風紀の狂犬   作:モノクロさん

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感想・評価、本当にありがとうございます。
凄く励みになっています。
そして、黒服さんに対するお気持ちが凄くて驚きです。
今回も黒服さん増し増しでお送りします。


狂犬と黒服

 この感覚は初めてかもしれない。

 

 黒服と対峙した小鳥は、そう感じた。目に見えない何かが此方を伺っている。まるで、自分が実験用のモルモットにでもなったかのように、視線の一つ一つが刺さるように感じられるのだ。

 

 それに、目の前の黒服から発せられる異様な雰囲気を小鳥は感じ取っていた。

 

 人間ではない何かのようだ。人の形を成してはいるものの、その実、人ではない何か。言葉では上手く言い表せないが、得体の知れない生物を目の当たりにしているようだ。

 

「そう警戒しないで下さい。私はまだ、貴女の敵というわけではありません」

 

 小鳥の警戒を感じ取ったのか、穏やかな口調で語りかけてくる。

 

 その言葉を鵜呑みにするほど単純ではないが、だからと言って無視も出来ない。

 

 それならと、今は大人しく、その言葉に従う事にした。

 

「ありがとうございます。では、立ち話も何ですので、そこの廃ビルでお話をしましょう」

 

 黒服が指をさした先には、小さなビルがある。

 

 小鳥は無言で頷くと、黒服の後に着いて行く形で廃ビルの中へと入った。

 

 ビルの中は薄暗く、最低限の灯りしか点いていないようだ。それでも黒服の姿は視認できる為、見失う事はなさそうだ。

 

 無防備な背中だ。此方が攻撃しないと思っているのか、それとも、攻撃されたとしても対処できるという自信があるのか。

 

 どちらにせよ、此方を警戒している様子はなさそうだ。小鳥がそんな事を考えていると、黒服が振り返る事なく、話しかけてきた。

 

「そう言えば、まだ自己紹介の途中でした。私たちゲマトリアは、観察者であり探究者であり、研究者でもあります」

 

 黒服は、此方の返事を待たずに続ける。その口調は穏やかで、まるで世間話でもするかのような軽さだった。

 

「私たちの目的は、この世界の神秘の解明だったのですが、少し前にある方に計画を阻止されてしまいまして」

 

 その言葉を聞いた瞬間、小鳥の頭にアビドスの名が浮かび上がる。

 

 シャーレの先生が関わったアビドスの事件。学校の借金を返済する為に、自ら犠牲になろうとした生徒がいた。その生徒を救うために、先生がゲヘナを訪れ、協力を仰いでいたのを思い出す。

 

 その事件にこの黒服が関わっていたのか?

 

 小鳥がそう考えた時、黒服は此方の考えを見透かすように口を開いた。

 

「えぇ、貴女の想像通り、アビドスの事件に関与していましたよ」

 

 此方の思考を読み取った黒服の言葉に、小鳥は銃を持つ手に力をこめ、そして気持ちを切り替えるために息を吐いた。

 

「成程。では、計画失敗の意趣返しに私の前に現れたと?」

 

「まさか、貴女と正面切って戦えば、どちらが勝者か明確。態々徒労に終わるとわかっている結末に、労力は割きませんよ」

 

「では、一体何故?」

 

 小鳥が問いかけると、黒服は此方を振り返らず、そのまま答えを返す。

 

「貴女に興味があった。正確には、貴女の持つ神秘に……ですが」

 

 成程、アビドスの生徒を狙ったように、今度は自分を研究対象として観察しに来たという事か。

 

 小鳥の手が、しまっていたマスクをそっと握りしめる。

 

「アビドスで失敗したから代案で私の神秘を観察したいと?」

 

 その言葉に黒服は足を止めると、此方に身体を向けた。

 

「えぇ、その通りです。貴女の神秘は暁のホルスのそれとは異なる神秘だ。それは貴女自身も理解している筈です」

 

「……何のことです?」

 

「不死川 小鳥。名は体を表すと言いますが、貴女ほど、自身の神秘と直結した人物はいないでしょう」

 

「…………」

 

 小鳥は無言のまま、黒服を見つめる。その言葉に動揺してはいけない。驚く事も許されない。ただ、目の前の得体の知れない存在を冷静に観察し、少しでも多くの情報を得るのだ。

 

 そんな小鳥の心情を知ってか知らずか、黒服は言葉を続ける。

 

「始まりは幼少の頃。他の子供に比べ、貴女はある点において異常だった。それ故に、周りから迫害され、幼き頃の貴女の精神は摩耗していった」

 

 黒服はまるで、絵本を読むかのように語り出す。小鳥は無言のまま、その言葉に耳を傾ける。

 

 幼い頃の忌むべき記憶。なぜ黒服が当時の情報を把握しているのかは謎だが、小鳥は黙って聞き続ける。

 

「そして貴女は、ある日を境に他人を羨むようになった。自分にはない、他人が持つ当たり前のそれを求めるようになった」

 

 この男は、何処まで調べ上げたのだ?

 

 その感情は、その思いは誰にも告げた事もないものだ。それを知ったという事は、此処に至るまでに、相当な時間を費やしたのだろう。

 

 何故、そこまでして?

 

 そんな疑問が小鳥の脳裏を過る。

 

「過程などどうでもいい。重要なのは、結末へと至る結果。貴女は長い年月をかけ、その結論へと至る道に一筋の光を見出した」

 

 それはゲヘナ学園に入学して早々の出来事。目的も無く自治区内を彷徨っていた小鳥の眼前に広がる光景を見て、初めて小鳥は希望を見出したのだ。

 

「その光こそが空崎 ヒナ。貴女が所属する風紀委員会の委員長です」

 

 彼女を見て、小鳥は望んだ。彼女に近付くために様々な工夫を凝らした。

 

 その最中、余計な横やりが入ったが、些細な事だった。

 

 ゲヘナ学園の生徒会長、羽沼 マコトが小鳥をスカウトしたのだ。

 

「羽沼 マコト。彼女は貴女に提案しました。何を提案したのか、覚えていますね?」

 

「いいえ、残念ながら覚えてませんね。あの時は、色々と面倒だったので、話し終える前に撃って、話はおじゃんです。申し訳ありませんが、これ以上はなしを聞くのは……」

 

「いいえ、貴女は覚えている。それがあまりにも見当違いの内容で、しかしとても魅力的な提案だった。しかし、目的から大きくずれていた為、貴女はその話を蹴ったのです」

 

 小鳥は言葉を詰まらせた。黒服の言葉は的を射ていたからだ。

 

 本当に、徹底的に調べ上げたのだな。それなら、そこから先は超えてはならない一線と理解している筈だ。そう易々と超えられては……。

 

 そんな安易な考えは、次の一言で崩れ去る。

 

 黒服は、決定的な言葉を口にした。

 

「羽沼 マコトはこう言った。『空崎 ヒナ。貴様にあいつを狩らせてやる。その舞台を整えてやる』と。本当はその真逆である事も知らずに、彼女は貴女に、そう提案したのだ。貴女の真意に気付かず、ただ、貴女を利用する為に」

 

 その瞬間、小鳥の意識は黒く染まっていた。気づけば、銃を構えていた。いつの間にかマスクも被り、臨戦態勢に入っていた。にも関わらず、黒服は平然と、小鳥の一挙手一投足をジッと観察していた。

 

「……貴女の本当の願いが、『空崎 ヒナに〇〇〇〇事』と知らずに」

 

「……観察者という割には、超えてはいけない一線を簡単に超えるんですね。驚きましたよ」

 

 黒服の言葉を受け、小鳥は言葉を漏らす。怒気の籠った声色は殺気を孕み、空気を張り詰めさせる。それでも黒服は動じず、静かに口を開いた。

 

「貴女は誘いを断り、行動に移した。しかし、貴女は望んだ結末とは異なる結果を得た。なんとも心地よく甘美な結果を。そして、貴女は別の答えに辿り着いた」

 

 生徒会ではなく、風紀委員会に所属する事となった小鳥は、今を手に入れた。

 

 最初は、戸惑いこそはあったが、徐々にその環境に順応していった。

 

「この辺りから、貴女の神秘に変化が生じた。始まりはそのマスクを装着し始めた時から」

 

 風紀委員として活動する際は身に付ける事になった嘴を模したマスク。このマスクを装着している間は風紀委員の小鳥となり、外した時は、ただの小鳥となった。

 

「二つの顔、相反する二面性を持つ貴女の神秘が、この時から切り離される事になった。そして徐々に、その神秘が弱まり、衰退し始めた」

 

 身に覚えがある。マスクを装着した時と外した時で、調子が変化していた事に。

 

「提案したのは空崎 ヒナさんでしたが、彼女にその意図はなかった。しかし、意図せずして、貴女の神秘を弱める事に成功した事は不幸中の幸いといった所でしょう」

 

「……何が言いたい?」

 

「簡単な事です。そのマスクが無かったら、貴女は今頃、自身の神秘に飲み込まれていたでしょう。それだけ、貴女の神秘はその身体を蝕んでいた」

 

 黒服が手を伸ばし、マスクの嘴を優しく撫でる。瞬間、言い様の無い嫌悪感と恐怖心が小鳥に襲い掛かる。思わずその手を払い距離を取った。

 

「ご安心を。そのマスク自体に何かしらの効果があるわけではありません。あくまでもきっかけです。そのきっかけがあったからこそ、未だに貴女は、自身の神秘に飲み込まれずに済んでいる。ですが、最近はマスクを被る頻度が増えたようだ。気を付けた方が良い」

 

 歩み寄る黒服に。思わず後退りしそうになる足を必死に踏み留める。

 

「神秘の浸食は貴女が思うよりも早い。しかし、その神秘こそが、貴女と空崎 ヒナを守る剣……いいえ、弾丸と成り得るでしょう」

 

「……言っている意味が良く分からないですね。ですが、その神秘とやらが役に立つのであれば、私は利用しますよ」

 

「くっくっく、それは良い事です。貴女の神秘は貴女が望んだように顕現するでしょう。私は、それを観察する事が出来ればそれでいいのです。その機会は必ず訪れます」

 

「……まさか、エデン条約の事を言っているのか」

 

「さぁ、そこまで教える義理はありません。ですが、貴女がそう思うのでしたらそうなのでしょうね」

 

 黒服は笑みを深めると、無防備に小鳥に近付き、そのまま擦れ違う。話したい事は全て話したと言いたいのだろう。その後ろ姿を見送った小鳥は、マスクを外してそれを正面から見据える。

 

 不気味な男だった。不愉快な男だった。思わず引き金を引くところだった。

 

 しかし、得るものがあった。

 

 目に見えない敵が明確になったような感覚。

 

 だが、敵は彼であって彼ではないだろう。

 

 あれはただ知っているだけだ。

 

 知っているからこそ、敢えてその情報を告発し、小鳥がどう動くか観察しようとしているに過ぎない。

 

 小鳥は息を吐き、空を見上げる。空には厚い雲が掛かり、星空は見えなかった。そして視線を正面に戻すと、再びマスクを被った。

 

 今、自分は酷い顔をしているだろう。

 

 黒服の言葉を思い返し、そして有り得たかもしれない分岐点。

 

 その先の未来を想像し、小鳥はマスクの下で『ギリッ』と歯を食いしばった。




次回、総合評価1000突破記念で期間限定で投稿した
有り得たかもしれない分岐点(BAD END)を投稿します
内容は期間限定よりも細かく書く予定ですので、改めて見直しても新しい発見があるかなと思いますので、楽しんで頂けると幸いです。
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