不良生徒の身体は、そのまま地面に叩き付けられて沈黙した。
その行動に、他の不良生徒達は恐怖で顔を引きつらせる。
「いや……今、助けてって……そう言ったじゃんかよ!!」
「あっはっは。何を言っているでありますか? まだ最後まで言い切ってなかったじゃないですか」
不良生徒がそう叫ぶと、小鳥はニコニコと笑みを浮かべている。その笑顔に恐怖を感じつつ、不良生徒達は再び身構えた。
「抵抗を確認……で、ありますなぁ」
その後、不良生徒全員が救急医学部送りとなったのだが、ヒナにこっぴどく叱られた。
しかし、ヒナの時間を作る為に、非番を返上して風紀委員の活動に参加した小鳥のお陰か、思ったよりも早くにヒナが自由に動ける時間を作る事が出来た。
お出かけ当日。私服姿に身を包んだ小鳥はニコニコ笑顔で待ち合わせ場所でヒナの事を待っていた。
そして、待ち合わせ時間より少し早めに来たヒナを見て、小鳥は驚いた。
「ヒナ委員長、何故風紀委員の服装のままなのですか?」
「え、制服があるんだから私服なんて必要……」
「オッケイ。分かりました。先ずは私服を買いに行きましょう」
何時もの風紀委員の制服。そして私服は必要ないというヒナに、小鳥はヒナの腕を引っ張って何処かへと連れていく。
向かう先は、ショッピングモールの中にある女性服売り場の店だった。そこでテキパキと着替え用の服を選んではそれをヒナに試着して貰い、小鳥はウンと大きく頷いた。
ヒナの私服姿は、制服の時とはまた違う魅力がある。ついでに髪型とかも変えてもらいながら見比べ、満足したように小さく笑みを浮かべる。
残念な事に、好みの服が分からないというヒナだったが、想定の範囲内だ。小鳥は色々と服をヒナに合わせ、良いなと思った服を購入した。
ヒナからは自分の服だから自分で購入すると言われたが……。
「いえいえ、私好みの服を選んだだけなのでお気になさらず。まぁ、いずれはヒナ先輩にも好きな服が見つかるでしょう。その時に購入してお披露目してくださいな」
ついでに水着コーナーもあったので、今年の夏にどうかと問いかけるも、返答は……。
「それなら大丈夫。昔着ていた水着が残っているから」
「ほうほう、因みにどのような水着で?」
「小学校の時に使っていた水着」
「なるほど。確かに悪くないですが、今時ではないかもしれませんね。しかも、成長するとサイズも変わってきますし、念のために流行りものを用意していても悪くないかもです」
ヒナのスク水姿なら見てみたいという思いはあるが、それはまた次の機会に取っておこう。
余計なものはいらない。無駄なものは買わないというのは分かるが、今回も小鳥が見てみたいからという理由で、流行りの水着をいくつか試着してもらい、気に入ったものを購入した。
その後もショッピングモール内を歩き回り、アクセサリーや下着関連を見て回る。普段から学生らしいことをしてこなかった弊害か、興味のあるものがあまりなく、購入した商品も、殆どが小鳥の好みに偏っていた。
それでも、ヒナと遊びに行けた楽しさに釣られて、小鳥は音程が外れた鼻歌交じりに小気味よくモール内を巡っていく。
そんな姿に、ヒナも申し訳ないと思いつつ、普段と違う小鳥の姿を見れた事に、少し新鮮な思いを感じていた。
暫く散策し、昼時になる前に、小鳥とヒナは喫茶店で食事を摂っていた。
小洒落た内装で、流れているBGMも耳心地が良い。注文したのはお店のおすすめであるデザートセットだ。
季節の果物をふんだんに使ったタルトに珈琲と、中々に良い組み合わせだ。
ヒナも満足している様で、小鳥はホッと胸を撫で下ろした。
その後、ショッピングモール内を再び歩き回る二人。やはり小鳥が先導している形で歩いていると、ふとヒナの足が止まり、視線の先を見た。
どうやら、可愛らしい小物が売っている店の様だ。ヒナはなんとなく目が留まっただけなのだが、それを見た小鳥は小物店の中に入り、ヒナの手を取って店の中を見て回る。
商品を見ていると、小鳥が気になった小物を手にとってヒナに見せた。
それは小さな花の髪飾りだった。
「これとかヒナ委員長に似合いそうであります」
そう言ってヒナの頭に花飾りを付けてみる小鳥。ヒナは鏡に映った自身を見ても良く分からない。
それでも、花飾りを付けたヒナの姿を見た小鳥は満足そうに頷いて、その髪飾りを購入した。
「私のばかり買わないで、自分のものも買った方が……」
「いえいえ、私は自分が買いたいものを買ってるだけですので」
そう言って、購入した商品の入った袋をポンポンと叩いて、満面の笑みを浮かべる。
とはいえ、楽しい時間とは直ぐに過ぎ去るものと、小鳥は実感した。
今日という日の為に。時間を作ってもらったわけだが、その時間も残す所、後僅か。
最後に何か思い出になりそうなものはないか。そう思いながら、ゲームセンターの前を通った小鳥の目に、プリクラが映り込んだ。
「ヒナ委員長。最後にあれ、あれをしましょう」
「あれ? あれって何?」
「プリクラです。今日という記念に、写真を撮ろうって話ですよ」
そう言って、中に入り、コインを投入する。そして、機械の音声に従い、写真を撮ると。そこには満面の笑みでポーズをとる小鳥と、ぎこちない笑みで控えめなピースサインをとるヒナの写真が出来上がった。
「あっはぁ!! 良いですねぇ良いですねぇ!! こういう記念も良いですねぇ!!」
写真に写った対照的な二人の姿に、満足気な小鳥。ヒナも、自分が映ったプリクラをじっと見つめながら、思わずフッと笑みを浮かべた。
プリクラを半分に分け、片方をヒナに渡し、もう片方を大事に財布の中にしまう。
その後、帰路につく中、ヒナは風紀委員会の仕事があるからと、ゲヘナ学園に戻ると言い、途中で別れる事となった。
「今日は私の我儘に付き合ってくれてありがとうございました」
ホクホク顔の小鳥に、ヒナもまんざらでもなかったのか、穏やかな表情で『また今度、時間が取れたら』と言って小鳥から購入した商品を受け取り、その後別れた。
この服を、この水着を着る機会があるかわからないが、それでも、好意を持って買って貰ったものだ。無碍には出来ない。
次に誘われた際に、着ていくのも良いかもしれないと思いながら、ヒナは仕事に戻った。
「また今度、ですかぁ。良いですね良いですね。また時間を作ってヒナ先輩と遊びたいですねぇ」
ヒナと別れた後、財布の中からヒナと撮ったプリクラを取り出し、それを眺める。
初めての思い出。ヒナとの記念の一枚は、何処かぎこちないものの、普段と違う表情の彼女が映し出されており、また一緒に出掛けた時は何処に行こうと考えながら、小鳥は1人、帰路についた。