ヒナとのお出かけから数日後。小鳥は久方ぶりの非番を堪能すべく、ゲヘナの自治区の外へと遊びに行こうと計画していた。しかし、残念な事に小鳥の自由は、とある人物によって奪われる事となる。
風紀委員会副委員長のアコに、説教をされるという形で。
何でこんなことになったのか。小鳥は項垂れながら、アコの説教を聞いていた。
曰く、風紀委員の仕事で忙しいヒナ委員長に無理を言って、彼女に無理やり時間を作らせて遊びに出掛けた。けしからん。羨ましい。後、不良生徒を救急医学部送りにするのは仕方がないがやりすぎだとお小言も貰った。
ヒナとのお出かけに対するお怒り9割、他が1割の割合といった所か。
今から限定スイーツを買いに行くんだけどなぁと、思いながらも、小鳥はアコの説教を右から左へ受け流しながら、お小言を聞き流す。
そして、粗方言い尽くしたのか、一息ついたアコは、何処に出かけて何を購入したのか問い掛けた。
「それで、ヒナ委員長とは何処に出かけたのですか?」
「近くのショッピングモールです」
「そうですか。それで、何を購入したんです?」
「小物品や私服……後は水着に下着くらいですかねぇ」
ヒナとのお出かけは楽しかったが、それ以上にヒナを着せ替え人形みたいに色々と出来たことが小鳥にとって非常に大きな収穫だった。ヒナとのお出かけ。それは非常に有意義な時間だった事を振り返りながら、小鳥は購入した水着や私服の数々を思い出し、表情が緩むのを感じたが、すぐに表情を引き締めた。
「水着に……下着ですか?」
アコからドスの効いた声が発せられる。一体、何が彼女の逆鱗に触れたのか。彼女は表情こそ穏やかなものの、目が笑っていない。何処に問題があったというのか?
「因みに、どういった水着と下着を?」
「え? 普通に流行りものの水着や下着ですよ」
「ですから、それを詳しく。それとも、大きな声で言えないようなものを買ったんですか?」
「いえいえ、普通の……まぁ、私の好みに偏った水着や下着ですね」
その回答に、アコの表情が一瞬固まる。が、小鳥は特に気にする様子もなく、ヒナとのお出かけの事を思い返しながら、アコに説明していく。
ヒナとのお出かけで購入した水着や下着は、小鳥がこれまで気に入ったものを纏めたものだ。私服に関しては試着してもらったが、水着や下着に関しては、流石に試着は出来なかったので、服越しにあてて、ヒナに合っているかどうか見比べながら購入したものだ。
思った以上に、派手めなものではなく、おとなしめのものが似合っていたので、それを購入したと伝えると、アコは顔を真っ赤にして怒りに震えていた。どうしてそこまで怒っているのか理解出来ない小鳥は首を傾げるが、そこでハッとする。
もしかしてアコも、ヒナの私服や水着や下着を選んで買いたかったのかもしれない。それを自分が独占したものだから、アコは怒っているのだ。なら、仕方がない。形は違えど、ヒナの事を思いやっているアコだ。次のお出かけにはアコも一緒に……。
そう思いながら、アコに次のお出かけの際は一緒に行きませんかと問いかけると、彼女は口をパクパクと動かしながら、何かを言おうとしている。しかし、結局口から言葉が発せられる事はなかった。
何か様子がおかしいアコが少し気がかりだったが、小鳥は次の休日のお出かけを楽しみにするのであった。
その後、無事に解放された小鳥だったが、限定スイーツは残念ながら売り切れ。仕方なしと、残ったスイーツをいくつか選別し、それを購入して持ち帰った。そして、それを風紀委員会本部へと持っていくと、残って書類整理をしていたヒナと一緒に食べながら、のんびりと珈琲を啜りながら時間を過ごした。
「そういえば、ヒナ委員長、夕食は食べたのですか?」
「いや、まだだけど……」
時計を見ると、夕食の時間まではもう少し。このままヒナを放置するのも忍びない。流石にスイーツを夕飯代わりにする事は出来ないと思った小鳥は、まだ開いているか分からないが、食堂で食事をしようと提案。
ヒナは大丈夫と口にしたが、小鳥も譲らない。結局、一緒に食堂で夕飯を食べる事となった。
ヒナが一通りの書類を終わらせるのを待って、一緒に食堂へと向かうと、給食部の部長、愛清 フウカが明日の昼食の下拵えをしていた。
ヒナと小鳥が食堂に入ってくるのを見かけたフウカは、手を止めて二人に声をかける。
「委員長に小鳥ちゃん、こんな時間にどうしたの?」
「ハロハロ~フウカちゃん。見ての通り、食事に来たのですが、もう店じまいですかな?」
小鳥の問いかけに、フウカは苦笑いを浮かべて答えた。どうやら時間外だが、折角来てくれたのだ。余り物でよければ用意すると言ってくれた。
ヒナと小鳥は、フウカの厚意に甘え、余り物で用意してもらった料理を口にする。
米に味噌汁に焼き魚に小鉢。それに漬け物といった和食がメインのものだった。栄養バランスも良く、健康に良いものだ。
何時も多くの学生をフウカともう一人の給食部の牛牧 ジュリが賄っている為(ジュリが作ると、何故か料理が暴走する為、ほとんどフウカのワンオペであるが)、味の質が落ちてしまうが、それでも、出来る限りの努力をしている事はヒナも小鳥も理解している。
それに、こうして激務の時以外に出される料理は、きちんと手間暇をかけている事もあり、味にかけては逸品で、テロリストとして悪名高い、かの温泉開発部と対を成す美食研究会に目を付けられているのも頷けた。
そして、二人が夕飯を食べ終える頃、フウカが温かいお茶を淹れてくれた。程よい温度のお茶を飲みながら、三人で軽く談笑を交わした後に食堂を出た。
使い終わった皿を洗おうかと聞くも、これも給食部の仕事の内と言われ、二人はその言葉に甘える事にした。
「美味しかったでありますなぁ」
「そうね。フウカには何時も世話になっているから、今度何かお礼でもしないと」
「そうですねぇ。出来る事と言えば、美食研究会に拉致された時に、少しでも早く解放するくらいしか浮かびませんが」
「ふふっ、そうね。その時は協力してくれるかしら?」
「もちのろんでありますよ。まぁ、美食研究会も美食研究会なりに、フウカちゃんをリスペクトしているからこその行いなのでしょうが。私としても非番以外の時であれば、しっかり協力するでありますよ」
「出来れば、非常時に限り、特例として動いてほしいんだけど」
「あははぁ、そうでありますなぁ~」
そうなると、不良生徒達も鬱憤が溜まってしまい、何処かで暴走しかねない。上からの抑え込みが強ければ強いほど、その反動は強くなり、暴徒と化した不良生徒は、その怒りの矛先をあらゆる方向に発散させるだろう。
そして、そのとばっちりを受けるのは、他ならぬヒナだ。
小鳥は自分の事を限定的な暴力装置として機能すればそれでいいと思っている。例外も存在するが、それでも、ゲヘナは自由を重んじている。それを妨げるのは憚られる。
全てを良しとはしてはいけないが、だからと言って全てを悪として断罪するのは不可能だ。何処かで綻びが生じる。それ故に、小鳥は暴徒の鎮圧という暴力装置でありはするが、それ以上の事は出来るだけしないと心に決めているのだ。
かつて、暴力のみで生きた小鳥を、完膚なきまでに打ち砕いた存在がいた。
その経験は、小鳥の人格形成に大いに影響を与えたが、同時に、その存在があまりにも儚く、鋼の精神かと思われたそれは、ガラスの様に、些細なきっかけで脆く砕け散りそうな危うさを孕んでいた。
守るだなんて烏滸がましい。だが、ほんの少しでも手助けになれればそれでいい。
それ以上の事は分不相応と自覚している小鳥は、ヒナの言葉に決着をつけず、そのまま二人は別れた。
後日、アコから、お出かけの為に週7で働けとモモトークが届いた小鳥は言葉を失った。